阿慈谷ヒフミは聖杯戦争に参加するようです   作:1じゃんね☆

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やあ、ミカ。
元気にしているかい?
少々お転婆が過ぎて視野狭窄な君のことだから……ああ、分かった。
悪かったからもう少し静かにしてくれるかい?
胸筋にばかり栄養がいって耳が随分遠いらしい君と違って可憐な私に君の太い声は大きすぎる。
さて、本題に入ろうか。

───ナギサがご乱心だ。



夏の日暮れに君と二人

 

 困りましたね*1

 

「あはは……あ、アズサちゃん?」

 

「むぅぅぅ……」

 

「あはは……」

 

 ナギサ様のところを出て、スクエアの中心から少し離れた場所にある病院まで行くことになりました。

けどコハルちゃん達と二手に分かれてから、ずっとアズサちゃんはひっつき虫モードで私の右腕を抱きしめてしがみつきながら歩いてます。

 

『(せ、セイバーさん?あの……私、どうしたら……)』

 

『(ははは……うーん。僕はちょっとどうしようもないかな)』

 

 どうしようもないかな、じゃありません*2

セイバーさんは何故だか人通りも徐々に少なくなる時間だっていうのに霊体化して引っ込まれてしまいましたし、全然助けてくれません。

 

『(むぅ……霊体化してないで出てきて下さい!)』

 

『(いいじゃないか、少しぐらい。短い距離だけどアズサとのデートを楽しみなよ)』

 

『(アズサちゃんなんだか怒ってるんですぅ!なんにも言ってくれませんからこれじゃデートになりません!)』

 

 そういうわけでセイバーさんに念話で助けてと連絡しているのですが。

 

『(ははは……いやぁ、僕はほら、あれだよ。ええっと、そうだな、あー……うん。霊体化して少しでも君の負担を減るかチャレンジ中だからさ)』

 

 この調子でのらりくらりと躱して全然相手をしてくれます。

しかも自分は全部わかってますみたいな態度をされるんです。

私もちょっと怒ってつっけんどんな言い方で文句を、アズサちゃんの前ですし顔には出さないようにしつつ言ってやるんです。

 

『(あはは……さっきまでそんなの全然してなかったじゃないですかー……今日の白ご飯のおかわりは一杯までです)』

 

『(……待ちなさい。ヒフミ、それはあまりにも酷な話じゃないかな?)』

 

『(いーっだ!知りませんよー、ですっ!)』

 

 そうやって右腕にアズサちゃんの体重と、10cmだけ違う身長さと今の距離から感じる()()()()使()()()()()()()*3の甘い香りに鼻をくすぐられていると小さな声が隣から聞こえました。

 

「……してる」

 

「へ?……ってわわっ、あっ、アズサちゃん?どうしましたか?」

 

 返事は数秒遅れてから。

腕を掴む力が痛くない程度にぎゅっと強まって、ゆっくり彼女が私の方を向いてからでした。

 

「……セイバーと念話、してる。折角、私と二人、なのに」

 

 つんと不満げに突き出されたの淡い桜色と潤んだように夕焼け空を混ぜたアメジストの輝きに、つい見惚れてしまって言葉も進む足もでませんでした。

一瞬、惚けたように立ち止まってしまうと、彼女は私の腕を引っ張るように歩き出す。

きちんと私が転ばないようにする速度をしてくれているところで、私の意識は戻ってきました。

 

「いえ、その!全然大した話じゃなくてとかそういうことじゃなくて!」

 

『(ははは……ほら、言い訳せずにちゃんと謝らないと!拗ねてるよ、アズサ)』

 

『(わかってます!セイバーさんは静かになさってて下さい!)』

 

 おぉ怖いなんて戯けるセイバーさんの声が頭の中に木霊するのを聞き流しつつ、私は必死にアズサちゃんに話しかける。

 

「あ、アズサちゃん?違うんですよ!私その、ほら!セイバーさんなんか霊体化してるみたいだから寂しがってないかなぁ……って!それで一応話してて!」

 

「……私だって話しかけてくれないと寂しい。隣、いるの私なのに」

 

「あ、あぅ……」

 

 腕を重ねて、腰をぴっとり付けて。

二人分の距離を重なるようにして縮めながら私達は歩く。

 

 けどアズサちゃんの声はちょっとだけ棘があって膨れっ面のまま少しだけ気持ち早い足取り。

私の方は尻切れ蜻蛉な情けない声で、ちょっと気遅れたしてる足取り。

 

