疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする 作:ひざぎ
◇
「やけに楽しそうじゃないか」
ルトは特別教室棟の屋上にいた。生徒会の束の間に来た、という具合だろう。彼の額には汗がにじんでいる。
「そんなに暑いなら煙草なんてやめればいいのに」
「それならお前も煙草を吸うなよな」
いつもの合図と言うように、ルトは俺に煙草とライターを差し出してくる。俺はいつも通りに受け取って、隠れるようにそれに火をつけた。
臭い煙だ、そう思う。
でも、こうして正しくないことを覚えると、それに依存しようとする自分がいる。煙草自体に依存しているわけではないと思うが、これをしないと心を落ち着けることができないような気がする。気がするだけだが。
「あっ、もうちょっと隠れた方がいいですよ。しげちー、あっちの屋上で煙草を吸ってるんで」
「……マジ?」
途端に彼はこそこそと扉の影に隠れようと移動をする。その姿がコミカルで面白い。
俺自身もバレる、というわけにはいかないので、彼の後ろに続いている。
変な二人だと自らも含めてそう思った。別に俺はそれでいいと思うけど。
「それで? 今日の天体観測とやらの調子はどうなんだよ」
「大半の部員が無断欠席、仕方ないので俺の知り合いを呼ぶことにしました」
「へえ」
ルトは興味がないように呟いた。
「男?」
「いや、女です」
「彼女?」
「まあ、はい」
「へえ……。へっ?」
ルトは意外そうな表情をした後、すぐにどこかで見たにやけ面を浮かべる。
「お前彼女いたんだな?」
「まあ、そうっすね」
「……なんか、ダルそうだな?」
「……しげちーにも同じことをやられたんで」
さいで、とルトは返した。そうして口にためた煙を肺に流し込む。俺も同じようにした。
支配する虚脱感、むわっと香る煙と、漂う湿気。暑さを忘れることは煙草ではできなさそうだ。
「今日はルト先輩は来ないんですか?」
「うーん、どうだろう。行きたいっちゃ行きたいけどなぁ」
はあ、と大きなため息を彼はついた。
まあ、彼が最近忙しいということについては伊万里からよく聞いている。そしてルト自身からも。
昼間は夏休みの半ばに企画されている高校見学会に向けての準備。夜中はコンビニのバイトとか。
彼曰く、コンビニで働かないと煙草は買えないそうだ。どこで入手していたのか以前から疑問ではあったので、その疑問を解消できてスッキリする感覚もあるけれど、どこか現実的な手段を使っているところが、何とも悲しいとも思える。
「ま、行けたら行くよ。行くよりの方で」
「了解です。伊万里にも伝えておきます」
そんな会話をした後、ルトは吸い終わった煙草を地面に落として、そうして足で踏み潰す。……かと思いきや、踏み潰した後に、持ってきていたらしい携帯灰皿を取り出して、吸い殻をそれに入れた。
「真面目っすね」
「ああ。俺はいつだって正しいからな」
嘯くように彼は笑う。単に、天体観測を行う場所で吸い殻がバレたら大問題だからだろうけれど。
にこやかに彼は立ち去って、そうして煙は俺の手元にしか現れない。
正しくないものを吸い上げる。肺に取り込む。半ば足りない酸素の感覚を味わう。苦い塊。虚脱感が身体を支配する。大人になり切れない子供の悪戯ごと。そんなことをしながら、改めて自分が正しくないことを認識する。
これでいい。これでいいんだ。
俺は、そうっと吸い殻を落とした。
……やばい、携帯灰皿なんて持ってねえぞ。
◇
「伊万里、伝えなければいけないことがある」
俺は物理室のドアを開けると、そこで望遠鏡や星座早見表を準備している伊万里を見かける。そんな彼女に声をかけた。
「……煙草臭いですよ、高原くん」
伊万里は呆れるような声を吐いた。俺はそれを無視して、咳払いをしてから言葉を吐く。
「俺の彼女が来ることになった」
「はいはい……、はい?」
伊万里はよくわからないというように言葉を吐く。その様子が面白くて仕方がない。
「なしてそんなことに?」
「……流れで?」
「どんな流れなんですか……」
伊万里は尚更よくわからない、と言うように呟いた。
「ついでに妹も呼ぶことにした」
「……もう、理解を放棄することにしました」
伊万里は更に呆れるように言葉を呟いた。
「まあ、わかりましたから、高原くんも手伝ってくださいよ。とりあえず、人数分の星座早見表と、望遠鏡とか、屋上に持っていってほしいんです」
「うい」
俺は彼女に言われるがままに、置かれていた望遠鏡を手に持とうとする。
「あっ、まだ屋上の外には出さないでくださいね。太陽があるうちに外に出しちゃうとレンズが歪む可能性があるんで」
「そうなんだ、了解」
俺は適当な相槌を打った。とりあえず、運んでしまえばいいだけだろう。
望遠鏡を手に取って、そうして俺は屋上へと運んでいく。
……少し重い。