阿慈谷ヒフミは聖杯戦争に参加するようです   作:1じゃんね☆

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わたしの心はわがうちにもだえ苦しみ、死の恐れがわたしの上に落ちました。
5 恐れとおののきがわたしに臨み、はなはだしい恐れがわたしをおおいました。
6 わたしは言います、「どうか、はとのように翼をもちたいものだ。そうすればわたしは飛び去って安きを得るであろう。わたしは遠くのがれ去って、野に宿ろう。わたしは急ぎ避難して、はやてとあらしをのがれよう」と。(『詩篇』5:4-8より)



星空のヴェール(2)

 

 紅茶を一口。

落ち着いた表情でアズサちゃんは唇を淡く濡らす。

一瞬前までサクラコ様が部屋を出て行ってしまわれようとする苦しい雰囲気が、その一言でぐらりと揺れた気がしました。

 

 小さな、たったの一言。

ですが彼女の不思議そうな疑問()は打ち水のように冷やりとする丸みがあって、それでいて夏の朝日のようにじりりとした熱がある。

 

「なに、を……?」

 

そしてそれは確かにサクラコ様にとっても大きかったよう。

紡ぐ言葉に、さっきまでの流されまいとして強くあった勢いに落とされて生まれた波紋は彼女の足を止めました。

 

「私は醜いとは思わない。誰かを想う気持ちに貴賤なんてない」

 

 カップを唇から離したアズサちゃんはさっきまでのサクラコ様のように淡々と語り出しました。

 

「立場が違うから、居場所が違うから。だから自分達は分かり合えない、分かり合えなかったと諦めたくなる気持ちは私にも分かる。私も……そうやってヒフミ達を突き離した。それが正しいと、それをすべきだと思ったから」

 

 エデン条約で起きた一連の出来事。

私達補習授業部が立ち上げられた日から徐々に関わっていく事になったその中で。

 

───ここから先は来ちゃいけない。

───ここから先は私の居場所だ。

 

私とアズサちゃんは一度離れ離れになりました。

あの時、アズサちゃんはそれを選択しなくてはいけないんだと。

一人で責任を取らなきゃいけないと、夜の道を走って行ってしまった。

吸い込まれるように夜闇に溶けていく彼女の背中を思い出す度に、今でも胸はきゅっとなります。

 

「でも本当はその気持ちも含めて大切な物だったんだ。誰かのことを心から想う気持ちに嘘なんかない。醜いことなんてきっとないと私は信じる。だけど、それは()()()()()()()()()()

 

でもあの事があって。

補習授業部と、先生とで迎えに行って。

アビドスのみなさんも助けに来てくださって。

もう一度アズサちゃんの手を、この右手が掴んで。

アズサちゃんに想っている事をちゃんと伝えて。

だから今、私達と彼女は一緒にいられる。

 

 あの晴れた日の事は、今も辛い思い出だけど、今でも大切な想い出なんです。

だからアズサちゃんは。

 

 

 

「サクラコがマリーに対してどう思ったのか、それを教えて」

 

 

 

 きっと今、私と同じ気持ちになりながら、誰かを真摯に思い続けて行動するサクラコ様の気持ちを否定しないで、そう尋ねられたんです。

 

「私は……」

 

 部屋のドアノブに手を掛けていたサクラコ様の手が止まる。

出ようとされていた足が、その先を踏み出せないでいる。

僅かに下を向くその姿は、どこか項垂れるようにも見えました。

 

「サクラコさん、私達は、ヒフミちゃんは。決してマリーちゃんも貴女のことも傷つけようだなんて思っていないんです」

 

「……ハナコさん」

 

「ですからどうか、話してくださいませんか?シスターフッドで、何があったのか。マリーちゃんの身に、そしてあの日貴女と私達の傍から離れて行ってしまったのにはどんな想いがあったのか。何より」

 

 ハナコちゃんのゆっくりと語りかける言葉の中にはサクラコ様の心身を案じるような気遣いがありました。

それを彼女も感じてくださったのでしょうか。

 

