星達のオーケストラ~双星のセレナーデ~   作:NiwaNiwa

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第10.5話 あの子の隣の席

 4月初週。今日は結ヶ丘高等学校の入学式だ。正門をくぐると、真新しい制服に身を包んだ結高生達が、桜並木の元で互いに写真を撮り合っている。そんな様子を微笑ましく思いながら、かのんはその脇を通って校舎へと向かって行った。

 

「おはよ、かのんちゃーん!」

 

 かのんが校舎の玄関をくぐると、彼女の幼馴染……千砂都(ちさと)がかのんを出迎えた。

 

「おはよ、ちぃちゃん! クラス替え、もう見てきたの?」

 

 千砂都は、他の結高生徒が集合している場所から出てきた。生徒は皆、いつもは通り過ぎていくだけの掲示板に貼り付けられたA0用紙に釘付けになっている。その紙には、整然と名前が並べられていた。新学期初日、それが何を表すかは言うまでもないだろう。

 

「うんっ。ほら、かのんちゃんも見てみて!」

 

 千砂都に肩をつかまれ、かのんもその群衆の方へと押し出される。自分の名前というものは、得てして簡単に見つけられるものだ。かのんはすぐに、自分の名前。そして、幼馴染の名前が同じ枠の中にあることを認めた。

 かのんも今日から高校2年生。その最初のイベントであるクラス分けは、大成功であった。

 

「……! ちぃちゃんっ!」

 

「うんっ! 今年も同じクラス! やったね!」

 

「「うぃっすー!」」

 

 2人は声高らかにお決まりの挨拶をして、ハイタッチ。パンッ、と祝砲を打ち鳴らしたのだった。

 

***

 

音羽(おとは)~! レンレ~ン! 『Liella!』普通科、全員同じクラスになりマシタ~!」

 

 新学期最初のHRが終わった後、スクールアイドル部の部室に『Liella!』のメンバーが集まるや否や、可可(クゥクゥ)が声高らかに白星を宣言する。その相手は、先に部室で待っていると連絡があった(れん)と音羽であった。2人は可可からの報告で、自分の事のようにパァッと顔を輝かせた。

 

「ほんと? おめでとう!」

 

「音羽とレンレンはどうだったデスか?」

 

「僕たちも一緒のクラスになれたよ! ね、恋ちゃん」

 

「はいっ! とっても嬉しいです。また1年間音羽くんと共に勉学に励めるだなんて、これ程嬉しい事はありません!」

 

「よかったデス~! またお二人の教室にも遊びに行かせてクダサイね!」

 

 恋もニコニコと、自分達のクラス分けの結果を報告する。その結果を聞いた可可は、恋の元へと駆け寄ってその周りをピョンピョンと、犬のようにじゃれ始めた。

 

「ふふっ。2人ともよかったね」

 

 まだ部室の入り口にいたかのんも、音羽と恋に向けて素直に祝福の言葉をかけた。その直前に小さく無意識に放たれた、「いいなぁ」という声を覆い隠すかのように。その声を聞けたのは、すぐそばにいた千砂都とすみれだけであった。

 

「ふふっ。かのんちゃんってばかわいー♡」

 

「ん、やめてよちぃちゃん……」

 

 千砂都がそんな幼馴染の恋慕を微笑ましく思う傍ら、隣にいたすみれはフンッと鼻を鳴らしながら、かのんを冷ややかな視線で見つめていた。

 

***

 

「い゛い゛な~、恋ちゃん! おとちゃんと同じクラスだなんて!」

 

 放課後。音羽、恋と帰路を別れた普通科組、その一角から声があがる。かのんだ。舞台(ステージ)の上で紡がれる、凛とした旋律のような声はどこへやら、その声は酷く悲哀の色を纏っていた。

 

「仕方がないよ~、音楽科は普通科よりもクラスが少ないんだし。一緒になる確率もその分上がってるって」

 

「かのんは音羽とレンレンが一緒のクラスがイヤなのデスか?」

 

「私だってそこまで薄情じゃないけどさぁ……私も一緒がよかったよー!!」

 

 そう、叫んだかと思うと、かのんはその場で「はぁ」という溜息と共に項垂れてしまう。そんなかのんの様子を、すみれは部室で見ていた時と同じように、冷ややかな視線で見つめていた。

 

「どうにもならない事をぎゃーぎゃー五月蠅いわね」

 

 すみれはその表情を保ったまま、かのんに向かって言い放つ。その声色も酷く冷たく、桜の咲く陽気な春の通学路にはとても似つかわしくいものではなかった。

 

「そういうすみれちゃんは? おとくんと一緒のクラスになりたくないの?」

 

「ふん。そんな簡単な質問に、今更答えなきゃいけないの?」

 

 すみれはその態度を保ったまま、澄ました顔をして答える。

 

「なんと、いやなのデスか」

 

「あーあ、すみれちゃん酷い。おとくん泣いちゃうよ」

 

「ん゛なわけな゛い゛でしょうが!!!!!」

 

 すみれの答えに対して放たれた冗談の連撃に、それまで澄ました顔を保っていたすみれであったが、たまらず嚙みついた。彼女はその勢いのまま、言葉を続ける。

 

