未改訂版 Dark & Light Blues   作:沖田十三郎

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●S5~●S9

●S5/鈴之宮白雪 宅

 

「おはよ。」

 朝一番、私は太陽の光と彼女の声で自分が今、生きていることに気がついた。彼の声を通じさせる〝神器〟もいつもの通り首からかかっている。

で、気がついた事がもう一つ。

 彼女の笑顔が怒りを隠すために引き()っている。

 ……。

 正直なところ、気が付きたくありませんでしたね。

「…。お、おはようございます。昨晩は大変お世話になってしまったようで…えと…その…、なんか、怒ってません?」

 恐る恐る私は彼女に聞いてみた。

先ほどまでは口の端がピクピクと痙攣(けいれん)していただけだったのだけれど、今はもう顳顬(こめかみ)の辺りまで痙攣している。

 これはっ……相当怒ってるんだろうなぁ。

 リリアの怒った時そっくりだ。

「…ねぇ、どうしてあたしが怒ってるか、分かる?あのあと大変だったんだからね!?あんたは脱衣場で寝ちゃったから楽でよかったのかもしれないけどね、あたしはあんたを着替えさせてやったり、怪しすぎるくらいに怪しすぎる黒ずくめたちの相手をしてやったりで、すっごい疲れたんだから。それによく考えたら、あんた自己紹介すらしてないじゃないの。えぇ?どうなの、そういうのって、人として、どうなのかしらね?」

 …恐い。

 っていうか私人じゃありません?よ。

 ……でも!

 …逆らったら…考えるだけ愚か、ですかね。

「何?あんた、無視!?」

 ………自動的に機嫌が悪くなるところまでそっくり!?

「いえ、ちょっと知っている人に似ていたものですから。そうですね、本当でしたら最初にすべき事柄でした。 改めまして、私の名はリン・ウェリエースと申します。以後お見知りおきを。」

 と、最低限度の自己紹介を終えた…、と思いたいのは山々なのですが、

「…それだけ?他にもっと言うべきことがあるんじゃないかしら!?」

 …やはり無理でしたね。

「ふぅ、さて、私は…まぁ見ての通りエルフ族の血縁にある者です。つまり亜人種というヤツですね」

「そんなもの、見りゃ分かるわよ。って、どうして今更そんなことを?」

「私は、その、正確にはエルフという種族には属していないからです。」

「…。う、嘘、でしょ?それじゃあ、あんたは……ダークエルフ?」

「そうであり、そうでなし、ですね。」

「?」

「私、混血児(ダンピール)なんですよ。聖魔(ライトエルフ)悪魔(ダークエルフ)の。ですから、どちらでもあり、どちらでもなし、なんですよ。」

「ダンピール?なに、混色(ハーフ)ってこと?ははっ、てことはあんたの中にはダークエルフの血も流れてるんだ。じゃ、じゃあさ、あんたも物とか人とか壊すのとか好きなんだ?」

「破壊より創造の方が、どちらかと言えば好ましいですね。料理とか得意なんですよ、あとは裁縫とか。」

 先刻から、彼女から敵意(もしかすると殺気かもしれない)が哀しいほどに伝わってくる。慣れ親しんだ感覚だ。…慣れ親しみたくなどなかったのですけど。ほんとに、気付きたくなどありませんでした。嘘でもついておけば良かったんでしょうか。

「けど、ダークエルフなんでしょ?どうせっ、あたしの事も全部終わったら殺してやろうと思ってるんでしょ!そうに違いないわ!!だって、だって……」

「…いや、だってとか言われましても…ねぇ?

