星達のオーケストラ~双星のセレナーデ~ 作:NiwaNiwa
第10話 その少女の名は。
春休み、と言えば人は何をするだろうか。桜の木の枝先で縮こまっている蕾のように、温かな日が来るのを待ちながら家の中でのんびりと過ごしていたい……という人間が大半ではないだろうか。
しかし、この少女……米女メイはそうもいかない。メイはこの春、結ヶ丘高等学校に入学するのだ。その準備をする為に、今日は友人をと共に買い物へ行こうとしていた。
「よぉ、四季」
「メイ」
待ち合わせ場所にて、メイは青髪の少女に声をかける。メイが声をかけた少女……若菜四季は、メイと目が合った瞬間、その頬を微かに朱に染める。
「悪いな、待たせちまったか」
「平気。今来た所だから」
「それ、来てない時の常套句だぞ」
「……11分39秒待った」
「一応、今って約束の10分前なんだけどな……ま、いいや。行こうぜ、四季」
四季はメイに追従し、二人は春めく街並みを歩き始める。
「そういえばさ、意外だったよ」
「何が?」
「お前も結ヶ丘に行くって言ったの」
「……メイと一緒がいいから」
「でもよ、結ヶ丘って共学だぜ? お前、男苦手だっただろ」
「それは、メイも一緒」
メイと四季は、お互い女子中学を卒業していた。だがしかし、春から結ヶ丘に通うとなると否が応でも同年代の男子と接しなければならない場面が出てくるだろう。
「私は別にちょっとうぜ~って思うぐらいだし。それに、男は私みてーなのに寄りつかないだろうし……でも、ほら。四季は綺麗だから」
「っ……そ、そういうの、急に言うの禁止」
「えぇ~、別にいいだろ。本当の事なんだし」
メイが何気なく放った言葉に、四季の頬が真っ赤に染まった。
「でも、私も大丈夫だと思う。"対策"してみたから」
「対策?」
調子を整えた四季は、髪をかき上げる。
「……! お前、それ」
「孔けてみた」
四季の耳には、真っ赤なピアスが通っていたのだ。メイは、そんな四季の耳を見て驚いた表情を浮かべる。四季は、中学時代窓際で生物の図鑑を読んでいるような、言ってしまえば"地味"寄りだった。だからと言ってメイはそんな彼女に忖度するわけでもなく気の許せる友人として接していたが、まさかそんな四季が、ピアスを孔けているとは思いも寄らなかったのだ。
「見て、メイの色」
「なっ……お、お前な! そういうの恥ずかしげもなく言うのヤめろ!」
「本当の事。ふふ」
今度はメイが、その頬を真っ赤に染める。そんなメイを見て、四季はクスクスと笑うのだった。
「ったくよ……お前はいい加減、私離れするべきじゃないか?」
「大丈夫。メイは、結ヶ丘に入ったらスクールアイドル、始めるでしょ?」
「ならねーって。前から言ってるだろ」
「部活、忙しいだろうし。私は……同性の友達作り、頑張るよ」
「話聞けよ……」
メイはぶつぶつと文句を垂れながら、四季の一歩先を行く。
「ねぇ、メイ」
「あ? どうかしたか」
「結ヶ丘のスクールアイドルって、どんな人達なの?」
しばらくして、四季が思い出したかのようにメイに尋ねた。メイは、四季の口からスクールアイドルという単語が出た瞬間、その目をキラキラと輝かせた。
「……! お前、やっぱりスクールアイドルに興味が……!」
「別に。ただ、これからメイがお世話になる人達の事は知っておこうと思っただけ」
「ンだよ……折角布教勧誘出来るチャンスだと思ったのに。てか、世話にもならねーし!」
「いいから、教えて」
「なんなんだ一体……ま、いいぜ。折角だしこの機会に教えてやるよ」
「よろしく」
四季に促されて、メイは語り始める。その表情は、とてもイキイキとしていた。
「まずは澁谷かのんさんだな! 澁谷さんは東京大会でセンターを務めたんだ。ソロパートの歌声はまさに歌姫! でも、1回だけあった結校の生配信で見た感じとは全然違くてさ~」
「ギャップ萌え?」
「そう! ギャップ萌え! あの人の周りにはこう、漂ってるんだよ。カリスマってヤツが! 後は……作詞も担当してるってSNSに書いてあったっけ」
「ふぅん……」
