阿慈谷ヒフミは聖杯戦争に参加するようです   作:1じゃんね☆

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お帰りを。
これ以上、私からお話できることは『なにも』ありません。

……ごめんなさい、私は貴女の。



───誰の力にもなれないんです。



蜜月はただ甘くて

 

「失敗、しちゃいました……」

 

 肩を落として歩く私達の姿を授業終わりの方々がちらちら見ていくのは分かりますが、今はそれどころではありません。

 

 結局、サクラコ様からマリーちゃんが恐らくいると思われる『カタコンベ』や『トリニティ内でも人の出入りの少ない古くて常任管理者のいない教会』の地図を合わせて2枚ずつ頂いてそのまま帰路に着くことになりました。

 

「ちょっと勇足過ぎたでしょうか……」

 

「いえ、あれは私も計算外でしたから。まさかあそこまで()()に心を閉ざさないといけないとは……」

 

 ハナコちゃんも頭が痛そうに額に手を当てている。

そういう気持ちも分かります。

明らかにいつものサクラコ様ではありませんでした。

様子が戻ってきた、というより普段に寄せた姿を取り繕えたのもマリーちゃんの話がひと段落した時。

つまりマリーちゃんの話をしなくなったタイミングです。

 

「サクラコの事情やマリーの出奔の経緯を聞くべきだったか?」

 

「どうだろう。それは確かに序盤か中盤で聞いておいたらスムーズだったかもしれないけど、間違いなくあと一歩、或いはもう半歩まで迫った感触はあった。だから検討すべきは仕損じた最後だけでいいんじゃないかな?」

 

 最後。

私がサクラコ様に聞いた時、彼女は狼狽と焦燥。

そして私が見た限りどろりとした()()()()()()()()()()が見えたような気がしました。

そして最後の質問をした時の彼女は、なんというか()()だったようにも感じます。

 

「……封筒と鍵を渡せなかったのは大きかったかもしれませんね」

 

「あ、そっか。私達、結局それ渡せれなかったもんね」

 

『……もしかすると、それこそ彼女にとって本当に必要な物だったのかもしれないわ』

 

 当初の目的というか建前だった封筒と鍵も渡せず仕舞いでした。

ただそれも変な話なのです。

 

『封筒の話をした時に鍵と封筒を渡さなかったのはそう悪い判断ではない筈よ。彼女は明らかに封筒と鍵を見て動揺していた。彼女は鍵が入っていると知っていた、というわけじゃなさそうだけど、逆に言えば本来あの子が想定した手紙には彼女が知りたい事が書いてあった』

 

「ぅ、歌住先輩は何を知りたかったんでしょう……?」

 

 サクラコ様はユズちゃんが言った通り、恐らくは『封筒の中身』を知りたかった。

そう考えるのが自然です。

明らかにオフィシャルな物ではない最近隠すように置かれた封筒。

それを見た瞬間の彼女の反応からマリーちゃんの物なのはほぼ間違いないでしょう。

 

「マリーに関する事なのは確かだろう。つまりサクラコはマリーについて不明な点がある、と考えるのが道理か」

 

 そう判断した上で彼女はあの時あれだけ渡すように言ってきたのですから、中身を知りたかったと考えて間違いないでしょう。

ですが、その割に話題に一度上がって以降は帰り際も含めて渡すように言うことはありませんでした。

 

何故なんでしょうか。

もしかして知りたいのではなかった、とか?

