星達のオーケストラ~双星のセレナーデ~ 作:NiwaNiwa
とある商業施設を、男女が仲睦まじく歩いている。
「恋ちゃん、そろそろバレンタインに使うモノ見に行く?」
「はっ、そうでした! 音羽くんとのお出掛けが楽しすぎてつい」
「もぉ~、それが本題だよ?」
音羽と恋は他愛もない会話を楽しみながら、人の波を縫って進んでいく。まさか、後ろに自分達をつけている人間がいるとも知らず。
「いいなぁ、おとちゃんと恋ちゃん楽しそう……」
「ぐぬぬ、羨ましい。じゃなくてけしからんわね」
「流石に取り繕えてないよ、すみれちゃん……」
かのんとすみれは前の2人の動向を観察しながら、歩き続ける。そして、まさかまさかこの2人も、尾行している自分達が尾行されているとは思わないだろう。だがしかし、その後ろには確かに、彼女達に続くように動く2つの人影があるのだ。
「可可ちゃん、2人の事見えてる?」
「はいデス! その先に音羽とレンレンもいますよ。流石に何を話しているかまでは聞こえマセンが……」
「ふふ、なんか楽しくなってきたかも。このまま気づかれないように後を追うよっ」
可可と千砂都は完全に物見遊山である。だがしかし、なんだかんだお互い大事な親友が気になるのであろう。あくまで彼女達を見守るという態で、この2人も突き進む。
6人を、Liella!という存在を知っている人物であれば、この珍妙な光景に少なからず疑問を覚えるだろう。最もそんな事はなかったのか、人の波はただこの6人を、あくまで別々の3つのペアとして流していくだけであった。
***
しばらく歩いて音羽と恋が辿り着いたのは、この時期の為に設営された、チョコレート売り場のコーナーであった。
「ふぅ、やっとここにつきました。そうだ、音羽くんはどんなチョコが好きですか? 私、なんでも作って差し上げますよ!」
「本当!? 恋ちゃんの手作りチョコ……何年ぶりだろう……!」
「ふふっ。喜ぶのはまだ早いですよ。音羽くんの好きなモノ、教えてくださいな」
「えぇっと、僕はねぇ……」
色取り取りのチョコレートを前に、楽しそうに会話を繰り広げる音羽と恋。そんな2人を、かのんとすみれは数m離れた物陰から覗き見ていた。
「ねぇ、今絶対チョコの話してるよね!?」
「私にもそれぐらいわかるわよ。何話してるか聞いてきたら?」
「それじゃあ尾行してる意味ないじゃん! そんなに気になるなら、すみれちゃんこそ聞いてくればいいじゃん」
「なんですって?」
「なぁに?」
「「ぐぬぬ……」」
物陰でキャットファイトを繰り広げるかのんとすみれ。そんな2人を、可可と千砂都はさらに数m離れた物陰から覗き見ていた。
「かのんちゃんとすみれちゃん、何やってるんだろあれ……」
「音羽とレンレンがいるのは……うーん、よく見えマセンが、飾り付け的にバレンタインのコーナーでショウか?」
「あー、そっか。そういえば、西田さんからそう聞いたもんね」
「可可、Liella!のみんなに友チョコ渡しマスよ!」
「ふふっ、ありがと。私もトリュフチョコ作ろっかな。綺麗な丸が作れると、やっぱり嬉しいんだよね」
「千砂都は本当に丸が好きデスね。あの2人はやっぱり、音羽に本命チョコを送るのでショウか?」
「まぁそうじゃない? でも気になるのは、おとくんと恋ちゃんだよね」
千砂都と可可は前の4人の関係を考察しながら、その様子を見守っていた。1番前の音羽と恋は、後ろで何が起こっているかも知らずに和気藹々とチョコレートを選んでいるのであった。
「あ、おとちゃんがチョコ手に取ってる! なんだろあれ、こっからじゃよく見えない……!」
「ちょ、かのん! 押さないでよっ」
「すみれちゃんがどけばいいじゃん!」
「あんたこそ、どきなさいよ!」
ぐいぐいと互いに押し合うかのんとすみれ。次第に物陰からその姿を露わにして、威嚇し合うレッサーパンダのように取っ組み合いを始めていた。
「すみれ、情けないデス。こんな公衆の面前で……」
「お、可可ちゃん難しい言葉知ってるね。って、そうじゃなくて……あれじゃ2人にバレちゃうよ」
通路の端とは言え、既にかのんとすみれの喧嘩は通り過ぎる人間達の注目を浴びてしまっている。これでは、音羽と恋に気づかれてしまうのも時間の問題だろう。
「どうしマショウか」
「う~ん。ほとぼりが冷めるのが先か、恋ちゃん達が気づくのが先か……」
