星達のオーケストラ~双星のセレナーデ~ 作:NiwaNiwa
バレンタイン。それは聖ヴァレンティヌスが殉教した日に基づいたキリスト教の祝日である……という事を、どれだけの日本人が知っているだろうか。
製菓会社の商戦に飲まれ、いつしかその日は女子が意中の相手にチョコレートを送る日となっていた。恋に生きる者達の為に尽くした聖ヴァレンティヌスがその習慣を喜んでいるかは果たしてわからないが、そんな恋人達の祭典がこの結ヶ丘高等学校にも近づきつつあった。
本命チョコを渡そうと勇んでいる者。友チョコを渡し合い、盛り上がろうとする者。それから。
「俺さぁ、スクールアイドル部の誰かからチョコ貰えたら死んでもいいな」
なんとかおこぼれに預かろうとする哀れな者。そんな声が上がるのは、音楽科の教室の隅で盛り上がっている男子のグループであった。釣り餌が垂れ下がってくるのを待つだけの、自ら泳ぐ事を忘れた魚達の群れ。そんな彼等が話題にしているのは、専らスクールアイドル部のメンバーである。
「俺、澁谷さんからチョコ貰いたいなぁ」
「俺は唐さんからだな。流行に詳しいし、絶対美味しいチョコ渡してくれるぜ」
「それはチョコ食べたいだけの人だろ。俺は嵐さんかなぁ」
「は? 平安名さん一択だし」
「いやいや、葉月会長だろ」
いつしか誰からチョコを貰うのが一番良いかのいがみ合いに発展したその群れを見ながら、溜息をつく者がいた。
「……ホント男って馬鹿ばっかりね」
そう言って溜息をつくのは、西園寺美麗。
「その理論だと、僕も馬鹿になっちゃうけど」
その向かいの席では、音羽が美麗の言葉にツッコミを入れていた。
「あら、音羽ちゃん程聡明な子はいなくってよ♡」
「ありがと……って、この流れ前もやったね」
「もうすぐバレンタインなのねー。アタシは勿論、音羽ちゃんにチョコをあげるわよ。ほ・ん・め・い♡と言いたい所だけど、残念ながら友チョコよ」
「ふふっ。ありがとう、美麗さん」
美麗は美麗で渡す側に回る、という事で音羽にチョコを渡す約束を付けていた。今や美麗の冗談を平然と返すようになった音羽が面白くないのか、美麗は逡巡の後、これだという話題を音羽に振る事とした。
「まぁ、アタシから貰わなくても音羽ちゃんは……凄い事になりそうよね」
「え?」
「そうね、聞き方を変えましょうか。音羽ちゃん達スクールアイドル部は、バレンタインどうするの?」
敢えて大きめの声で音羽に問いかけた美麗のその声に、啀み合っていた男子のグループは諍いをピタリと止めて聞き耳を立て始める。
「どうするって聞かれても。あ、でも恋ちゃんは僕にチョコを作ってくれるって。久しぶりだなぁ。恋ちゃんからのチョコレート」
音羽のその発言に、男子のグループの1人が涙を流して項垂れる。
「ふ~ん、あの葉月ちゃんがねぇ。本命チョコ、なのかしら?」
「もう、そんなんじゃないよ」
美麗がからかうように音羽に問うと、音羽は困った顔をしてそれに答えた。やはり音羽、この手の話題には弱いらしい。美麗はクスクスと笑いながら続けたのだった。
「どうかしらねぇ。本命かどうかなんて、渡す本人が決める事だし」
「むにゅ、やめてよ美麗ひゃん」
美麗はニヤニヤしながら、音羽の柔らかで滑らかな頬をツンツンと突く。
「ま、音羽ちゃんは当日期待していていいんじゃないかしら。だって、音羽ちゃん普段から部の為に凄く頑張ってるんだもの」
「で、でもぉ……そういうのを期待しちゃうのって、失礼なんじゃ」
「貰うべくして貰う人はいいのよ。どっかの行動も起こさない誰かさん達とは違ってね」
美麗は聞き耳を立てている男子達に、勝ち誇ったかのように言い放つ。男子のグループは恨めしげに美麗を見るが、何も言い返せずにいた。