私は人を殺しませんよ。貴女がどれだけダークエルフを憎んでいるのか知りませんけど、そういう言い方は良くないんじゃないんですか?私のことを、よく知りもしないで。」

 彼女の言った言葉は私に対する完全な侮辱だ。しかし、よく聞きなれたセリフでもある。仕方がないとも思う。

 今さらそれを言われても気に留める気にもなりませんけど……。

 私がそれを言われるたびに心を痛めてくださる方がいますので、私がその言葉を許すわけにはいかないんですよね。たとえそれが私のエゴに過ぎなくとも。

 っていうか、私がそれを許すと私が彼女に許されませんし。

「知ってるわよ。ダークエルフは悪魔の化身だ、ってね!」

 ……ああ、本当に、リリアがここに居なくてよかった。

「やはりよく分かっておられないようですね。私が言っているのは、ライトエルフ(・・・・・・)がなんなのか、私という存在はナンなのか、それを貴女は知らないと、そう言ったんですよ。」

 そう、彼女はライトエルフという物の存在については無知だ。まあ、それはライトエルフという存在そのものに責任が在るのでなんとも言いにくくはあるのですが。

「ライトエルフというのはですね、〝世界の秩序の守り手〟とも呼ばれる聖魔の一族です。中でも私の母リーフェル・プラネテスの所属していた『神楽』の一族は《黒柱の支守(ささかみ)》だったのですよ。」

「……何、それ。」

 やはり、何も知らないようだ。

『ふむ、それについては儂から説明しよう。』

 と、それまでただ黙って聞いていたラピスがいきなり喋りだした。当然、ラピスの事など知る由もない…アレ?そういえば私も彼女の名前を聞いていませんでしたね。まぁいいか。

で、当然驚くわけです。

「え!なに、今の声?」

 まあ、当然の反応ですよね。

「ああ、今の声はこれですよ。〝神器〟ファブニール。流神(りゅうじん)ラピスが封じられています。」

『ふむ、驚かせたようだの。すまんすまん、儂の名はラピス。〝ラピス=グーテンベルグ〟まぁこの名は現世において顕現しているために用いる枷の様な物だが、取り敢えずはラピスと呼称すればよい。』

 首元から低く掠れた声が優しく響き、彼女を諭した。当然のことながら彼女は仰天した様子で私を指差して叫んだ。

 

「腹話術っ!?」

 

 あんまりな言い方ですが、言いえて妙と言えなくもないですね。ですが、

「少し違います。先ほど申し上げた通り、この首飾りは『神器』です。神を納めるべくして製造された器です。故にここにある彼――ラピスは、かつて神として世界にあり、今神として信仰されている彼らの同族なんですよ。にわかには信じられないかもしれませんが。で、ラピス。今彼女に『黒柱の支守』について説明なんかしてどうするおつもりなんです?」

 そう、今彼女にそんなことを説明しても意味はない。だから、彼女に説明すべきことはこの場ではただ一つだけだ。

「まぁ、そんなわけで、コレには今神様が封じられているわけですが、そんな事、いまはどうだっていいんです。いま、貴女に分かって頂きたい事実はただ一つだけです。」

「な、なによ。神様がどうとかライトなんとかがなんとかなんかで騙されたりしないんだからね!」

「いえ、別にその点に関しては正直なところどうだっていいんです。ですから、これだけは分って頂きたい。

私はですね、何も分かっていない、これまでの私の人生の欠片すらも理解していないような子供(ガキ)ごときに知ったかぶった口調で、人殺し扱いされる事が、虫唾(むしず)が走るほど嫌いなんですよ。お分かりいただけました?」

 多少強い口調で、苛立ちも露わに言い切った。

 …あ・あれ?言い過ぎましたか?