ですが、その考えよりも先に頭をもたげさせるのは最後の部分です。

 

「サクラコ様はずっと不安が見え隠れしました。そして頑なに立場とその責任について話していました……私は最後でサクラコ様の本音に少しでも触れてみたかったんですが……」

 

「限界、だったんだろうね。理由は定かじゃないけど()()の中にいたサクラコにとって欲しかったのは、自分から気持ちを吐露する勇気じゃなかった。不安を和らげて、解消してくれる()()()だ」

 

「弱い部分見せたり、自分の辛い事や考えてる事……人に向かって言うって大変だもん、ね……」

 

 セイバーさんが言うように、そして最初に考えていた軸の通り、最後までサクラコ様が安心できる話だけで固くなった彼女の気持ちをほぐしいくべきでした。

 

 交渉中の反応と明らかに動揺が減った場面を考えるに、サクラコ様にとってマリーちゃんの事について自分から吐き出すというのは私たちが想定したり想像をしていたことよりもずっともっと、()()ことなのかもしれません。

 

「鍵が……それだったと?」

 

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、より確実な手を打つなら。サクラコが何に不安を覚えているのか。そして」

 

 残りの言葉はハナコちゃんが引き継いでまとめてくれました。

 

「最後に見せたあの後悔と失望が何に向けられて、どうしてそれを抱え込んでしまっているのか。それを対話の中で探って解消する……それが大切かもしれませんね」

 

「で、でも!マリーの願いは分かったんだし!これでマリーとの話も……その、上手く……うぅ……」

 

「難しい話だ。少なくとも私はサクラコの話を聞いていて、ミノリの願いほどの強度を感じなかった」

 

 渋い顔をしてアズサちゃんは訥々と話し出します。

 

「人を殺す、誰かを傷つける。それをしてでも叶えたい願いがあるのなら……そこには必ず妄執にも似た、石に齧りついても必ず叶えようとする熱量が生まれる。私も……うん、覚えがある」

 

『……私もよ。そして、その熱量は正のベクトルにしろ、負のベクトルにしろ、とても大きいわ。どんな理由であろうと曲げられないだけの強さがある。けれど歌住代表から聞いた話だけじゃ理由として弱すぎる』

 

 苦々しく言うアズサちゃんも、寂しそうに言う調月会長も、お二人の言葉にあるのは聞いている私が苦しくなるような身を切る後悔でした。

 

「そしてマリーの動きは確かに願いを持っているマスターらしい物だった。だから恐らく、もっと()()()()()()が存在する。受肉させたいというのなら、『どうして受肉させたいか』。そこが語られない以上、この願いは知ったうちに入らないよ」

 

「じゃ、じゃあ……どうしたら……?」

 

コハルちゃんがおずおずと尋ねると、少しずつ昏れ始めつつある空よりずっと眩しく快活にセイバーさんは笑顔を向けました。

 

「まだ時間はあるよ。ナギサとの話をさっと済ませて、帰る前にもう一度教会に立ち寄るというのも一つの手かも知れない」

 

「電話、というのもありですね。文明の利器はしっぽり♡活用しませんと♡」

 

「……もうっ!なんでそこでしっぽりなのよ♡変態!」

 

「あら、ではずっぽり♡」

 

「バカ!またそうやっていっ!ぃぃぃいかがわしい言い方して!エッチなのは駄目!死刑!」

 

 いつもの調子を取り戻したコハルちゃんを見て私もエンジンが掛かります*1

 

「エンジニア部以外のメンバーがちょうど揃っている。ならトリニティで一晩過ごすというのもありかもしれないな。こちらに関しては戦力的な不安は少ない。拠点が心配ならセイバーとヒフミはティーパーティや正義実現委員会と共に過ごしてもらって、私とモモイやアリス、ミノリ達は帰って守りを固めたっていい」

 

『それに最後の最後で私達は二つ、大きな物を手にしたわ』

 

 そうです。

たかが一回。

それも取り返しがつかない失敗ではありません。

むしろ収穫は確かにあったんですから。

 

『歌住サクラコは何かを後悔している、誰かに失望している。それを知る事が出来た』

 

「私達の手元に鍵、もまだあります……!」

 

『合ってるわ、ユズ。鍵という現物が手元にあるなら、やれる事はまだある……巻き返しは可能よ』

 

