おや、随分お気に召されたようですね?
ふふっ、そう警戒なさらないで下さい。
貴女方にとって私達は不倶戴天、こうしてこの場を共にするというのも珍しいかもしれません。
ですが、貴女もお思いでは?
───こういうのも悪くない、と。
ええ、ええ!
それこそが美食の始まり!
美食とは何を以て美食足らしめるか、それは今は語り尽くせませんわ。
ですが、こういうのも悪くない。
そう思われたのでしたら、食を愛する者の一人として、彼女の料理を愛する者として。
そして貴女と晩餐を共にした一人として。
我々が想う美食を堪能し口にし思いを同じくしたことを嬉しく思いますの。
ですから、聖園ミカさん。
よければ───
あの後、セリナちゃんから受診結果を聞いた私達はウイさんを誘か*1、いえ攫i*2……いえ、お迎え*3に行ったハナコちゃん達4人と無事に合流*4。
「えぇっと……」
そのままモモイちゃん達3人と、小児科受診で来られていた案の定小さな子達の注目の的になっていたキャスターさんとスパルタクスさんのお二人*5もお迎えして集合場所である発着場のラウンジ*6にまで来たました。
ナギサ様のご厚意から利用させて頂いているラウンジにもありがたいことに慣れたもの。
多い時は日に二度は往復してるのもあむてこの短期間で私達も発着場とそのラウンジの常連さんになりました。
初めは萎縮しておられたモモイちゃん達も堂々とウェルカムドリンク*7を飲んでます。
ただ、それはいいんですけど。
「豆の苦味を和らげる『Milk』*8の甘み……これもまた叛逆である」
「カフェオレとは叛逆だったのか……勉強になった。礼を言う、スパルタクス」
「如何にも。遍く道はローマに通ずれど、さりとてその道行を選ぶのは我ら自身。どれが叛逆か、何を叛逆とするか。抗い続ける意思。それもまた叛逆であるのだ、少女よ」
「アズサ。こいつの話は話半分に聞いていいからな」
アズサちゃん達は良いんです。
ちょっぴり天然気味なのもあってか意外としっくり来て、ミノリさん達二人と仲良くお喋りされています。
「アリスはラウンジの探索クエストをクリアした!……あっ、そうです!リオ会長!リオ会長はやっぱりこういう場所によく来られるんですか?」
『えぇ、そうね。業務の関係で飛び回らなくちゃいけなかった時は、こういう場所をよく使わせてもらっていたわ』
「お、大人……!お洒落すぎるよー!」
「空港なんて普段遊びに来ることないし、会長達のそういう話を聞くと大人っぽいって感じますね……!」
『ふふっ、モモイ達も学年が上がれば嫌でも使う時が来るわ……きっとね』
茶目っ気たっぷりにウィンクするアバンギャルド君と無事に検査を終えて戻って来られたモモイちゃんやアリスちゃん、ミドリちゃんもいいんです。
「へー。じゃあキャスターさんの前のマスターさんってお嬢様だったんですね」
「昔のにほん?って場所で戦ったんだ。ユズ、知ってる?」
「私も今初めて聞いたから……ごめんね、コハルちゃん」
「うむ。
「良いマスターと巡り合ってきたんだね、キャスター。しかし、よりにもよって
「そうも頻繁にあっては敵わんな」
コハルちゃん達はのんびりキャスターさんの昔話に耳を傾けていて、まぁこちらもいいんですけど。
「さ、そろそろ一休みは終えて、とりあえずこれからの予定をちょっと組んでしまいましょうか」
「えと、はい。とりあえずミレニアムに帰る感じでいいんですよね……?」
そう言いつつ私は、さっきからずっと気になっているその人を。
ハナコちゃんの隣に煤けて座っている彼女を見ました。
「う……ばぁ……な、なんで……どうして……」
「あはは……う、ウイさん?」
「たすけて……ヒナタさん……」
返事は、ありませんでした。
