疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする 作:ひざぎ
◇
学校に着いて、しばらくして朝のホームルーム。エアコンについては稼働していて、いよいよ本当に夏が始まろうとしていることを認識せずにはいられない空間。少し、病み上がりには寒いと思える空気。
担任である重松は、適当な話題を繰り返す。適当な話題と言っても、学校生活上で必要な連絡事項なのだが、それのどこを切りとっても、今の俺には何も関係ないような気がしてくる。
今の俺の視野は狭い。やるべきことがたくさんあるからこそ、やるべきことの重大さを認識しているからこその視野の狭さ。今の俺には学業なんてものは二の次なのだ──。
「おい高原。俺の話聞いてねえだろ。職員室な」
──そんな思考を、次の瞬間には後悔してしまったけれど。
◇
「体調は大丈夫なのか?」
重松は俺に対して訝るようにそう聞いてくる。
場所はもちろん職員室。朝のホームルームを終えた後、いきなり呼び出しを食らってしまって、そうして俺はここにいる。
いや、学業って大事ですよね。俺もそう思っていたんですよ、と言い訳をしたいところだけれど、重松の雰囲気は重厚そのものであり、俺に軽口を吐かせる余裕を見出させてくれない。
「大丈夫、だと思います。たまに咳き込んでしまいますけど」
「それならマスクをつけろよ……」
重松は呆れるように溜息を混じらせながら言葉を吐く。よくよく考えなくとも、マスクくらいはつけるべきだったかもしれない。
……だって、朝から好調だったわけで。好調だといろいろなことがやれそうな気がしてしまうわけで。そして今でさえも放課後にやるべきことを過らせてしまって。ともかく、いろいろなことに対して視野が狭い状況に俺がいることは確かだろう。
言い訳はできそうだけれど、そんなことを言い訳したくはない。
「それにしても顔色についてはなんかいい感じはするな。いいことでもあったんだろ」
「……いや?」
別に、他人にひけらかすことでもない。聞かれてもそんな反応しかできない。けれど、「嘘をつくなよ」と重松に言われてしまう。
「ずっと薄ら笑いというか、なんかいつもの死んだ魚のような目がお前にないんだぞ。そんなん、なんかいいことあったに決まっているじゃないか」
「人の目をDHAたっぷりみたいに言わないでくださいよ。めちゃくちゃ失礼じゃないですか」
重松は俺の言葉を聞いて苦笑した。苦笑というか、ニヒルな笑いを浮かべている。
「まあそんなことはどうでもいい。実はお前に話さなければいけないことがあるんだよ」
「話……?」
俺はその言葉に反応して、重松の目を見据える。
俺の視線を確かめると、重松はデスクの上に置いてあった紙を一枚手に取る。A4の大きさをした紙。題目には“入部届”と印字されており、その下部には“花村 里美”とボールペンで手書きで書かれている。加入する部活欄には”科学部”と書いてあった。
「この時はまだ科学部じゃなかったんだけどな。花村が入ったことによって科学部になったな。よかったじゃないか、科学同好会から科学部結成だ」
重松は、その紙を俺にちらちらと見せるようにしながら、笑いながらそう言った。
「一応、昨日受理したから顧問関係についても安心しろ。何しろ俺だ。これからよろしくな、高原」
にこやかな雰囲気で、重松はそう言った。
なんというか、俺はそれにどう答えればいいのかわからない。
嬉しい気持ちがあったり、なんとも言えない気持ちがあったり。でも、そのすべてがネガティブなものではないことを心で認識できる。
俺は、今ここにいない愛莉に背中を押されている感覚を味わった。
◇
「科学部結成おめでとう」
昼休み、俺は物理室のドアを開けて、開口一番にそう言った。
ドアの向こうにいたのは伊万里……、だけではなく新入部員の花村の姿。そういえば、花村の下の名前が里美だというのを朝に知ったような気がする。
花村は俺のことを認識すると「よっすー」と軽い挨拶をしてくる。その声を合図にしたように伊万里は俺に会釈をする。そこに言葉はなかった。
それもそのはずだろう。俺たちの間には気まずさがある。
俺が風邪をひくことになった前日。俺は彼女の申し出を断った。彼女は俺の言葉を受容する準備があった、俺の言葉を受け容れてくれる容量があった。それなのに、俺は意固地になって彼女の申し出を断った。未だにあの時に彼女がしていた表情の諦めたような表情については忘れられそうにない。
物理室は、いつもと違う空気がある。花村がいるからかもしれないし、もしくは俺と伊万里がいつもの空気ではないからかもしれない。
花村は特に気にしていない、というか、そもそも空気の重さに気づいていない。それに幸いという気持ちもあるけれど、伊万里と二人きりで話したいという状況では少しばかり邪魔だと思えてしまう。そんなことを思う自分は正しくないかもしれない。……いいや、正しさなんて考えるな。そうするべきではないんだから。
花村と伊万里は食事をしているようだった。談笑していたのかはわからないけれど、それなりに彼女らにとっては居心地のいい空気だったかもしれない。
それを邪魔するのは申し訳ない気持ちもあるけれど、それはそれだ。俺は俺でやることがある。今日は放課後に部活にはいけない。だから、この昼休み中に済ませなければいけないのだ。
別にきょうである必要はない。でも、ここで行動しなければ俺は二度と彼女と会話をする気にはならないかもしれない。もしくは彼女が俺と会話を交わす気にならないかもしれない。
だから、無理やりにでも会話をする。
「なあ、花村。伊万里を少し借りてもいいか?」
俺がそういうと、伊万里はぎょっと驚いたような表情をした。花村は特に気にしていないように「どーぞ」と返す。伊万里は花村に縋ろうとするような表情を見せるけれど、何も反応をしない花村に肩を落として、こっちの方に向かう。
申し訳ないけれど、少しばかり面白い。にやけた面が出てきてしまうのを自制しながら、俺たちは物理室とは違う空間に足を運ばせた。