メイは気分が上がってきたのか、饒舌に説明を続ける。
「次は唐可可さんだな。可可さんはなんと! スクールアイドルをやる為に上海から留学してきたんだ! あの人がステージの上で見せる、イキイキとした可愛い表情がたまんねぇんだよ!」
「凄い行動力」
「Liella!では衣装とSNS運営を担当してるんだ。Liella!の情報は、あの人が発信してくれてるんだぜ! はぁ、ありがてぇ~!」
「そうなんだ」
「あ! お前にもアカウント教えておくよ。後でフォローしとけよな」
「気が向いたらね」
今しがたメイからのメッセージで光ったスマホを一瞥してから、四季はメイに視線を送って説明の続きを促す。
「んで、次は嵐千砂都さん! ダンスの腕がピカ一! 大会で優勝した経験もあるんだぜ。その経験を活かしてか、ダンスの振り付けを担当しているんだってよ」
「凄い……」
「あとさぁ……ほ、ほら。私と嵐さんの髪型、お団子がお揃いだからちょっと親近感……」
「気のせい」
「いいだろ! ちょっと妄想に浸るぐらいよぉ……」
メイはぶつくさと口をすぼめ、文句を垂れた。
「ま、いいや。次は平安名すみれさんだな。平安名さんの話題で外しちゃいけないのが、地区予選のステージ! あの瞬間だけは、全世界のスポットライトがあの人に注目してたんじゃないかって思うぐらい、魅惑的なステージだったんだよ!」
「……そんなに?」
「そんなに、なんだよ! 例えるなら、そうだな……切り札って言うか……そう、ジョーカーだ! あの人はまさしく、Liella!のジョーカーなんだよ!」
「ジョーカー、ね……」
時に最強となり、時に負け筋となるその札。平安名すみれと言う人物は、まさに"勝ち"のジョーカーなんだろうと、四季はメイの語り草を聞いてそう考えた。
「それから、葉月恋さんだな。葉月さんはまさしく、エレガント! 容姿端麗、才色兼備を体現した人なんだ! Liella!が歌う曲も、葉月さんが作ってるんだぜ」
「エレガント……」
「そう! 結ヶ丘の生徒会もしているらしいし、まさにLiella!のエースって感じだよな~」
「エース……」
「さて……そして最後に、絶対に忘れちゃ行けない人がいるんだ」
「……? 前に見せて貰ったステージの動画では、5人だったと思うけど」
もう紹介は終わったのではないか、と四季は首を傾げた。そんな四季を見て、メイはやれやれと呆れたように首を振り、そして満を持して口を開く。
「そうだな、"ステージに立つメンバー"は5人だ。だがしかし、Liella!にはもう一人、大切なメンバーがいるんだ。それが……東音羽さんだっ!!」
ババン、と効果音が出そうな勢いのメイに、四季は相変わらず首を傾げていた。
「……聞いた事ない」
「まぁ殆ど露出ないからな~、私も、名前と見た目以外はLiella!のサポーターをしてるって事ぐらいしか知らないし」
「その割には自信満々だった」
「う、うるせぇなぁ」
「写真とかはないの?」
「さっき言った生配信には出てたぜ。でも、アーカイブが消えちゃってるからな……それから写真とかは上がったことないし、名前しか知らないって人の方が多いんだよな」
メイから出てくる情報は、あまりにも不透明であった。メイのスクールアイドル情報網は優秀であると、四季は評価している。自分が興味ないと言っても、あれよこれよと情報がぽんぽん出てくるぐらいに。そんな彼女があまり知らないと言う程、"彼女"は謎めいた人物なのだと、四季はそう結論づけた。
「……メイはどうせ、入部してお世話になる」
「私は入らねーって言ってるだろ!」
「強情」
「だぁーもう!」
メイの叫び声が、青空に響き渡る。彼女達が結ヶ丘に入学するまで、あと数日。新たな出会いは、もうすぐそこにある。
コラム⑩:東音羽は、知る人ぞ知るLiella!のサポーター。SNSでは名前でその存在が語られるのみで、詳しい素性は明らかにされていない。Liella!古参……たった1回だけあった結ヶ丘の生配信を見た人間には熱烈なファンが多い。新参の間ではどんな人物か、日夜討論が交わされている。
次回更新もよろしくお願いします。