「えと、その……ごめんなさい!アズサちゃん無視してたとかじゃなくて、その……」

 

「……してた。さっきも、ナギサといた時も」

 

「いえその!ナギサ様とはちゃんと謝らなきゃって!お怒りのご様子でしたからなんとかその、話を!そう、話をですね!二人でしっかりしないとなぁって……だ、だからその!決してあの時はアズサちゃんのこと見てなかったとか話の輪に入れないとかそういうのじゃなくて!そのナギサ……様とぉ、ですねぇ……あは、あはは……」

 

「……ふんだ」

 

 自分でもびっくりするぐらい勢いと量のある言い訳をするんですが梨の礫もありません。

 

「……ナギサとは夢中だった。セイバーとは私がいるのに話してた」

 

「いえ、その、えとその、あの……ええっと違くてですね!」

 

「……そんな事ないもん。違く……ない」

 

 いえやっぱり、礫というかお返事はありました。

けれどそれはジト目でいかにも怒ってますという様子です。

まばらな往来とすれ違い徐々に変わっていく景色に焦りを覚えても、腕に込められた力と私よりずっと線の細くてでもしっかり筋肉のついたスタイルの良い身体から感じるアズサちゃんの体温だけは相変わらずです。

 

 病院まで後少し。

ほんの数分歩けば着いてしまう距離。

なんとかそれまでに彼女に笑顔を向けてほしいと、言い訳を捻り出します。

 

「あ、あのセイバーさんとはですね……その、あ、アズサちゃんの事でお話ししてました!ごめんなさい!アズサちゃんにどうしてもいつもみたいに笑ってもらいたくて!」

 

 なんとか頭を捻って絞り出し、喉の奥から転がり落ちたのは決して頭のよくない言い訳、というよりも馬鹿正直な事情の説明とごめんなさいの五文字だけ。

 

 けれどアズサちゃんはそこでやっとちゃんと私の方を向いてくれました。

 

「……私の、こと?」

 

「はいっ!勿論です!私は()()()()()アズサちゃんの事を考えてますからね!」

 

 大好きなお友達とペロロ様の事ばかり考えているのが私という人間です。

それをアズサちゃんにも正直にお話しします。

実際さっきまでセイバーさんとその事でお話ししてましたしね。

ね!セイバーさん!

 

『(ははは……ヒフミ。帰ったら防刃チョッキをキャスターに作ってもらおうね)』

 

 なんでですか*4

とにかくセイバーさんの言う事は気にしないで私がちゃんと正直にお話しするとアズサちゃんは夕陽の照り返しでか、頬に淡いチークを乗せながら目元を緩めておられました。

 

 

 

 

 

 

ヒフミ……そっか、のこと……そうなんだ

 

 

 

 

 

 

 立ち止まって一人、何度も頷くアズサちゃんを見ながら私もここぞとばかりに強くお返事をします。

 

「はいっ!だって私、アズサちゃんの事が大好きですから!」

 

「うん。私も、私もだよヒフミ……!」

 

「でも……やっぱりごめんなさい。二人で歩いてたのにセイバーさんなんかとお喋りしてしまっていて……寂しくさせちゃいました」

 

『(なんかってなんだい、なんかって。これでも僕、君より年上なんだよ?ほらほら、もうちょっと敬いなさい)』

 

『(べーっ!そんなに見た目変わらないじゃないですか!)』

 

『(なにを!これでも僕は三十路越えだよ)』

 

『(あはは……また冗談を……え、ほんとなんです?)』

 

 しっかり謝ってから驚愕の真実が頭の中で流れていると、アズサちゃんは静かに目をつぶって。それから小さな声でいいました。

 

「うん。分かった。でもヒフミ、私はまだ怒っている」

 

 そう言って彼女はするりと腕を抜けて私の一歩前に飛び出した。

軽くアスファルトを叩く音がする。

ふわりと、あの時怪我をしたのがもう遠い前みたいに思えるぐらい茜に染まる世界の中で純白の翼がくっきりと浮かび上がる。

 

 

 

「……んっ

 

 

 

 しばらく時間が止まった気がするほど美しい姿を見て固まった私に向かって彼女は腕を広がる。

最初は一言、ただそれだけでしたけど、私が戸惑っているのを見ると、アズサちゃんは胸を張りつつ、でもちょっとだけおっかなびっくりと。

 

「……ナギサにもしてた。ヒフミ、私にもその」

 

 

 

 

 

 

 

ぎゅっ……して?