 なんか黙っちゃったんですけど。

「…えっと、もしかして私言い過ぎましたか?」

 悪い事をしたとは全く思ってはいないのですが、恩義ある相手に対する言葉づかいではなかった気もしますし。

でも、彼女は、

「…べ、別に。言いすぎたのはこっちもよ。」

と言った。強い少女だ。

「いえ、私もむきになりすぎたのかもしれません。」

自分の事ながら、よくもまぁいけしゃあしゃあと言えたものだと思う。が、後悔はない。

「…ええ、もう平気。ごめん。」

「いえ、私のほうこそ。人間という生き物が自分達と異なる知的生命体に対して酷く冷めた生き物であるという事を忘れていた事が良くなかったんですよ。もう少し考えてから話すべきでした。」

「…。あんた、もしかして人間嫌い?」

「ええ、まぁ。多少は、ね。見れば分かるとおりこんな容姿(なり)なもので、ハーフっていうのも中々に差別の対象にされやすいんですよ。まあ、そんなことはどうだっていいんですけどね。さてでは、大変申し遅れましたが私の名前はリン。リン=ウェリエースといいます。実父がダークエルフ、母は エンシェントエルフ、そして義父は魔法遣いでした。」

「魔法遣い?魔銃士じゃなくて?」

「ええ。正真正銘、銀という媒介を必要とせず魔法を顕現させる事のできた数少ない〝魔法遣い〟の一人です。ダークエルフである実父のところに母と共にいたのは私が七歳になるまでで、私が七歳になった時、母は私を連れて父の元から逃げました。何日も何日も逃げ続けて、逃げ延びた先が先刻言った義父、〝魔法遣いシャルズ・ウェリエース〟の隠れ家だったんですよ。まさしくお似合いってヤツですよね。人々に畏怖の目で見られていた〝魔法遣い〟と人々を恐怖の底に突き落としていた〝魔王〟の妻と息子が一緒に暮らしていたのですから。」

「え?」

「ん?なんです?」

「今、〝魔王〟の息子って言った?」

「はい。」

「あたしの母さんと父さん、お姉ちゃんは自分で自分を〝魔王〟とかって名乗ってるダークエルフに殺されたの。あんたは、あたしの仇の息子?」

「はい。」

「殺してやる。」

「止めてください。」

今、はっきりと分かった。彼女が発しているのは殺気だ。

「殺してやる殺してやる殺してやる、コロシテヤルッ!!!」

「私を殺すなら、私が父を殺してからにして下さい。私も、自分の事を〝魔王〟とか呼ばせて喜んでいるとち狂ったダークエルフに父と母を殺されました。それだけじゃない。村にいた私の友人知人を皆殺しにされたんです。正義では決してないことは承知の上で、私は彼らの仇を討たねばならない。」

「父さんと、母さんを殺された?魔王にとってアンタの母さんて言ったら魔王にとって奥さんなんでしょ?」

「邪魔なモノは全て壊す。人も、物も、仲間さえも。そういう奴なんですよ。〝魔王〟と呼ばれるバケモノは。

しかも、壊した物・殺した者のことはその場で忘れる。自分の興味が向かないもの、関係が無いものについても覚えておかない。まさしく、魔の道に生きる者達の王を名乗るに相応しい。

〝漆黒の魔法遣い〟より尚悪い。〝最悪〟の権化のような野郎です。」

「じゃ、じゃあ、あたしの家族を殺した事は…。」

「完全に忘れている事でしょうね。」

「そんな……。」

「けど、大丈夫ですよ。私が思い出させて差し上げますよ。・・・それよりも…。」

「それよりも?」

「学校、今日は休みなんですか?私が見たところ、貴女はたぶん16~17歳でしょう?だったら学校があるはずなのではないでしょうか。今日は平日ですし。」

「…。忘れてた。」

それからは忙しかった。肩と腹に傷がある私も少なからず働いた。全部終わって彼女を家から見送った頃には昨夜の魔法発動時に喰われた体力の回復した分も使いきって、息も絶え絶えの状態。

そして呟く。心のそこからの本音を。

「やっぱり私には人殺しなんて出来そうにありませんね。」

そう、私に殺しの仕事は似合わない。

だって、

「私には、こうやって家事をして、人に喜んでもらえたり役に立てたりできる事の方が、性にあってるんですよ。

やはり、争う事や殺しあう事なんてのは馬鹿のやる事なんですよ。

そんなモノよりも、こうやっている事の方が何倍も価値がある。平和が一番嬉しいし、何より楽しい。

そうでしょう?〝神〟だなんて呼ばれている貴殿(あなた)だって、同意見の筈だ。」

『お主、本当に父親の血を流しておるのだろうな?』

「さぁ?そうでなかったら、と考えなかった日は無いですよ。けど、そんなのはどうだっていいじゃないですか。少なくとも今は、この空の青さだけが真実です。」

 