「美麗さん、どこ見てるの?」
「なんでもないわよ」
「……?」
「ふふっ。当日が楽しみね、音羽ちゃん?」
音羽を見て、妖しげに笑う美麗。目の前の親友を台風の目として、バレンタインは激戦を迎えるだろう。そして事実、戦いはもう既に始まっているのだ。
***
場所は変わって、スクールアイドル部の部室。向かい合った2人の乙女の間に、電流が走る。この場にチョコレートがあるなら、その余熱だけで溶けてしまいそうな勢いだった。最もそんな事はないのか、その側にいた千砂都は、小袋からチョコを摘まんで2人……かのんとすみれの事を見守っていた。
「千砂都! 可可にもチョコクダサイ!」
「はいよーっ。あーん」
「あーん♡」
千砂都の手からチョコを受け取り、ムシャムシャと頬張る可可。部室はかのんとすみれが放つ異様な雰囲気に圧迫されていたが、千砂都と可可にとっては日常茶飯事。意に介さずチョコに舌鼓を打っていたのだった。
「……で、かのんちゃん。いつまでそうやってすみれちゃんと睨み合ってるの?」
「すみれもデス。みっともない争いは止めるデスよ」
「みっともない、ですって……?」
「可可ちゃんにはわからないよ……私達の戦いの深刻さが……!」
「わかりマセンが」
「はぁ……やれやれ。どっちが先におとくんにチョコを渡すかどうかでそこまで争う事あるかなぁ。どっちでもよくない?」
「「よくないっ!!」」
かのんとすみれ……同じ意中の相手を持つ2人は声を揃えて張り上げ、千砂都の主張を否定した。
「ちぃちゃんにはわからないの!? 好きな人に自分のチョコを1番に渡して、1番に食べて貰いたいって気持ちが!」
「いや、わかんない」
「いい? ファーストインプレッションは大事なのよ。1番最初に食べたそのチョコが基準になるんだから。えぇ、そうよ。1番最初に1番美味しいチョコを渡せば、私のチョコが1番印象に残るんだから!」
「そういうもんなんデスかね」
かのんとすみれに、お互い譲る気配はない。そんな2人を見かねて、可可は折衷案を出す。
「デハ、いっそのこと可可が1番にチョコを渡すというのはどうデショウ? 2番と3番であれば、大して変わらないのデハ?」
「そういう問題じゃないのよっ……!」
「そうだよ、可可ちゃん! どうしても、1番は譲りたくないのっ!」
「良い案だと思ったのデスが」
「とにかく、絶対私が先に音羽にチョコを渡すの!」
「勝手に決めないでよ! 私の方が先!」
「やれやれ、仲がいいんだか悪いんだか」
再びスパークを散らし始めた2人を見て、千砂都は溜息を着く。無論、この2人が仲の良いことはわかっている。しかし、この2人は音羽の事になると、やはりどうしてもヒートアップしてしまうのだ。その気持ちはわからなくもないが、こうして事あるごとに争いが怒ると、どうしても辟易してしまうのが千砂都の本心であった。
「それじゃあさ、2人同時にチョコを渡すってのはどう? それだったら、まぁるく収まらない?」
「食べる順番はどうするのよ」
「うーん、それはおとくん次第かな? 運否天賦になっちゃうけど、おとくんの選択だってなったら、2人も納得出来るんじゃない?」
「成る程、千砂都ナイスアイデアデス!」
「2人はどうかな? このまま争ってても堂々巡りだと思うけど」
千砂都の提案に、かのんとすみれは今一度考える。そうして、先に答えを出したのはかのんであった。
「……イマイチ腑に落ちないけど、私はちぃちゃんの案で賛成」
「はぁ……そうね、音羽の前でいざこざはしないって約束だし」
「はいっ! それじゃあこの話はおしまいね!」
一旦は千砂都がパンッ、と手を打ってその場を収めたのだった。