 そう、まだまだここからです。

マリーちゃんの事、シスターフッドの事、そしてサクラコ様の事。

これらはきっと一繋ぎになっている物事です。

どれか紐解いていけば、必ずゴールに繋がる。

そんな直感があります。

こんなところで挫けてる場合じゃありません。

 

「さぁ、みなさん!次はナギサ様とのお話会です!こっちもしっかり頑張りましょう!」

 

その言葉に皆さんは頷きながら力強く橙が混ざり始めた空に腕を伸ばして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?随分と()()()お着きですね?私はてっきりお茶会なんて()()と割り切って物のついでに顔を出されるだけかと思ってましたが……一体全体どんな風の吹き回しでしょうか?ねぇ……ミレニアムの会長職とたいっっっへん懇意になさっている阿慈谷ヒフミさん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁはは……」

 

ナギサ様に会いに向かいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご機嫌よう、ヒフミさん。素敵な連絡をお受けしましたから折角ですから紅茶でもと思ったのですが、どうやら今日は()()()()()()()、急いでおられる様子ですね?」

 

「あは、あはは……い、いえ!ちっとも急いでません!」

 

「ヒフミ、ヒフミ。僕達、結構タイトなスケジュールなんだけど」

 

 はい、セイバーさんが何か仰っている気がしましたが私には何も聞こえませんでした*2

何せ目の前で満面の笑みのナギサ様がいらっしゃいますから。

 

「あら、そうでしたか。私てっきり、ご自分では私相手には口を動かすの億劫なほどお忙しいのかと」

 

「い、いやぁ……そ、そんなことは!」

 

「うふふ……そうでしょうか?何せヒフミさん、()()()()()()()()()()()()()ほどミレニアムで頑張っておられるようではないですか。ふふっ、なんだか妬けてしまいますね……えぇ、()()()

 

 まっずいです。

完全にお冠モードのナギサ様です。

普段は綺麗に揃えて座っている40デニールが、今は滅多に見ない、足を組んだ御姿を晒しておられます*3

 

「あの、ええっと……そのぉ……!」

 

 早く話を済ませてシスターフッドに行くかどうかは別として、どっちにしてもトリニティにいられる時間はあと1時間程度。

最近会えないでいたお友達をなんとか宥めて健全な、そうです。

健全な!話し合いに移らなきゃいけません。

その為にもなにか。

なにか良い考えが浮かびますように───!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 阿慈谷ヒフミ、若干16歳。

近年稀に見るほど盛大な怒りを見せる友人に対する解決案を求めて思考を高速で巡らせる。

驚くなかれ、その速さたるや光の如し。

思考の海を潜りながら、思い描くは数多の作戦。

練り上げていくは一撃の強襲。

その果てに、阿慈谷ヒフミは解を見た。

 

「(───行きます)」

 

 ヒフミは決意する。

必ずや目の前の少女の怒りを解いてみせると。

目の前で笑う少女の眼の奥に燃ゆる琥珀は完全に怒りを示している。

 

 理由は明白。

一つ、連絡を自分ではなく他の人間に頼った。

二つ、忙しさにかまけてフォローを怠り今に至った。

三つ、最初に謝らなかった。

 

 最早、言い訳は出来ないとヒフミは腹を括る。

もちろん、『分かっている』。

本気の本気、彼女が激怒していたのならこんな対応はしないだろう。

 

 だからまぁ、ヒフミはそれを弁えた上で、愛らしくも怒っているポーズを自分に見せる少女に、全力で応えようと考えた。

それがどういう結果は、まぁ、考えなかったわけだが。

土下座か、腰を真横にへし折る最敬礼か。

否、そんな物はヒフミとナギサの間では生温い。

 

 そんな無粋な謝罪は不必要だ。

なにせこれは、ただの友達同士の癇癪で。

嫉妬で。

喧嘩で。

 

「な、なんですか?ヒフミさん?」

 