幕間/鈴之宮宅・庭

 

「やはり、あんなモノ使いたくありませんねぇ。まだ体中が変な感じです。」

『……。よく似合っておるよ。その姿。』

「お褒めにあずかり光栄至極ッ!」

『褒めてなどおらんっ。』

『まったく、体が回復したらすぐにでも戻るのではなかったのか?』

「はい。一宿一飯の恩義ってヤツですよ。それにねー、どうせ今日戻っても明日戻っても怒られる度合いが変わるってわけじゃありませんしねー。」

『まぁ、その通りなのだろうが…儂等には使命が。』

「殺し、ですか?」

『…。』

「すみませんね、少々辛辣でしたかね?」

『殺しは嫌いか?それに殺しと言ってもお主のは復讐…』

「復讐でも何でも、大義名分があろうとなかろうと、殺しが罪であることに変わりはありません。何の言い訳にもなりませんよ。

どちらにしても、私は殺生など大嫌いです。

もしも私に平和と、そして殺生などしなくても良いと約束して下さるのであれば、私はその人の家来にでも奴隷にでも喜んで成り下がらせていただきますよ。」

『そこまで嫌いか。』

「はい。

ですが、あの男は。〝魔王〟だけは私の手で葬り去ってやらねば気がすみません。もとより、家族の恥は家族が祓(はら)うべき物。

彼だけは、必ず私の手で絶命せしめてやりましょう。

しかし、それ以外の命は……ただただ慈しみ、愛し、そして守り抜きましょう。私の、母の血を受け継ぐエルフとしての誇りにかけて。」

……。

黙ってしまいましたか。さすがの「神」といえども、従者にここまではっきりくっきり言われれば、黙らざるを得ない、ですか。

それとも、前回の言い争いの果てに古物商に売り飛ばされたのがよほど懲りたのか、沈黙に身を任せてくれた。

何でもいいが、仕事が(はかど)って助かる。

で、今私は何をしているのかというとですね、

『いつまでやっているつもりなのだ?他人の衣類の繕い物など。』

つまりは縫い物の事である。

「楽しいですよ。貴殿(アナタ)もやります?やるのであれば〝()〟を貸しますよ。」

『いらん。』

 

―――とまぁ、そんな感じで亜人と神様の心温まる会話が弾んでいたちょうどその頃――――

 

●S6/アヴェンテューラ学院高等部二年藤組

 

「あぁ~ぬぉ~、ぶわぁっくわエルフめぇ~~~!!

どーしてもっと早く言ってくれなかったのよ。おかげでまた(・・)遅刻しちゃったじゃないの!」

ま、まぁ八つ当たりであることは重々わかっちゃいるんだけど。

「これでぇ、ホームルームを終ります。じゃ・あ、号令をお願いしますねぇ。」

 教室から声が聞こえる。シスター・ミリエルの声だ。

「起立・礼・着席。」

ん?今日の号令はミルなんだ。

……それにしても、今日の私は運がいい。

バケツ持って廊下に立たされる位で済んだんだから。

なにせ、あたしのクラスの担任は『ダークエルフをも叩き伏せる』と言われる白い悪魔。ミリエル・ルーシーだから。そして……

「あらあらまあまあま♪またなのかしら?白雪ちゃん。これで何度目の遅刻なのでしょうねぇ~? と・こ・ろ・で、今なんか失礼な事を思わなかったかしら?」

 いきなりドアを開けてぬぅっと出て来た。 

 ……。

 こういう人なのだ。

 正直、この人本当に人間なのだろうかと疑う時がある。

 世の中には落とし子(リース・ウェル)と呼ばれる特殊な力を持った人がいるらしい。そういう人はみな、教会に属してその罪を(あがな)っているとか、そうでない人は忌み子として扱われているとか、あまりいい噂は耳にしないのだけど。

 もしかしたら……、シスター・ミリエルも……。

「やっぱり何か考えてるわよねー?白雪ちゃん、そんなに生徒指導室(あそこ)が好きなんですかぁ?」

 読心術!?