***
夕刻。部の活動を終え、帰路に着くかのんと千砂都。そのかのんの顔は、昼間すみれと対峙していた時のように固い表情が貼り付いていた。
「かのんちゃん、まだ納得出来てないの?」
「……何の話?」
「チョコの話しかないでしょ」
「そりゃ……おとちゃんに一番にチョコ食べて欲しいって気持ちは、やっぱり消えないよ」
「まぁ、そうだよね」
そんなかのんの表情を見かねたのか、千砂都はかのんに一つ提案したのだった。
「じゃあさ、こうしようよ。手に取ったおとくんが、より食べたくなるようなチョコを作る。それこそ、すみれちゃんのチョコよりもね」
「ちぃちゃん……」
「ね? 運否天賦とは言ったけど、やっぱりより美味しそうなチョコの方が先に食べたいってなると思うよ? だから、同時に渡すならすみれちゃんより魅力的なチョコを作るしかないって!」
「そう、だね……うんっ、ちぃちゃんの言う通りだ。私、頑張るよ!」
「うんうん、そうこなくっちゃ」
千砂都の言葉を聞いたかのんの顔には、先程までの翳りはなく、いつもの活気が戻っていた。
「それでね、ちぃちゃん。私、いつもはちぃちゃんと一緒に作ってるけど……」
「皆まで言わなくても、わかってるよ! 好きな人へのチョコだもん、手伝うのは無粋だよね」
「うんっ……ごめんね、ちぃちゃん。ちぃちゃんにも、友チョコ作るから!」
「ありがとっ! 頑張ってね、かのんちゃん!」
沈む夕日が、2人の笑顔を照らしていた。
***
一方、すみれはと言うと。こちらも相変わらず、険しい表情を浮かべていた。
「もぉー、すみれ。いつまでそんなムッツリでいるデスか」
「……」
「そんなに、イヤなのデスか。音羽に、その……チョコ、1番に食べて貰えないの」
「っ……イヤよ」
可可の問いを受け、すみれは静かに訴えを漏らす。
「私の好きって気持ち、音羽に1番に受け止めて欲しいもの。私が1番、音羽の事好きなんだもの……」
「……それは、かのんだって同じだと思いマス」
「それぐらいわかってるわよ! でも譲れない。絶対に、譲らない」
「はぁ……何か手はあるのデスか。まさかこっそり抜け駆けだなんて……」
「そんな姑息な手、使わないわよ。正々堂々、音羽が1番に食べたくなるようなチョコを渡す。同時に貰ったって、より美味しそうなチョコの方を先に食べるに決まってるわ」
すみれはあれからずっと、考えていたのだ。何としてでも、音羽に自分のチョコを1番に食べて貰いたい。その為に、自分に出来る事は何か。
「成る程……ま、精々頑張るデスよ」
「あんたに言われるまでもないわ。絶対……絶対、1番素敵なチョコを音羽に渡すんだもの」
「……」
可可は、それ以上すみれに言う事はもうないのか、黙って彼女の背中を見ながら歩くのだった。
***
2月13日。この日、澁谷家のカフェの扉には『臨時休業』のプレートがかかっていた。その理由は、他でもない。カウンター席の向こう側、キッチンを所狭しとチョコレートが占拠しており、自分達の出番を待っていた。
「……よし、やるぞ!」
そして、それらの主であるかのんは腕をまくり、チョコレートの山に手を伸ばす。今日は、かのんが母親に無理を言ってキッチンを貸し切ったのだ。いつもならそんな無理は通らないが、かのんの目に宿った炎を見て、母親は許可を下ろしたのだった。
「とは言っても、おとちゃんにどんなチョコを送ろう……」
板チョコを手に取って、かのんは一考する。チョコレートと一口に言っても、その味、種類は多岐に渡る。音羽が真っ先に食べたくなるような、魅力的なチョコ。果たしてそれはどのような形をしているのか。
「うぅ、こんな事ならおとちゃんに好みを聞いておけばよかった……確か甘めの味付けが好きだったよね? だったら、ビターチョコはやめておいて……」