じゃれあい、なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「無言で近づいて、一体どういうつもりですか?私に一体何を───ひゃぁっんっ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ナギサが普段なら絶対にあげない嬌声をあげたのをティーパーティの行政官達が聞いていなかったのは、間違いなく桐藤ナギサという少女にとって今日の幸運を使い果たしたというべきだろう。

 

 ヒフミはその腕をナギサの背に回していた。

 

ぴったりと互いの身体が重なり合う。

ひしと掴んで離さない力強さではない。

縋り付くような悲壮さでもない。

ナギサが感じたのは包み込むような。

 

「(柔らか───)」

 

 温もり。

抱きしめられているのだとそこで気がつく。

そして焦る。

 

 桐藤ナギサは聡明だ。

マンモス校でありそれに見合った面積と人口を誇るトリニティ総合学園の頂点、その一角。

それを務め切るだけの才女である。

 

 だから、ヒフミが謝ってくる手段も数通りは軽く頭の中で描いてはそれにどうやって返そうかと悪戯めいた心持ちでこの時間を待っていた。

 

 だが───。

 

「あ、あぁぁああああぅぅぅぅあああの!ひっ、ひふみさん!?急に、だき、抱きつくなんてぇっ!淑女としてはしたないですよ!?!?」

 

()()()()()()()()()()

確かにヒフミは距離感が比較的近い少女だ。

コハルやゲーム開発部の少女達とはまた違う生来の小動物のような愛らしさから誰にでも好かれる。

そしてその穏やかな性格から大人しい印象も受ける。

 

 それは当然、ナギサの前でもそうだった。

何よりヒフミはナギサを友達としつつも同じぐらい一つ上の彼女の事を()()している。

だからこそ幾ら距離感が近かろうと、そこには心地よくもナギサにとっては少し寂しい敬意という一線がこれまでは常に()()()

 

「(まっ、柔ら、いやいやまっ……あ、いい匂い……)」

 

 そう、あの夜まではそうだった。

ナギサとヒフミ、生涯初めてとなる二人の間での大喧嘩。

不器用ながらも互いの本音を相手の立場なんて知らないと言わんばかりにぶつけ合っていた。

そう、あの日から。

 

 確かにあった一線からヒフミは半歩分、ナギサの元へと踏み込んでいた。

元々ヒフミはやるとなったらとことんまでやる豪胆さも併せ持つ。

そんな彼女が友情と愛情で敬愛をぶち抜いてしまったら、当然こうスキンシップに容易に繋がるようになるのだ。

 

「ちょっ……やめっ……な、なっ、何か言ってくださぃ……」

 

 声が尻窄みになるナギサ、その影も施していないというのにすらりとした鼻の先を芳しい体温が擽る。

 

 時に、諸君らは知っているだろうか。

香水とは高い体温で揮発を促進させるのだ。

業務の都合もあってナギサのそれは既にラストノート。

そしてヒフミは退院後の午後からつけたせいもあってミドルノート。

立てば芍薬、ならばこれは薫ればのそれ。

互いの体温を触れ合わせて、温く柔らかくナギサを撫でるのはピオニーとマグノリアはヒフミらしいフレッシュさと柔和さ。

それと混ざり合う己が纏っているホワイトムスクが同じようにヒフミに届いている事に気づき、耳を火傷しそうになる。

 

「にゃに……!?にゃんでぇ……やぁ……ぎゅうぎゅう……やぁ……」

 

 もう声にならないのを誰がナギサを責められようか。

互いの頬を擦り付け合うように、しっかりと噛み合わせをよくするように、息遣いを交換して距離に隙間をなくされていく。蕩けるような心地。

 

 桐藤ナギサという常に冷静で気品ある立ち振る舞いを自他ともに求められる少女にとって、ここまで正面からお互いの制服の膨らみが崩れるほど近く、ぐずぐずと溶けるような時間を過ごすというのはまずない。

 

 だから必死に仮面を被ろうと最早か細く拒絶の声を鳴いたところで。

 