「拠点周辺の探索については進捗報告をコトリから事細く聞いている。残っていた未探索エリアの調査は完了したが、トラップにかかって護衛のヘルタースケルターが損失したという。あの者達は無事だというが念の為だ。次の襲撃が考えられる以上、ミレニアムに戻って調査データを元に検討し、明日の朝以降の動きに備えるのを我は提案しよう」
「ホシノさんとの話し合いもありますもんね……」
あの後、ハナコちゃんが何事かを耳元で囁くと*9ちょっとだけ生気を取り戻したウイさんも交えての作戦会議。
出だしはキャスターさんからの提案。
「襲撃を危惧する意見には同意するが、何も全員で帰る必要もないだろう。私達の同盟は戦力としては相当な物だ。聞けばシスターフッドとの話し合いはまだ余地を残してるという。折角だ、何人かトリニティ残るというのは?」
「……私も賛成です……こら、やめなさい妖怪露出狂、そんな目で見ない。これは何も私がミレニアムに行きたくないとかの話じゃないんです欠片も関係ありません今すぐ私を解放しろとまでは言わないからとりあえずあと一週間ぐらい引き篭もらせて」
それに対してはミノリさんとウイさんからはトリニティに残るという選択肢を出してくださいました。
むすっとほっぺを膨らませつつウイさんは理由の補足をしてくれます。
「とにかく、早い段階でシスターフッドに話をしに行った方が良いでしょう。代表者の真意や意図が見えてこない集団、それも他陣営の協力者だった組織なんて下手な敵より厄介です。協力できるか否かはともかく、話し合いを進めて立ち位置を見極めるのが健全でしょう」
「私もさんせー!もうほんっとに検査疲れたしさー、もう動き回らずにこっちでゆっくりしたくない?」
モモイちゃんがぐでっとカウンターに体を預けた拍子に落ちそうになったグラスは、無事にアリスちゃんが床に落ちる前に掴んでくれました。
「大枠としてはトリニティに残るか拠点に戻るかだな」
「はい。ミレニアムに戻るならヒフミさん達が回収してくれたUSBデータを確認できますし、探索結果を見てスムーズに今後の話し合いが出来ます。アビドスの方も来られる予定ですしね。トリニティに残るならシスターフッドの方との話し合いが出来ますし、後は……」
「シャドーサーヴァント?だっけ。あれのこと、ハスミ先輩とかツルギ委員長から話聞けるかも!」
「だね……やれる事は今のところそれぐらいかな?」
アズサちゃん達が話すように私達の動きとしてはミレニアムに戻るか、トリニティに残るかの二択になるでしょうか。
一応D.U.になら行けないこともないですが、流石にゲヘナまでは帰ってくるのがかなり遅くなっちゃいますね。
あちらに行くならいっそ外泊、という形になるでしょう。
その場合はホテルを取らなきゃいけませんが、襲撃される事も考えればおいそれと選ぶわけにはいきません。
ゲヘナに行くのなら、万一戦闘になっても問題ないようにする点を鑑みて、最悪野営も視野に入れなくちゃかもですね。
「問題は人数を分けるかそれとも全員一緒に行動するのがいいか、ですね?」
『夜っていうのがネックね。襲撃を受けた事もあるわけだし各個撃破なんてされたら目も当てられないわ』
「だけど人数を分ければそれだけ行動できる事も増える。難しいところだね」
議論も煮詰まってきました。
候補は大体こんな感じでしょうか。
夜からの行動、大きく動くのも、その為の支度をするのも残り時間が限られてくる以上はそう何回もは出来ません。
一回一回の行動をよく考えて、今何をするべきか、今何をしたら最善或いは次の最善に繋がるかを見極める必要があります。
「それじゃあ今回は、こうしてみるのはどうでしょうか」
その中で私達が選んだのは───。
「あら、入れ違いになってしまったかしら?」
───雨が、降る。
夕空から火照りを残す重たい雨がアスファルトを濡らしていく。
部活帰りの少女達が通り雨に悲鳴をあげて駆け出していくのとは反対にトリニティ・スクエアの街並みを女は歩いていた。