「サクラコさん。貴女が今、()()()()()()()()を」

 

 静かに、ドアノブから手が離れられました。

 

「分かりました。()()()()()()()()

 

「サクラコ様……!」

 

「……マリーの願い、でしたね」

 

 そのままソファへと戻られた彼女は数瞬、迷うようにしてからマリーちゃんの願いを教えてくれました。

でもその表情は。

 

「彼女の願いは……ランサーさんの受肉だと伺っています」

 

やはり、どこか昏い色を帯びている。

 

「わっ!ほんとですか!?」

 

「えぇ、勿論。マリー本人の口から聞いた限り、そう言っていたのは確かです」

 

 確実な情報だと隠す事なく彼女は言われます。

それに思わずといった様子でコハルちゃんは立ち上がり手を叩きました。

 

「やったっ!……じゃないかもだけど、それなら何とかなる!」

 

「ぅ、ぅん!伊落さん、って人も……ランサーさんも……仲間になってくれるかも……!」

 

『……とりあえずそれが事実なら一安心ね。後は伊落さんの居場所なんかも分かればいいだけだわ』

 

 居場所と調月会長が言えば、サクラコ様は顎に手を当てながら。

 

「なるほど。居場所ですか……心当たりはあります。シスターフッドの歴史は長く、その創立は前身団体から考えればトリニティ創立直前まで遡りますから、そういう秘された場所というのもありますからね。後で資料をお持ちします。あと他には、何かありますか?」

 

そう、私に向かって聞かれました。

 

「(さて、どうしましょうか……)」

 

 サクラコ様が仰られた事になんて返そうかと思考を巡らせようとする。

いつものように、これまでもしてきたように。

考える。

理解しようとする。

いつものように。

これまでと同じように。

私は自分のすべき選択を、見つけて、それを選ぼうとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『竭̶̢̱̣͗͝ゥ̵͕͈̬͆͛͢͠蜉̏̏͆͡ゥ͂̅̕縺̛̽̑̒̉̑代̛̇̓※̇͑̽̚͝ 蜉̷̴̏͡҈̏҈̸͆ゥ҈̕҉̴̵͂̅縺҉̶̛̽҈̸̑̒҈̉҈̑҈代҈̷̶̶̛̇̓※̵̶̸̴̵̷̇͑̽̚͝ 縺̵輔҉∪̵ 〜̸̨͍̃̋̔͡』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、れ……?」

 

「ヒフミ?どうしたの?」

 

アズサちゃんが心配してくれる。

 

「……ヒフミ。何かあったかい?」

 

「ヒフミ、大丈夫?」

 

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎?」

 

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎?」

 

 セイバーさんやハナコちゃん、みなさんが聞いてきてくれる。

けれど返せない。

返事ができない。

だって()()んです。

 

ない。

ない。

ない、ない、ない。

ないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないない。

 

私の中で大事な物が、ない。

思い出せない。

見つけられない。

考えられない。

明瞭な答えが出てこない。

 

「……フミッ!?」

 

だれかの叫びが聞こえる。

震える。

焦りが生まれる。

体調が悪いわけではない。

けれど震えが止まらない。

忘れてしまった。

失ってしまった。

消えてしまった。

欠けてしまった。

その喪失感だけが私の体を襲って───。

 

 

 

 

『螟̵̢͚̙̠̯̯̑̉͑̍͡ァ҉͍̙̣͋́̈͜͞荳҈̠̟̲̲҇̿̿͜亥҉̧̟͔̠͛̂̓̒͑͡、҉͓̘̍͑͌́͢͡ォ̶̛̭̭́̎͢ 、縺̴̥̄́͂͜͝後̶̧̩͋͊͝s̶̢͎̯̙̃̔̕縺̵̢̩̭̊͡ー̷͕͌̇̕͜ͅ縺̸̨͚҇̈̑̈́」҉̢̠̂͑̏͡縺̷̢̫̱̏͡ͅヲ҉̧̮̩̠̽͠ ̸』