 

 

「───本当に?」

 

 

 

 嗚呼、堕ちた。

ナギサはその時の事を思い出して、後にそう振り返ったという。

 

「本当にお嫌ですか?ナギサ様」

 

 最早それは毒であった。

耳元で唇の動きがわかるほどの距離での囁きには、優しげな言葉尻に反して肯定以外の退路を断つ剣の一振りを想起させる程鋭かった。

 

 言えない、言えるはずがない。

くらくらと茹だる脳をから蜜を滴らせた先、振り絞って唇を震わせる。

 

「……やぁ、やぁ……です」

 

 か細い声は猫でも鳴いているのかと錯覚させる。

だが、それを俯瞰できる程の余裕は、最早今のナギサにある筈もない。

 

 幼子のようにみじろぎして離れようとポーズだけは取ろうとするのは1学年上の矜持からだろうか。

だが彼女は気づいてはいない。

その仕草はまるで雌猫が愛する番や我が子、そして主人にマーキングするように品を作った物だなんて事は、ついぞ無意識であった。

そしてそれをされたヒフミもまた無意識のうちに艶然と微笑った。

 

「分かりません。ねぇ、ナギサ様。何がやなのか」

 

 

 

───ちゃんと教えてください?

 

 

 

 氷のようにぴしゃりと冷たく厳しく、言い放ってから。

ゆっくりと時間をかけて。

背中に回した腕を言葉と共に、その熱で溶かしてしまうのではとナギサに錯覚させるぐらいに。

じんわりと、教えろと命じられた女は。

 

「やぁ……です。ちゃんと、そ、その……おしゃべり……」

 

溶けた。

冷えた言葉が毒のように理性をぐずぐずと溶かしては、熱に浮かされたように頬が上気する。

心臓が痛いほどに高鳴るというのにその裡から疼くような痛みにすら、法悦を感じてしまう。

もっと、もっと、と喘ぐようにして。

餌をねだる雛のように必死に口を開けてはままならない熱っぽい吐息を滲ませてはヒフミへと縋り付く。

 

「はい。なんでしょうか?」

 

「ぁ……その……おしゃべり、してくださらないの……や、です……」

 

 羞恥に沈んだ頬はより照るような朱に染まる。

今更何をと観衆は言うだろうか、思うだろうか。

いいや、違うのだ。

 

「あはは……ナギサ様?じゃあ……ぎゅうっ、は?」

 

「ゃじゃ、ない……です」

 

 先までの溶けた思考ではない。

恥じらう十代の瑞々しい感性をこじ開けられて、心を丸裸にされたナギサは羞恥に喘ぎ、それを無理矢理晒す事に悦びを感じ、それを恥じて啼いたのだ。

 

即ち、敗北。

包み隠した白絹を脱がされて褥に転がされる生娘のように、ただ羞恥になく他の選択肢を与えられない。

そして選択をするという思考も権利も握られるという普段の己では到底許されない感覚は、最早快楽に等しい。

 

 ヒフミという名の毒。

ただの友人から齎される強烈な悦楽。

それに浸らされて、言えと命じられては餌に飢えた飼い犬のようにだらしなく口を開かされる。

あまつさえ、今何を感じ、どう思っているかは自ら言葉にさせられる。

最早これを敗北と言わず、なんというべきか。

 

 それを認めて、ナギサは観念したように。

ついに己を支えていた緊張すらぐずりと緩めて顎をヒフミの肩に預けた。

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい、ナギサ様」

 

「なにが……でしょう?」

 

 10分。

ともすれば永遠にも感じられる暫くの無言の後、ヒフミは切り出した。

そこには苦味のある後悔が滲んだ。

それに身震いを感じる理由を理解できないままナギサは聞き返す。

 

「バタバタしたり……シスターフッドの方とのお話でちょっと上手くいかなかったり……そういうの全部言い訳にしてナギサ様に甘えちゃいました」

 

