疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする 作:ひざぎ
◆
重たい煙が肺に淀んでいく。肺に淀んで、咳き込みそうになる衝動を、身体の中に抑え込む。それでも昨日までは体調不良だった俺には、どうしても咳き込むことしかできなかったけれど。
咳き込んでくすぐる苦味の塊。舌をしびれさせる未知の味。辛さにも似ているような、そんな煙の味。
咳き込んでいる俺を見て、ルトは楽しそうに笑った。
「落ち着いて吸い込むんだよ。口に煙を溜めて、深呼吸をするように」
咳き込み終わった後、俺は彼の言うとおりにした。
口の中に煙を溜める。この瞬間を誰かに見られないことを思いながら、これが正しさではないことを認識して、煙を吸いこんでいく。
苦い、苦い、苦い。だが、これが正しくないということだ。俺はこれを呑み込まなければいけない。
酸素が頭に回らない。眩んだ目の気配がする。身体に虚脱感が存在する。あらゆる箇所に力が入らない。倦怠感が身体を支配している。
咳き込む、咳き込む、咳き込む。正しくないものを吸い込む。子供が大人になりきれない感覚を、肺で味わう。
咳き込む喉の痛さ、自分自身の罪深さ、傍らに感じる果実のような匂い、そのすべてが、正しくない。正しくないからこそ、これでいい。
「これが、一つの正義なんだよ」
ルトは、俺のそんな様子を見て笑いあげた。
俺は、そうなんだな、と思うしかなかった。
◇
「俺、生徒会には入らないことにしました」
俺は煙草の火種を足元で消しながら、ルトを見据えてそう言った。
俺がそう発言した後、ルトは「へえ」とニヤニヤした顔をしながら言葉を吐く。
「いいのか? 俺が科学部にいないと、また科学同好会に逆戻りだけど?」
「……きっと、ルト先輩はやめないでしょ。ずっと、俺を試すようなことをしていただけで、伊万里の邪魔をするとは、なんとなく思えないんですよね」
俺がそう言うと、彼は嘲るように笑う。
「俺を買い被りすぎじゃないか? 俺は割とひどい人間だぞ?」
「それはそうかもしれませんが、ルト先輩は部活を辞めませんよ、きっと。なんとなくだけど、そんな感じがするんですよね」
根拠はない。でも、ルトは科学部を辞める、というアクションについては取らない気がする。
これは、なんとなくの感覚だ。
彼は自分の中の正しさ、正しくなさを持っている。だが、それは自分という枠の中で収まる話であり、他人に関与することを良しとはしない。
つまり、彼が他者と関わる上で、正しくないことはしないということだ。おそらく、きっと。たぶん。
それであると推測するならば、他人に迷惑をかける行為につながる、科学部を辞退するということは、なんとなくしないと思う。
それが、根拠と言えるのかはわからないけれど、きっと、そんなもんだろう。
はあ、とルトは溜息を吐いた。でも、溜息の割には、彼の顔は重苦しいものでもない。いつだって飄々としている姿勢を崩さない。それがルトという象徴であるような気さえしてくる。俺は彼のそんな部分が好きなのかもしれない。
「まあ、お前がそう決めたのなら、別にいいや」
彼は、そう言葉を残して、屋上から立ち去ろうとする。
「……あっ、でも、本当に手が必要な時には手を借りるからな。文化祭の時期は面倒くさいことが多いんだ」
彼は笑いながらそう呟いて、そうして消えていく。
残るのは、煙を吐き出さないフィルターの残骸、俺の苦い吐息、しびれる感覚、虚脱感。そのすべて。
これが、きっと俺自身だということ。
それを認識したうえで、俺は帰ることにした。
◆
吐くべき言葉は用意できていない。結局、その場面にたどり着かなければ、何も言葉を思いつきはしないだろう。そういうものだ、人の言葉なんて、その程度のものでしかないのだ。
だから、俺は言葉を用意しない。用意するべきだけれど、用意するのが正しさなんだろうけれど、俺はもう用意しない。正しくなさも含めて自分自身なのだ。それが、俺だから。
だから、用意する言葉は必要ない。言葉を見出さない。
そうして、俺は帰路に着く。
太陽は未だにオレンジ色を取り戻さない。夕焼けを景色に飾り立てない。
夕焼けはどこに行ったのだろう。
そんなことを考えながらでも、家はもう目の前にあった。