 

 

 

 

 すっと、優しい声がした気がしました。

胸の中で走る焦燥と不安感、なのにその理由が分からなくて可能なら心臓を引きずり出してしまいたくなるぐらいの不安に駆られたのが嘘のように落ち着く。

 

 そこでやっと、呼吸を忘れていたように息を吐いて、吸った。

いつの間にかソファから崩れ落ちて、ローテーブルにしがみつくように床にへたり込んでいる自分に気がつく。

 

「ヒフミ!意識はあるかい?」

 

「あはは……大丈夫、大丈夫です。なんだか急に、ちょっと目眩がしちゃって」

 

「拒絶反応だろうか。すまない、無理をさせてしまったね」

 

 大丈夫と心配させた事への謝罪をしてからサクラコ様を見ると明らかに動揺されていました。

みっともない、そして誤解させてしまう態度をしてしまった事を含めて私は謝罪する。

 

「申し訳ありません、サクラコ様。ちょっと動悸が……あはは……困り物ですね」

 

「……ご無理を。ご無理をしてはいけませんよ、ヒフミさん。大丈夫という事でしたらこのまま話は続けますが……必要なら別日でも」

 

「お気遣いありがとうございます。けど大丈夫です。このままお話しさせて下さい」

 

 焦った気持ちはもう消えて、思考もクリアになる。

切り替えていきましょう。

落ち着いて、さっきまでの話を思い出してよく考える。

 

 サクラコ様は『マリーちゃんはランサーさんの受肉を願っていると言った』、そういう風に私達に教えてくださいました。

それ自体は恐らく『本当』でしょう。

聞けばこのまま居場所についても話をしてくださる筈です。

 

だけど。

 

「(ハナコちゃんもアズサちゃんも気づいてる筈です)」

 

 彼女は肝心な部分を何も話してくれていません。質問に答えて下さっていないんです。

ただそれは話の流れのせい、というのも勿論あるかもしれません。

あまり悪い方向ばかりに考えるというのも良くないでしょう。

だから今は敢えて問い詰めるように深追いはせず。

ですから、もう少し。

 

「あの、サクラコ様はどうして私達に良くしてくださるのでしょうか?もし私達の方でもサクラコ様に協力出来る事があればと思うんですけど……」

 

 まだ様子を見る必要があります。

 

「……事はキヴォトス全体での大きな問題にまで発展しています。最早シスターフッド内部だけで処理できるお話しでもありません。そうなった以上、協力をするのは何かヒフミさんから見て違和感でもありますか?」

 

「……サクラコ様は元々マリーちゃんに協力されてたんですよね?今だってシスターフッドの先輩方はマリーちゃんの事を大切に思ってる筈です。なのにどうして私達に居場所も含めて全面的に協力してくださるのかなぁ……って。不躾な物言いになって申し訳ありません」

 

 かたりと紅い水面が揺れた。

それを抑えつけるように彼女は少し冷めて湯気の見えなくなったティーカップを傾ける。

 

「構いませんよ。シスターマリーは既にシスターフッドから除名されました。そうである以上、上司でしかなかった私からあの子にすべき事はありません」

 

 二度、三度口に含んでからゆっくりと語られるサクラコ様の話は以前にもナギサ様から伺っていたマリーちゃんが退部してしまったという話でした。

 

「……サクラコ。マリーは退部届は出したのか?」

 

 アズサちゃんの眉がしょんぼりと下がってしまう。

未だ私の背中を撫でててくれている彼女の手にもどこか力が入らない様子だった。

そんな彼女の様子をちらりと見てからサクラコ様はきっぱりと言い切ってしまわれる。

 

「少なくとも私は受け取っています。そしてシスターフッドの人間ではなく、あまつさえこのトリニティで同校の生徒へ、ヒフミさんに対して危害を加えようとした。それも取り返しのつかない怪我を合わせようと……最早庇い立てする方が道理に合わないという話です」