 

 

 

 

 

 

 

 そしたら許してあげると小首を傾げてそう言う彼女に私は何も言わずにその小さな体に向かって。

 

「はいっ!もちろんです!アズサちゃん!」

 

ちょうど一歩分空いていた距離を跳ねて大好きな彼女の元へと飛び込みました。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、お話。行きましょうか」

 

「うん。合流するのを考えて、時間もちょうどいい。手早く話を済ませて次の行動に移れるようにしなくてはいけない」

 

 しばらく抱きしめあってから、また二人並んで歩き出す。

今度は指と指を重ねて、腰をぴっとり付けて。

二人分の距離を重なるようにして縮めながら私達は歩く。

アズサちゃんの声はいつもみたいに落ち着いていて鈴のように軽やかで。

私の方はしっかり元気いっぱいで。

そして今度こそぴったり同じ速さの足取り。

 

「はいっ!ならしっかり聞いてこないと、ですね!」

 

そんな風に私達は仲直りして、病院まで向かいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒフミさんも午前中に受けられたのでご存知かもしれませんが、モモイさん達の検査結果をお話しする前にどのような検査を行ったか、そして現状についても改めてご説明しますね」

 

 病院に着いた私達を出迎えてくれたセリナちゃんは早速、診察室へと案内してくれると私の採血と新しい薬を用意してくれたから話を切り出してくれました。

 

「まず初めに、ヒフミさん、モモイちゃん、ミノリさん、そしてマリーさんの四名の……つまり聖杯戦争の参加者の方が罹患されていると思われる魔力供給負担による肉体の過反応、いえ、拒絶反応についてですが症状自体を抑える事は現段階でも可能です。ですが根本的な治療はおろか、それが私達の知る医療技術ではどうして起きてしまうのか、どういうプロセスを経てそうなるのかは……残念ながら不明としか言えません」

 

 そう仰るセリナちゃんの表情に浮かぶのはただただ堪えるような、辛い物でした。

私も隣に座るアズサちゃんもそして私の後ろに控えるよう立っているセイバーさんも心配しつつ、話の続きを待つしか出来ません。

治せない、分からない。

それを医療と救護に携わる彼女を言わせてしまう。

そして言わなくてはいけない彼女の立場を考えると言葉に詰まってしまいました。

 

「ミネ団長が残された資料を確認しても最初に治療をする事になったマリーさんの時点でとにかく対処療法を試して、各種検査をしても病理的な原因の特定は不可能でした。ミネ団長が拒絶反応だと特定したのも消去法に近い推測、そしてシスターフッドと古書館から提供された資料を元にして考えられた事です」

 

 マリーちゃんを治療した経緯。

未確認の病気、と言って正しいかは分かりませんが私達マスターの拒絶反応はこのキヴォトスでは未知の物。

それになんとか対応して原因の推測までして、しかもセリナちゃんに引き継いでいってくれたミネ団長には頭が上がりません。

そしてもう一つ、マリーちゃんの話の中には私達も知らなかった話がありました。

 

「その資料に治療法は?」

 

「……根本の原因物質が体内から排出され、規定量と思われる数値まで戻るまで投薬等の対処療法で負担と症状を抑制し肉体の回復を待つ。つまり時間経過による手段です」

 

 ウイさんやシスターフッドの方が提供されたのだという資料。

アズサちゃんはその中に解決の糸口がないかと尋ねてくれましたが、やはりそう簡単な話ではないようです。

体内の規定量、つまり私達の場合は聖杯から供給され続ける魔力の量が拒絶反応を起こさないレベルまで落ち着けばいいという話。

裏を返せばそれは。

 

「魔力は存在しないと聞いていたけれど、なにかそれに類似する例や物質が過去にあったのかい?」

 

「物質かどうかも定かではありません。解読された限りではそこに書かれていた原因は魔力ではなく、今に即した言い方なら神秘と呼ぶべきだろう、とウイさんが仰ったそうです。そして彼女は、恐らくこの世界にも外の世界にも、お伽話や私はあまり馴染みはありませんがテレビゲームに登場する所謂魔力という物は存在しないとか。それに資料にあったのは少なくとも体内での過剰生成ないし過剰発生が原因で起こる症例でしたから……マリーさんの場合は時間を経ても快癒しない以上、外部から許容量以上を供給されているのではと判断されたそうです」

 