真っ黒な包装紙に包まれた板チョコを、キッチンの隅に追いやる。
「うぅーん、ミルクチョコとホワイトチョコ……折角だし、2種類作っちゃうか」
チョコを細かく刻み、湯煎し、テンパリング。これらの工程は毎年やっているし、更にかのんは喫茶店の看板娘。あっという間に、型に流して成型する所までやって来た。
「型は……やっぱりハートでしょ」
ハートの型にチョコを流し込み、アラザン等のデコレーションを散らせば、後は冷蔵庫に投入して冷え固まるのを待つだけ。
「待ってる間に他にも色々作ってみよっと」
スマホでレシピを調べ、今度は生クリームを手に取る。鍋に投入した生クリームを火にかけ、沸騰したら刻んでおいたチョコレートと手早く混ぜる。滑らかになれば、ガナッシュの完成だ。
「折角だし生チョコとトリュフチョコの2種類作っちゃうか」
半分に分けたガナッシュの片方をバットに流し込み、そのまま冷蔵庫で休息を取らせる。もう片方は、丸く成型をしてから冷蔵庫へとご案内。デコレーションの準備をしている間に、最初に設定したタイマーが鳴り響いた。最初に固めたチョコレートを並べていたバットを取り出し、チョコペンを使って文字を書いていく。こうして、澁谷かのんの本命チョコ初号機が完成した、のだが……。
「……ありきたり過ぎる」
そう。4つのハート型のチョコレートにはそれぞれ『L』『O』『V』『E』と一文字ずつあしらわれている。『バレンタイン 手作り』と画像検索したら1番上に出てきそうなチョコレートが出来上がってしまった。味見用に余分に作ったモノも、申し分なかった。本当に、申し分ないだけだった。
「これじゃダメだ。もっと、もっと魅力的で、それでいて美味しいチョコを作らなきゃ!」
残念だが、本命チョコ初号機はボツ。次いでかのんは、丸めたガナッシュ……トリュフチョコの“核”を取り出した。手の平に別で溶かしておいたチョコレートを塗り、ガナッシュを手に取ってコーティングしていく。次に、バットに入れたココアの上で転がしてココアをまぶした後、再び冷蔵庫へ。それと入れ替わりで生チョコを取り出し、ココアを振りかけて味見をする。
「うぅーん……こっちも美味しいけど……」
かのんが抱いた感想は、最初のチョコレートと似たようなモノであった。暫く待って取り出したトリュフチョコも、また同じく。
「市販のチョコレートを使ったらこんな感じになっちゃうのかな……」
目の前に積み重なったチョコの山の前に、かのんは頭を抱えていた。なんとかして、この状況を脱却すべく、考えを巡らせる。暫くして、かのんの出した答えとは。
「お母さ~ん……」
「ん~? あら、チョコのいい香り」
かのんは自分一人では手詰まりだと感じたのか、母親に意見を仰ぐ事とした。喫茶店経営の母親であれば、何かスイーツを美味しくするヒントを持ち合わせているのではないか、と考えたのだ。
「それで、どうしたのかしら?」
「おとちゃんへのチョコ、中々満足行く出来がしなくて……」
「あらあら……ふふっ、可愛い悩みね」
「私は真剣なの!」
「わかってるわよ。そうね……かのんは、どんなチョコを作りたいの?」
「そりゃ、おとちゃんに喜んで貰えるチョコを」
「そうねぇ。それも大事だけど……ちゃんと、かのんの気持ちが伝わるような贈り物にしなきゃ」
「私の?」
「そうよ。折角のバレンタインなんだもの。自分の気持ちも大事にしてあげなきゃ。かのんはおとちゃんに、どんな気持ちを伝える為にチョコを渡すの?」
母に問われ、かのんは自分の胸に手を当てる。答えは、決まっていた。
「おとちゃんの事が、好きって気持ち」