 

 憂いを帯びながらも毅然と語る彼女の姿に()()()()()()()()()()()()()()()()()姿に見えます。

 

「もし仮に私がシスターフッドの長としてヒフミさん、貴女に頼む事があるとすればそれは事態の早急な終息に他なりません。戦場に立つ貴女方へそれ以上、何か願うなんて烏滸がましい」

 

「マリーちゃんについては、あの……?」

 

「先程お話ししたつもりでしたが、いいえ、私の言い方が悪かったのでしょうね。このシスターフッドに彼女が戻る席はもうありません。あの子自身が蹴り飛ばして出て行ったというのなら、どうしようありませんから」

 

 そっとハナコちゃんの顔を見る。どこか心配しているような、そんな表情です。

ドアノブから手を離された時に見せられたあの昏い色も相まってやはりどこか違和感があります。

雲行きが怪しい、そう感じる自分の感覚に間違いはないと確信を得ます。

 

「そういえば!サクラコ様にお話ししたいことがありました!」

 

 空気をわざとかき混ぜて私は話の方向を強引にずらす。

横目に映ったハナコちゃんは小さく頷いてくれました。

 

「私、にですか?一体どのようなご用件でしょうか?」

 

「はい、実はさっきまで時計台の方に行ってたんです」

 

「あら、時計台に。私も随分ともう伺っていませゆね。前に行ったのは確か……()()()()()()で、でしたか」

 

「サクラコ様もですか!私も全然行けてなくて……今回はユズちゃんやこちらのセイバーさんにも見てもらいたくてご案内したんですよ」

 

 世間話でもするようににこやかに伝えますとサクラコ様の表情も柔らかく動く。

けど、見逃しませんよ。

 

 サクラコ様が半年前と口にした時、微かに曇ったのは確かでした。

サクラコ様はまだ本音を話されていない。

まだ自分の気持ちを正直に私にぶつけてくれていない。

 

「そうでしたか。それはさぞ『良い思い出』になったでしょう。サーヴァントの方はトリニティはもう十分に『堪能し終え』ましたか?」

 

「あはは……い、如何です?セイバーさん」

 

「そうだね。街並みも塔の上から見る景色も、そしてそこに生きる人々も素晴らしい物だった」

 

「あらあら、それは。さぞ『良い物』を見られたようですね?」

 

「あはは……それでですね」

 

 サクラコ様の調子が戻って来られた。彼女からするともう話は締めにかかっている、という感覚なのでしょう。

実際、マリーちゃんの願いは聞けました。

協力も実質的に取り付けたような物。

居場所だって心当たりがあるそうです。

 

「ハナコちゃんが、こんな物を見つけたんだそうです」

 

「はい♡サクラコさんなら、きっと()()()な筈ですよね?」

 

 合わせるようにハナコちゃんが取り出した封筒を見て、サクラコ様は怪訝な顔をされました。

心当たりがまるでない、そう言いたげな顔。

でもそれは、まじまじとそれを数秒見つめてから。

 

「……それは、時計台で?」

 

 ポーカーフェイスが、堪え続けた水面が。

冷徹だった視線の奥にある憂いを帯びた瞳が、瑞々しく揺れた。

 

「……はい。ハナコちゃんが時計台の機構室近くで見つけてくれたそうです」

 

「驚きましたよ。なにせ、この封筒。回廊を渡って伸びる文字盤と機構室を繋ぐシャフト、それを支えるブラケット♡の隙間に置いてありましたから。まるでつい最近置いたように、周りにある埃からは浮いて♡」

 

「そう、でしたか」

 

 彼女の脚が、いいえその膝の上に置かれた握り拳が僅かに震える。

まだ、足りません。

 

「でも一体どうしてあんなところにあったのでしょう?落とし物でしたらあんな場所にはあるわけがない。持ち主はきっと見つけてほしくない、その癖必ず送り届けられるようにシスターフッドの封蝋をわざわざ押している。なんだかとっても、いじらしくはありませんか?」