「い…いえいえ、滅相もない!!」

「そうですかぁ?ま、いいか。それじゃあ入ってください。あ、バケツはその辺に置いておいてくださいね。」

 あ・あれ?んんん?

 今日のシスター、なんか優しい!?

 ま……まぁ、いいのか?

 いいか。

 いいや。

 ヘタになにか思うと心読まれるし。

 だから、極力普通の返事をする。

「はーい」と。

 とりあえずは、これで追及の魔手からは逃れられる。

 っていうか……

「もうすぐ授業が始まっ……ぐっぅ」

 悪寒が背筋を駆け抜けた。ナ・なんだろう。今までの比じゃない。

「?どうかしましたか、白雪ちゃん?」

 声が飛ぶ意識が飛びかける。シスターの声がするけど、ちょっと答えられない。っていうか、視界が消えている。

「あ、ああ、大丈夫ですよ。時々こうなるんです。ね?シロ、平気だよね?」

 隣?から声が掛けられた。肩も掴まれてるような気がする。

 …ミル?

「う、うん。もう大丈夫、大丈夫ですよ、シスター。」

 助かった。

「そう?それならいいんだけどねぇ、もしもダメっぽかったら遠慮せずに保健室に行きなさいね。シスター・アリアも心配していましたよ。その眼は特別製なんですからね?」

 …うっ…バレてるし。

「わかりました。」

 全然大丈夫そうに聞こえない自分の声がシスターにそう言った。

「それじゃあね。」

 と言ってシスター・ミリエルは出て行った。

 はぁ、心臓に悪い。

「ンで、ホントに大丈夫なの?シロ顔色悪いよ。」

 やっとの事で席に着くと、さっきもフォローしてくれた親友の一人――ミルティ=クルスネルハ――ミルが声を掛けてくれた。正直、とても助かる。

「あんまり、よくないかも。見えはしなかったんだけど、なんか、凄くイヤな気配がして……」

 なんとか応える事ができた…。

「シスター、気付いてたんだね。っていうか、あの人も大概正体不明だけど…まさか気付いてるとはね。シスター・フェイリスは全く気が付かなかったのに。」

「あはははは、ミリエル(あの人)相手に隠し通せるとは最初から思ってないよ。」

 周りにも喧騒が広がりつつある中(一限目を担当しているランティウス神父は授業開始のベルが鳴ってから15分位しないと教室に現われない)、あたしとミルが話していると、ミルの後ろからいきなり手がニゥっと現れて、

「よっ、って、あれ?また青ざめてんのか?…またユーレイ視たとか?それとも気配か?んまぁ、どっちだっていいケド、大丈夫か?」

 と、早口に(まく)し立てた。相変わらず元気なやつだ。で、この早口でガサツな雰囲気丸出しなのがもう一人の親友―――レイティイ=ハルトハルバ――レーティイだ。

 っていうか……

「ちょっとレーチ!もう少し静かにできないわけ!?10年近くもシロと一緒に居て具合が悪いかどうかもわかんないわけ?」

 ……ミルはいつも察しがいい。あたしの不調を見てすぐに気を回してくれる辺りさすがだと思う。あたしじゃ絶対にああは出来ない。

けど…いくら察しが良くても今からする話は絶対に予測できまい。ていうか絶対呆れるはず。いや、怒りだすかな?

