疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする 作:ひざぎ
◇
俺と伊万里は物理室以外で関わりを持っていない。もとより、教室同士が離れているのだ。隣のクラスであるならば関わる機会は少なからず増えただろうが、端から端まで離れている環境では出くわすことも少ない。ポスターを剥がしたときに邂逅したのだって、少しばかりの奇跡のようなものだった。
「……今日も来ないか」
俺は物理室で独り言を呟いた。それは空虚に響きをあげて、音叉に共鳴するような気がした。単純に共鳴してほしい、という感情がそう演出しているだけかもしれない。結局俺は独りだった。
外は晴れ模様らしい。
物理室から見下げる景色には明るさが伴っている。
こういう日に屋上に行っても、なんの感情も介在しない。暑さだけが身体にまとわりつくのだ、行く意味はないだろう。
独りで物理室に佇む時間。別に、何も悪くはない。
悪くはないのだけれど――。
「――やめだ」
俺はまた独り言を呟いた。格好をつけて孤独に浸るのも悪くはないが、それを俯瞰で見つめたときに、あまりの惨めさが心に反響する気配がある。
中途半端に食事を残して弁当の蓋を閉じる。俺は行動をしなければいけない。
──なんで行動をするのだろう。そこに理由はないのに。
いや、理由は後でいくらでも思いつく。
俺は、行動を選択した。
◇
廊下を歩み進めていく。
歩くたびに距離が増していく感覚がする。別棟にある物理室からの移動だったから、それはいつにも増して、長い距離を歩いているような気がする。
俺は心の中で溜息を吐いた。
違う教室に行くことに対しての違和感がある。中学の時は愛莉に会うために移動を重ねることが大半だった。
だが、この学校ではそんな行動を起こしたことはない。
俺がよく行くのは屋上と物理室、もしくは職員室のどれかでしかなかった。
……人の目が気になるような気がする。あらゆる目が俺に向いているような気がする。だが、それはきっと錯覚でしかない。俺が勝手に人の目を意識しているだけだ。いつもと違うことをしている俺が勝手にそう捉えているだけだ。
その証拠に、通りがかる人間の目を見てみる。興味の欠片も感じさせない、まっすぐと前を見つめる視線。やはりそこに俺はいなかった。
廊下の端にたどり着いて、伊万里のクラスにたどり着く。教室の前の戸口付近から席の全体を見渡していく。
人はまばらに存在している。だが、まばら故にところどころ空席がある。
俺のクラスのメンツが後方に紛れていた。目が合ったが、俺はどうでもいいと示すように視線を逸らした。そいつも目を逸らしていた。
伊万里はそこにはいない。もしかしたら他の場所にいるかもしれない。だが、彼女が屋上にいる姿を俺は想像することができなかった。
「誰か探しているの?」
誰かが俺に声をかけてきた。その声に対して後ろを振り返ってみるけれど、結局声をかけてきた女は誰かでしかなかった。
「いや、ええと。伊万里さんいる?」
誰かも知らない彼女に問うべきなのかを迷いながら、結局聞いてみる。彼女は一瞬考える動作をした後、「確か昨日からお休みしてるよ」と答えてくれた。
「風邪なんだって」
「……そうなんだ。ありがとう」
俺は彼女にそう返した。彼女はその言葉を聞くと、そのまま教室に入り込んでいく。
……なるほど。確かに、彼女が物理室に来ないのはどこかおかしいとは思っていた。
別に彼女も物理室にとりつかれているわけではないのだろうけれど、ここ最近はいつも物理室で一緒に食事を摂っていたから、彼女が理由もなくいきなり来なくなる、というのはないと思う。
――だが、だからこそ、彼女が風邪をひいている、という状況を想像することができない。
少なくとも最後に見た一昨日の時点では風邪の気配は感じなかった。俺は彼女の元気に過ごしている様相しか知らない。
どうして、彼女は休んでいるのだろう。疑心が反芻した。どちらかと言えば疑問かもしれない。
踵を返す。それと同時くらいにチャイムがなり響いた。
とりあえず、教室に戻るしかないだろう。
いろいろと思うところはあるものの、それは授業の合間でも、授業の後でもいつでも考えることができる。
俺は、チャイムに慌てる喧噪を耳に浸しながら、また廊下を長く歩行した。