 

「さぁ。私にはもう『いない』人間の気持ちを量る『必要』があるとは思いませんけど」

 

「そうでしたか。では、これは私達が持って帰ってしまって構いませんね?」

 

 一際鋭く、彼女の目が私を射抜いた。それは嫌だと彼女は言葉にするより先に私に訴える。

 

「……そちらの封書にあるスタンプは確かに我々の物です。中にどういった物が入っているのかそうでないのかに関係なく私が然るべき手順で『処理』する必要があります」

 

「む、そうなのか?なら処理は私に任せてほしい。機密文書だというのなら確実にこの世から抹消しやう」

 

「あはは……あ、アズサちゃん……」

 

 奥歯を噛み締める音を聞かなかった振りをしつつ、私はここまでの話を整理する。

 

「……結構です、白洲アズサさん。シスターフッドの書類ですので私にお渡し下さい。全てそれで丸く収まりますから」

 

 サクラコ様はシスターフッドの代表をされています。

そしてシスターフッドという組織は『脱退した』『聖杯戦争のマスター』であるマリーちゃんという生徒に対して非協力的な立場を貫こうとしている。

 

 けれどサクラコ様以外の先輩達、少なくとも20人もの方は私を指して聖杯戦争のマスターだと認識した上でサクラコ様に会わせないように、つまりマリーちゃんを()()()()()()()()()()()

私達がサクラコ様と会うことでマリーちゃんにとって都合が悪いと感じたのか、それともサクラコ様自体に何かあるのか。

 

「まぁまぁ。()()()捨て置かれた物じゃないですか♡それに中身も見てしまいましたし♡」

 

 次にサクラコ様の様子。

サクラコ様は心労が溜まっているお顔をされていた。

寝不足なのか目元だって薄いお化粧をされた下の隈が薄ら見えています。

午後、それもお昼ご飯の後や朝一で此処を訪ねなかったのは正解でしたね。

 

 そんな辛そうな姿の彼女はずっと堪えるような憂いを目に宿して、そして私が()()()()をするまでじっと静かな応答しかされなかった。

だから私も彼女を不安にさせないように話をしてきました。

 

「……中身の、手紙にはなんと?いえ、それよりもどういうつもりですか?ハナコさん。シスターフッドの機密文書なのは分かった上で何故そのような真似を。理由によっては我々も『対応』をしなくてはいけません」

 

「へ!へ、へ……変でしょうか!あの、だって!忘れ物で!だからハナコちゃんは気を利かして受付の人と……その、見たっていうか……」

 

 そしてサクラコ様は謹慎をされている。

ナギサ様が言うにはティーパーティからの出頭要請にも応じられなかった。

そこまで頑なにしていた。

 

 私は最初、それはマリーちゃんの立場を守ろうとしているからだと思っていました。

なのに、サクラコ様が今日『シスターフッドの長』としての立場で話された事はその考えを否定する、矛盾してしまう。

 

……もしかして()なのでしょうか。

今までマリーちゃんを守ろうとしていたサクラコ様、そんな彼女に私を、他のマスターを会わせたくなかった先輩方。

 

 それを頭に入れて、マリーちゃんを突き離すシスターフッドの代表者としての話をされる今のサクラコ様を考えてみると、矛盾していないのかもしれません。

 

「花岡さん。確かに置き忘れたシスターにこそ過ちはあるでしょう。ですが私達も組織なのです。封した文書を軽々しく開けられては……」

 

 そして最後。

サクラコ様とのこれまでの会話の中で、彼女は私からの質問に対して明確な答えを出されなかった物がありました。

 

居場所もマリーちゃんの願いだって教えてくれたのに、それにだけは『立場』を理由に仰られなかった。サ

クラコ様はずっと。

 

『そうかしら?確かに見られてしまったというのは困った話だけれど、たとえ相手の意図がどうであろうと落ち度があるのは貴女方の方よ。ハナコさんを責めるのは違うんじゃないかしら?』

