未改訂版 Dark & Light Blues   作:沖田十三郎

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断章/口伝

 その昔、人は祝聖(しゅくせい)という〝力〟を闊達(かったつ)自在に使うことが出来たという。いつの頃からか、それは定かではないが人は祝聖を争いや諍(いさか)いの為に使う様になった。それまではただ生きる為に、そして生活を豊かにする為だけに祝聖を用いていたというのに。

人は祝聖という名の奇蹟を道具へと貶めてしまったのだ。かつての奇蹟は神が宿り司る至宝であると信じられてきたというのにだ。

 人はそれを忘れていた。長い長い間、祝聖の恩恵に浸り、それがそこに在ることを当然と思うようになってしまったのだ。

 祝聖を司る神はその愚考を(ゆる)さなかった。人が祝聖を地に貶めてから幾星霜の後、神達は一つの理を定めた。曰く、『人は祝聖を扱えない』と云う規制(ルール)を。それは後の世の吟遊詩人に謳われる事となる大合戰、「黄昏の前の大合戦」において全人類に対して施行された。

「人よ、奏声(祝聖)(コエ)を失え。その恩恵、失いしを記憶せよ」と。

 神はその神威を以って人より祝聖を払い落とした。それより後、人は祝聖を失った。それでも人は、一度得たその力を諦める事ができなかった。

 故に奇蹟を求め、探し、そして見つけてしまった。聖純銀(ミスリル)と呼ばれる貴金属を用いてこの世に力を(もたら)す法を。行使と共に黒色系統の光を放つ事から神の意に(そむ)く力、祝聖とは正逆の在り方を示すそれを、人は魔法と呼んだ。

 初め、祝聖にも魔法にも確たる名前は存在しなかった。

力はただ力としてそこに在った。

 人々はその奇蹟と不思議に神が宿ると信じて疑わず、それ故に、一度失い取り戻したそれは既に神の宿る物ではないと誰かが言った。

そして名前が付けられた。

『祝聖』と『魔法』。

 鏡で合わせたかのように同じであり、しかし鏡に映したように反転したもの。

 人々は(かた)る。

 人々は(カタ)る。

 魔は世界に仇を成す、と。

 聖は世界に仁を成す、と。

 其れは絶対的に否であり、しかし徹底的に是でもあった。

 魔法発見の直後、現われて少しの後〝聖魔〟と名付けられる存在と、現われて後瞬く間に〝惡魔〟と名付けられた存在が明るみに出たからだ。

 ただし、「聖」の冠を与えられたからといってその種の中には惡さをする者はいたし、逆に「惡」の冠を与えられた者が正義の行いをしたりもした。

 種族によって個人の在り方が決まるわけではない。しかし、その在り方には偏りがあった。それ故の「聖」と「惡」だった。

 聖魔・惡魔と呼ばれた彼等彼女等には唯一つの例外を除いて共通する一つの特徴があった。それはかつて人が使うことを赦され、そして失った祝聖を扱えるという能力。

 強力な力は存在を暴走させるというのは兵法の中では常識だが、彼等彼女等は力の扱い方を知っていた。故に決して暴走する事は無く、正しく力を使っていた。人よりも遥かに高い知力をもって、正しくあり続けた。かつて、人が力に酔う以前のように。

 だが、彼等彼女等の中には唯一無二の例外の種族があった。彼等彼女等を人は恐怖し、畏怖し、嫌悪した。いつしか人は彼らを最惡の代名詞と呼んだ。

 そう、ただ唯一の例外。祝聖を全く持たず使えず魔法も持たない魔の樹族。魔法も粛清も片手で払う惡魔。姿形は清廉潔白の森の精霊種であるエルフに酷似した。

 人々呼んで「ダークエルフ」。

 エルフは蔑み、名すら呼ばなかった。

 人々は彼等彼女等を恐れた。

 聖魔達は傍観を決め込み、そうして世界は再度の出立を見た。

 それが正しい判断だったのか、

 それとも間違った判断であったのか、

 それを判断するのは後世の人間たちだと彼等彼女等は言った。

 彼等彼女等の判断の結果は、未だ出ていない。




ここは改訂版と未改訂版で結構変えた場所ですね。
変えた、と言うか本編の構成を弄るに当たって設定の開示レベルを操作する意図で変えたのでしたっけね。

まぁ、そんな感じです。
ここから先は改訂版では一文字も公開してない部分です。
宜しくですよ。
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