The Room   作:犬屋小鳥本部

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My dool③

その抜け道はトンネルのように暗く、ひたすら下へ向かっているようだった。途中からは小さな電灯が道を照らし、闇はしっとりと遠退いていく。

彼らは何も言わずにただ足だけを動かした。いくつもの靴の音が通路を反響して、次第に眠気を誘った。

時間の感覚も薄れ、もう何時間も歩いているように感じ始めた頃である。先頭を歩いていた青年が声をあげた。

 

「何だ、これ」

 

突然足を止めた青年に後続の女性は文句を言った。

 

「急に止まらないでよ!」

「なんだなんだ」

「おいどうした」

「早く進んで」

 

何があったのかわからない後方は次々と足を止めていく。薄暗い通路の中では足音ではなく、いくつもの戸惑いの声が上がり始めた。そして、先頭から大声が上がった。

 

「見るな! 前に、前に光が! 進め! 出口が見える! 前だけ見ろ!」

 

前だけを見ろという声に疑問は感じただろう。だが出口という単語は全員の視線を前に向かせた。一秒でも早く、彼らはそこから出たかった。

 

「走れ! 前に、前に進め!」

 

青年の焦った声が通路に反響した。それに急かされ、彼らは通路の先を目指す。

ほんの少し先には確かに四角い光が見えている。

出口だ。

此所から、この通路から出ることができる。

彼らは両脇の電灯が辛うじて照らしていたものを見ることなく、通路を駆けていった。

 

 

 

それに気づいたのは二人だけだった。

先頭を行く青年はそれを見た瞬間、吐き気が込み上げてきた。今まで感じていた視線の正体と目があってしまった彼は、今この場で吐き出すべきことではないと思い無理矢理飲み込んだ。

最後尾を行く青年は何度も後ろを振り向いた。自分のすぐ後ろをついてくるはずの最後の一人の足音が聞こえない気がする。声さえ、息さえ聞こえない気がする。しかし、青年は確かにこの通路へ入る直前に最後の一人と会話をした。

「先に行くよ」「わかった」

自分の後ろからはもう一人だけやって来るはずである。それなのに、そのもう一人の気配がしないのだ。

青年は何度も振り返り、その度に光る目たちを見た。

それは電灯ではないと気づいた瞬間、青年は先頭の青年と同じように悲鳴と一緒に吐き気を飲み込んだ。

 

 

 

飲み込んだそれらは、飛び込んだ光の先にあった光景を目の前にして、ついに吐き出された。

 

 

 

闇の奥に光る幾対の目たちは逃げ去るゲストを追うことはしない。

何故なら、彼らの隣には既に選び取ったたった一人のパートナーがいるのだから。

それは運命である。

二人が一つの箱に入ったことも、片方が望まなくともその箱へ入れられたことも。

二人の命は運ばれた。運ばれてしまった先が、その一つの箱だった。

ただ、それだけなのだ。

 

 

 

いくつもの中から選ばれた誰かは不運だったのだろうか。

 

 

 

招待状が届き、その場所へ行き、扉を潜ってしまった。それらは全て選んだ誰かの意思である。

誰も悪くはない。全て、なるようにしてなっただけである。

 

見よ。隣に眠るパートナーを。

同じ箱に入ったパートナーを。

二人がそれぞれ選んだ道の先が、その箱だったのだ。

これは運命である。

だから、不運だったとか不幸だったなんて箱の外から言わないでもらいたい。二人は今、夫婦として箱の中に飾られているのである。

これは、運命だったのだ。

 

 

 

 

 

 

彼らが駆け込んだ先は、あの人形のいた部屋であった。ゲストたちは再びこの場に戻ってきてしまった。

次々と落胆する彼らの目に写ったのは、パーティーの時間にはありもしなかった物たちである。なんと、壁の中にびっしりと異様な箱たちが嵌まっているのだ。

箱は丁度人が納まる大きさである。それは棺だ。

箱の中には二つの人の形をしたものが納まっていた。それは棺桶だ。

一つは人の作った人形だった。その性別は様々だろう。彼らはしっかりと目を見開いて、同じ箱に入るもう一人を抱き締めていた。

もう一つは、もう一人は、かつて血の通った「人」だった。

 