 

「失礼ですが、私は今『トリニティの生徒』と『お話し』していますので」

 

 本心を言っていない。

自分の気持ちを教えてくれてはいない。

頑なに殻にこもっている。

 

 これで一応の整理はできました。

私が今話さなきゃいけないのは殻を壊す、いいえ。

サクラコ様が話せるように()()()事です。

ハナコちゃんが封筒の中身に一切触れていないのはきっと私がこれから選択する話題によって切り出すベストなタイミングがあるからでしょう。

 

 恐らく、今この瞬間にお話を終えてしまっても。或いは聖杯戦争や具体的なマリーちゃんの戦力についての話をしても、問題はないのでしょう。

知っている限りのことを協力を惜しまずにサクラコ様は教えて下さいます。

 

「サクラコ様、マリーちゃんってどういう子だったんでしょうか?」

 

 だって聖杯戦争は危険で、キヴォトス全体に影響を与えかねない儀式で、実際に被害者も出ている。

シスターフッドから退部して自治区と協力を結んでいないマスターという『脅威』に対して、サクラコ様はきっと立ち向かうという選択をしなくてはいけない。

 

 だから私達に協力してくれる。

だってそれがシスターフッドという巨大な組織のトップとしての正しい姿ですから。

 

「……急にどうされました?ヒフミさん」

 

 でもそこに、サクラコ様の本心はありません。

立場で雁字搦めになってしまって何も見えてきません。

それじゃあ分からないんです。

たとえマリーちゃんの願いが分かっても、たとえ居場所が分かっても、たとえシスターフッドという大きな戦力と協力関係をこの後きちんと結べたとしても。

それじゃあ駄目なんです。

 

「私、実は補習授業部に入る前までそこまでマリーちゃんとお付き合いがあったわけじゃないんです。可愛いシスターさんだなぁって、礼拝の時間で見かけたり教会前ですれ違ってご挨拶したりする……本当にそれだけ。学年だって違いましたから」

 

 今ならミノリさんの気持ちが分かります。

聞こえる言葉は正しい。

整然と並べられた理屈に誤りはない。

でもそれは、想いが足りないんです。

がむしゃらでめちゃくちゃなぐらい、自分というエゴがないんです。

 

「だから補習授業部に入って、合宿をする中できちんとお名前とかもちゃんと知って。ハナコちゃんが誘ってくださって放課後一緒に遊びに行くようになったり、時々お茶会したり、本当に仲良くなったのもつい最近なんです」

 

「そう、でしたか。それは……ヒフミさんの立場からするとお辛い事でしたね。せめてその『苦痛』を取り除けるよう祈るしか私には出来ません」

 

「そうですね、辛いです。でも大丈夫です」

 

 だから私はここで少し賭けに出ました。

 

「マリーちゃんはまたすぐ仲直りして一緒に過ごせるようになりますから!」

 

 ぐらりと、サクラコ様の表情に罅が入った。

 

「マリーちゃんは優しい子です。私達のために、誰かのためにって、いつだってそう想って行動してくれます。そうだ、この前なんて私がペロロ様のライブチケット当たるか心配ですって話をしたら、それから毎日欠かさず祈ってくれてたってハナコちゃんから聞いたんですよ!」

 

「えぇ……そうでしょう。彼女は確かに優しい子『でした』」

 

「はい!()()()()()()()()()()()!ね、セイバーさん!」

 

 間髪入れずにセイバーさんというある意味マリーちゃんとはこの場で最も関係性が希薄な相手へと話を振る。

半ば強引な形で、けれど話題は変えずに、振り回すように。私は空気を変えていく。そしてセイバーさんは滑らかに私の意思を受け取ってくださった。

 

「あぁ。僕は彼女と関わる機会はそう多くはなかった。けれど驚くほど礼儀正しく他者を尊重し、そして分け隔てなく慈しめる女性だと感じた。そうだね、ヒフミの友として彼女のような子がいる事を嬉しく思った物だよ」

