修羅令嬢の華麗なる日々 〜お嬢様、拳を握るのはおやめください〜   作:ブナハブ

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お嬢様、秒でトラブルに突っ込まないでください

 狂乱症。悪魔憑きとも称されるそれは、貴族達から恐れられる不治の病だ。

 

 一部の人間には、魔法を使う為のエネルギー、魔力が宿っている。魔力は血の繋がりが大きく関係しており、魔力の高い者同士の子は高確率で親と同等か、それ以上の魔力を手にする。

 王国ではそういった魔力持ちの血を非常に重視しており、魔力の有無で貴族と平民を区別し、魔力の強弱で貴族としての位すら左右される。

 

 そういった文化がある為、王国の上級貴族は全員が強大な魔力の持ち主である。しかし何事にも不都合な事態は起こるというもの、魔力持ちであるが故の苦悩も当然出てくる。その中の一つに魔力暴走という物がある。

 魔力持ちが感情を激しく昂らせると、ときたま魔力が爆発的に上昇する事がある。これを魔力暴走と呼び、一時的にだが通常を遥かに超えた魔力を行使する事が出来る。ただし本人は昂る感情を制御できず、理性を失った獣のように誰彼構わず襲ってしまう。

 冒頭で語った狂乱症とは、この魔力暴走を悪化させた物だ。

 

 狂乱症を発症した人間は少しずつ、だが確実に、魔力を際限なく増やし続ける。やがて膨れ上がった魔力は魔力暴走のように宿主を激情に駆らせて、理性を完全に失わせる。タチの悪い事に、魔力が並の者より大きいせいで自然と周りへの被害も大きくなってしまう。

 まだ原因が分かっていなかった頃は悪魔憑きと呼ばれ恐れられ、そして原因が分かった今でもなお、周りをも巻き込んで身を滅ぼす、発症すれば最後の最悪な病として恐れられていた。

 

……そして、そんな恐ろしい病を公爵家の一人娘、イリス・レイライトは幼い頃から患っていた。

 

▼▼▼

 

(狂乱症に罹ると半月で魔力暴走の兆しが見え始め、一年後には感情の制御が難しくなり、三年も経てば理性を完全に失ってしまう……その筈なんだが)

 

 己の持つ狂乱症の知識を振り返っていたリオンは閉じていた瞼を開き、目の前で優雅に紅茶を飲む狂乱症患者である主の姿を凝視する。

 

(なーんでこの人、こんな平気そうにしてるの?)

 

 時刻はお昼頃、昼休みを迎えた生徒達は思い思いに昼食を取っていた。

 身分を重んじる貴族の学園らしいと言うべきか、上級貴族の生徒達には食事を取れる専用のフロアが用意されており、イリスはそこのバルコニーで食後のティータイムをしていた。

 

「……ふふ、やっぱりリオンの淹れた紅茶は美味しいですね」

「お褒めに預かり光栄です」

「以前こっそり自分で紅茶を淹れて飲んでみたのですが、全く違います。同じものでも淹れた人の違いでこうも味が変わるなんて、不思議ですね」

「……」(俺としては、お嬢様が狂乱症に耐えれている事実の方が摩訶不思議なんですけど)

 

 イリスが幼い頃に狂乱症を患ったのは、紛れもない真実だ。しかしこうも平静を保った姿を見せられると、実はもう完治しているのではないかと疑ってしまう。

 

(それが本当ならどれだけ良かったか)

 

 しかしそんな事はあり得ない。そうあってくれと願い、結局そんな事は無かったと何度落胆した事か。イリスの専属従者となって早三年、リオンはイリスの狂乱症が自然治癒される事は無いと既に結論付けていた。

 

(まあそのお陰で、お嬢様が狂乱症である事を周りに隠せてるんだけど)

 

 狂乱症に陥った人間は、誰であろうと隔離施設に入れられる。魔力の大きい上級貴族の場合、大きな被害を出される前に殺すという事態もあり得る。

 イリスは公爵令嬢、しかもとある事情でレイライト家の血を持つ子は彼女一人だけ。この国で養子を跡取りにするのは極めて難しい為、彼女の狂乱症発覚は、つまるところレイライト家の没落を意味していた。

 

「ウッ……」(い、いかん。想像したら腹が痛くなってきた)

 

 狂乱症の事がバレないようにするだけでも責任重大なのに、加えてイリスがレイライト家の後継者として務まるよう、狂乱症による暴走を改善する必要もある。

 トドメにこれらが実行可能なのは、最も彼女と一緒に居る時間の多いリオンただ一人。

 

(こ、堪えろリオン・ロイヤリティ! これもレイライト家を守る為なんだ!)

 

 なお比喩抜きでレイライト家の存続は彼の頑張りにかかっていた。今すぐ退職届を出しに行ってもおかしくない重責である。

 

(だ、大丈夫だ。王立学園に来て半月経つけど、大きな問題はなかった。……ヒヤヒヤする場面は結構あったけど、お嬢様もご自分を律せられている。大丈夫、この調子なら卒業まで隠し通せる筈だ)

 

 そうやって己に自己暗示を掛け続けて、リオンは無理にでもやる気を引き出した。

 

(良しっ、午後からも張り切っていこう!)

 

 コッソリと胃薬を服用し、リオンはやる気に満ちた表情で自身の主に顔を向けた。

 

「ん?」

 

 が、当の主はさっきまで座っていた筈の椅子から消え失せていた。

 

「……はあ!?」

 

 リオン、痛恨のミス。しかし今は己を叱責する暇など無く、一刻も早くイリスを見つけ出す必要があった。

 

「何処だ! 何処に……!」

 

 全神経を研ぎ澄ませて周囲を観察する。すると下の方が何やら騒がしい事に気がつく。

 

「そっちか!」

 

 急いでバルコニーの柵に身を乗り出す。そして彼は、眼下に広がるその光景を目にした。

 

 壁際に立つとても良く似た容姿を持つ男女が二人。その二人を追い詰めるかのように取り囲む計六人の少年。その間に立ち、少年達の前で武者震いをする圧倒的美少女が一人。

 

「楽しそうな声が聞こえたので、つい来ちゃいました」

(お嬢様!?)

 

 両手を前に出し、いじらしそうに指を絡ませながら、イリスはそれを言葉にする。

 

「その、良ければ代わりに私のお相手をしてくれませんか?」

(お嬢様ああああ!!?)

 

▼▼▼

 

 その人が現れたのは、突然の事だった。

 

 いきなり上空から降ってきた彼女に皆が驚く中……僕は、場違いにも見惚れてしまっていた。

 

 静かに、美しく、空から舞い降りた彼女は天使のようで、可憐に佇む姿は可憐な花を思わせた。

 

「その、良ければ代わりに私のお相手をしてくれませんか?」

 

 争い事とは無縁なんだろう。恐怖で震えているのに、彼女は慣れない煽り言葉を奴らにぶつけて、僕達の事を庇った。

 

 怯えながらも勇気を持って僕達を助けようとする姿に、僕は───

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