疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする   作:ひざぎ

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「ずっと、待ってたんですよ」

 

「……誰を?」

 

「わかってるくせに」

 

 伊万里はやはり不服そうな顔を崩さないままに俺に返す。

 

 彼女は一度ため息をついてから、扉を後ろ手で閉める。適当に座り込んでいる俺との距離感を近くして、そうして彼女は塩ビで敷かれている床に座った。

 

「会長の手伝い、していたんですよね」

 

「……ああ」

 

「昼食の時、会長が物理室に来て、そのことを伝えてくれました。ポスターについてのこととか、会長が謝ってくれました」

 

「……」

 

「教師に申請が遅れたから、ポスターについては今回は厳しいかもしれない、会長はそう言ってました」

 

 ……してやられた気がする。

 

「でも、不思議ですよね。ポスターは剝がされたと思っていたのに、綺麗に残っているんですから」

 

「不思議なもんだな。誰かのおかげかもしれないな」

 

「そうですね。あからさまに誰かのおかげですね」

 

 くすくす、と彼女は揶揄うように笑った。そこで具体的な名前を出さないことは優しさなのか、それとも布石なのか、俺にはわからない。

 

「でも、どうして剥がさなかったんでしょうね。わたし、不思議で仕方ないです」

 

「なんでなんだろうな。俺にもそいつのことがよくわからないや」

 

 俺は、適当に返事をした。

 

 ……脇腹をつつかれる。結構痛い。

 

「どうして、剝がさなかったんですか」

 

「……なんとなく?」

 

「なんとなくですか」

 

「そうだ、なんとなくだ」

 

 きっと、なんとなくだ。

 

 なんとなく、という言葉はどこまでも便利だ。責任から逃れるときに、そんな気持ちであったと表示すれば、それだけで納得させる材料として成立する。

 

 人の感情なんてよくわからないから。ごちゃ混ぜにしか存在しないから。だから、なんとなく、という言葉は正しくないようで、どこまでも正しい人の感情だ。

 

 あの時の俺の行動は、なんとなく、なのかもしれない。

 

 正しさとか、偽善だとか、目を逸らしたこととか、あらゆるすべてが、“なんとなく”なんだ。

 

「なんとなくなら、しょうがないかもしれませんね」

 

「そうだな、しょうがないかもしれないな」

 

 彼女は、いつものように肯定してくれる。いつか交わした会話のような、そんな雰囲気を思い出す。彼女と過ごす時間は心地がいい。

 

 いろいろなことを考えすぎなのだ。考えすぎて、人と関わるから、愛莉と皐、それらに関わることが億劫になる。

 

 帰りの時間をわざわざ遅らせて、そうするための理由まで作り上げて、そうして人との距離を遠ざけるのは、それが理由だ。それが理由になってしまう。

 

「なあ」と俺は彼女に言った。彼女は俺の顔をとらえて、なんですか、と聞いてくる。俺は、雑談でもしないか、と提案した。彼女は藪から棒ですね、と返した。俺もそうだと思う。

 

「天体距離って知ってます?」

 

「地球から離れている惑星というか、天体までの距離」

 

「すごいですね。正解です。賢いですね」

 

「棒読みじゃねぇか。それがなんなんだよ」

 

「いやあ、科学同好会として、きちんと科学に精通しているのかのテストでした。こんなのは序の口でしたかね」

 

「……そもそも、天体距離っていう概念がそのままなのに、それで賢いと言われても腹が立つ」

 

「よしよし、高原くんは賢いですよー」

 

「馬鹿にすんなよ。というか、天体距離がなんなんだって」

 

 俺が少し怒ってる雰囲気で彼女は返すと、空に指をさした。

 

 青空の上。まだ夜でもないのに、月が少し外れた場所に見えている。

 

「地球の衛星とされている月との天体距離、知っていますか?」

 

「……知らない」

 

「三十八万キロメートルらしいです。すごく遠くないですか」

 

「まあ、すごいな」

 

 三十八万キロメートル。おおよそ地球では使うことのない距離単位だ。

 

「普通の車で走っていくとするじゃないですか。時速六十キロだと想定して、単純な計算をすると二百六十四日かかるらしいです。これってものすごくないですか」

 

「……うん、すごいと思う」

 

「スポーツカーとかで行っても、おおよそ百日はかかるんです。それほどまでに離れているのに、そんな月に着陸した人類がいることも、私、すごいと思うんです」

 

 彼女の瞳はきらきらと光っている。

 

「本当に、宇宙が好きなんだな」

 

「好きですよ。だって楽しいじゃないですか」

 

 彼女は楽しそうに語る。

 

「宇宙はずっと大きくなっているらしいんです。光よりも早い速度で。そんな宇宙の外側には何があるのかなって、想像すると楽しいんです。寝る間際に考えて、そうして私なりの宇宙を完成させると、いつの間にか朝になってることがあります」

 

「きちんと寝ろよ。身長が伸びないぞ」

 

「うるさいですね。余計なお世話です」

 

 彼女はふん、と顔を逸らしながらも、楽しそうな風体を崩さない。

 

「わたし、いつか科学同好会で天体観測がしたいです」

 

 彼女は語る。

 

「みんなで夜まで学校に残って、おしゃべりとかして、高原くんが変な冗談を言っているのを横目に見ながら、みんなで望遠鏡のセッティングとかしたりして、夜は怖い映画を見て震えたり、屋上に昇って綺麗な星を眺めたり。

 

 わたし、そのために頑張りたいです」

 

 彼女は、そう言って、俺に何かを渡す。

 

 俺は、彼女が持っているものを一瞬理解することができなかった。そもそも彼女が何かを持っていることさえ理解できなかった。

 

「一緒に、勧誘活動、頑張りましょうね」

 

 そうして彼女が俺に対して渡してきたのは、──科学同好会のポスター。

 

「……お前」

 

 なにか、言葉が出そうになった。

 

 でも、それはやめておいた。

 

「──ああ、頑張ろうな」

 

 きっと、彼女なりに前を向こうとしているのだ。人と関わることに対して。

 

 それなら、俺から言うべきことは何もない。

 

 

 

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