 

「……ありがとうございます。此処に最早『帰路はない』彼女もそれを聞けば喜ぶでしょう。ですが、それはあくまでも以前の話。今はもう、同校の生徒を傷つけ、あまつさえ殺し合いに嬉々として向かった娘なのです。もう……どんな形であっても止めなくてはいけないんです」

 

 ぎしりと音を立てるほど強く、痛々しく彼女はその掌に爪を喰いこませて血を垂らしてしまぐらいに拳を握りしめた。

吐き出す言葉は苦渋に満ちた物だった。

それをもう、私達は『聞いてあげない』と決めました。だ

って彼女のその決断を受け止めてしまってはいけないんです。

 

「サクラコさん。マリーちゃんってば、本当に誰に対しても優しくて、そして態度を変えない子なんですよ。こんな私にもそれは変わらないんですから……でも私は、そんなマリーちゃんの姿になんども助けられました。彼女に会わなかったからきっと私は補習授業部のみなさんと、先生と出会う前にこのトリニティを去っていた。そんな弱虫な私を支えてくれた、私には勿体無いぐらいの大好きで、大事な友達です」

 

 意図を理解してくれたハナコちゃんも、懐かしむように目を細めながらそう話してくれる。

 

「私はマリーと初めて会ったのは合宿中だった。私への礼を代わりに伝えに来たという話だった。私から見るマリーという友達はいつもそうやって、誰かの()()()()()()()を聞いて寄り添える、そんな風に見ている。それは今もだ」

 

「わ、私も!マリーはいっつも会いに行くとクッキーとかくれて、それを二人でベンチに座って食べて……それで、その!私の頑張った事とか全部聞いてくれるの!マリーはいっつも笑いながら、嫌そうな顔一つしないで、私の話、ちゃんと聞いてくれる子だったの」

 

 アズサちゃんは初めて会った時の事を、コハルちゃんは私達も知らなかったマリーちゃんと過ごした二人きりの時間のことを。

自分達がどんな風に彼女と関わって、その時からどんな風にマリーちゃんという人を想ってきたかを話してくれます。

 

「ですから、みなさん、さっきから何を……いえ、そんな話は今関係ない筈です。ヒフミさん、貴女だって当事者として分かっている筈です。もうお気づきかもしれませんが、貴女にしろマリーにしろ今こうしている間だって……!」

 

 拒絶反応の事を突然触れてきたのは少しずつ殻が破れている証拠でしょうか。

それならまた一歩、踏み出さなきゃいけません。

だってサクラコ様はずっと。

 

「私……会ってみたいな。ヒフミちゃん達がそんな風に言うお友達、私も……仲良くなれる、よね……?」

 

「当たり前でしょ!ユズとだってマリーはすぐ仲良くなっちゃうんだから!」

 

「えへへ……た、楽しみだね」

 

 心の中で泣いていた。

ずっと悩んでおられた。

どうすればいいかの選択肢を選べないでいたのだと私は思うんです。

 

 多分ですけど、私はきっかけだったんです。

私はティーパーティと協力関係を正式に結んで事態終息を望むマスターという立場にあります。

そんな人間が訪ねてくるその限界まで。

サクラコ様は生徒会からの要請も断って、マリーちゃんを守ろうとして、だけど長引くほどにマリーちゃんの体調も心配になっていった。

 

「マリーは……ですが……!いいえ、マリーは離反者です。聖杯戦争という殺し合いに欲望だけを掲げてその舞台に立ってしまったのです。何を話しても結論は変わりません。ヒフミさん、シスターフッドとして私から貴女に要請を『ねぇ、ヒフミさん』……!」

 

 どんな経緯があって、どんな形ですれ違いながらマリーちゃんが出て行ってしまったかは分かりません。

けどマリーちゃんが出て行ってからきっと、サクラコ様は立場と()()で板挟みになっておられたと思うんです。

調月会長が遮ってまで渡してくれたバトンを手にしながら私はサクラコ様を見る。

 

