疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする   作:ひざぎ

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 科学同好会が発足したのは今年の四月からだった。発足のきっかけとなったのは、今目の前にいる彼女、伊万里 京子の科学の興味からである……、と言いたいところではあるが、正直言ってしまえば、彼女が放課後でも学校に過ごせる居場所を探した結果、作り上げた部活動である。

 

「何をしているんですか」

 

 彼女は俺が鞄からノートを出す様子を見て、そう聞いてくる。

 

「課題でもやろうかと」

 

「いつもはそんなことしないじゃないですか」

 

「今日はそういう気分なんだ」

 

 俺がそう言うと、彼女は不貞腐れたように頬を膨らませる。

 

 髪が短いから、彼女の表情はよくわかる。別に俺が課題をしようと、彼女には何にも関係はないはずなのだが、彼女はそれを気にしているようだった。

 

 本来だったら、課題なんて授業の合間に済ませている。家でやる、というのがどうにも性に合わないらしく、俺はいつも課題を学校でやることにしていた。

 

 今日できなかったのは、単純に携帯を没収されたことに意識を引きづられたから。それ以上に理由は思いつかない。

 

 なんとなく、やる気が起きなかったのだ。そんなもんである。

 

 彼女を視界に入れる。

 

 不貞腐れた表情をいつの間にかやめて、彼女も近場にあった自らの鞄から、ノート類などを取り出している。俺と同じく課題にいそしむようだった。

 

「熱心なもんだな」

 

「ええ。私は優秀な生徒なので」

 

 彼女は鼻にかけるようにそう呟いた。

 

 それが本当なのかどうかを俺は知らない。

 

 俺と彼女は同学年ではあるものの、クラスについては異なっている。具体的な立ち位置を挙げるのならば、廊下の端から廊下の端まで。そんな彼女の学習状況については把握することはできない。

 

 なんとなく気になって彼女のノートを意識しないように覗いてみる。

 

 綺麗な字だ。ところどころマーカーで重要な箇所に色を塗っていて、分かりやすくしているのが見える。

 

 ……まあ、こういうノート・課題を書くのであれば、成績については悪くないのかもしれない。今度の中間テストの結果を聞くのが少しばかり楽しみである。

 

 ──科学同好会に所属する人間は、彼女と俺だけ。

 

 一つの部ではなく、同好会として数えられているのは、人数があからさまに足りないからであった。

 

 通常の部活動であれば、四人以上が加入することで成立するのだが、やはりここに所属しているのは俺と彼女だけ。三人未満でしかない部活動は同好会としてしか認められていない。

 

 なんなら顧問も存在しない。俺と彼女だけの同好会である。その居心地については悪くはないものだった。

 

 

 

 

 

 課題はそこまで時間をかけることはなく、完全に夕焼けが陰ろうとする以前に済ませることができた。

 

 筆記用具をしまう。かちゃかちゃと音を鳴らすペンの類、しまったノートの温もりを感じる。

 

「終わったんですか」

 

「ああ、俺も優秀だからな」

 

 優秀な人なら家でやると思います、と彼女は小言を挟んで、そうしてまたノートに向き合った。彼女はまだ終わっていないらしい。

 

 ……邪魔するのも悪いかもしれない。俺は携帯の画面を見つめることにした。

 

『最近の調子はどうすか』

 

 そう言えば、返信をしていなかった、一つの通知。幼馴染である竹下 愛莉からのメッセージ。

 

 俺は、これに対してどう返信をすればいいのかはわからない。

 

 俺はそれに既読をつけないまま、適当なゲームで暇をつぶすことにする。

 

 返信する勇気はまだ持てない。それができたのなら、きっと俺は今ここにいない。

 

 俺が科学同好会に入ったのは、割と不純な理由だ。なんなら目の前にいる伊万里と大して理由は異ならない。

 

 単純に家にいたくない。

 

 俺はため息をついた。

 

 ゲームをやるのも悪くはないが、携帯を見つめていると、どうしても返信をしていないというタスクが心の裏側で精神をむしばむような心地がする。

 

 俺は立ち上がった。

 

「帰るんですか?」

 

「いや、少し」

 

 彼女は俺の言葉を咀嚼すると、またノートを見つめなおす。

 

 帰ることを示さないように、あからさまに学生鞄を置き去りにして、俺は物理室から出ていく。

 

 窓から見えた景色は、いよいよ夜を始めようとしていた。

 

 

 

 

 屋上の出入りができることを知っている生徒は少ない。それを知っているのは、科学同好会の伊万里、俺、そして──。

 

「──珍しいじゃないか。こんな時間に」

 

 目の前にいる男──常法寺 流人。

 

「それを言うならルト先輩だってそうでしょうに」

 

「ルトはやめろ。可愛くなっちゃうだろうが」

 

 彼は、そう言いながら煙草を吸い上げている。彼を犯していく苦味のある主流煙は、咀嚼し終わった後に空気へと絆されていく。その臭いが鼻についてしょうがない。

 

 煙草は嫌いだ。だが、それが所以して彼を嫌う、というようにはなりえない。

 

 ルトはこの学校の生徒会長である。生真面目な風体をあからさまにぶら下げて、いかにも優秀な生徒であることを誇示しているような、そんな雰囲気の人間だ。

 

 だからこそ、今目の前にしている人間との乖離が起こって面白い。

 

 いかにも真面目だという生徒が、屋上で煙草を吸っている。その不真面目さが嫌に目について笑えるような気がした。

 

「それで? こんな時間に屋上に来ても面白いものでもないだろうよ」

 

「なんとなくです。とりあえず来てみたくなる時ってあるじゃないですか」

 

「俺が来たくなるのは、煙草を吸いたくなったときだけだがな」

 

 彼はそう言いながら苦笑する。そうして彼は屋上から燃え上がった灰を落とす。こんなのが生徒会長をやっていることをいまだに信じることができない。

 

 俺はそれを眺めながら、とりあえず適当に外の景色でも見ることにした。

 

 物理室で見た太陽の角度。もう沈むかと思っていた夕日は、どうやらここから見ればまだ沈まないらしい。

 

 そうなると、まだ今は夕焼け頃だ。なんとなく、家に帰ることはまだできないような気がした。

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