「うんっ。なら、おとちゃんにその気持ちがちゃんと伝わるようにしましょ。あ、勿論気持ちの押し売りはナンセンスだからね!」
母がウィンクして、かのんにエールを贈る。
「うんっ……ありがと、お母さん!」
お礼を告げ、厨房に戻ったかのんは、再びチョコレートの山に手を伸ばす。チョコを刻みながら、かのんは音羽の言葉を思い出していた。
『かのんちゃんといれるこの時間、場所。全部が特別だから』
それと、一緒だった。どんなありきたりだって、音羽となら、特別に変わる。
「ふふっ。学んだばっかのはずなのに……私もまだまだだな」
音羽はいつも、かのんの思いを受け止めて、そして喜んでくれていた。きっと、今回だって。なら、自分に出来る事は。
「……おとちゃんに、目一杯伝わるようにしなきゃ!」
***
2月14日。乙女達の聖戦の日。まだビルの合間に縫い付けられた太陽が街並みを照らす、午前7時。結ヶ丘高校の校門が開放される時間だ。
「あら……おはよう、澁谷さんに平安名さん。今日も朝練かしら?」
校門を開ける教師が、目の前にいる2人の女子生徒を見て声をかける。スクールアイドル部がこの時間に集まるのはよくある事で、今日もそうなのかと訪ねるが。
「いえ、今日はちょっと……所用で」
「まぁ……ふふっ。頑張ってね」
今日の日付、所用とくれば察しがついたのか、その教師は2人に笑いかけ、校舎へと戻っていった。
「おはよう、すみれちゃん」
「おはよ、かのん。気合充分ね」
「勿論っ」
かのんとすみれの間に、火花が散る。2人は部室に向かって、待ち人の到着を待つ。この時間に呼んだのは勿論、1番に自分がチョコレートを渡すため。
そして、7時10分。約束の時間に、彼は現われた。
「おはよう、2人とも。ごめんね、ギリギリになっちゃって」
「おはよう、おとちゃん!」
「おはよ、音羽。私達もあんまり待ってないから、気にしないで」
東音羽。2人が彼を呼びつけた理由は、ただ一つ。
「それで、えっと……渡したいものって」
「もう。流石の音羽でも、わかるんじゃない?」
「う、うん。その、そうだよね。でも、いいのかな……僕なんかが」
「“なんか”じゃないよ。私達、おとちゃんだから渡したい。おとちゃんに、受け取って欲しいんだから」
「えぇ、だから……」
かのんとすみれは、後ろ手に隠していた包み……丁寧にラッピングされたそれを音羽の前に同時に差し出す。
「「私からのチョコ、受け取ってください!」」
相対する、音羽は。
「うんっ……ありがとう、2人とも!」
満面の笑顔で、2人からのチョコレートを受け取ったのだった。
「それでね、音羽。早速チョコレート食べて欲しいんだけど……」
「うんうん! 私のチョコも!」
「本当? じゃあ、お言葉に甘えて……」
音羽は椅子に腰掛け、かのんとすみれもそれに続く。
「えっと……すみれちゃんのは、マカロンだよね」
「えぇ。基本はチョコ味だけど、時々抹茶味も混じってるから、色んな味を楽しんで欲しいわ」
「うんっ。それと、かのんちゃんのも……開けていい?」
「うんっ、勿論!」
すみれのマカロンが外からも中身が見えるラッピングだったモノに対して、かのんからの贈り物は小さな箱に入っていた。リボンを解き、音羽は箱を開ける。
「これは……チョコタルト?」
「そう! 一口サイズで食べやすいし、カロリーも抑えてあるの。今日、おとちゃんいっぱいチョコ貰うかなって思ったから、あんまり重くないようにしたかったの」
「本当? ありがと、それに……メッセージカードも」
「うん。本当は、タルトにデコろうかなーって考えたけど……お腹の中に私の言葉が消えちゃうのが寂しくって、なんてね」