アスファルトの亀裂に溜まる雨粒を踏み潰すようにして、漫然と歩を進める姿は濡れる事を厭わないのが容易に見てとれた。
悠然と雨のカーテンを切り裂いて女はしとどと全身を濡らしながらも唇に弧を描いては、ヒールを鳴らす。
かつん、と地面を叩く。
それは十字架を課せられた者へと釘を打ち付けるように。
鋭く、荒く、そして鈍く。
硬質な音であるというのにどこか生々しく聞こえる音であった。
「残念ね。折角ならお顔を見ておきたかったのに」
だが、街行く人々は誰もがソレを咎めない。
気にしない。
傘もささずにじとりと白絹が、それよりなお白い肌に張り付き透けていく。
女はまるで透明だった。
澄んでいるのではない。
透き通っているのではない。
ただただ、不安定に確証もなく不安感を苛む不快さだけを突きつける。
そんな幽霊のような希薄なまでの透明さだった。
誰もがソレに気づかない。
誰も気づけない。
だが、それで良いのだ。
人が何故、底知れぬ深い宵の淵で振り返ってはならないのか。
それは見てはいけないモノがあるから。
そう、だから。
「あり?」
一人雨に濡れる銀髪の女へと傘を差し出した少女の優しさは。
「へいへーい、そこのお姉さん。傘も指さずにどうしたっていうんだい?」
悲劇に他ならなかったのだろう。
「ほぉ。外から来たんだ。いいね、とってもグッドな行動力。ロマンだよね」
「あら、ありがとう。でもね、ナツさん。実は知り合いがいない場所だからちょっと心細かったの」
通り雨はまだ止まない。
しとどと濡れる二人の肩の間に広げられた傘は、その曲線を伝って涙を流していく。
柚取ナツは先ほど自分が差し出した傘へと体を滑り込ませた女の方を見る。
思ったよりゆったりとした、どこか覚束ない女の足取り。
その歩みは生まれたての子鹿にも、酩酊に耽る娼婦にも、海面を揺れる水母に似ていた。
雨に濡れて重たく沈んだ銀の髪。
ルビーでも嵌め込んだような真っ赤な瞳。
そして外から来たという言葉通り、その頭上には
何故か見ていると濡れた体に冷たい何かが這うような気持ちになる、ゾッとするほど美しい女だった。
それこそまるで、作り物のような。
「うぅむ。身を切るような冷たさはソフトクリームには良いけれど、だからって冬に食べるのには炬燵がいる。寂しいのなら、寄せ合う相手が必要だね」
とはいえ寂しい、心細いと口にした女に対して、はいそうですかと流せるほどナツは薄情ではない。
深く考えないままに彼女の口から溢れたのある提案。
「どうかな?この後、私たちがよく行くお店で集まる予定なんだ。ええっと……」
そこでナツははたと気づく。
自分は名乗ったが、目の前の相手からは肝心の。
「……ナマエ、なまえ……嗚呼、
聞きそびれていたソレに対して、女は一瞬惚けたようにしてから、悪びれるように笑った。
その笑顔は整った顔立ちに見合った美しさがある。
だけれどナツはどうしてだが、どこか行き場のない不安さを覚えるちぐはぐさを感じていた。
「……なんだか訳ありな感じかい?」
美しい笑みだった。
普通、これだけ雨に打たれたのならいくらウォータープルーフ仕様の物を使っても化粧が崩れるのを防ぎきれない。
だがナツの隣にいる女の美貌はほんの僅かの翳りもなくて、ナツは直感的に化粧をしていないのだと悟った。
「気にしないで大丈夫よ、ナツさん。私ってば、普段はあまり人前に出ないお仕事なの。だから名前を呼ばれないのだってそのせいね」
だというのに、美しい。
造詣が見事という他ないのだろう。
鼻筋はわざわざ影を描く必要もないほど高く。
肌はまるで深く積もった雪のように白く。
唇はよく熟した果実のように艶と大人の色香を漂わせる。
「……おぉ、まるでビターチョコ。働く大人の献身はほろ苦くけれど確かな甘みがあるからこそ、人生は崖にかけた指先を離しはしない。忙しい中、折角キヴォトスに来てくれたんだね、なら存分に楽しんでいって。