 心臓が跳ねた理由をナギサの茹だった頭は考えられない。

気にもならない。ただ極上のぬるま湯に浸かり続けながら、許しを乞うた大好きな友達への返事を編む。

 

「いぃです……もぉ、おこってませんから……」

 

「ありがとうございます……ナギサさま」

 

 崩れそうになるのをヒフミの背中と正面、そして片脚に身体を預けながらむずがるようにナギサ様擦り付いてから小さく言う。

 

「たいへん、だったんでしょう……?」

 

「はい、失敗したりして。ちょっと疲れちゃいました……」

 

「んっ……」

 

 互いが互いを絡め取って支え合うように立ちながら、くすくすとどちらからともなく微風を踊らせて咲う。

その度に腕に力が入って、もっと、もっとと縺れ合う。

その中で、ふいに幾許かの寂寥を感じた一方が、名案を思いついたと言うように唇に弧を描いた。

 

「やっぱり……まだおこってます……」

 

「えぇ……どうしましょう……?」

 

「ふふっ……さぁ、どーしましょぉか」

 

 ぬるりと舐め合うように夏の余韻が、空調の効いた部屋の中、二人の肌を伝って一つになる。

それを相手の肌越しと僅かに汗ばみ始めた衣服に感じたりながら、それでもこの檻から抜けられないと蠱惑な表情を浮かべたナギサにヒフミは戯れる。

 

「じゃあ、どうしたら許してくれますか?」

 

 耳元を震わせるその囁きには木管楽器を思わせる素朴ながらも圧倒させる力があって、ナギサは生唾を飲み込みながら、丘を駆け上がったばかりの童女のように息を喘がせてから戦慄いた。

 

「もうちょっと」

 

 互いの足を絡めあい、もっと、もっとこの人の体温を。

生きている感触をと、言葉にする前に身体が求めてしまうのをナギサは僅かばかりに残った理性と矜持をかき集めてから。

 

 

 

「もうちょっとだけこうしてくれたら───ゆるします」

 

 

 

一言、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

『ちょっと待ってちょうだい!なに、なんなのこれは?私は何を見せられているの?』

 

「しっ!リオ会長黙ってて下さい!今いいとこなんです!」

 

「えッッッ───ッ!?!??」

 

「ああ、大丈夫かいコハル?ほら、落ち着いて。深呼吸、深呼吸」

 

「……ふふっ。アズサちゃん、ガスマスク取りましょうか?」

 

「……ハナコ。私も外すから自分もチャンバー確認するのはやめた方がいい」

 

「あらあら……うふふ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、情報の提供といきましょうか」

 

「あはは……はい!よろしくお願いします、ナギサ様!」

 

「えぇ、お任せください。ヒフミさん」*4

 

 無事に、えぇ無事にナギサ様と仲直りも済ませてからの仕切り直し*5

ぎゅっとしあって汗もかいちゃいましたからアイスティーを軽く飲んでから、お互いに襟元を正してお話しを再開します。

 

「うわぁ……わぁ……ミドリ見たら喜びそうなぐらい……語尾にはーとまーく付いてるのゲーム以外で初めて見た……!あ、コハルちゃん、大丈夫?」*6

 

「えっっっ───ッッッ!?!?」*7

 

『この娘も大変ね。ほらティッシュよ、幾ら黒だと言っても制服の染みになるからちゃんと抑えときなさい』

 

「むぅぅぅぅぅ……」

 

「あらあら……うふふ……」

 

『(ヒフミ……ヒフミ……僕言ったよね?くれぐれも御婦人とのお付き合いには気をつけるようにって。聞いてるかい?ヒフミ?ちょっとまた話し合わなきゃいけない事が増えた気がするんだけど、ヒフミ?分かってるね?)』

 

 何か聞こえる気がしましたがきっと窓越しに聞こえる部活終わりの生徒さん達の声に違いないと私は納得してナギサ様の話を待ちます。

 

