星達のオーケストラ~双星のセレナーデ~ 作:NiwaNiwa
第1話 開戦の狼煙、ここにあり。
Liella!が東京大会で涙を飲んでから、はや1週間以上経過していた。学校はまだ正月休みが続いているある日の事。すみれは突如かのんに呼び出され、彼女の家族が経営する喫茶店へとその身を繰り出していた。彼女から送られてきたメッセージはただ一言、「相談したい事がある」と。これにすみれは、純粋に嬉しさを感じていた。仲間に頼りにされている、と。
そもそも、すみれはかのんの事を一目置いていた。カラフルな街並みを、単調なリズムで歩く日々を繰り返し、いつの日か誰かに見て貰う事を夢見ていたすみれ。そんなすみれに目をつけ、スクールアイドルの仲間に“スカウト”したのがかのんだった。スクールアイドルの事を最初はアマチュアだと蔑んでいた自分が、ステージの上に立つ喜び、楽しさに触れてやり甲斐を感じている。そのキッカケを作ってくれたのは間違いなくかのんである。そう思っているからこそ、そんなかのんがまた自分を頼ってくれた事がとても嬉しかったのだ。
「こんにちは~」
「あ、すみれちゃん!いらっしゃ~い!ありあ、すみれちゃん来たからお手伝い変わって、あとすみれちゃんは適当な席座ってて!」
喫茶店に入るや否や、かのんが慌ただしくすみれを出迎える。先程まで頼もしい等と感じていたのに、それとは打って変わってドタバタと店内を駆け回るかのんの様子を、すみれは微笑ましく見守っていた。かのんに言われたとおり、喫茶店のフワリとした感触の椅子に腰をかけて彼女を待つ。
「おまたせ、すみれちゃ~ん。あ、お母さん! すみれちゃんに抹茶ラテ! 私はカフェオレね!」
あらかた手伝いの引き継ぎが終わったのか、かのんはすみれの向かいの席にペタンと腰を下ろした。その隙にちゃっかりと二人分の飲み物も頼んでいる。
「お代はかのんが出してくれるんでしょうね」
「うんっ。こっちが来て貰ってる立場だからこれぐらい、ね?」
「ふふっ。じゃあありがたくご相伴にあずかろうかしら」
お互い席に座ると、軽口を叩き合う。こうして気兼ねなく軽口を叩き合える関係と言うのも、すみれにとっては唯一無二であった。そうしてとりとめのない話を交わしている間に、ご注文の品が運ばれてきた。
「……で、かのん。相談って何かしら?」
「う、うん! えとね、えっとね……」
抹茶の香りを堪能しながら、すみれは問う。これからのLiella!の事といった大事な議題なのか、それとも課題が終わらないから手伝ってくれといったしょうもない事なのか、かのんの口からどんな話題が出るのか半ば楽しみにしながら抹茶ラテを啜り……
「私もね……おとちゃんの事が好きなの!!」
「うぐっ! ゲホッゲホッ!」
直後、かのんの言葉を受け入れられないと言ったばかりに中身を噴き出した。
かのんの言うおとちゃん……東音羽は、スクールアイドル部のもう一人の部員である。部のサポーターである“彼”は、ステージに立たずとも作曲や作詞などの面で他の5人の事を支援しており、また良き友として、彼女らと深い親交にあった。その音羽の事を、かのんは好いていると。どういった意味で好いているかとは、聞かずとも明らかであろう。
「……あんた、今なんて」
「だ、だからおとちゃんの事が好きだって! いつからかは、わかんないんだけど……ちょっと前におとちゃんと電話してる時に気づいたって言うか……」
聞いてもいないことを早口に話し始めたかのんに、すみれは呆然とするしかなかった。すみれは、あのかのんから恋愛相談が飛び出てきた事に驚きを隠せなかったのだ。
すみれは彼女を頼もしいと思う一方、幾分か精神的に未熟さがあるとも感じていた。極度のあがり症で、音楽科に落ちた原因もそれとなく聞いている。無論、先の母校への訪問で堂々と歌い上げたその姿、東京大会で苦渋を飲んだ後に声高らかに次年度の目標を掲げる等、節々に成長を感じていたが、それでもまだすみれから見てかのんとは、幼さを感じる存在だったのだ。
冷静さが一足遅れて追いついてきたところで、すみれはもう一度、かのんに質問を投げた。
「……なんで私に相談したの?」
「だって、ちぃちゃんに相談するとなんだかからかわれそうだし? 可可ちゃんは『スクールアイドルは恋愛禁止デス!』って言ってきそうだし? 恋ちゃんはうぶだからこういう話がわからなさそうだし、それに……」
それに、の後に続く言葉をすみれはなんとなく予感していた。そもそもかのんは、『私も』と言ってすみれに音羽への好意を打ち明けた。これが意味するところはつまり。
「すみれちゃんも……おとちゃんの事が好きなんでしょ?」
