疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする 作:ひざぎ
◇
そういえばというほどでもないが、彼女の名前を俺は知らなかった。そして、聞くタイミングもなかったので、会話をする際にはぎこちなさが生まれてくる。
そのぎこちなさの範疇で名前を聞くことができればよかったのだけれど、なかなかそういう空気感を作り出すのは難しい。彼女も俺の名前を知らなければ解決することもできただろうが、彼女は一方的に俺の名前を知っているのだ。そのことに対して後ろめたく思ってしまうのは人としてしょうがないことだと思う。
道中、コンビニに二人で寄った。一応、風邪ということで休んでいる伊万里にお土産でも買っていこう、そんな会話がきっかけになった。
俺は伊万里が体調不良ではないと疑っているけれど、それでもスポーツドリンクを買ってあげた。彼女はスムージーやらデザートやらを買い上げた。俺が買ったポカリスエットは、彼女が一緒に買った袋に入れておいた。一応、持たせるということが気まずかったので、持ったりしてみたり。というか、自然と手が伸びていた。
「うお、男子力じゃん」
「男子力……?」
聞き慣れない言葉に返しながら、俺は前の道を見据えている。
「自然と女子のために行動する辺りが男子力高い」
「男子力概念がそもそもわからんです」
「そうだなぁ、まあ、男子力は男子力だよ」
彼女はそう適当に返した。きっと特に意味はなかった。
◇
「……アパート?」
伊万里の家にたどり着いて最初に吐いた言葉はそれだった。
なんとなく伊万里は一軒家に住んでいる印象があったのだ。別にそれを彷彿とさせる高級感というか、そんな雰囲気が彼女にあったわけではなかったのだけれど。
「伊万里ちゃんは結構前から独り暮らしだったと思うよ」
「……そうなのか」
そんな会話をしながら、俺たちは階段を昇っていく。鉄の足場にカンカンと耳障りな音が身体に響いてくる。少し錆びている足場の所々が気持ち悪く感じた。
二階に昇って、そうして最奥の方へ。彼女は見知っているように歩きだした。
表札などはない。伊万里、という苗字を玄関前で探すことはできなかった。でも、アパートに表札がそもそもあるのかを俺は知らないから、どちらでもいい。
インターフォンを押しこむと、中から電子音が響いてくるのが聞こえてくる。ダメ押しに物理的にもドアをノックしてみる。
しばらくの沈黙。特に会話をする事項も彼女に対して持ち合わせていないから、とりあえず伊万里の家族や伊万里が出てくることに待機をする。
「……寝てるのかな?」
「どうだろう」
俺はもう一度インターフォンを鳴らして、またドアをノックする。ノックをする際には少しだけ力を強くこめた。別に待たせてくる伊万里に対して苛立ちを覚えたわけではない。
『……どなた、ですか』
ドアの奥の方から声が聞こえてくる。伊万里の声だった。
別に、ドアの覗き口から見ればいいだろうに。そんな気持ちが俺の中を反芻して、適当に遊ぶことにした。
一度咳払いをして、喉の調子を整えながら。
「科学部顧問の重松ですが」
低い声でそれっぽく似せてみる。ドアの奥の方でがたんと何かが落ちる音がした。隣にいる彼女についてはくすくすと笑っている。
「いやあね、配布物を届けに来たんですよ。ええと、京子さんいらっしゃいます?」
俺がそう言うと、伊万里は「は、はい! 今出ます!」と慌てたような口調をして、そうしてドアが開く。
「──え?」
伊万里は、訳が分からなそうな顔をして俺と彼女を交互に見つめた。
「よう、サボり魔」
「……えっ、サボりだったの?」
目の前にいる伊万里は、特に何か風邪をひいている様子ではない。声の調子もいつもと変わらなかったし、気だるげな雰囲気を感じさせる様相がない。だから、俺の疑念はきちんと確かだったことを改めて口に出すことで納得をすることにした。
「そ、そんなわけないですよ。こ、こほん」
「そんなあからさまな咳があるかよ」
俺がそう言うと、伊万里は困ったように苦笑した。
「立ち話もなんなんで、とりあえず上がっちゃってください」
俺たちは、伊万里に促されるままに部屋へと上がり込んだ。