あくまで尾行を続けたいのか、声をかけるという選択肢はないらしい。
「あ、でも2人とも疲れたっぽいデスよ。周りの人にペコペコしてます」
「顔はムスーッとしてるけどね。一旦矛を収めた感じかな」
冷静にかのんとすみれの状況を観察する可可と千砂都。どうやら、その推測は正しかったらしい。
「もう、すみれちゃんのせいでもう少しでバレちゃう所だったじゃん」
「それはお互い様でしょ……って、これじゃどうどうめぐりね。この話はおしまいにしましょ」
「はいはーいっ」
まだ睨み合いはしつつも、一旦矛を収める事にしたらしい。いそいそと、物陰に戻るのであった。そのまま音羽と恋の観察を続けていると、不意にすみれがかのんに問う。
「……バレンタイン、かのんは音羽にチョコを送るのよね」
「当たり前じゃん。すみれちゃんは送らないの?」
「は? 送るに決まってるじゃない」
「どっちがおとちゃんの満足のいくチョコを作れるか、最初の大勝負だね」
「ま、そういう事になるのかしら」
「負けないからね、すみれちゃん」
「こっちのセリフよ」
2人とも、音羽がチョコに優劣をつけるような人物でない事は重々承知であろう。それでも、彼女達は戦いを止められないのだ。交錯する視線の真ん中に、バチバチと火花が散る。そんなやり取りをしている間に、音羽と恋はチョコを選び終えたようだ。
「どうする、すみれちゃん。私達もこのままチョコ選ぶ?」
「いや、それはやめましょう。あの2人を見失っちゃうし、それにお互いライバルの前で手札は見せたくないでしょう?」
「それもそっか……じゃ、またおとちゃんと恋ちゃんを追うよ!」
会計を済ませ、移動を開始した音羽と恋に続くようにかのんとすみれも歩き始める。その少し後ろでも、可可と千砂都が移動を開始したのだった。
「かのんとすみれはチョコを買わないみたいデスね」
「まぁ、尾行優先って事かな?」
「……でも、音羽とレンレンはバレンタインの準備をしに来たのデスよね。もう目的は達成したんじゃないデスか?」
「確かに……この後どこ行くのかな?」
音羽と恋、かのんとすみれ、そして可可と千砂都。3組は一定の距離を保ったまま、施設の中を進み続けるのであった。
***
「でもさー」
「どうしたのよ」
音羽と恋をつけていると、かのんが不意に口を開く。
「おとちゃんと恋ちゃん、やっぱり付き合ってる様子なくない? 手とか繋いでるわけじゃないし」
「そうかしら? 恋はスクールアイドルだし、周りの目は気にしてると思うわよ」
「うーん……じゃあ、結局わからずじまいって事かな?」
「ま、今日のところはそうかしらね。バレンタインの準備も買ってたし、もう帰るんじゃないかしら」
だがしかし、予想に反して音羽と恋はとある店へと吸い込まれていった。ピンク色で飾り付けられた、ファンシーなお店。店頭の看板から推測するにスイーツの店だろうか。その看板には、『カップル限定』の文字が……
「あ……あっ、あ……すみ、れちゃ……」
「……うっ、嘘よ。あれを頼むって決まったわけじゃないし」
「は、入ろう! おとちゃんと恋ちゃんが何食べるか、確かめないと!」
かのんとすみれは、迷わず店に突撃する事とした。可可と千砂都も、2人の慌てた様子に気づいたようだ。
「……かのんちゃんとすみれちゃん、どうしたのかな?」
「あ、千砂都! ここ、期間限定でカップル限定のフェアをやってるところデスよ!」
「成る程……そんな所におとくんと恋ちゃんが入っていったら、そりゃ気になるよね」
「どうしマス? 千砂都」
「うーん……私達も入ろう!」
「了解デス!」
***
かのんとすみれは、男女の組み合わせで賑わっている様子の店内を案内され進む。そして、座るように促されたのは……
「かのんさん!? それに、すみれさんも……」
「2人もお出掛けだったの?」
「「……」」
偶然にも、音羽と恋の隣であった。どうやら、空いている卓はそこと、もう1つ隣しかないようだ。
「お客様方、お知り合いですか? もしよろしければ、テーブルをくっつけますが……」
「私達は大丈夫ですよ」
「うん。僕も、かのんちゃんとすみれちゃんと一緒がいいな」
「えっと……いいよね、すみれちゃん」
「えぇ……それじゃあ、お願いします」
尾行プランが完全に潰えた瞬間であった。店員がテーブルを移動させている間、2人は小突き合いをしていた。