そう。東音羽という人物にすみれは……友達以上の好感を抱いていた。一度は音羽とすれ違ってしまったが、その繋がりを“マブダチ”として結び直した2人。しかし、すみれの方はというと、マブダチの枠組みを超えて、恋人同士になりたいと密かな野心を抱いているのであった。
「……気づいてたのね」
「うん、地区予選の頃からなんとなく……前まではそんなに気にならなかったけど」
かのんは先程、自分が音羽を好きだという事に気づいたと言っていた。わざわざそう言うという事は、今は気にしないなどできないという事だろう。
「ふぅん……それで? わざわざ宣戦布告ってわけ?」
すみれとて、音羽に恋心を抱くライバルの登場を予期していなかった訳ではない。無論、誰が相手になろうと、自分が音羽を振り向かせるという確固たる決意があった。だからこそ。
「うん……私も、おとちゃんに振り向いて欲しいなって思ってるから」
「……はぁ?」
かのんの口から出てきた言葉に、呆れを隠せなかったのだ。
「振り向いて欲しい? そんな甘ったれた考えで私と一緒にしないでくれる?」
「え、すみれちゃ……」
「どんな奴が私のライバルになるかと思ってたけどガッカリだわ。そんなんじゃ、私の勝ちは揺るぎそうにないわね」
すみれの口から並べ立てられる、半ば罵詈雑言とも取れる言葉の数々。かのんとて、すみれの自信家な性格を知らないわけではない。だがしかし、そこまで言われる筋合いは無いとかのんの眉間にも皺が寄る。
「そっ……そこまで言わなくていいじゃん! 私だって、おとちゃんの事が……」
自分に向かって投げかけられたすみれの言葉に、かのんもヒートアップして言葉を返そうとする。だがしかし。
「甘く見ないで! あんた、待ち惚けてる間に音羽が向こうから来てくれると思ってるの? 私の好きな人を……そんな風に言うんじゃないわよ!!」
すみれの中で燃える炎は、それ以上だった。すみれの怒気は、そのままかのんの勢いも焼き尽くす。
「あ……」
「……今日はもう帰るわ。そんな生半可な気持ちなら、私の恋路を邪魔しようだなんて思わないで頂戴」
それだけ言うと、すみれは荷物を纏めてさっさと帰って行ってしまった。残されたかのんは、ただ呆然とするしかなく。
「酷いよ、すみれちゃん……」
すみれの席では、僅かに残った抹茶ラテの泡が、まだグルグルと渦を巻いていた。
***
「はぁ……」
家に帰った私は、まだ自分の腹の中で蠢くわだかまりを沈めようとしていた。かのんが放った、『音羽に振り向いて欲しい』という言葉。一見、恋する乙女の願いとしては普通に思えるけど、それじゃあ“弱い”のよ。受動的で、餌が付いた釣り糸が自分の目の前に垂らされるのをただ待っているだけ。そんな運を天に任せるような……過去の私みたいな事は。
そんな弱い自分とは、もうおさらばしたのだ。だから……あのかのんが。昔の弱い私を真似ているみたいで、凄く腹が立った。
「いいわよ。かのんが待ち惚けてる間に……私が音羽の事を獲っちゃうんだから」
私だって、怖い。音羽が他の誰かを好きだったら。音羽に私の気持ちが届かなかったら。そんな不安がないわけない。でも、あの子を。あの子の心を。自分のモノにしたい。その一心で、私は自分の手で道を切り拓き進むのだ。
音羽……『心のドア』なんて大仰な事を言っている私が、自らドアの内側に招き入れた人物。今、もし仮に私と音羽を隔てるドアがあるなら……ぶち破ってでも、あの子のそばにいたい。そばで、その眩しい笑顔を見ていたい。一緒に笑っていたい。
「好きよ、音羽……」
私の中で燃える炎は、消えない。誰にも、消させはしない。どれだけ私の心身を焦がしても、その炎は決して消えずに、私の中で揺らめいている。
***
「すみれちゃん、どうしてあんなことを……」
私は、おとちゃんが好き……振り向いて欲しい。そう言っただけなのに、どうしてすみれちゃんはあんなに怒っちゃったんだろう。
おとちゃん。私の前に現われた、素敵な男の子。そのよく通る声で、『かのんちゃん』って呼ばれるのが好き。いつも、皆の事を……私の事を考えてくれてるのも好き。泣いたり笑ったり、ころころ変わる表情も可愛くて好き。覚悟を決めたときの、カッコいい表情も好き。好き。大好き。いつからだったか、その気持ちは、確かに私の中に根付いて、そして芽吹いたんだ。それが花咲いたのは……少し、前の話だけど。
おとちゃんとデートしたい。そりゃ、2人でお出掛けは何度もしてるけど……好きって気づいてからは、もっともっと一緒にいたくなっちゃった。
おとちゃんと、もっと触れ合いたい。おとちゃんは気づいてるかな? あの電話から、私がおとちゃんにくっつく回数を増やしてるんだよ?