 ミネ団長達がそう判断したように、魔力が毎日常に一定量供給される今の状態ではどう足掻いても時間経過で良くなる事はありません。

 

「……話を戻しますね。本当に悔しい話ですが私達では根治も出来なければヒフミさん達の身体を検査しても、たとえば臓器の炎症や発熱といった自覚症状のある物を発見でもしないと罹患しているかどうかの判断すら出来ません。自分たちの力不足に歯痒いばかりです……」

 

「セリナちゃん……でも私は、救護騎士団のみなさんのおかげで辛い症状も抑えられているんです!力不足だなんて、そんな事ありません!」

 

 どうにか励まそうと、ついそんな事を言ってしまう。

それでもセリナちゃんの顔は晴れたりしません。 分かってはいました。

彼女の立場を思えば、私の言葉は気休めにもならなくて、だけどそれでもその辛さを少しでも和らげたかったんです。

 

「……ごめんなさい、ヒフミさん。一番辛いのは貴女達だっていうのに、言い訳染みた情けない事を言っちゃいました……話、続けますね」

 

 結局彼女は暗い顔のまま、ミノリさんの検査結果について話してくれました。

 

「それでも今回の3時間の検査で少し分かる事がありました。行ったのは大まかに分けて血液等の検体検査、血管造影検査、脳波を含めた生理検査、内視鏡検査、MRI、そして聞き取りの6種類となります。まず自覚症状のあったミノリさんを優先的に治療と並行しつつ検査を、という形になりました」

 

 ミノリさんの結果。

それがどうだったか、無理を必要以上にさせてしまってないか、それからどうしても気になっていた事。

何故彼女は軽症だったのか。

それが分かれば私だけじゃなくマリーちゃんや他にもいるかもしれない拒絶反応を発症した方の助けになるかもしれないと、身を乗り出しそうになるのを我慢して彼女の話を待ちます。

 

「ミノリさんの症状は臓器等からの出血はなく、うつ熱と全身の倦怠感、頭痛、眼振、食欲不振、軽度の悪心、中度の脱水でした。検査結果を見る限り、診察のそれから大きく外れるような物も確認できませんでした……ヒフミさんや記録されたマリーさんとの比較にはなりますがかなり軽度と言えますね」

 

 インフルエンザの治りかけ、少し重ための風邪と言えば分かりやすいでしょうかと彼女は補足を入れてくれて、私は少しだけ安堵します。

 

 これから彼女の症状がどう変移していくかまでは専門家ではないので分かりません。

でも少なくとも、これ以上悪くなる前に病院にかかって投薬治療も受けて頂けた。

それだけでミノリさんと同盟を組めてよかったと思えます。

 

「ヒフミさん、マリーさんの場合は極度の発熱、それも稽留熱と呼ばれる高熱が持続する物に加えて気管支の炎症、臓器からの出血、項部硬直、食欲不振、脱水、頭痛、嘔吐、運動障害、頻脈性不整脈……かなり重度の症状でした。夜間での治療を行ってなおそれです。すぐに此方へ受診してくださったのは間違いなく賢明な判断でした」

 

 改めて挙げられた症状に乾いた笑いが出そうになりました。

我が事ながら酷い症状ばかり羅列されています。救護騎士団に連れて行ってくれたモモイちゃん、それから彼女に事前のアドバイスをしてくれていたミネ団長には感謝しかありません。

 

「……みなさんの症状の違いについてですが、現段階では私達にはお答えする事が難しいんです。もう少し詳しく比較してみないことには、その為の数も必要ですし……ただミノリさんからの聞き取りで()()()()()()()()()()()ではないかと」

 

 暗い顔は変わらないまま、けれど少しだけ困ったようにセリナちゃんが言います。

 

「治療系のスキルをスパルタクスが持っている、そう考えたらいいのかな?」

 

「それはなんとも……みなさんが行われている聖杯戦争に関わるだから言えないという事で詳しくは伺えませんでしたから。ただ、彼女自身は軽症であった理由には心当たりがあったようで、先ほど彼女に検査結果をご説明した時も納得しておられました」

 

 スパルタクスさんには『そういうスキル』があるようです。

そういえば話し合いの中でも何度か彼女もその話に触れようとしていましたし、拠点に戻ったらゆっくり聞いてみてもいいかもしれませんね。

 

 そう考えていた私の思考は次の言葉で、自分の心臓がにわかに跳ね出したことを自覚しました。

 

 

 