「ええ!それはもう!……素敵よ、とっても。この街も、キヴォトスも、ナツさんも。そしてあの子達も」
だというのに、何故だろうか。
その笑みは殊更に美しいというのにも。
ナツの背中に氷柱が滑る。
鋳して模ったように寸分の狂いもない黄金比。
そんな唇が描く弧が、ナツにはどうしてだか。
「でも良いものね、名前って。個々の識別、ふふっ。そうね、やっと思いついたわ。初めから
引き千切られて乱暴にその中身を潰されては曝け出した果実のように。
毒々しく見えてしまう。
「ええっと、思考の海原からは上がったかな?それじゃあ自己紹介を頼むよ。いつまでも名無しさんとは私も呼びたくないものだからね」
その気持ちを頭の片隅に追いやったナツは、名乗りが久しぶりなんて滅多に聞かない事を言う女へと気遣うように尋ねた。
だが、返事はなく。
代わりに爪を立てた笑いが返ってきた。
ナツから掛けられたその声が、どうしてだか女には可笑しかったようでころころと声をあげて笑う。
高音質な声は雨粒を弾く街並みに残響を残していく。
「(……もしかして、本格的にまずったかな、これは)」
ここに来て、頭の中でずっと漠然とあった何かが鎌首をもだけてきたのをナツも自覚して肩に掛けているライオットシールドの紐に目をやって。
「(うぅむ、どうにもなんともきな臭い……となれば一つ)」
そして傘を持つ手とは反対。
女からは見えないようにポケットの中でスマートフォンのモモトークアプリを起動した。
「(死角でアイリ……いや、カズサとレイサに連絡しておこうか。位置情報と、二人に連絡してることだけ分かれば多分、こっちの事情と意図を
それはそっと隠すようにだった。
本人すら意識していなかったが、普段のゆったりとした所作からは考えられないほど精緻で、そして信じられないほど静かな動きであった。
だというのに。
「いいわ、ナツさん───教えてあげる」
女はまるで全てを見通しているように目を丸く開いてから、ゆっくりと口を開く。
「アイリス、イリアス、ブロッサム。天の杯、マキリの杯。或いは確かな証明、真なる杯、黄金の宝。嗚呼、なんだって良いわ。どれだって良いわ」
ナツはある事に気づく。
似ていると。
知っている、と。
柚取ナツは目の前の女によく似た
「けれどキヴォトスの杯、そぉんな安直な名前はやめて頂戴な。敗北なんてごめんなの」
赤い瞳。
白い身体。
長い銀髪。
「それでも名乗るというのなら、そうね。えぇ良いわ。えぇそうしましょう。嗚呼きっとそれが良い。お父様もお母様もきっときっと気に入られるわ」
そんな女が真っ赤な果肉を潰したように嗤う姿は。
「だからそう、私の名前は─── ユ̶̧̛͍̲͑̇̐͑̉ス̷̛̞̫̭̰̲͌͂̓͒͢テ҉̣͇̬͚͓̔͆̆̃́͢͠ィ̷͓̘̗̞̜̇̿̔̅͌͢͝ー̸̡̭͇̇̅̾͡ツ҈̧̩͓͖̎̆̉̕ァ̷̢̳͇̆͒̍̚͞」
トリニティ、否。
古き神聖の中にあって一際不吉の象徴とされる物。
恐るるべき悪徳の兆し。
「よろしくね、お嬢さん」
ソレは蛇に似ていると。
小鳥遊ホシノにとって世界とは梔子ユメだった。
夢と希望を抱いて、広大な砂漠に呑まれつつある故郷を我武者羅に守るため駆け抜けた青い日々。
そしてあの日喪った苦い記憶。
それが小鳥遊ホシノの世界、確かにそうだったのだ。
始まりは一人の後輩が出来たこと。
その次はもう一人、後輩に手を差し伸べたこと。
それからまた一人と人は増えて、そして彼が。
あの日から二年経ったホシノの周りには決してたくさんとは言えなくても、その両腕を伸ばしても抱えきれないぐらい大切な物が確かに出来た。
星の獣はついぞ理解しきれなかった人の世界。
人にとって世界とは星そのものだけを指す言葉ではない。
自身を取り巻く環境、関係性という不自由だけれど温かな居場所を、世界と呼ばずとも認識しているのだ。
それは人の始まりからしてそう。