「ちょっと、結局バレちゃったじゃん」
「店に入ろうって言ったのはかのんでしょうが」
「……おとちゃんの隣どっちが座る」
「じゃんけん」
「「ぽん」」
「っしゃ!」
「ちぇ。ま、今回は譲ってあげるわよ」
2人の様子を見て、不思議そうに首を傾げる音羽と恋。だがしかし、かのんとすみれが腰を掛けた瞬間。
「ではお客様、こちらの席にどうぞ」
店員に案内されて来た新たな客に、かのん達は見覚えがあった。
「え、ちぃちゃん!?」
「可可!? あんた、こんなとこで何してんのよ!?」
「あははー。流石にバレちゃうか」
「見つかってしまいマシタ」
「えっ、これどうなってるの?」
「まぁ……Liella!勢揃いですね、ふふっ」
後から入ってきた可可と千砂都が、店の中で唯一空いている卓……つまり、かのんとすみれの隣に案内されるのは必定であった。
「え、お客様方全員お知り合いなのですか……?」
「はいっ。学校が同じで」
「可可達も一緒に食べるデス!」
「は、はぁ……では、テーブルの方を移動させていただきますね」
3つのくっついたテーブルに、腰掛ける6人。結局、Liella!の面子が全員揃ってしまった。
「くぅちゃんと千砂都ちゃんにまで会えるなんてね」
「なんだか、偶然ではないように思えてしまいますね」
恋の言う通りであった。そもそも、偶然ではないのだ。
「あはは~。実は、かのんちゃんとすみれちゃんがいたから声をかけようと思って後を追ってたんだけど、まさかおとくんと恋ちゃんにまで会えるなんてね」
「ちぃちゃん?」
「おとくん達の事をつけてた事は、黙ってた方がいいでしょ?」
かのんに顔を近づけ、千砂都が囁く。流石千砂都と言ったところか、この状況での最適解をよくわかっていた。
「確かに……ありがと、ちぃちゃん」
「どういたしましてっ」
かのんとすみれが笑顔を見せ合う一方、すみれと可可はいつものように啀み合っていた。
「全く、音羽達にバレてしまうなんてすみれは不甲斐ないデスね」
「それを言うならあんた達だって、結局私達にバレてるじゃない。イーブンよ」
「ま、そういう事にしてあげるデス」
何がイーブンなのかはわからないが、こっちの諍いも終わったところで、店員が注文を聞きに来た。
「ご注文の方はお決まりですか?」
「えっと、『カップル限定ドカ盛りイチゴパフェ』1つ」
「「ぶーっ!!!」」
「かのんちゃん!?」
「すみれ、ばっちーデス!」
音羽の注文を聞いた瞬間、かのんとすみれは口に含んだばかりのお冷やを盛大に噴き出した。
「え、えっと……かのんさん? すみれさん?」
「2人も、パフェ食べたかったの……?」
音羽は見当違いな質問を2人に投げかけるが、2人は上の空であった。
「あ……カ、カップル限定って、今、あんた達……」
「あぁ、うん。恋ちゃんが広告で見つけて、バレンタインの準備のついでに食べに行きたいって。でも、いくらなんでもパフェの為とは言え、恋ちゃんとカ、カップルだなんて……」
「えぇ。男女限定との事でしたので、その……音羽くんとカ、カップルというのは、とても恥ずかしいのですが……」
そう口にした瞬間、音羽と恋はまさしくいちごのように顔を真っ赤にする。それはまるで初々しいカップルのようで。
「そ、そんな……おとちゃんと恋ちゃんが、カップ、ル……」
かのんとすみれは放心状態であった。そんな中、千砂都が音羽と恋に問いかける。
「やっぱり、おとくんと恋ちゃんって付き合ってるの!?」
「ぐぶっ」
千砂都はかのんとすみれにトドメを刺しに行った……わけではなく。千砂都は音羽と恋の反応から、確信していた。2人は……。
「そ、そんなっ! お、音羽くんと付き合ってるだなんて、とんでもない!」
「そうだよ! 恋ちゃんと付き合ってるだなんて、そんなの申し訳ないって言うか……」
返ってきた答えは、千砂都の予想通り。とどのつまり、恋がいちごのパフェを食べたかったから、カップルを装っていただけなのだ。
「だって。かのんちゃん、すみれちゃん!」
「な、なんだぁ……そっかぁ……」
「ま、まぁ。私は最初からわかっていたわよ」
「絶対嘘デス」
かのんとすみれは、思いもよらず尾行の目的……音羽と恋が付き合っているかどうかの答えを知れて心底安堵していた。
「どうしてそこでかのんさんとすみれさんが出てくるのですか?」
「あぁ、レンレン達には関係ない事デスよ!」
