疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする   作:ひざぎ

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「体調は……、大丈夫そうですね」

 

 屋上にて、伊万里は俺の顔を改めて見て、興味もないように呟いた。

 

 夏という季節、燦々と降り注ぐ日射については朝方よりも強くなっている。ましてや高所であるこの屋上では、地上での太陽は尚更に近い。

 

 唯一と言える冷感を匂わせる風が屋上には吹いている。風を塞がない壁のない空間、少し五月蝿ささえ感じる風の強さは、鬱陶しいような気がしないでもない。半ば彼女の声もそれにかき消されるような、そんな感覚もする。

 

 彼女の敬語に、皐の顔がちらつく。

 

 伊万里の彼女は、去年の皐の雰囲気を思い出させる。

 

 まるで、俺には興味を一切抱いていないような、そんな雰囲気。俺という存在から、人間から距離を取るためだけの敬語。

 

「──敬語、やめてくれるよう努力してくれる話だったよな」

 

 ──俺は、そんな敬語に踏み込むことにした。

 

 俺は、止まることを選ばない。停滞することに躊躇をする。前に進むことには躊躇をしない。そうすることでしか前に進めない。一つの強迫観念のようなもの。今日しか俺は人に対して行動を起こすことしかできない。それができなければ、俺は明日を生きることさえもできない。

 

 彼女は俺の言葉を咀嚼して、どこか面食らった表情をする。そんな表情を一瞬で隠して、取り繕った笑顔で俺を見つめる。

 

 慈しみのあるような表情だと思う。

 

「そんなことも言いましたね。でも、今はこれでいいんじゃないですかね」

 

 だが、その言葉には慈しみは存在しない。

 

 諦観を抱いているような、そんな声音。何を言われてもどうでもいい、そんなことを考えているような声音。皐と同じような、未来を諦めたような声。彼女との距離感。

 

 呼吸の音さえかき消される、風の副屋上で、静かに彼女はそう呟いた。

 

 どこまでも、俺たちは静かだ。そんな中、心の中は一つの落ち着きも見せることはない。

 

 こんな瞬間でも、彼女がどんな事を考えているのか、彼女のために用意するべき言葉はなにか、俺がするべきことはなにか、そんなことを考えている。

 

 俺がしたいことはなんだ。俺が為したい結果はどこにある? 為したい結果のために俺はどうすればいいだろう。そればっかり考えて、次の行動を取ることはできない。

 

 心臓が熱い。別に特殊な行動を起こすわけではないのに、耳にちらつく鼓動が鬱陶しい。夏というだけでは言い訳がつかないくらいに身体が熱い、暑い。汗がにじむ感覚がする。乾いた瞳に潤む汗の滴が痛くて仕方がない。

 

 沈黙が耳元でこだまをする。彼女と俺の気まずさを思い出させるように、酸素をうまく吸えない感覚がする。呼吸をする空気が半分だけ。息が詰まる感覚がする。飲み込むことができない。何も、行動をすることができない。

 

「用件はそれだけですか? それなら、まだ昼食が残ってるので戻りますね」

 

 彼女は、それだけ言って、俺から遠ざかろうとする。

 

 足の向きが屋上の扉に向かった。

 

 一つずつ、彼女の足は進んでいく。

 

 こつん、こつん。

 

 そんな足音が聞こえてくるような気がする。

 

 風は吹いている。だから、そんな音は聞こえないはずなのに。

 

 俺が、勝手にそう演出をしている。

 

 ……違う。この足音は──。

 

「──ダメだ」

 

 ──俺が歩き出した音だ。

 

 

 

 

「え?」と彼女は足を止めた。

 

 彼女は足を止めるしかなかった。俺が彼女の手を引いた。そんなことをしていいのか、自分でもわからなかったけれど、俺は彼女の手を引っ張った。

 

 まるで、子供のようだ。何かをお願いするときに、大人の手を引く子供のよう。

 

 本能でそれを行ってしまった。

 

 ──でも、そうするしかない。

 

 それでいい。これでいい。

 

 俺は、まだ彼女と話していないのだ。

 

「なあ、俺はお前にどんな言葉を吐けばいいと思う?」

 

「……知らないですよ、そんなこと」

 

「……だよな、俺にもわからないんだ」

 

 俺は、溜息をついた。その手を引くのを止めた。

 

 俺自身でさえ、どんな言葉を吐けばいいのかわからない。謝罪をすればいいわけじゃない、だからって上辺だけの言葉を吐くのには抵抗がある。

 

 俺は心の底から会話をしたい。そうすることから始めないと、俺と彼女はずっと息苦しいままだ。

 

 彼女は、足を止めた。

 

 振り返って、俺の表情を見る。

 

「……泣きそうな顔」

 

 彼女は、俺の顔を見てそう呟いた。

 

「……俺が?」

 

「はい、すごく泣きそうな顔をしています。まるで子供のような」

 

「……だって、俺はまだ子供だから仕方がないんだろう」

 

 俺は言葉を続ける。

 

「大人だとか、子供だとか、そんなことを自覚できるほどに俺は利口じゃないんだ。自分自身の感情にさえ把握がつかないほどに俺は馬鹿なんだ。だから、俺はお前に対してどんな言葉を吐けばいいのか、未だにわかりはしないんだよ」

 

 彼女は、息を呑んだ。

 

「でも」

 

 俺は、言葉を吐かなきゃいけない。いいや、違う。言葉を吐きたいんだ。

 

 言葉を交わさないと人とは分かり合えない。

 

 俺が今まで言葉から逃げていたのは、人が怖くて仕方がなかったから。

 

 愛莉も、皐も、伊万里も。彼女らに近づくのが怖くて、どこまでも踏み込むことができなかった。

 

 正しさを振りかざさないと、そこに正当性がないように思えた。

 

 だって、そうじゃないか。異性である彼女らに、俺はただ関わりたいというだけで関わるのは、背徳的でしかないじゃないか。倫理的ではないじゃないか。

 

 正しさを求めたのは、結局のところは言い訳だ。言い訳を取り繕って、そうして俺は彼女らに踏み込もうとした。それが正当だと思ったから。

 

 でも、その真たる芯にあるのは、俺の欲望だけだ。

 

 いつまでも逃げていられない。

 

 言葉を吐きださなければいけない。

 

 頬が熱くなる感覚がする。

 

 伊万里には許してもらえない、そんな予感がするからこそ、言葉を吐くことが怖くてしようがない。

 

 でも。でも。でも。

 

「俺は、お前に言葉を伝えたいんだ」

 

  俺は、そう吐き出した。

 

 

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