 まだ少しだけ潤んでいた瞳は、ゆっくりと惜しむような瞬きを数度してしまえば、いつもの力強い輝きを放つ琥珀に戻っていました*8

 

「さて、情報の提供と言いましたが私の方からはこれと言って何か提供できる物はあまりありません。強いて言えば、昨晩も剣先委員長と空崎委員長のお二人がそれぞれ、私達の自治区とゲヘナ自治区で出現した黒いサーヴァントに対応しています」

 

 その言葉にこの場にいるみなさんの意識が切り替わるのを感じます。

ヒナさんとお会いした時にも聞いた話。

サーヴァントとして確立できない状態の霊基で存在する霊体。

それがシャドウサーヴァントだそうです。

 

「シャドウサーヴァントか……既に四騎倒したという話だったけど。まだ出現するのか」

 

「えぇ。トリニティではヒフミさんがミレニアムに赴かれてからこれで二度目。ゲヘナ自治区は六日前からという事ですからこれで五度目になりますね」

 

「出現の頻度が違う、ですか。なにか絡繰でもあるのでしょうか?」

 

 ハナコちゃんが思考の海に潜っていくのを横目で見つつ、ナギサ様は続きの情報を挙げていかれます。

 

「件のシャドウサーヴァントの情報についてですが、全身が靄に覆われた泥のような物質で構成された人型とだけ。使用する武器も共通した物はなく、槍や剣、薙刀、大鎌、弓、時には大斧とバラバラのようです」

 

 贅肉の一つもなく細く整えられた彫刻のような白い指がかたんと肘置きを鳴らした。

 

「喋りもせず、特殊な異能も確認されない。ただ薄暗い路地裏から現れる怪異」

 

「……奇妙ですね。シャドウサーヴァントと呼ばれる彼らには何かしらの目的意識があるわけではなく、ただ単純に聖杯戦争が開催された影響で自然発生している、という事なのでしょうか」

 

「分かりかねる、というのが私から言える全てです。ただ、現れる時には必ず近くを通りかかった生徒が意識を数時間単位で失っていますが、それ以外の被害は特になし。けれど、()を認識すると襲いかかってくる」

 

 敵、つまりは敵対行動を取ったか否かで襲われるのだとナギサ様は仰られます。

大きな怪我にも繋がっていない現状、決して放置したりしてはよくない問題ですが、最優先で調査をというのもまた違うのでしょうか。

 

「戦力的には十分にツルギ委員長やゲヘナの空崎委員長のような実力者であれば複数体を相手にしても単独で倒し切れると予測される程度。ですが……倒した際には強烈な空腹感のような、飢餓感のような、そういった感情に一瞬だけなるとも」

 

「セイバーさん、なにかわかりますか?」

 

「……いや、憶測で語るのはよそう。少なくとも確かな事として言えるのは、シャドウサーヴァントと呼ばれる存在を倒したとしても通常そんな事は()()()()()()

 

『ここに来てのイレギュラー、というわけね。厄介だわ』

 

 強くはない。

もしかすると私達生徒の力だけでも対処できるほどの存在なのかもしれません。

ただこの時の私はなんとなく。

キヴォトスで徐々に確認され始めた黒い影を放っておいてはいけないと、直感したんです。

 

「そして、彼らの存在は未だトリニティとゲヘナでしか確認されていない。そういう存在だと報告を受けています」

 

 そう仰られたのを最後に、ナギサ様からの情報提供は終わりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで調月会長?この後少しお時間よろしいでしょうか?」

 

『あら?何かしら』

 

「……いえ、今日のモモトークの件について少しお話が」

 

『……なるほど、私のモモトークを知りたいという事ね』*9

 

「……は?」

 

『でもそれには及ばないわ』*10

 

「は?」

 

『驚かないでちょうだい。私達にそんな物は不要よ』*11

 

「……かさんを」

 