恋愛沙汰には疎いのか、音羽と恋は頭にハテナを浮かべていた。
「あぁ、気が抜けたらお腹空いてきちゃった……私達もなんか頼まなきゃ」
「私メロンパフェ」
「私はチョコパフェにしよっかな」
「あ、可可もそれがいいデス!」
「私は桃のパフェにしよーっと!」
かのん達後続組も注文を済ませ、全員のパフェが運ばれてきた。中でも目を見張るのは、音羽と恋の頼んだ限定パフェとやらだった。一回りも二回りも大きなそれは、最早カップル用という形容には収まらないサイズをしていたのだ。
「お、音羽くん」
「う、うん。広告ではもう少し小さいサイズだったと思うんだけど……」
音羽も恋も、食が太い方ではない。途方に暮れていた2人を、後の4人は放っておけなかった。
「もう、仕方がないわね。私達も手伝ってあげるわよ」
「ハイ! 残したら勿体ないデスからね!」
「恋ちゃん、おとくん。それでいいかな?」
「みんな……恋ちゃん、いいかな?」
「はいっ。皆さんがいれば、心強いです!」
「よーし、そうと決まればLiella!、ファイトー!」
「「「「「おー!!!」」」」」
***
夕焼けが街並みを赤く染める中、Liella!の6人は帰路へと着いていた。
「はぁ……私、晩御飯入らないかも」
「もう、かのんったら」
「でも、よかったデスね! 無事全部完食出来て!」
「どのパフェも美味しかったぁ。途中で飽きも来なかったし、分けっこ作戦は成功だね、おとくん」
「うん、みんなが手伝ってくれたおかげだよ。ね、恋ちゃん」
「はいっ」
「あ、僕はこっちだから。それじゃあね、みんな」
「ばいばーい!」
音羽の背中を見送りながら、すみれはかのんに小声で囁く。
「でも、拍子抜けだったわね。音羽と恋が付き合ってないってアッサリ知れちゃったし」
すみれの言い分に、かのんもうんうんと頷く。
「でもまさか、千砂都達まで後をつけてるとはね」
「そうだよ! ちぃちゃん達、いつから後ろにいたの?」
かのんとすみれは振り向いて、千砂都達に問う。
「う~んと、カフェの後から?」
「だいぶ前じゃない……」
「ふふーん、可可達の尾行に気づかないとは、かのんもすみれもまだまだデスね」
「そういえば、皆さんは今日どのような用事でいらしていたのですか?」
「えぇっと……まぁ、たまの休日にたまにかのんと遊ぼうかしら、と思って」
「う、うん! そうそう、最近すみれちゃんと2人で遊んでなかったし!」
苦し紛れの答えであったが、純粋な恋にはそれで充分であった。
「では、私はこれで」
「えぇ。またね、恋」
しばらく歩いて、恋は一行と別れる。恋の背中が角の向こうに消えた瞬間、恋バナは突然に始まった。
「いやー、かのんちゃんもすみれちゃんも、好きな人の事が気になっちゃうあまり尾行なんてね」
「もう、ちぃちゃん!」
「ていうか、千砂都は私が音羽の事好きって知ってたの!?」
「そりゃ、部室であ~んな熱烈にハグしてたらねぇ」
「ギャラッ、何も言い返せない……!」
「可可、すみれが音羽を好きとは聞いてマシタが、かのんも音羽を好きとは知りマセんデシタ」
「えっ、ちぃちゃん可可ちゃんに話しちゃったの!?」
「ごめんね。でも可可ちゃんなら大丈夫かなって」
「そりゃ、よくないって事はないけど~!」
その顔を夕日色に染め上げて、かのんとすみれが悶絶する。
「まったく……でも、よかったデス。音羽とレンレンは付き合っていなかったデスし」
「ま、私達は外野から応援してるからさ。2人とも頑張りなよ。バレンタインも控えてる事だし」
「はぁ……ま、観衆が増えたところで私がやる事は変わらないわ。これまで通り、音羽を振り向かせる為に努力するだけ」
「わ、私も負けないもんっ。絶対、おとちゃんの事振り向かせるんだもん」
2人の戦いは、刻一刻と迫っているバレンタインに向けて、加速していくのであった。
***
夜の帳がすっかり降りた路地を、恋は歩く。
「ふふっ。今日は音羽くんとお出掛けして、皆さんにも会えて。とっても楽しかったです」
(でも、皆さんが来た時、もう少し、音羽くんと2人でいたいなって思ってしまいました)
その顔が、過ぎた筈の夕日色に染まる。
「……あれ、私、今どうして」
その理由を、恋はまだ知らない。
コラム⑦:音羽は、未だ誰にも好意を抱いていない。でも、恋は……?
次回更新もよろしくお願いします。