疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする 作:ひざぎ
◆◆◆
快楽の波が背中から中心をなぞって、彼女の中で果てようとしている。それは罪だ。理性で封じなければいけない、快楽感情を考えずに彼女を払い除けならない。
でも、どうやって?
暴力で? 言葉で? 言葉で。 言葉で払い除けることができるのか。この状況を打開することができるのか?
──心地が、いい。
この心地に飲み込まれるのは、俺が経験をしたことがないからなのだろうか。わからない。下半身の快楽に身を委ねてしまいたい。腰を動かしてしまいたい。すべてを彼女の中に解き放ってしまいたい。
「あっ、なんか膨らんできた。いきそうなの?」
皐は恍惚の笑顔で俺の表情を見つめる。舌なめずりをしている雰囲気を感じる。彼女を下から見るすべての表情は、あらゆる意味で俺を嘲笑しているようにも感じる。
身体に熱が帯びる。夏という空気の中で汗だくになっている身体を感じずにはいられない。呼吸、水音、摩擦熱、空気の温度、吐き出す息のくすぐったさ、彼女から絡まる腕、抑え込まれている足、すべてが俺を離さないとしている行動のすべて。
──でも、駄目だ。
「いいよ、出して──」
正しくない。正しくない。正しくないから否定をする。どれだけ快楽に溺れようとも、彼女からの行為を否定しなければいけない。彼女に好意があることはわからないけれど、それでも俺は否定しなければいけない。
それは罪か? いいや、罪ではない。ここが罪だ。ここまでが罪だ。ここまでが罪なのだ。彼女を物理的に受容しているこの状況が罪だ。
「──やめてくれ!」
俺は──、彼女を、皐を払い除ける。
彼女に抑え込まれていた両手を振り払って、力いっぱいに彼女の身体を剥がそうとする。
皐はそれを更に抑え込むように払い除けた手を一つ握りしめ、まとめるようにしてそれを俺の体の中心に置こうとする。それを払い除けての繰り返し。
「だーめ」
彼女はふふっ、と笑いながらそういった。
「愛ちゃんがもらうはずの初めては、全部私がもらうの。翔兄は私の体に身を委ねていればいいの。私の中でいってしまえばいいの。それで全部終わりだからさ──」
「──駄目なんだよ」
もう、限界だ。
彼女の中で果ててしまえば、俺たちの罪は永遠に繋がってしまうかもしれない。それを今否定しなければ、確実に俺たちの行末は破滅でしかない。
正しくない。正しくないはずだ。
「私が妹だから?」
彼女は動きを止める。
動きが止まったことにより、迫っていた快楽の波が少しだけ遠ざかる。先端に向かっていた快楽が行方を求めて弾もうとする。
「……ああ、そうだよ」
呼吸を落ち着かせて、俺は彼女の言葉にうなずいた。
「俺たちは家族なんだよ。家族なんだ。どうやっても家族なんだ。お前が俺のことをどう思っていても、ここから先のことは正しくないんだよ。それは許されな──?!」
また、口をふさがれる。彼女の口で、舌で。
呼吸が覚束ない。酸素が足りない。酸素を吸いたい。
口が離れる。唾液が糸を引いている。彼女の表情は、──どこか暗黒だ。
「──そんな道理、私はもう考え尽くしたの」
皐は、また腰を動かした。
「これが罪だっていうこともわかってる。こんな無理やりだなんて、私だって望んでなかったもん」
彼女の速度は高まっていく。
「でも、仕方ないの。そうしないと私は報われないの。私の恋愛は救われない。私の愛は救われないの」
彼女の速度は高まっていく。
「私はこれっきりでいいの。それだけで私は救われるの、私の恋愛は救われるの。翔兄はそれも否定をするの? 翔兄もそれを否定するんだ。私、これっきりでいいって思ってるのに、そんな気持ちでさえ否定するんだ」
「や、やめ──」
彼女の動きは、止まることを知らない。
「ねえ、いって。私の中でいって。それでいいよ。それだけでいいの」