「私だって……私だって! なれるもんなら音羽と同じクラスになってみたかったわよー!!」

 

 先程までの高飛車な態度はどこへやら、それまで内に秘めていた欲望を全身から解き放ったかと思うと、次の瞬間にはかのんと同じ姿勢をとって、その場で固まってしまった。

 

「はぁ……全くこの恋する乙女共は……」

 

「まぁまぁ。微笑ましいじゃん」

 

「グソクムシはともかく……そんなに音羽と一緒のクラスがよかったら、かのんは音楽科に転科すればよいのではないデスか?」

 

「こら可可。私はともかくってどういう意味よ」

 

「転科?」

 

 可可からの思いがけない提案に、かのんは折れ曲がっていたその上体を起こした。すみれから上がった講義の声を無視し、可可はそのまま言葉を続ける。

 

「だって、かのんが音楽科に落ちてしまったのは、歌えなかったのが原因なのデショウ? もうかのんは歌えてマス。今なら、音楽科なんておちゃのこさいさいなのデハ?」

 

「確かに。かのんちゃん、筆記試験はほぼ満点だったって言ってたよね?」

 

「私が、音楽科……音楽科で、おとちゃんと一緒のクラス……」

 

 かのんのかつての夢。結ヶ丘の音楽科に進み、歌でみんなを笑顔にする。その夢の隣を、大好きな人が共に歩んでくれていて……。それはそれは、さぞ素晴らしく楽しい日常になるのだろう。かのんはひと時その光景を夢想しただけで、今すぐその胸の高鳴りを歌にして叫びだしたいぐらいだった。

 

「……う~ん、確かに魅力的なんだろうけど」

 

「だけど?」

 

「流石におとちゃん目当てで転科するってのはちょっと、やましすぎるって言いますか」

 

 しかし、かのんは苦笑いしながら、喉元まで出かかったその甘露な思想を飲み込んだのであった。

 

「……ふん。かのんが転科しないなら、私が代わりに転科して、音羽と同じクラスになっちゃおうかしら?」

 

「天地がひっくり返っても無理デスね」

 

「ぐぬぬ……音羽の為だったらひっくり返してやるわよ! 天地ぐらい!!」

 

「お、今のちょっとカッコいい」

 

「どーせ言うだけグソクムシデス」

 

「グソクムシ言うな!」

 

「というかさ、かのんちゃん」

 

 すみれと可可のいがみ合いを他所に置いて、千砂都はかのんに上目遣いで視線を送りながら口を開いた。

 

「な、なんでしょうちぃちゃん」

 

「……ここに、かのんちゃんの為に転科したちぃちゃんがいるのに、そんなちぃちゃんにもやましいとか言っちゃう?」

 

「う゛」

 

 千砂都の言葉と、ジトっとした視線が刺さる刺さる。

 

「……もし、かのんが音楽科に行くとしたら、千砂都はどうするのデスか?」

 

「私? ん~……まぁ、音楽科に戻る事になるのかな?」

 

「なんで疑問形なのデスか」

 

「あんたぐらいよ、科を反復横跳びするのは」

 

「てへへ」

 

「もぉ~、私は行かないって言ってるのに……」

 

 ペロっと舌を出した千砂都に、かのんが頬を膨らませる。

 

「ごめんごめん。ま、普通科はこの4人で仲良くやってこー! って事で」

 

「何が”て事で”なのかよくわかりマセンが」

 

「いいんだよ、日常にオチなんてないでしょ」

 

 そう言いながら、千砂都と可可は再び歩き始めた。かのんもそれに追従しようと足を踏み出したその時、それに待ったをかける声が。

 

「……かのん」

 

「すみれちゃん? どうしたの?」

 

「意外だったわ」

 

 自分の方へ振り返ったかのんに、すみれは言葉を続ける。

 

「あんたは……あんたはてっきり、さっさと音楽科に行くって言っちゃうかと思ってた」

 

「……言わないよ。そりゃ、まぁ。ちょっと行きたいって気持ちはあるけど」

 

「じゃあなんで」

 

「私は……普通科(この場所)で、頑張ろうって決めたから。今更音楽科に行くっていうのは、あの頃の私の気持ちを無碍にしちゃうかなって」

 

「ふーん……そ。まぁ、あんたがそれならそれでいいんじゃないの?」

 

 神妙なかのんの言葉を、すみれはからかうでもなくそのまま咀嚼したのだった。

 

「それに……私、すみれちゃんと一緒のクラスも嬉しいよ?」

 

「んなっ……」

 

「ふふっ。すみれちゃん照れてる」

 

「ふ……ふんっ! この私と一緒のクラスになれたんだもの。嬉しく思わない方が変だわっ!」

 

「ふふっ、そうだねー」

 

「かのんちゃ~ん、すみれちゃ~ん?」

 

「あんまり遅いとおいていくデスよ~」

 

「わかったー! ほら、すみれちゃんいこ?」

 

「わかってるったらわかってるわよ」

 

 夕日が差す帰り道を、二人は再び並んで歩き始めたのだった。

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