『伊落さんだったかしら?随分と慕われている子だったのね。嗚呼、そういえば。受付前にいた此方のシスターフッドの部員の方もそれはとっても可愛いがっている様子だったわね。いなくなった後も、たとえ人殺しになってしまったとして味方だなんて……羨ましいぐらい、人に愛されているのね、伊落マリーさんって子は』

 

「はい、そんなマリーちゃんのこと私達は大好きなんです。たとえ襲われたって、すれ違ったって、これから先何度だって」

 

 この優しい人は無理をしている。

私達と同じようにきっとマリーちゃんの事が大好きな筈なのに、その立場と重責で言えない本音がある。

言わないように我慢している本当の願いがある。

 

「仲直りして、またたくさんお喋りしたいんです。だってマリーちゃんは私達の大好きなお友達ですから!」

 

 だからこれは賭けです。

私達の気持ちとサクラコ様のマリーちゃんへ向ける気持ちが同じである事。

マリーちゃんに対して本当はしてあげたい願いが彼女の中に今まで話してきた建前とは別にあること。

 

「サクラコ様」

 

「……はい」

 

「私達はマリーちゃんの事が大好きです。マリーちゃんを傷つけるつもりも、悲しい想いをさせるのだって嫌です。これ以上、辛い顔をしたマリーちゃんなんて、私は全然見たくありません」

 

「……っ」

 

そして、マリーちゃんを大事に想うサクラコ様の不安に対して、こうやって私たちも同じ気持ちなんだと伝えてほぐしてあげられたかどうか。

そんな賭けに出ました。

 

 でもあと少しだけ。彼女の心に触れるための()()が足りません。

 

 何か一言、何か一つ話題を。

サクラコ様の本当の気持ちを知らなきゃいけない、知った上でマリーちゃんに会いに行かなきゃきっと最高の結果に繋がらないと直感しますし、何よりこんな状態で辛そうにしてるサクラコ様を見て見ぬふりなんてしたくありません。

 

だから私は、そのあと一歩を───。

 

「サクラコ様は、マリーちゃんについて()()()()()()()()()()()()?」

 

口にしてから気づきました。

 

 

 

 

 

 

「……私が?マリーを……?」

 

 

 

 

 

 焦ってしまった。

一足飛びに、彼女の心に触れてしまった。

 

ワンクッション、あともう半歩分。

 

「マリーについて……いいえ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

口を真一文字に固く閉めてしまったのはきっと、目には見えない彼女の心の表れなのでしょう。

ここに来て漸くサクラコ様が私達に見せてくださった物。不安や心配、そして立場と重責という殻の向こうにあったのは。

 

「私が、『私程度』が語れる事なんて何も……何もないのです」

 

とても遠くて微かにしか見えませんが、ただただ色濃くどろりと罅から漏れ出す『後悔』と『失望』。

 

「ごめんなさい……私はみなさんとは」

 

彼女は立ち上がってしまう。何か言わなくては、向かうのを止めなくてはと、口にしようとして。

 

 

 

 

 

 

「『()()()』んです」

 

 

 

 

 

 

背を向けた彼女はそう言って、部屋から出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 





1じゃんね☆
というわけでサクラコちゃんの本音にはあと半歩届かずだったじゃんね☆
ハーメルン版のみの読者の方に解説するとこの時は【交渉イベント】っていう形で指定された回数以内の会話中でヒフミちゃんが話す事を安価をしてハナコちゃんの本音に迫っていく……っていう形でイベントを進めてたじゃんね☆

半歩足りないっていう結果になったのは単純に1の導線が下手くそだったりのキーパー能力不足じゃんね☆
次はもっと分かりやすくすっきりと楽しんでもらえるよう頑張るじゃんね☆

というわけで今回はもう少しだけあと半歩を埋める物を入れてみたじゃんね☆
次のスレが建った時にサクラコちゃんと交渉イベントする事があったりしたら、もしよければ使ってやってくださいな!……じゃんね☆

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