「次にモモイちゃんについてですけど……」

 

 

 

 思わず、固唾を飲み込んでから彼女に尋ねてしまいます。

 

「どう、でしたか?」

 

 そんな私に、セリナちゃんは私を安心させてくれようしてかゆっくりと落ち着いたトーンで、まず前置きから入ってくれました。

 

「……先ほどもお伝えしたように、検査で分かるのはあくまで私達の目や機械を通して分かる数値や状態の異常さだけです。逆に無症状であったり、潜伏期間のように不顕性なだけであったりすると私達には判断できません」

 

 それが限界だとセリナちゃんは言いつつ、固かった表情を少しだけ緩めて検査結果を教えてくれました。

 

「モモイちゃんについては、少なくとも本人が自覚してる症状は聞き取りの限りなく、MRIや内視鏡でも臓器の異常等も見られませんでした。今後も定期的に薬を飲んでいけば、いざ発症したとしてもかなり抑えられると思います」

 

 思わず胸を撫で下ろしてアズサちゃん達と顔を見合わせる。

二人とも表情が綻んでいました。

モモイちゃんは発症()()()()()

 

 する前に病院にも来れて、しかも対策も出来ている。

マスターの中で初めて私の戦う理由を理解して受け入れてくれたモモイちゃん。

私の大事な、本当に大切な戦友。

彼女が元気である事、あの笑顔に翳りがないこと、いつだって私を励ましてくれる支えが私と同じような苦しみを味わないで済むこと。

今はただただそれが嬉しくて。

 

 

 

 

 

 

 

「……ですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喜んだのは束の間。

心に氷の針が刺さった気がしました。

 

「血液検査の結果がその……少し気になるんです。これを見て下さい」

 

 そう言ってセリナちゃんは私達が見やすいように一枚の紙を広げてくれました。

カルテのような沢山の数字とモモイちゃんの名前が書かれたそれには、個人情報への配慮という事もあってか、幾つかは見えないように付箋が貼られていました。

 

「採血とあと、お伝えし忘れたその……尿検査をした際の数値なんですが、ここに書かれている数値だけ少し……高いんです」

 

 だからでしょう。

見てほしいと言われた場所は彼女が指を指す前になんとなく分かりました。

付箋で隠されていない文字列。

そこにはイリドイド、フラボノイド、トリペルテン、アルカノイドというような聞き慣れない単語が幾つか並んだ横にそれぞれ数字が添えるように書いてありました。

 

「数値自体は過剰というほどではありません。ただ、お二人やマリーさんの身体では検出されませんでしたから少しだけ気になって」

 

 確かにそういう事なら気になるかとホッとしつつ眺める。

私もアズサちゃんも、そして一般常識以外はあまり科学に詳しくないセイバーさんではよく分からない成分に頭を捻っているとセリナちゃんは慌てて補足してくれました。

 

「これらの成分はいずれも植物性に由来する物です。何かしらたとえば、『薬用植物』、所謂『ハーブ』のような物を日頃から摂取していたりすると検出されますね。もちろんハーブは健康に良いですし、薬効が認められている物も沢山あります。だから気にしすぎかと思いましたけど……でもなんとなく数値が気になって。だから一応私、聞いてみたんです」

 

 ハーブと聞いて頭の中で思い浮かべるのは、私が料理の時に使うオレガノやディル、バジルやローズマリーにローリエといった一般的な物ばかり。

 

 それだって煮込んだりソミュール液に漬ける時や油に香りを移すのに使う程度。

後は香り付けと彩りの為にパセリのような使いやすい物を添えるぐらい。

そしてそれを食べて人より高い数値が出るというのは変な話です。

だってここ一週間近く、私とモモイちゃんは少なくとも朝夕は全員同じ物を、私やハナコちゃんが作った物を必ず食べていましたから。

 

「あの、モモイちゃんは……なんと?」

 

「……毎食後にハーブティーを飲んだり、ハーブを練り込んだお洒落な焼き菓子を食べているから、と」

 

「なぁんだ、そうですか!あはは……ちょっと身構えちゃいました」

 

「ごめんなさいヒフミさん。気になってしまって……驚かせちゃってごめんなさい」

 

 いえいえとセリナちゃんに返しつつ、内心でモモイちゃんの女子力の高さに驚かされていました。

 

