疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする   作:ひざぎ

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◇◇◇

 

「ひとつ、報告したいことがあるんだ」

 

 夏という太陽を長く佇ませる季節の中で、完全に暗闇だけが彩られてしまった時間帯。夜というには遅すぎる時間帯。帰宅の道をゆっくり歩きすぎたからか、いつもとは帰る時間が異なってしまった、そんな頃合い。俺は帰ってきた拍子に皐にそう声をかけた。

 

 家の中にいるのは、俺を含めて二人だけ。母と父はそこにはいない。そこにいるのは、俺と皐だけである。

 

 別に、とりわけイレギュラーというわけでもない。いつも通りの事、普遍的なこと。それに違和感を覚えることはない。それでも浮足立つように心がソワソワとする感覚を覚えているのは、いつもとは違う空気感を俺が心の中に抱いているからかもしれない。

 

「報告……?」

 

 彼女は、俺たちが遊園地で買い上げてきたお土産を手に持ちながら、訝し気にそうっと呟いた。

 

 とりあえず、玄関で話すという事柄でもない。そもそもが重要な案件ではないけれど、玄関を開けた拍子に皐がいたから、改まって声をかけてしまっただけ。だから、居間に移動して、会話の続きを紡ごうとする。

 

 皐はお土産を食卓の上に広げる。お土産の中身としては、俺たちが言ってきた遊園地のマスコットのぬいぐるみが二つ、ペアとなっているマスコットだったから、合わせて買ってみた。皐なら喜ぶだろう、と愛莉が選んでくれたものだ。俺は適当に菓子の類を買ってきた。甘いものが好きだったはずだから、はずれはないと見越してのものだった。

 

 皐はそんなお土産を広げながら、特に気にしていないという体風を装っている。だが、長年の兄妹関係から伝わってくるのは、彼女なりの動揺。どこか動きがぎこちない、機械仕掛けというわけではないけれど、あえて自然な風にそんな動作をするところが不自然であった。

 

 彼女なりに警戒をしているのかもしれない。やはり、改まって声をかけたことは間違いだったかもしれない。

 

 こういった内容の話をそもそもすることがないため、経験不足から声をかけてしまったけれど、ふとした会話の流れで世間話と同様のレベルで入れ込めれば、それで済むだけの話だった。

 

 どうして俺はここまで人付き合いが苦手なのだろう。そんな気持ちが心に反芻する。

 

 彼女が動揺するのも、俺が俺自身に落ち着きがないのも仕方がない。そう思うけれど、いざ言葉を紡ごうとすると、どういった言葉を選ぶべきなのかに対して衒いがうまれてくる。

 

 彼女は食卓に広げ終わったお土産を見た後、空間の静けさを強調するように、喧噪を鳴らしていたテレビの電源をリモコンで落とした。

 

 静けさ、静けさ、静けさ。

 

 居間という空間は広いから、彼女の呼吸音は聞こえてこない。だが、俺の焦る息遣いについては確かに耳元に響いてくる。

 

 彼女なりの空気づくり。俺に対して言葉を紡げと示唆するような、動作のすべて。

 

 俺は、深く息を吸い込んで、吐く。呼吸を何度か繰り返した。

 

 俺だけではなく、皐も似たような動作を繰り返す。少しばかり身体の波が上下するような、そんな動きを視界に入れる。兄妹と言うべきなのだろう、こんなときに所作が似通っていることに可笑しさを感じた。

 

 そうだ、別に大したことを話すわけではないのだ。だから、緊張する必要なんてない。

 

 単純に、遊園地であった出来事を妹に共有するだけ。そこまでかしこまる必要はない。

 

 深呼吸を重ねて、ふっと力強く息を吐いて、言葉を紡ぐ。

 

「愛莉と付き合うことになったんだ」

 

 

 

◇◇◇

 

「──ありがとう」

 

 俺は、愛莉にそう言葉を呟いた。

 

 しばらくの沈黙があった。沈黙があったのは、俺が言葉を選ぶのに時間がかかり過ぎていたからだった。

 

 彼女にどんな言葉を伝えればいいか、俺の心をどう伝えればいいかを迷い続けて、そうして選んだ言葉がこれだった。

 

 彼女は、愛莉は俺を肯定してくれる。許容してくれる。そのすべては彼女から紡がれている。振舞いから言葉まで、すべて彼女に紡がれてしまった。俺が吐くべきだった言葉も、するべきはずだった告白も、すべてを呑み込んで。

 

 彼女は、そんなどうしようもない俺を選んでくれたのだ。この手を引いてくれるように、彼女はそこにいてくれる。

 

 そのことに対して惨めさを抱かずにはいられないのは正直なところだ。どうやったって自己嫌悪感をぬぐうことはできない。でも、彼女の申し出を、彼女の告白を拒絶する姿は自分自身で思い浮かばない。

 

 俺は彼女が好きなのだ。

 

 だからこそ、同じように俺も彼女を受容している。

 

「……俺の方が、先に言いたかったんだけどな」

 

 少し、不貞腐れたように言葉を吐く。単純な本音を呟いたつもりだったけれど、感情がこもった俺の声音はいつもよりも喉を鳴らして低く重なる。そんな折に聞こえる彼女のくすくすとした笑い声。

 

「知ってる、そんな顔してたし」

 

 彼女はそんな俺の思惑も覆い隠すように、そうしてにこやかに笑う。

 

 きっと、これがドラマだったのならロマンチックとも言える行為を、行動を互いにしたのかもしれない。

 

 でも、俺たちに行為は、行動は、今のところ必要ない。言葉だけで確かめ合えることが、俺は一番うれしかったから。

 

 彼女は身体の位置を戻す。ゆっくりと観覧車の椅子に座る。

 

 固着していた観覧車はタイミングを合わせたように、ゆっくりと動き出す。上部で軋んでいく鉄の音が響いている。いつもなら鬱陶しいという感情を抱くかもしれない環境音、でも、今は特に何かを抱くことはない。

 

 夕焼けの空がきれいに見えた。見下ろしていたばかりの景色の中に、見上げれば綺麗な景色があるだなんて、俺は考えようともしなかった。

 

 きっと、これが恋人という関係性で見る世界観なのだろうか。そんなことを思いながら、彼女と世界を見渡してみる。

 

 幼馴染という関係性から、恋人というものに対する変遷。俺たちは、確かに変化することができたのだ。

 

 

 

◇◆

 

 きっと、ここからがすべての狂いは始まったのかもしれない。

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