「はぁ、もう大丈夫だよ、ミル心配してくれてありがとっ。でね、ちょっと話したい事があるんだけど、いいかな。」

「ん、なにかね?」

「んん?どった?新しい飯屋でも見つけたか?」

 ……。

 どれが誰の台詞(セリフ)かは、書かなくても分かるわよね?

「あんたバカじゃないの?このタイミングで、どこの誰が飯屋の話を持ち出すのよ!?」

「フン、ちっと言ってみただけじゃねぇか。」

「まぁいいわ。そえれで、なんなの?結構真剣な話なんでしょ。聖視眼(それ)とも関係のある話?」

ミルは本当に察しがいい。……まぁ今回は外れてるけど。

「えっと、ね。うん。たぶん関係のある話なんだと思う。今ね、あたしん家にね、エルフが来てるの。」

「……。」

「エルフってお前の家族の仇なんかじゃなかったか?」

「そう。…なんだけどねぇ。なんていうか『違う』のよね。ソイツってばちょっとこっちが申し訳なくなるほどに〝いい人〟なのよ。仇って感じには見えないんだわ。困った事に。」

「けど白雪、ソイツって別にダークエルフなんかじゃないんでしょ?だったら仇でもなんでもないんじゃ……。」

「ライトエルフとダークエルフのダンピール?なんだってさ。えっと、ハーフ?なのかな。しかもね、」

「しかも、なんだ?」

「〝魔王の息子〟なんだってさ。」

「「……。」」

 あ、やっぱり固まった。

「…ヲイヲイ。で?それで?ソイツ、お前に襲い掛かったりしなかったのか?まぁ、今ここで元気にしてるお前さんがいるんだから大丈夫だったんだろうとは思うが。念のために。」

 最初に口火を切ったのはレーテイイだった。

さすが、『鴉番台(からすばんだい)』の二代目を背負っているだけはある。頭の切替の速さは親譲りだ。ミルはまだ目をパチクリさせている。呆然唖然といった感じだ。

「うん、全っ然ナンにも無かったよ。昨日の様子と今朝の態度からみて、たぶんアイツは〝魔王〟と血が繫がってるだけの、そう、ただのお人好しだと思う。っていうかね、その繫がり自体断ちたがってたし。魔王を殺すのは私の仕事です、とか。」

「んじゃなにか?そいつってば、自分の父親を憎んでたり怨んでたり祟ってたりするワケか?」

「そーゆー事になるんでしょうね。」

「……!?」

あ、ミルに復活兆しが見えてきた。

 

「………!あのですね、白雪さん?」

 あ☆まずい。

 ミルの気配がドス黒い紫色になった。

「あ…あの。ミ・ミル、さん?」

「……白雪さん?」

 こ、怖い!ミルが半眼で睨みつけてきた。

「は、はいっ。」

「自分の家屋内にダークエルフを招き入れる事がどれだけ重い罪なのか、どのような刑罰を受けなければならないのかを、貴女は、昨日学校(ここ)で学ばなかったのですか!?」

 ……。

「…ま、学んだような、そうでないような…。」

 ていうか、昨日授業を受けた記憶が一つもない。

 

 …とその時、丁度よくランティウス神父が教室に入ってきた。

「そ・それじゃあ話は昼休み時間にね。」

「ッ、運のいいヤツ。分かったよ。昼休み時間にね!」

 こうして朝の一幕は幕引きとなった。

 やれやれ。

 あ、そーいえばレーティイは?

 …………。

 二人に忘れられ、置いてけぼりにされ、いじけていた。

 その事に気付いたのは昼休みになってからだった。

 レーティイ、いと哀れ也。

 

♢       ♢       ♢

 

 一限目、国語。

 二限目、数学。

 三限目、生物。

 四限目、歴史。

 そして、昼休み。

 ……。

 そう、昼休みだ。

 昼休みになってしまったのだ。

「さぁ~て、包み隠さず話してもらいましょうか?シラユキさん♪」

 わ…笑っている。

 怖っ!