赤子にとって両親だけが世界の全てであるように。成長するにつれて学舎で見つけた友人達と関係性を作り、社会に参画して己の立ち位置を苦心して見つけていくように。
ホシノにとって世界とは、かつては⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎であり、今は大切な友達と心から信頼できる彼が守ってくれたあの居場所なのだ。
だからこそ、彼女はあの夜、アーチャーへと敵意を剥き出しにした。
ヘイロー持たず、血と鉄の匂いを漂わせて街に踏み入った戦士に、彼女は銃を構えたのだ。
全ては二度と自分の世界を喪わない為に。
大事な居場所をこれ以上傷つけさせない為に。
そんなホシノにとって聖杯戦争なんて見るからに怪しげな裏のある儀式は、大事な世界を傷つけた儀式は。
第三者という立場でしかない彼女にとって憎悪を向ける対象でしかなかったのだ。
そしてホシノはミレニアムに来た。
阿慈谷ヒフミに呼ばれたから。
セイバーの、聖杯戦争のマスターに呼ばれたから。
事実だけで語るなら、それは友達を傷つけた儀式の当事者に、参加者に呼ばれたということ。
膨れ上がる怒りは冷徹なまでの理性を呑み込む事はなく、さりとて燃え尽きたわけでもなく。
凍てるような嚇怒。
燃えたぎる理性。
その両立。
震えるほどに全身を苛むのは無力感か。
モノレールから降り立ったホシノは規格外の身体能力をもって夜に沈むミレニアムを駆けた。
途中ヴァルキューレの制服を来た生徒や保安部の腕章をつけた少女に呼び止められた気はした。
だが彼女にとって全ては瑣事。
必要なのはただ一つ。
───阿慈谷ヒフミの命だけなのだから。
駆ける、駆ける、駆ける。
走りやすいように
空気を切り裂き前へ進む小さな体躯を支える
その銘を打つならば───臨戦。
即ち、何があっても、どうあっても。
そして誰が相手でも戦う意志の証明。
駆けて、駆けて、駆けて。
ホシノは喉の奥から競り上がる鉄の味すら噛み締めて、ミレニアムの郊外へと地面を蹴る。
行かねばならない、と逸る気持ちは脚を加速させる。
踏みしめた脚力でコンクリートを焦がすほどの勢い。
体力を使い果たしてしまうというのすら厭わずに、ただただ愚直に夕暮れも沈みかけたミレニアムの街を駆け抜けていく。
正しく風。
空を切り裂いて翔ぶかの如くひた征むその姿は、一羽の若い隼と言うべきだろう。
奔る、奔る、奔る。
胸が騒めくのは長距離を走ったからではなく。
ただただ焦がれるような燥きがあるから。
いつしか握りしめていた愛銃のグリップ。
手汗と共に滑りながら掌を突き刺す痛みはあまりにも強く握りすぎたせいで血が滲みだしているから。
奥歯がまだ形を保っているのは一際頑強な歯だからだろうか。
そうでなければとっくの昔に砕けているかもしれないと思うほど。
強く、噛んで、噛み締めて。
「───いた」
そうして辿り着いたそこに、彼女はいた。
スマートフォンを片手にそわそわとするヒフミの傍に見慣れない
それをホシノが目にした時。
ぎちりとまた、誰かの奥歯が鳴った。
「……あっ!ホシノさーん!」
阿慈谷ヒフミが遠くに見つけた
ホシノの身体能力は何も脚の速さや膂力のそれだけがキヴォトス屈指なのではない。
猛禽が如く研いだ視線。
鴟梟が如き鋭い聴覚。
それはまだ十分な距離のあるヒフミの言葉も、そして表情までもハッキリと見て取った。
───阿慈谷ヒフミは
夕暮れの残りすら消えて空が藍に染まる時間。
その中に咲く一輪のように華やかに笑っている。
楽しそうに自分を見つけて、心の底からうれしそうにしている。
そんな姿が、そんな声が。
ホシノの目に、耳に飛び込んでくる。
「……っ」
盾を持つ手に力が籠る。
湧き出る感情の色は、あまりにも渾然としていた。
だな少なくとも、ホシノは理解している。
その感情の中心に何があるのかなんて、