ゲストたちはその箱の中身を見た瞬間、通路の中での臭いの正体に気がついた。あれは死臭である。生き物の死んだ後の、命が終わった臭いだったのだ。

人を模した物と、人から物にされた者。すぐ隣にあれば違いは明確であった。

「何だよこれ!」「人だ、死んでる!」「いや、いやぁ!」「さっきこんなのなかったじゃない!」「帰りたいよ、おかあさぁん!」「ここから出してくれよ!」

ゲストたちは悲鳴をあげながら床に崩れ落ちた。そして、先頭を行った青年が隅で吐きながらこう言った。

 

「さっきの道の壁も、これと同じだったんだ。だから、見るなって言ったのに、なんで、なんでこんな」

 

誰も、まさか一周して戻ってくるとは思わなかった。その道は何処にも通じていなかったのである。

彼らが電灯だと思っていた光は、人形の硝子の目が光に反射していただけなのだ。

 

中に入れられた人の胸部は動いていない。死んでいるのだ。だが死体としては綺麗過ぎる。ほとんど腐敗しているようには見えないのだ。

生き物は心臓が止まり、血液を体に巡らせられなくなると腐ってくる。特に内臓から腐敗は始まり、食べた物が胃に残っていればそれも当然腐る。それは体温の低下から起こることだ。

死んだ後は単なる肉の塊。適切な処置と対処をすれば長期的な保存が可能になるだろう。防腐剤を投与すれば。臓器を素早く摘出しておけば。ケースの中の温度を低く一定に保てば。

遥か昔でさえミイラというものが作られていた。条件が良ければ、形をほぼ当時のまま残した奇跡の蝋人形という作品もある。

死体を人形として保存することはきっと可能のはずだ。ただそれを人が望んで行わないだけだ。それは人が死んだ後も彼らを「人」として見ているからである。

死んだ人は生き返らない。戻ってこない。だからその命が終わった体を生きていた時の姿のままでいさせてはいけないのだ。死者は帰ってこないのだから。

ではこのケースの中身はなんだというのか。

彼らの性別や年齢、人種は様々だ。どう見ても今この場にいるはずのない風貌の人だっている。時間が経ち過ぎているのだ、彼らは。そしてケースの状態に差がある。

きっとケースの住人となった時期にばらつきがあるのだろう。つまり、この「作業」は。この、人が人形という物にされる作業は。

 

おそらく、何度も行われている。

 

パーティーは、人形の嫁とりであり婿とりであった。選ばれた人が殺され、人形と一緒にケースに入れられる。

人形と人が一緒にいられるように、人が加工されているのだ。それならば、二つの人の形をしたものたちはケースの中で対等にいられるだろう。

これが本来の夫婦という形なのだろうか。

 




一人の青年が真新しいケースに入った人形を見て涙を流した。その人形は、自分が最後に会話したあの人であった。
もし自分が手を引いて一緒にパーティーから抜け出せていたら、目の前の人はこんなことにならずにいられたのだろうか。
ああ、そういえば。この人の悲鳴が、聴こえたような気がする。
何故その時に戻らなかったのだろうか。何故一緒に外へ出ようとしなかったのだろうか。
お人形にされてしまった人とはもう声を交わすことができない。



これにてパートナー探しの宴は終わったのだ。



夫婦という関係が二人だけのものならば、三人目は必要ない。もしそこに三人目である子どもが介入すれば、対等な関係は困難になるだろう。それは夫婦ではなく家族という関係なのだ。
ケースは二度と開かれることはない。
人形が求めた関係はパートナーとの一対一の関係。夫婦という形なのだ。






今度こそ部屋から出る唯一の扉が開かれた。






ホストである人形はケースの中で笑っている。
パートナーとなった青年は、



















幸せを手にできたのだろうか。
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