疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする   作:ひざぎ

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「解け落ちた氷の話をしよう」

 

 ピエロをかたどった色白の人形は、いきなり俺にそう語りかけてきた。俺は別にそれに対して不快な気持ちも不審な気持ちも抱くことはなく、ただ観劇をするような気持ちでそれを見ていた。これからショーが始まるというのだ、野暮なことを言うのは許されないような気がする。

 

 視聴者は視聴者らしく、観客は観客らしく、読者は読者らしく、見るものは見るものとしてのふるまいをしなければいけない。ここではあの人形が舞台の主役なのである。その主役を妨害するのは読み手としては許されない。

 

「氷塊とは一つの物質の固体的反応に過ぎない。俗に言う水という物体が温度の効果によって変化したものである。それ以上もそれ以下でもない」

 

 理科の範疇の知識でしかない。俺はそれを嘲笑った。それを知らないのは小学生くらいだろう。

 

「さて、ここで解け落ちた氷の話をしよう。氷から解け落ちる雫の話をしようじゃないか。

 

 氷から解け落ちる作用は、別に人生のどれに例えたって良い。人との関係性についてのあーだこーだ、もしくは行為の熱についてのあーだこーだ、学習についてのあーだこーだ、あーだこーだあーだこーだ。解けることは日常茶飯事だ、さして考えることではない」

 

 気温によっては氷は解けるものだろう。物質はほぐれる要素をもつのだ。環境に寄りけり、周囲の環境が寒さに当てられていようとも、物体は一定以上の変化を行うものだ。形質の変状はそういったものである。

 

「それで、何かしらでもいい。氷が解けたとしよう。雫は地球の重力にしたがって落下するものとしよう。その一瞬の場面を半永久的に見つめることのできる環境を用意しよう。その仮定の上で雫を、解け落ちた氷の話をしよう。

 

 先程まで氷であったその雫は、もう物質としては液体である。個体ではない。もうそれは氷ではない。先程までは完全に氷であったのに、それは温度上で変質してしまった一つの水滴に過ぎない。その雫は氷ではない。もう氷じゃないんだ。どうだ、面白い話じゃないか」

 

 人形の言っている面白さを理解することはできなかった。ただの変質だ。ありふれている話でしかない。そんな話を理解しても、ただの物質の変容についてを理解しただけである。納得というものさえも存在しない。何が面白いんだろう。

 

 人形はげらげらと悪辣な笑いを重ねている。悪辣な劇場である。すべてが機械仕掛け、悲劇も喜劇もない、何一つ存在しない舞台装置。ただただ不快な気持ちだけが湧き上がる。俺はやはりそれを見ていることしかできなかった。なぜって、俺は視聴者だから、観客だから、読者だから、読み手だから。

 

 だから、こちらに語りかけてくる人形の存在に対しては不快な気持ちしか抱くことはできない。

 

「なんでお前が不快なのかを教えてやろうか?」

 

 げらげらと笑いながら、人形は息をつきながら俺の方を見た。観客である俺に対して、しっかりと視線を置きながら。

 

 ──ひどく、不快だった。

 

 でも、理由は知りたくなかった。その先の答えは自分自身でよく知っていたから。

 

 俺自身が、解け落ちた氷の雫だったから。

 

 

 

 

 悪寒が収まらなかった。寝ても覚めても時間が進んでいる感じがしない。何度携帯を見つめてみても、通知が来ることはないし、時計は数分進んでいない。

 

 同じような夢を見て仕方がない。その夢は大概がろくでもないものでしかない。夢の中で夢を見ている感覚がずっとする。無限が目の間にある感覚。だが、人間が想像する無限という感覚はどことなく矛盾を孕んでいる。どうしようもなく気持ちが悪い。吐き気が催される。その吐き気は身体上の不都合なのか、もしくは目の前の無限の夢幻のせいなのかもわからない。ただただ気持ちが悪い。

 

 布団の熱に閉じこもった。空気が薄い感覚にほだされながら、止まらない悪寒をおさめるために温かい酸素を肺に溜め込む。その繰り返し。

 

 そうして、また意識は遠のいて、すべてが暗闇へと近づいていく。

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