自分がどんな想いでこの場に立っているのかきっと彼女はわかっていない、そんな事は容易に想像出来ていた。
大方、久しぶりの再会を喜んでいるのだろう、と。
───人の気持ちも知らないで。
ホシノの中で暗く膿んだ痛みが奔る。
自責思考が強い彼女がそれほどまでに思い詰める。
足元でアスファルトの破片が、枯れた音を立てながら砕けた。
それは苛立ちにも似て、それをどうにか吐き出さないようにとホシノの口は真一文字に固く閉ざされる。
「セイバーさん!彼女がホシノさんです!アビドス高校の方でとっても優しい方なんです!」
「彼女が……そうか、君がよく話してた子なんだね。うん、随分と頼もしそうだ」
声が聞こえる。
幼なげや甘やかさを含みつつもどこか芯の通った澄んだ声。
ホシノにとってもこの数ヶ月の間に何度も聞いてきたそれと、知らない大人の声が呑気に会話するのが耳に届く。
苛立ちは限界だった。
ホシノは無心で歩き出す。
考えてしまうと、ないまぜになっている気持ちが口から漏れてしまいそうだったから。
「ホシノさんはすごい方なんですよー!こう……走るのとかとっても速くて!」
「……ヒフミ、君は時々語彙力の低下が著しいね」
「そんな事ありません!」
馬鹿みたいにはしゃいでいる。
変わらないようでいて、でもこれまで聞いた事のない彼女の声。
知っている筈なのに、視線の先で笑うヒフミがまるで遠くて。
知らない誰かのような気がする。
アビドスをあまり出ないのもあるのだろうか。
ホシノはどうしてだか、今になって急に寒さに襲われた気がした。
それは身震いするよう激しい寒気などではなく、ただ胸の奥に奔る鈍痛に似ていた。
「アビドスは素敵なところなんです!前にブラックマ……」
「ん?なんだい?はっきり言うといいよ、ヒフミ。ブラックマ……がなんだって?これでもこの地に呼ばれてからある程度地理を修めたんだ。是非教授してほしいな。ブラックマー……なんだって?」
「あはは……やだなぁ。ち、ちなみにマーの次に
「ははは……その続きが
言葉も、何も。
聞かないようにして。
見ないようにして。
歩いて、歩いて。
「あっ!ほら、ホシノさん来られましたよ!わぁ……
歩いた、その先。
二人の間にある距離はもう気づけば2mもなかった。
ホシノは今この時になって、向かい合う自体になって、自分の頭が真っ白になっているのが分かった。
何も思いつかないのではない、むしろ逆。
溢れるぐらいたくさんの想いが頭の中で弾けては消えて、またそれを繰り返す。
高音で熱して迸る火花が鮮烈な白となるように。
頭の中で幾度も思考が爆ぜては止まらない。
「あの、ちょっと変わったというか、かなり変なとこに来てもらっちゃって申し訳ないです……あ、でもちゃんとミレニアムの方には許可をもらってまして!だからこの先にある私たちの拠点まで来てもらう感じなので……あの、ホシノさん?」
二度、三度。
口を開いては閉じるをホシノは繰り返す。
何も言えない。
何も出ない。
それでも、ホシノは喘ぐように口を開けて、息を吸って。
必死に見ないように目をつぶっていたのを開けて。それでも一目見た瞬間、我慢できなくてなって。
下を向いてから、ようやく『本音』を吐き出した。
「───よかった」
何を言おう。
「襲われたって、せんせいから内緒でって、それで聞いて……っ」
どんな顔で会おう。
「……ホシノさん」
悩んでいた。
「私も、アビドスのみんなも……っ」
考えていた。
「そしたら今度は聖杯戦争……っ」
でも結局、絞り出せたのはたった四文字。
「だから……よかった、生きてまた会えて……っ!」
でもそれが
「よかった───っ!」
8日前の夜。
阿慈谷ヒフミが列車で
それから聖杯戦争に巻き込まれているのだと、だから協力してほしいとミレニアムとトリニティの生徒会長から聞かされてからずっと。
ずっと心の中に残り続けた五人分の想いは