そう言って、ペロっと舌を出すかのん。その仕草に、音羽の胸が高鳴る。そのまま、音羽はかのんのチョコタルトに手を伸ばした。
「あ~むっ……うんっ……とっても、美味しいよ!」
「わぁ……えへへっ、ありがとおとちゃん!」
「すみれちゃんのマカロンも、食べていい?」
「……えぇ、勿論。食べて貰う為に渡したんだもの」
すみれは一瞬、音羽への返答に遅れたが音羽は気づかなかった。そのまますみれお手製のマカロンも口の中に消える。
「うん……こっちも美味しい! ありがとう!」
「どういたしましてっ」
2人のチョコを食べた音羽は、とても幸せそうな表情を浮かべていた。
***
その日の夜。かのんは満足げな表情を浮かべながら、ベッドの上で寝転がっていた。
「えへへ、おとちゃんに1番にチョコ食べて貰っちゃった♡」
あの後、音羽は様々な人間からチョコを貰っていた。同じLiella!のメンバー、クラスの人間、更には普通科の中にも音羽にチョコを渡す人物がいた。それでも、今日1番にチョコを渡したのはこの自分なのだという優越感がかのんを満たしていた。
「……このまま、おとちゃんの1番になれるかな」
かのんは、枕を抱いたままそっと呟く。今日は、確かに音羽に選んで貰えた。でも、音羽が大事な決断を下すときも、果たして自分を選んでくれるのだろうか。
「……ううん、違うよね。選んで貰えるように、まだまだ頑張らなきゃ」
今日渡した本命チョコだって、まだまだ途中の1歩に過ぎない。ここからもっとアピールを重ねて、音羽に振り向いて貰う。その為にも、かのんは歩み続けなければならない。
「……待っててね、おとちゃん」
いつか、愛しい人の隣で歩む為に。
***
すみれは、自室の窓辺にて夜空を見上げ、物思いに耽っていた。
音羽に、1番にチョコを食べて貰えなかった。音羽に、選んで貰えなかった。その事で、頭がいっぱいだった。すみれは、余っていたマカロンを口に放り込む。バレンタインに贈るマカロンには、特別な意味が込められている。『あなたは特別な人』と。
「……まぁ、回りくどいのじゃ音羽には伝わらなかったかしらね」
かのんは、メッセージカードを使って音羽に直接気持ちを伝えていた。だからこそ、1番にその気持ちに応える為にかのんのチョコを選んだのかもしれない。
「ま、今回は勝ちを譲ってあげるわよ。かのん」
自分も負けてられない、次はもっと直球で音羽にアピールをせねばと、すみれも決意を新たにしたのだった。
***
ベッドの上に寝転がりながら、音羽は思索する。その手には、一つのメッセージカードが握られていた。
『いつも本当にありがとう、これからもよろしくね! 大好き』
左下に赤いペンで小さく書かれた最後の3文字を、音羽はそっと撫でる。あの後、千砂都に可可、恋。クラスの女子や美麗など、様々な人物からチョコを貰った音羽。誰もがみな、音羽を思い、贈ってくれた。音羽へかける声の“色”のどれもが、喜びに満ち溢れていた。
だがしかし、音羽の脳裏に焼き付いていたのは、かのんとすみれの“色”。炎のように真っ赤で、それでいて瑞々しい果実のように柔らかな桃色も孕んでいた。丁度、この3文字が書かれたペンと同じ様な色だった。音羽の、知らない色。音羽の心に、ない色。
時々知覚はしていた。かのんの温和なオレンジと、すみれの麗艶な黄緑に混じって届く、微かな赤。その種火は今日、一段と大きな炎となって、優しく、そして激しく音羽を包み込んだのだった。その炎の名前は、なんなのか。
「……わかんないなぁ」
そんな音羽の呟きが、宙に霧散した。
コラム⑧:1話の後書きでもお話しましたが、原題が『星達のオーケストラ~Love Wars~』なので今回のタイトルで微回収出来て嬉しみ
次回更新もよろしくお願いします。