「…んで、なにから話せばいいの?」

「そうねぇ、まずは。ソレってどんなヤツなの?強そう?強暴そう?」

「情けない。」

「は!?」

「だから、情けないのよ。ダークエルフとは思えないくらいに優しくて、エルフとは思えないくらいに情けないの。」

「情けないって、どんな風に?」

「戦ってるよりも眠ってるほうが幸せって宣言してたわね。それに趣味は料理と裁縫と読書。魔法を使うことは出来るけど、疲れるからあんまり使いたくないんだとか。

魔力の概念自体が全然別ベクトルのところに位置しているから人間は魔法を使っても疲れないけど、エルフとかは生命力と精神力を糧に発動するからかなりダルイんだってさ。」

「……。ソイツって、ダークエルフの血族だとか言ってなかったかね、シラユキくん?」

「う、うん。エルフとダークエルフのハーフって言ったよ。だから魔法も使えるんだって。」

「あんた、そいつを殺したいとかって思わなかったの?仇の子供は、やっぱり仇みたいなものでしょ?」

「萎えた。あいつを、ていうか、あんな善良なヤツを殺したりしたら、あたしも〝魔王〟と同類に堕ちるような気がして、できない。それにね、ミルも本人を前にしたら殺すとか仇とかいう物騒なコト、考えられなくなるよ。きっと。」

「そう。じゃあ今日の帰り、行ってもいい?」

「うん。…あいつ、家でなにやってんだろ。」

「へぇー、白雪(お前)でも男を家に…ぶはっ!!」

 ……。デリカシーという言葉を、レイティイ(こいつ)は知らないのだろうか。

「「ダブル・パーンチッ」」 

 後ろから覗き込むようにして発言したレーティイは、哀れぶっ倒れて保健室に行く事になりましたとさ。自業自得じゃ。

 

 そして、時間は流れて今は放課後。

 え?なんで一気に時間を進めるのかって?

 答えは簡単。

 だって、授業風景を延々と聞きたくも、もとい読みたくもないでしょ?

「それで?家にいるのね、そのエルフ。」

「……。」」

「ミル、お前なに考えてんだ?!誰か殺す用事でもあるのか?」

「ミル、家にいるエルフって剣よりエプロンの方が似合ってるようなヤツよ。」

 ……、そう。今目の前にいるミルの手には綺麗な漆塗りと思しき黒鞘に収まった長さおよそ六尺二寸に及ぼうかというほどの大太刀が。

「そう、じゃあ必要ないわね。」

 と言って道端の茂みに捨てた。

「いいのか、そんな所に捨てちまって。」

「別に平気よ?」

 …。どうでもいいけど、あんな物をもって街中を歩くつもりだったのだろうか?末恐ろしい女だ。

 

●S7/アヴェンテューラ学院からの帰り道

 

 その人は言った。

「すまぬ、ここら辺で左耳にピアスをした女のような男のエルフを見なかったかの?儂の連れ合いなのだが、昨晩からどうも行方が知れんでな。のぉ、見知らぬかのぅ?」

 …。どうやら、リン(あいつ)のことを言っているらしい。

 ―――この人、というか、この女の人と出会ったのは校門を出てすぐの所だった。最初は三人で「変なカッコした人がいるな」みたいなコトを言っていた。そうしたら、なんと向こうの方から近づいてきた。「「「お・怒られるっ」」」と三人でビクついていたら、このセリフだ。

…。

 いや、口調は多少古め…っていうか(おきな)コトバなんだけど、とても丁寧な物腰でいい人だということがすぐにわかった。わかったんだけど、怖い。

 とても怖いのだ。

 なんでだろう?何でこんなに怖いんだろう?

 横を見てみると、ミルも固まっていた。

 レーティイは、なぜか口元を愉しそうに歪めていた。

「んん?あ、ああ。すまんな。ちと殺気立っておったようじゃ。ちと威圧感を与えてしまったかの。」

「ふん、べつに、どうってコトはなかったよ。ところで、あんたが探してるヤツってさ、コイツんちにいる奴じゃないかな?どうだ?シロ。」

 ……!レーティイの顔付きが、()に戻ってる!!

