疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする   作:ひざぎ

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「今日は部活、行けない」

 

 屋上から立ち去るとき、俺は伊万里にそう言った。

 

 チャイムは既に鳴っている。ひたすら馬鹿みたいに笑いあった後、適当なことを話していた。

 

 天体観測に向けて俺たちがやるべきことだったり、昨日の休みの間の話だったり、俺が愛莉と復縁したことだったり、他愛のないことを話してみた。

 

 久々の居心地のいい空気を伊万里との間に感じた。だからこそ、チャイムが鳴るまで彼女の時間を奪っていることに気づかなかった。

 

「何か予定でもあるんです……、あるの?」

 

「まあ、そんなところだな」

 

 ほぇー、と彼女は適当な返事をした。そこまで興味のない話題だったのだろう。別に触れられたいわけではないから、それでいいと思う。

 

「すまないな、食べる時間だったのに」

 

「別に、大丈夫ですよ。そんなにお腹もすいていませんし」

 

「……」

 

 一昨日の食事の量を作るやつが、本当に腹を空かせていないのか疑問だったけれど、女子にそれを聞くのは憚った。深く突っ込むことでもない。

 

 屋上から抜け出して、そうして特別教室棟と普通教室棟の分かれ目。

 

「それじゃあ、俺は教室に帰るわ」

 

「私は花ちゃんを物理室に残してるので、いったん戻りますね」

 

 それじゃ、と互いに交し合って、そうして反対方向を見定める。どこかで見たことのあるような絵面であった。

 

 さよならしか言えない俺たちは、きっとそれ以上の言葉を必要とはしなかった。

 

 

 

 

 思索、思索、思索。時間の限りがある限り思索を繰り返し続ける。授業の内容は頭の中には入ってこない。放課後にやるべきことが頭の中に過って仕方がない。

 

 やるべきこと、したいこと。

 

 一つは解決した。伊万里のことは、何とかなったはずだ。

 

 彼女との間に、今はぎこちない空気は流れていない……、と思う。先ほどはただ確かに楽しい空気だけが蟠っていたけれど、それが錯覚でないことを今は祈るだけ。

 

 彼女との間には、今は酸素が残っている。心地のいい空気が残っている。だから、今はそれでいい。それが俺の望んだ関係だ。

 

 あとは皐のことだけ。皐のことだけだ。

 

 彼女に対して、どんな言葉を吐けばいいのか、今のうちに考えておかなければならない。

 

 言葉を用意しなければ、どれだけ今の俺の状態が良くても、彼女に向き合える顔がないような気がする。

 

 罪の清算とは、その場しのぎで行われるものではないはずだ。過去から、その罪を犯したその時から考えなければいけない。自罰感情を思っていなければいけない。そうすることでしか、真の償いとはできないはずだ。

 

 俺はずっと考えていた。皐に対して、彼女に対して、どんな言葉を、顔を向ければいいのかを。でも、未だにその答えについては見つかることはなくて、今日に至るまで彼女に明示できるすべてを持ち合わせていない。

 

 でも、今日じゃなければいけない。今日じゃなければ、俺は彼女と言葉を交わすことはできないはずだ。

 

 俺は愛莉に背中を押されている。背中を押されている。愛莉がいなければ、俺はここに来ることさえできなかったはずだ。体調不良を言い訳に、適当にサボっていた日々が続いていたかもしれない。

 

 俺は、愛莉に報いなければいけない。報いなければ、そうして俺は前に進むことはできなかったのだから、そうするしかないのだ。

 

 考えろ、考えろ、考えろ。

 

 愛莉に報いるために、皐に対して吐く言葉を自分の中で用意しろ。

 

 そのために、今は時間を思索に費やす。

 

 思索にだけ、俺は時間を尽くす。

 

 

 

 

 放課後を知らせるチャイムが鳴る前に、帰りのホームルームは終わりを告げた。

 

 教室内の全員が夏の季節に茹だりながら、煙たい顔や涼しい顔やら浮かべている間、俺の中の思考は皐だけに染まっている。

 

 皐だけではない、愛莉のことも。

 

 伊万里には、今日は参加しないことをきちんと伝えた。これ以上に学校に残る理由はもう存在しない。

 

 それでも、俺は足を屋上に向ける。

 

 なにか、けじめをつけなければいけないような気がしたから。

 

 

 

 

「久しぶりじゃないか」

 

 ルトは屋上で俺を待っていたように、煙草を吸っている。それ以外には誰もいない。夕焼けの時間が近いはずなのに、そこにはオレンジ色は存在しない。ただ高いだけの日差しが俺たちを射している。

 

「久しぶりです、ルト先輩」

 

 俺がそう言うと、それを合図にしたかのように、ルトは煙草を消した。手元から落とした吸い尽くされた煙草は、煙を上げながら、屋上の床に落ちていく。それを慣れたように上靴で踏みつぶしながら、足を俺に向ける。顔が俺と対面した。

 

「なんか、覚悟が決まっているような表情だな」

 

 ルトは俺の顔を見て、はは、と嘲るように笑った。俺の顔は彼にはそう見えているらしい。

 

 確かに、そうかもしれない。俺はけじめをつけるために屋上に昇った。

 

 何に対してのけじめなのかは、俺自身で把握していない。でも、屋上に昇れば、それが分かるような気がしたから、俺は今、ここにいる。

 

 そうして対面するルトの顔。

 

 偉ぶったような表情、生徒会長の尊厳を思い出させるような重い雰囲気、それでいて秩序を乱すような煙の臭い。存在全てが矛盾しているように思えて、それでいて正しいようにも思える。

 

 ルトという存在は、人間性そのものだ。

 

 正しくあり、正しくない。

 

 重苦しさがあり、軽薄さがある。

 

 そのどれもが、裏も表もないような人間性を飾っている。飾っているような気がする。

 

 俺は、彼にならなければいけない。

 

 一側面だけを担ぐのではなく、そのすべてで振舞えるような人間に。

 

 正しさだけを背負うのではなく、正しくないことも背負えるような人間に。

 

「それで? なんの用だよ」

 

 ルトは飄々とした態度を崩さないままに俺の方を見つめる。

 

 その目はじっと俺の目を見据えている。風が吹いていても、彼の爽やかな声音は俺の耳に届いて仕方がない。かき消されることはない。

 

 すう、と息を吐く。

 

 こんなことで、彼になれるわけではないけれど。でも、ここから始めるのが、俺にはちょうどいい。

 

「──煙草、分けてください」

 

 

 

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