「あはは……な、ナギサ様?」

 

『それじゃあお茶も話も終えたし帰りましょう。時間を無駄にしてはいけないわ』*12

 

「……みかさんを……!」

 

「ナギサ様?……なっ、ナギサ様!?」

 

『さっ、行くわよ阿慈谷さん。私達の家に帰るのだって時間がかかるのだから、急いで次の動きに移りましょう』*13

 

「ミカさんを呼んで下さい!早くッ!!」

 

「ナギサ様っ!?」

 

「ミカしゃん!ミカしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっんッ!」

 

 

 

 

*1
戦いの中でも日常を見つけられる、というのは良き戦士の特徴のようです。もっともそれがいかがわしい云々でなければもっと良かったですが

*2
ぜひ聞いてあげてほしい。実際ヒフミ達のスケジュールはミレニアムとトリニティ間を移動しているのもあってかなり密な物なのだから

*3
ついでと言わんばかりに指先で机を叩く音にコハルは情けない声をあげた。コハルは可愛かった

*4
特別意訳:えぇ♡なんだってお任せください♡私のヒフミさん♡

*5
果たして本当に仕切り直せたのか。隣り合って座るというか最早肩と肩がべったりくっついて腕を組む勢いのナギサ、それを見て仕切りに安全装置を確認しているアズサの姿を見る限りはとても仕切り直せたとは言えそうになかった

*6
花岡ユズ。頼りなさげな姿や控えめな口調もあって誤解されがちだが、意外とよく人を見ているモモイやヒフミともまた違うリーダーとしての素養がある少女だった

*7
こちらは下江コハル。意外性もクソもなく完全にキャパオーバーだった

*8
本当に戻ったのか?セイバーは訝しんだ

*9
特別意訳:なるほど、阿慈谷さんのモモトークのアカウント経由で話すのは少々不躾な真似だったかしら。ごめんなさい。私のモモトークを教えてという話で良いのよね?

*10
特別意訳:けれどモモトークの安全性というのも聖杯戦争について話すにはやや不安だわ。これからはトリニティとミレニアム間のホットラインなりを使うなりすればいいからモモトークのアカウント交換は不要だしプライベートに関しては私がさっき貴女の分を登録したからそれには及ばないわ

*11
特別意訳:確かに私はあまり友人が多いわけではないからこうしてアカウントの交換はあまりしていないしモモトークだなんて似合わないかもしれないけど、恥ずかしいからあまり驚かないでちょうだい。それに私と貴女もまた同盟関係。これからはお互いに頻繁にやり取りをするかもしれないから遠慮なんて不要よ

*12
特別意訳:美味しいお茶も貴重なお話も伺えて嬉しかったわ。でも桐藤会長のご迷惑になってはいけないから帰りましょう。桐藤会長もお忙しい身ですし今から動けばあと30分ほどは出立まで余裕がある、互いの大切な時間を無駄にしてはいけないわ

*13
特別意訳:さっ、行くわよ阿慈谷さん。もうすっかり拠点も私達の家と呼ぶべきね、なんだか気恥ずかしいわ。けどそんな拠点に帰るのだって時間がかかるのだから、急いで次の動きに移りましょう





1じゃんね☆
完全に深夜テンションで書いたヒフナギだったじゃんね☆
1はかっこいいナギちゃんも好きだけど可愛いナギちゃんも大好きじゃんね☆
逆もまた然り、じゃんね☆

アズサちゃん?ヒフアズ?
今はパワーを溜めてる段階……じゃんね☆ミーカミカミカミカミカミカミカミ

1話ごとの文字数で望ましいのは?

  • 3000文字〜4000文字
  • 4000文字〜5000文字
  • 6000文字〜7000文字
  • 8000文字〜90000文字
  • 9000文字〜10000文字
  • 10000文字〜12000文字
  • 12000文字〜15000文字
  • 15000文字以上
  1. 目次
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