疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする   作:ひざぎ

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 結局のところ、その日を境にしてから家の中での口論が増えてきた。それだけ父が早く帰ることが多くなってきたということでもあったけれど、それだけ母が帰ってくる日が少なくなったことでもある。どうせなら父も母も帰って来ないことを願う夜の方が多かった。

 

 下から怒号が飛び交うたびに皐は俺の部屋に来た。その度に俺は彼女の耳を塞いだ。俺は彼女から伝う背中の温もりに浸った。ひたらなければ心が壊れてしまうような気がした。両親の喧嘩はそれだけ破壊力があった。

 

 言葉の節々には俺たちを心配するようなものがあった。でも、それも結局、言葉の刃にするための鋼材でしかなかった。俺たちを心配する気持ちは微塵しかなかった。ただ攻撃をするためだけに父は言葉を吐いていた。その言葉に母は切られていた。

 

 そんな会話を皐に聞かせるわけにはいかなかった。だから、ひたすらに耳を塞いだ。少し力が強くなってしまうことがあった。

 

「海の音がする」

 

 皐は俺が耳を塞いだときに、そんな言葉を吐いた。

 

 そうであればいいな、と思った。きっと彼女の聞いた音は俺の指先から伝う血流の音だったろうけれど、それを海と表現してくれるなら、その綺麗な景色の中に、綺麗な音の中に絆されていてほしかった。

 

 

 

 

 俺が中学に入学した頃を境にして、下から聞こえる怒号は少なくなった。その代わりに空気は真空のように冷たくなった。

 

 会話はなかった。テレビの音だけが響いていた。テレビの音に物音が少し転がるくらい。日常と言えば日常ということのできる空間。でも、その空気の居心地は悪かった。

 

 皐とも会話をすることが無くなっていった。皐が俺の部屋に来ることはなくなり、その代わりに愛莉が遊びに来ることが多くなった。愛莉は皐と遊ぼうとしたけれど、皐が部屋に閉じこもったり、もしくは遅くに帰ることがあった。友達と遊んでいたのかもしれない。俺はその頃から皐のことを知らなかった。知ろうともしなかった。俺が愛莉で家族の穴を埋めるのと同じように、皐も友達で穴を埋めようとしているのだと思ったから、それでいいと思った。だから、別に深く関わらなくても大丈夫だと思った。それが互いの心の平穏だと思った。

 

 父から女の匂いを感じるようになった。具体的に言えば、他所の家の匂い、さらに言えば香水の匂いが香るようになった。

 

 朝に帰ってくる父の姿には、疲れた様子は特にはなかった。死にそうな顔はそこにはなかった。だから、きっと、そういうことなんだろう。

 

 母も同じようなものだった。母は日に日に綺麗になっていった。そして匂いが強くなっていった。だから、きっと、そういうことなんだろう。

 

 会話はない。真空でしかない。居間は冷蔵庫のようなものだった。呼吸をすることが億劫になるほど静かな空間だった。酸素がなかった。居間に居心地というものはなかった。だから、俺も、皐も居間にいようとはしなかった。

 

 次第に、父と母は帰ってくることが無くなった。たまに帰ってきた日には、親としての役目を果たしてはくれるけれど、それまでだった。両親の会話を耳にすることはなかった。どちらかが家にいて、どちらか片側が朝帰りをしても、特にリアクションはなかった。どこまでも、どこまでも凍り付いた空気。俺は酸素を求めるために愛莉と関わっていた。そうすることで自分が呼吸のできる生き物であることを認識しようとした。そうすることができれば、この先も大丈夫であると考えることができた。

 

 

 

 

 きっと、こんなことになってしまったのは俺たちのせいではないのだ。俺たちのせいではないにしろ、誰かに責任を追及することは違うような気がする。流れというものがあって、その流れに逆らうことのできなかった人間の報いを、俺たち家族が全体で受け取っているだけなのだ。それだけでしかないのだ。

 

 悪い人間を探すなら何処にだっている。

 

 帰りが遅かった父、それに対して嘘をついたであろう母、それに対して更に酬いをかけるような行動をした父、もともと悪くはないであろうと振舞う母。どれもが悪い。でも、そもそもの亀裂は互いが互いに家族に報いろうとしていただけだったはずだ。

 

 父の仕事も、母としての役職も、俺たちのためのすべてだったはずだ。だから、否定することはできない。顛末についてはどうしようもないほどだけれど、それでも責任を追及なんてできない、できるはずがない。

 

 俺たち家族は、俺と皐を含めて、拗れて、歪んで、捻じ曲がってしまっただけなんだ。

 

 それだけでしかないのだ。

 

 

 

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