 もしも症状を抑えるきっかけになってるなら今晩から早速試させてもらおうと心に決めます。

夜は大体ノンカフェインの紅茶か、最近届いたドリンクバーのやつを飲んでましたけど、ハーブティーのような身体を冷やさなくて健康に良いものなら是非飲んでみたいところです。

 

「それでは検査結果の説明は以上になります。もしまた何かあれば決して無理をせず、すぐに来てください。特にヒフミさん、痩せ我慢とか絶対、ぜっっったい!駄目ですからね!」

 

「あはは……気をつけます」

 

「大丈夫だ、セリナ。私がちゃんと見張っておく」

 

「うん、きっとそれなら安心だね。なにせヒフミはちょっと……抜けているところがあるから。特に自分のことになると、ね?」

 

 失礼しちゃいます。

とはいえ、兎にも角にも検査結果のお話しも終わり、いよいよお迎えの時間です。

 

「それじゃあセリナちゃん!お忙しい中ありがとうございました!……ちゃんと無理せず、頑張ってきます!」

 

「はい。心配、ですけどそれがヒフミさんのやるべき事と仰るなら。私も自分のやるべきを貫き、みなさんをサポートします。ですから辛い時はいつでも頼って下さいね!」

 

 そうお互いに頷きを交わしてから私達は診察室を後にしようと出口のスライドドアに手を掛けました。

 

 

 

「───ヒフミさん、最後にもう一つだけ」

 

 

 

ちょうどその時でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモイちゃんは毎食しっかり食べられていますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 セリナちゃんの声が背中越しに聞こえて、私は振り返ってから答えました。

もちろん、答えはモモイちゃんの姿を思い返せば簡単に出てきます。

 

「はい!毎食たっくさん!私達が作ったのを美味しそうに食べてくれますよ!」

 

「……そうでしたか、なら良かったです。お菓子ばかり摘まないよう指導、お願いしますね?」

 

「あはは……任されました」

 

 私はそう告げてから診察室を後にしました。

次はモモイちゃん達をお迎えして合流、この後の動きを考えなくちゃいけません。

 

 とはいえ私は。

 

「(今日のお夕飯どうしましょう……モモイちゃんのお話も聞きましたしやっぱり香草多め、がいいですかね?)」

 

『(あ、僕は魚料理か鶏肉を使ってくれると嬉しいかな。鮭の香草焼き、なんてどうだろう?)』

 

『(……独り言に割り込んでこないで下さい!)』

 

なんて、モモイちゃんの話を聞いたせいかのんびり今日作るこの後のご飯の事を考えていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方ということもあって、既に受診に来た患者の数は少ない。

ヒフミ達と分かれたセリナは診察室から出た後に閑散としているロビーを抜けて事務局へと足を運んだ。

 

 行き先は自分のデスク。

目当てはその側にある固定電話。

受話器を待って慣れた手つきで数字を叩くと、数回のコールの後、相手へと繋がった。

 

「もしもし、ミレニアムの学務保健の担当課お願いできますか?……申し遅れました。私、トリニティ総合学園救護騎士団の団長()()を務めております鷲見セリナと申します」

 

 事務局にいる生徒は少なかったが、それでも残っていた数人は彼女の顔を見て焦りを覚えた。

 

 常に患者を安心させる柔和な表情、穏やかな口調、そして優しげな風貌。

それが同じ救護騎士団に所属する鷲見セリナという少女への印象であり、彼女達にとっての実像。

 

 だというのに、今のセリナにそれはなかった。

あるのは、あまりにも険しいそれ。

 

「はい、お忙しいところ申し訳ありません。折言って、少しお伺いしたい事が……ええ、はい。そうです。ありがとうございます、実は……」

 

 当のセリナは先ほどまでヒフミ達に見せていたカルテを指でなぞっていた。

細い指先は一枚の付箋が貼られた場所に辿り着き、ひらりとめくられては隠されていた情報を露になる。

 

そこに書かれた数字は───。

 

 

 

 

 

 

「ミレニアム生を対象にそちらで行われている定期健康診断。その事でちょっとお尋ねしたいんです」

 

 

 

 

 

 

32.1kgと確かに書かれていた。

 

 

 

*1
結論から言えば人はそれを自業自得という

*2
勿論「どうしたら……」でもないのだ

*3
厳密には全く同じ香りではなくペアリングフレグランス

*4
残念ながら当然である





1じゃんね☆
カウプ指数とかと睨めっこしたじゃんね☆
続きはまた夕方、じゃんね☆

ヒフアズはまだまだぱわーを溜めてるじゃんね☆

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