修羅令嬢の華麗なる日々 〜お嬢様、拳を握るのはおやめください〜   作:ブナハブ

1 / 2
お嬢様、拳を握るのはおやめください

 王立学園、そこは王国が誇る最高峰の教育機関である。

 生徒数は一学年だけで三百超。加えて誰も彼もが国中から集められた有力な貴族ばかり。施設も教育も教員も、どれを取っても名門校の名に恥じぬ質と品格を併せ持っていた。

 

 国の未来を左右すると言っても過言ではない王立学園では、常日頃から国中の注目を集めている。

 そんな学園で現在、入学早々周りから注目を集めている生徒が居た。

 

 彼女の名は、イリス・レイライト。王国に四つしかない公爵家の一つ、レイライト家の一人娘である。

 爵位と血統を重んじる王国において、公爵令嬢である彼女が注目されるのは当然のことだが、彼女はそれを抜きにしても注目に値する資質があった。

 

 真っ直ぐに流れ落ちた金色の長髪、若草色の澄んだ瞳、白くしなやかな肌に引き締まった体付き、愛らしい容貌。

 可憐で清らか。白百合が如き純潔さを思わせる美貌こそ、彼女が注目される一番の要因だった。

 

 その内面も見た目に違わず純真無垢な心の持ち主であり、入学して間もなく清白(せいはく)の乙女なんて異名が付けられるほど。

 これは、そんな彼女の華麗なる日々を綴った物語である。

 

▼▼▼

 

 正門を抜け、広場を通る。そこにはイリスと同じく登校中の生徒達が大勢居て、けれど彼女の存在が霞む事は無く、いや人が多いからこそ際立つというもの。

 

「イリス様だ」

「今日も可憐でお美しい」

 

 彼女が横を通り過ぎれば、誰もが思わず振り向き、見惚れてしまう。公爵令嬢だからというのも勿論あるだろうが、大抵の者はその美貌に目を奪われていた。

 

「? ……!」

 

 不意にイリスは向けられる視線に気が付いて首を傾げる。しかしすぐにハッと何かを心得たような表情を浮かべると、視線を送ってくる者達へ体を向ける。

 

「皆さん、おはようございます」

 

 そして丁寧に丁寧に、笑顔を持って会釈するのだった。

 

「私に挨拶して下さった!」

「なんて眩しい笑顔!」

「かわいい」

「撫でたい」

「結婚したい」

 

 イリスに笑顔を向けられた者達は一気に色めき立ち、中には放心してしまう者まで出るほどだった。

 

「……?」

「お嬢様、足が止まっております」

「あ、ごめんなさい」

 

 挨拶したのに返事が帰ってこないなと再び首を傾げるイリスであったが、自身の従者からの呼び掛けを聞いて、気にせず教室へ向かう事にした。

 

「やっ、イリスちゃん。今日も可愛いね」

 

……が、直後に現れた男によって、イリスの歩みは再び止まってしまう。

 

「わわっ、アベルさん。おはようございます」

 

 急に横から現れてビックリしつつも、イリスはすぐさまペコリとお辞儀して挨拶し返す。

 

「おはよ〜。前にも言ったけど、さん付けなんてしなくて良いからね」

「分かりました。えっと……アベル先輩」

 

 見た目も言動も完全に遊び慣れした者のソレ。とても公爵令嬢たるイリスと気軽に会話して良い人間じゃないように見えるが、なんら問題は無い。何故なら彼もまた、イリスに引けを取らない上級貴族であるからだ。

 アベル・グラスリーフ。グラスリーフ侯爵家の御子息。緑のショートパーマに輝く黄色の瞳、その容姿は世の女性達を魅了するのに十分過ぎるほど整っているが、性格は上級貴族とは思えないほど軽薄で、女遊びの噂が絶えない人物である。

 

「ははは、イリスちゃんってばほんとに可愛いね〜。婚約者は居ないんだっけ?」

「はい、そういったお話はまだ」

「じゃあ今度俺と二人で遊ばない? 男慣れする為にもさ」

「まあ……!」

 

 アベルの大胆なデートの誘いに、イリスは頬をほんのり赤く染める。その様子を見た周りの令嬢達は黄色い声をあげ、令息達は恨めしげな視線をアベルに送った。

 

「……」

 

 そんなイリスとアベルの問答をすぐ側で眺める者が居た。

 四角いメガネを掛け、タキシードを着こなす青年の名は、リオン・ロイヤリティ。若くしてイリスの専属従者を務める優秀な執事だ。

 

(……お嬢様)

 

 彼は自身の主であるイリスに視線を送る。

 

 彼女の、その赤く染まった頬に……

 

(拳を握るのはおやめください)

 

 ではなく、力強く握りしめたその右手に。

 

「お? なになに、もしかして満更でも無い感じ?」

「い、いえ! ……あ、違いますよ? 決してアベル先輩が嫌という訳ではなく」

 

 アベルに翻弄されてアワアワと弁明するその下で、彼女の右手は血管が浮き出るほどギッチギチに固められていた。

 

「分かってる分かってる。ちょっとイリスちゃんを揶揄っただけさ」

「そ、そうなのですか?」

「うん。けど良かったらでいいから、遊びの件も考えてくれたら嬉しいな」

「ふふ、分かりました。考えておきます」

 

 冗談めかして言うアベルに、イリスは溢れた笑いを隠すように拳で口元を覆った。

 

(いや手)

 

 もはやリオンの目からは、イリスが今にもアベルへ殴り掛からんとしているようにしか見えなかった。しかし幸いにも、アベル含めた他の人達が違和感を感じた様子はなく、そのまま場は解散された。

 

「じゃあねイリスちゃん、良い返事を期待してるからさ」

「はい、私も自分なりに考えてみます」

「……」(お気を付けてアベル様、貴方が相手にしているのは獰猛な魔獣に等しいバーサーカーです)

 

……イリス・レイライトには秘密があった。

 

「お嬢様」

「ん? どうしたのリオン」

「アベル様のお誘い、アレは決してそういう(・・・・)意味では(・・・・)ありません」

 

 野原で蝶と戯れるのが似合う彼女、しかしその本性は戦場で兵共(つわものども)と果たし合うのが大好きな戦闘狂である。

 

「まあ、そうだったの?」

「……はぁ〜」

 

 いったいどんな殺伐とした遊びを思い浮かべていたのか。相変わらずの修羅脳っぷりを発揮する主に思わずリオンは深いため息を吐いた。

 

(卒業まであと三年)

 

 ノーブル学園では、学園内に連れて行ける従者は一人までという決まりがある。それは公爵令嬢であるイリスも例外ではなく、学園内での付き人はリオンただ一人。

 

(これ、本当に隠し通せるのかなぁ?)

 

 リオンに与えられた使命は二つ。一つはイリスの凶暴な本性を誰にも悟られないようにする事、そしてもう一つは……彼女の修羅脳を改善させる事だ。

 

「残念です。アベル様、とても強そうな殿方でしたのに」

(いや無理だろ)

 

 頬を紅く染めて、潤んだ瞳で呟くイリス。まるで恋する乙女のような顔して、その脳内には修羅の世界が広がっている事を知るリオンは、自身に課せられた使命の無理難題さに頭を抱えた。

 

……この物語は、修羅の如き令嬢、修羅令嬢が闘争を求め続け、それを従者が阻止しつつ華麗な日々を送らせようとする、何かそういった感じの日常系バトルラブコメディである。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定