「ももとーくはしてくるのに……全然会えないし、今度私たちのところにまで変なのくるし……」
かけがえのない友人を失ってしまうところだった事実に。
そしてホシノにとっては
「そしたらどんどんヒフミちゃんに会えなくなって、ヒフミちゃんが大変なの、私達ずっと心配で……!」
そしてそれからずっと、会えない日々が続いていた。その中でヒフミが戦う事を、なんの
「ごめんなさい、連絡がちゃんとできてなくて」
その頃にはホシノ自身二度もサーヴァントと戦闘を行い、その脅威も分かっていた。
幾度も後輩たちと共に戦ってきたから分かってしまった。
あれは
キヴォトス最高の神秘が、そして
いちゃいけない、こんな存在はあってはいけない、と。
そしてそんなモノとヒフミは。
もしかすると今この瞬間に自分の手が届かない場所でまた失ってしまうんじゃ、そう思うと自分自身の無力さに怒りが吹き荒れて。
「生きててくれて……本当によかった。ただそれだけ、顔が見れてただそれが分かって」
「はい……」
怖かった。
一歩間違えれば死んでしまう殺し合いなのだと理解していたから。
また喪ってしまうかもしれないと、そう思っていた。
だから今───。
「ヒフミちゃんと会えて、私すごく嬉しいよ……ありがとうヒフミちゃん。もう一度会えて、生きていてくれて───ありがとう」
「……っ。はいっ!」
だから、今ようやく。
殺し合いに参加してしまった友達と生きてまた会えた事がホシノにとってどうしようもないぐらいの安堵をお互いの体温を分かち合う温もりと共にしっかり感じてようやく、ホシノは肩から力を抜いた。
ホシノはかつて暁のホルスと呼ばれていた。
ホルスとは名高くも遥か古き天空の神聖。
ならきっと。
「もう大丈夫───私
ヒフミの肩口にかかる長い前髪が流れるその下で。
アスファルトに溢れた一滴はきっと。
空から降る雨に違いないのだろう。
Q.どうして本作のホシノちゃんは登場する度、ずっとぴりついてたの?
A.以下の5つの理由が考えられます。
①友達が自分の手の届かない場所で死にかけた
②その友達を襲ったのは『大人』
③しかもその後殺し合いに強制参加させられた
④モモトークは来るけど全然会えないし自分も自治区を離れられない
⑤大好きな後輩達もずっと心配している
……ってわけだったじゃんね☆
うーん……ツーアウトってとこじゃんね☆
というわけで仲間に一名様、ではなくアビドスメンバー全員ご案内じゃんね☆
……し、しばらくはまだ合流しないから捌ける人数じゃんね☆
続きはまた明日というか今夜じゃんね☆
多分長くなるというかキリがかなり悪いから二話連続で投稿するじゃんね☆
前書きがこんな感じの本作なのでアナウンスは次の後書きだから、読む時には気をつけていただけたら幸いです、じゃんね☆
あと多分、今夜の更新か次の更新あたりで今後の更新についてアナウンスというかお知らせするじゃんね☆
1話ごとの文字数で望ましいのは?
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3000文字〜4000文字
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4000文字〜5000文字
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6000文字〜7000文字
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8000文字〜90000文字
-
9000文字〜10000文字
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10000文字〜12000文字
-
12000文字〜15000文字
-
15000文字以上