おとちゃんに手を繋いでほしい。抱きしめられたい。キス、してほしい……。おとちゃんに振り向いて貰えれば、できるのかな。
「……そんなの、待ってられないよ」
早く、早くおとちゃんの隣に立っていたい。おとちゃんと手を繋ぎたい。抱きしめたい。キス、したい。イヤだよ、すみれちゃんにおとちゃんを獲られるなんて。私の方が先に……おとちゃんに告白しちゃえば……いっそ、おとちゃんの方から告白したくなるぐらい、私の方へ振り向かせれば。そっか、そういう事なんだ。すみれちゃんが言いたかった事は。
私が何をするべきか、少しわかった気がする。明日、それをすみれちゃんにちゃんと伝えなきゃ。
***
次の日。今日はLiella!の練習があり、部の全員で学校に集まっていた。いつも通りミーティングをし、一通りダンスと歌の練習を終えたところで、かのんが口を開く。その矛先は当然、すみれだった。
「すみれちゃん、この後ちょっといいかな?」
「……なによ」
「話があるの。その……昨日のことで」
昨日のこともあってか、当然すみれは乗り気ではなかった。だがしかし、すみれを見据えるかのんの目の奥に灯った炎。昨日はなかった“それ”に、すみれはかのんの話を聞こうという気になったのだった。
「かのんちゃん、昨日すみれちゃんと何かあったの?」
「まぁね。こっちの話だから、ちぃちゃん達は気にしなくてもいいよ」
千砂都達一行が部室から退散した後、2人は向き直る。夕方の部室に2人きり、だがしかしそこに甘い雰囲気などは一欠片もなく、張り詰めた空気が満ち満ちていた。
「……昨日と同じ事を聞かせるつもりなら、帰ってもいいかしら?」
「ううん、違うよ。昨日までの私じゃない」
「そう……なら、聞かせてもらえるかしら?」
相も変わらず、呆れ顔を浮かべたすみれに促され、かのんは息を吸い、そして口を開く。
「私、おとちゃんが好き」
「……告白する相手が間違っているんじゃなくて?」
「ううん、間違ってないよ。私は、おとちゃんが好き。おとちゃんともっともっと、色んな事がしたい。だから……おとちゃんを“振り向かせる”。おとちゃんに、私の事好きになってもらいたい。ううん、好きになってもらうの」
「それを私に言ってどうするのよ」
「だから……すみれちゃん!」
かのんはすみれを指差し、彼女の名を呼び声を張り上げる。それはさながら、宣戦布告の号砲のごとく。
「どっちが先に、おとちゃんを振り向かせられるか……どっちが、おとちゃんと付き合えるか。恨みっこ無しの、真剣勝負! い、言っておくけど。私はすみれちゃんに負けるつもりなんてないから」
「ふぅーん……」
「なぁに。すみれちゃん」
「そんなに声なんか震わしちゃって。本当は怖いんじゃないの? 私に音羽が取られちゃうのが」
折角のかのんの宣戦布告に、すみれは煽るような真似をして挑発する。だがしかし、かのんの決意は揺るがない。
「怖いよ。でも、おとちゃんが遠くに行っちゃう方が。おとちゃんが、私以外の誰かと付き合う事の方が……もっと怖いもん」
「成る程ねぇ……ま、いいんじゃない?」
いい、と一言だけ残しすみれはクルリと入り口の方へと歩みを進める。
「いい、って」
「その勝負、乗ってあげるって言ってるのよ」
「ホント、すみれちゃん!? ありがとう!!」
「お礼なんて良いわ。言っておくけど、勝負をしようがなんだろうが、音羽と付き合うのは私なんだからね」
「そ、そんな事ないもん!」
「ふふっ。言うだけならただだからね。それじゃ、また明日」
部室から出たすみれは、その扉をパタリと閉め。静かに笑みを浮かべる。かのんが自分と同じラインに追いついて来たのが嬉しいのか、はたまた武者震いか。
「……負けないんだからね、かのん」
部室に残されたかのんも、今しがたすみれが出て行った扉を見据え、再びその拳を握りしめる。かくして人知れず、戦いの火蓋は切って落とされたのであった。
コラム①:原題は『星達のオーケストラ~Love Wars~』でしたが、原作者である龍也さんとの協議の結果、今のタイトルに落ち着きました。略称は『星セレ』かな?
次回更新もよろしくお願いします。