彼女は、──泣きながら、そう言った。
◆◇◆
俺は、このときにどうすればよかったのだろう。
俺は、このときにどんな行動を選択すればよかったのだろう。
この状況での行動に正解などあるのだろうか。ここから取る行動に肯定など在るのだろうか。すべての罪を考えるのならば、今の現状を考えるのならば、彼女に取った行動は否定されるべきなのだろうか。彼女の演出する距離感の所以となった行動は否定されるべきなのだろうか。
俺は未だにそれがわからない。どこまでもわからない。どうしようにもわからない。
いろんな未来を考えた。でも、その未来は、あらゆる人を裏切った上での結末の予測でしかない。
愛莉を裏切り、皐を裏切り、家族を裏切り、その上で伊万里を裏切る。関わる全てを裏切る上での選択になる。
一つを選択すれば、世界はどうしようもない結末を迎える。
ここは報われない世界線の束でしかない。もつれることがわかっている世界の未来でしかない。
報われる世界線なんて、どこにもない。
だから、ここでの罪を後悔したところで、どうせ意味もない。
──でも、自罰感情は背中に伝ってくる。
◆◆◆
俺は、彼女を無理矢理に払いのけた。
彼女を押し倒した、つもりだった。快楽が目の前にあったから、なりふりかまうつもりはなかった。彼女の中で果てることが一番の罪だから、そこに彼女の感情を介在させることを何一つ考えなかった。これ以上の罪を犯さないことだけに意識を染めた。
──鈍い音が鳴った。その音共に彼女は俺の身体から離れていった。彼女の身体の節々には力を感じなかった。そのどれもが力をなくして、そうして俺は解放された。彼女の身体から、すべて解放された。そうして俺の快楽は外界に吐き出された。気持ちの悪い感覚がした。
すべてが終わったように感じた。罪はもう終わったと思った。それでいいと思った。近親を孕ませるという行為から遠のくことができた安堵があった。それでいいと思った。それでいいと思ってしまった。
「ごめん、皐──」
俺は言葉を吐いた。どうであれ、彼女を無碍にした。暴力に近い行為で彼女を否定した。謝罪をしなければ、いけなかった。
「────」
言葉は、帰ってこなかった。
彼女はうなだれていた。目を閉じていいた。力を失っている。どこまでも力を失っている。
彼女は壁にもたれていた。勢いのある鈍い音を鳴らした後、ずっと同じ姿勢で身体を維持していた。裸で、ぬくもりのあるじょうたいで。
「──皐?」
声が震えて仕方がなかった。なにか、俺が思う以上の罪を犯したのではないかと、そう思えて気が触れてしまいそうになる。
──彼女の額には血がある。彼女の額には血が一筋流れている。それは彼女が血を流しているということだ。どこから、どうして。いや、俺が彼女を払いのけたからだ。男の力を彼女にふるったからだ。
気持ち悪い感覚がどこまでも反芻する。頬の横に垂れるような、彼女からの唾液をぬぐえばマシになるかもしれない。彼女の中にあった身体の一部を拭いてしまえばマシになるかもしれない。
でも、どこまでいっても拭うことができない。罪の感覚がある。どこまでも罪の感覚がある。焦燥感が心臓を加速させる。どくどくと耳元に流れる血流の音がする。気持ちが悪い。吐いてしまいそうだ。吐いてしまいそうだけれど、そういうわけにもいかない。でも、どうすればいい。救急車を呼ぶべきか。家族を呼ぶべきだろうか。呼んでどうするんだ。この状況をどう説明すればいい。それを説明したとして、愛莉を裏切っているこの状況を俺はどうすればいい。どうすればいい。焦燥感、胃が何もかもを受け付けない。胃酸が喉元に絡まる感覚がする。空間はどうしようもないほどに熱いのに、暑いのに、すべての神経が冷えていく感覚がある。気持ちが悪い。
──どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。
俺は、──服を着て逃げ出した。