疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする   作:ひざぎ

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◆◆◆

 

 夢のような心地だった。だから、俺は夢だと思っていた。実際に、どんなことが起きているのかを、視界を開いてみても、そうして認識することは俺にはできていなかった。だから、適当に瞼を閉じて、その上で呼吸を繰り返していた。

 

 だが、呼吸を繰り返すたびに、身体にのしかかっている確かな重みを感じてしまった。それは浮いている感覚のある夢とは確実に違う現実的な重さであり、そうしてまた口にねじこまれる“何か”が意識の覚醒を促した。

 

「んぅ……」

 

 くぐもるような吐息が口の中から聞こえてきた。口の中をまさぐるように、そうしてあらゆるものを“何か”で止め処なく触れられていく。最初は唇をなぞるようにして、舌をなぞるように、さらには口蓋、奥歯にさえ触れようとする感触があった。

 

 ──俺は、今何をされているのだろう。

 

 これが現実でないとすれば、別に何も考えなくていいのかもしれない。一つの夢であるのならば、起きた後に変な夢を見たという認識をして、自分を恥じて終わればいい。

 

 だが、これは本当に現実ではないのだろうか。夢という存在なのだろうか。これは、本当に夢見心地という中にいるのだろうか。

 

 口蓋を“何か”で撫でられるたびに声を出しそうになる。自分が出してはいけないと思う声、子供が感じるくすぐったさではなく、大人が感じるべきくすぐったさに声を出してしまいそうになる。だが、それをするのは控えた。控えたというよりも、よくわからないという意識だけがずっとあって、そうして流れに身を任せてしまっていた。

 

 吐息が聞こえる。身体の中から聞こえてくる。口を伝って耳を揺らしている。酸素が勝手に運ばれてくる、息苦しく足りない酸素が肺に収まらずに、そうして鼻に溢れていく。

 

 俺は、どうしようもない現実的な感覚の刺激にもう一度目を開けた。

 

 皐が、いる。彼女の顔が、頬が、閉じている瞳がそこにはある。

 

 なんで? なんでそこに彼女はいる? 俺は、今、何をして──。

 

「んん……」

 

 彼女から漏れる吐息が、口の中を犯していく。

 

 口の中を犯されている……? 意味が分からない。

 

 “何か”についてを把握してしまう。きっと、脳裏では気づいていただろうに、目を逸らしていたからこそ気づけなかった、皐の舌という存在。

 

 彼女はそれを続けている。それを何度も舐るように、繰り返し、繰り返し、俺の口の中を撫で続けている。

 

 「────!」

 

 言葉を吐こうとした。だが、塞がれている口では言葉を吐くことは容易ではなかった。

 

 彼女の舌の中に俺の口はあった。抵抗しようとする意志を、彼女の舌に押し込まれた。的確に皐は体重を肩の位置から腕にかけて抑え込んで、そうして俺の行動を塞ぎ続けている。それは、止まることを知らなかった。

 

 ぷはぁ、という彼女の息継ぎに上げた顔に合わせて、俺は呼吸を繰り返した。新鮮な空気だと思える中で、どこか未だに現実を疑っている自分がいる。

 

 ──だが、瞼をひらくこの感触は、どこまでも現実だ。

 

 皐は、ずっと目の前にいる。

 

 ──恍惚とした表情で、皐は目の前にいる。

 

「な、なんで」

 

 俺はそう言葉を吐いた。それしか言葉を選べなかった。状況がわからない人間は誰しもがこうなってしまう、仕方のないことだ。そんなことを無駄に脳裏では落ち着かせて整理していた。でも、身体の動揺は止まらなかった。

 

「──目を閉じたから」

 

 皐は俺の瞳を見据えてそう言った。

 

「──翔兄、目を閉じたの。キスして、そうして目が覚めて、そして翔兄は目を閉じたの。それってさ、いいってことだよね」

 

 ──皐は、ふふ、と笑いながら言葉を吐く。

 

「だって、普通気づかないわけないじゃん。口、塞がれてるんだよ? それなのに、目を閉じるってそういうことでしょ? 私、わかってるからさ」

 

 皐は、よくわからない言葉を吐く。

 

 意味を咀嚼しようとしても、とらえきることはできない。理解はできても、その論理についてを理解することを頭が放棄している。

 

 なんで? なんで? なんで?

 

 そう、ずっと頭の中で考えているのだ。

 

「私、妹って報われないものなんだってずっと思ってた」

 

 皐は、答え合わせのように言葉を紡ぐ。

 

「きっと、妹っていうだけで、その感情は制限されるの。私がどれだけ人を思っても、世界は禁忌としてそれを制限するの。それって不公平じゃないかな、ってずっと思ってる。

 

 愛ちゃんはいいよね、家族じゃないから好き勝手できてさ。でも私にはそれができないの。ずっと嫌で嫌で仕方なかった。妹って、本当に報われないものなんだって」

 

「……は?」

 

「あっ、わからないふりしようとしてる」と、皐は俺の声を無視して、また唇を塞いでくる。

 

 舌がおどっている。舌が脈を打っている。舌が、舌が、すべてを撫でていく。

 

 力で振りほどこうとしても、振りほどこうとするよりも強い力で押さえつけられる。顔を逸らそうとして、ようやく皐は顔を上げた。

 

「私、翔兄のこと好きだったんだよ。お父さんとお母さんが帰ることが少なくなっても、ずっと一緒にいてくれた。だから私ね、翔兄に報いるために料理も練習したし、いろいろ頑張ったんだ。どう? 最近、とっても料理が上手くなったでしょ?」

 

 でもさ、と皐は言葉を続ける。

 

「──妹っていうだけで、愛ちゃんと同じ感情を持っちゃいけないってなるんだ。それって、本当に報われないことじゃない?」

 

 仕方ないけど、と皐は言葉を続ける。

 

「だからね。翔兄と結ばれることは諦めた。けれどね、せめてひとつだけ私の夢を叶えたいなって、そう思うんだ」

 

「……夢?」

 

 俺は、皐の言葉を整理しながら、そうして一部掴んだ言葉をそのまま返す。

 

「愛ちゃんには悪いけどね、──初めてだけは、全部もらっちゃおうかなって」

 

「──は?」

 

 初めて。

 

 初めて。

 

 ハジメテ。

 

 頭に過る、熱の感触。

 

 いらない妄想。

 

 奇想ともいえるようなもの。

 

 そこに愛想はない。

 

 

 

「──あっ、いま弾んだ」

 

 

 

 ──皐は、そう呟いた。

 

 

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