「う、うん。たぶん、ね。で、その人の名前って、リン=ウェリエースですか?」

「その通りよ。なるほどの、市井の民に匿われておったか。どうりで見つからんはずじゃ。で、今確実に主の家におるのかの?」

「たぶん、ですけど、いると思いますよ。…えっと、来ます?」

「ああ、じゃまさせて貰う。すぐに済むのでな、気にしないでくれ。」

「…はい。」

 

●S8/鈴之宮 宅

 

「私は今、人生の儚さを痛感しています。」

『ならば逃げ出せばよかろう?』

「できると思います?」

『無理だな。』

「でしょう?それに、ですね。」

『それに?』

「目の前には出来かけのボルシチがグツグツと・・・。」

『お主、命と料理を天秤に掛けたらどちらに傾く?』

「釣り合いますね。料理は命を掛けるに値する代物です。」

 などとゆー、物騒なのか平和なのか、よく分からんよーな会話。いつもに比べれば、奇跡的なほどに平和な会話。

 

 そもそも、事の起こりは今から数十分前になる。

 一宿一飯の恩義だと言ってリンがスープを作ろうと具材を買いに行った時の事だった。

 リン達はその時。後姿だけではあったのだけれど、見てしまったのだった。敵味方問わず〝凛冽(りんれつ)の魔女〟と恐れられている『狩人』の総大将、叢雲命(むらくものみこと)姫織(ひめおり)の姿を。

「どうなるんでしょうねー、私たち。」

『さあのう。気配だけは近付いてきているようだが。』

「ですね。白雪さんと共に接近中です。どうやら御学友も二人ほど一緒のようですね。……あれ?リリアの気配が見当たらないんですが。どうしたんでしょうかね?」

『ふむ、散開して調べておるのではないかな。まぁどちらにしたところで……』

「『はぁ。』」

 神と半端者の若者は二人して大きな溜息を吐いた。

 ……。

 と、終ってもいられないのが現実というモノなわけで。

「取り敢えず、極上のディナーでも作って土下座でもすれば許してもらえ……ると思いたいのですけど。まぁ、半殺しと泣き脅しくらいは覚悟しておかなければならないでしょうね。やれやれです。」

『お主という奴は。……まぁ妥当といえば妥当か。』

 

●S9/帰宅途中・道端

 

「へぇ、じゃあ姫さんは惡魔をやっつけるプロなんですね。」

 出会ってからから少ししか経っていないのだけれど、歩きながら話していて、すっかり意気投合してしまった私達。

 …というか、私達が一方的に尊敬の眼差しを贈っているだけだったりするのだけれど。

 何でも、姫さんこと姫織さんは悪い惡魔をやっつけるお仕事をしているのだとか。驚いた事にリンも同じ組織・・・『狩人』に所属しているのだとか。

 けど、けどそれって……。

「あの、シロの話を聞く限り、そのエルフの人。えっと、リンさん、でしたっけ?その人に同族殺しが出来るとは思えないんですけど。ホントにその人同族殺しなんかしてるんですか?」

 そう、それは私も気になっていた。

 そして、その問いを聞いて姫織さんは哀しそうに笑った。

「ああ、確かにのぅ。儂も最初は思ったよ。初め、リンが『狩人』の扉を叩いた時は、とてもではないがこやつに人殺し…同属殺しなど出来るわけがないと、そう思ったし、そう感じた。なによりも、風貌が風貌なだけに『狩人』内部でも孤立することは目に見えておったしのぅ。だが・・・・いや、これは本人がいる場所で話すのがフェアというものだろう。家はまだ遠いのかい?」

 哀しそうな表情はそのままに、姫織さんは言った。

 家はもうすぐそこだった。

 

 




あとで色々調整しますんで、すまんこってす。

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