公安部アカメリウム対策課 作:息抜き梓太郎
刑事部捜査1課、殺人や強盗、危険を伴う凶悪犯の捜査を行い、ドラマなどで取り上げられることもある花形部署
しかし、その捜査一課の他にも近年で注目が集まっている部署があった。その部署は都道府県警ですらその動向を完璧には把握することが出来ない特異性を持つ。
名称は公安部、担当する職務は国益侵害にあたる組織への対応。
刑事をヒーローとするのなら、公安は忍者、人知れずこの国を守る影の功労者。
当然、公安に憧れる人間というのは刑事の中にも少なからずいる。
そして、その一人が今年公安部へと異動することとなった。
☆☆☆
コツコツと革靴で軽快に廊下を歩く足音、段ボールを抱え、黒いスーツに皺一つ作らないほどに装いを整えている筋肉質の男が、『公安部アカメリウム対策課』と書かれた部屋をノックする。
「失礼します!今日からこちらに配属となりました。九条凉太です」
一秒、二秒、三秒、扉がゆっくりと開く。
「何か……悪いことでもしたの?」
扉の向こうから、中肉中背のこれといった特徴の無い眼鏡の男が現われ、九条にそんな不躾なことを問うてくる。
歳は40過ぎぐらいだろうか、目じりに皺が出来ており、話題に上がったとしても顔は出てこないだろうが、優しそうな人だったという印象だけが残る。そんな男性だった。
しかし、それとは別にまさかファーストコンタクトでこんなことを言ってくるとは思っていなかったため、凉太は素っ頓狂な声を上げる。
「はっ?えっと……」
「ああ、取りあえず入って入って、外で突っ立っていても仕方が無いしね。
……荷物は、まぁ空いているデスクに適当に置いておいてよ」
眼鏡の男は九条を部屋の中へと招く。
柔和な笑みを浮かべており、こちらを歓迎してくれているのが分かる。
先ほどの言葉から自分は歓迎されていないのか?と思っていた九条だったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
「はい!ありがとうございます。」
九条が部屋の中に入ると、中にいた人間が一斉にこちらに視線を向ける。
そのため、九条は中にいた人に向けて挨拶をする。
「この度こちらに異動になりました!九条凉太です。よろしくお願いします。」
胸を張り、はきはきとした言葉と綺麗なフォームで頭を下げた九条に反応したのは二人………部屋の中には先ほどの眼鏡の男性も含めて4人いる。
その筈なのに反応したのはたったの二人だけだった。
子供の頃から警察に憧れて柔道を習っていた九条は、頭を下げているときですら、周りへの警戒を怠らない。
故に気づくことが出来た。いや、一人はカチャカチャとパソコンを操作していたため、九条でなくても音で気づけたかもしれない。
普通の部署であれば、新しい人が入って来た際、部内の人間全員が新人へと意識を向けるものなのだが…ここでは違うのだろうか?
「あ~、ごめんねぇ。うちの子達ちょっとマイペースなんだよねぇ」
眼鏡の男性はこの部屋の中で唯一九条の挨拶にパチパチと手を叩き歓迎の意を示してくれる。
その男性がこうして自分にフォローを入れている。
深呼吸を一度、九条自身あまり自覚してはいなかったが、それでも、多少、そうあくまでも多少はこの空気に不快感を抱いていた。その気持ちを意識して心の奥底に沈める。
「いえ、公安部なのですから、今までと多少勝手が違うのも覚悟していました」
「そうかい?それは良かったよ。」
眼鏡の男性は本当に心底安心したとばかりに胸を撫で下ろす。
それを見た九条もこの人となら問題なく仕事をこなせそうだと、こちらもこちらで胸を撫で下ろしていた。
「あ、ごめんごめん、引き留めて、段ボールも重そうだし、さっ、好きな場所に座ってよ」
眼鏡の男性はそう言ってくれるものの……九条はあたりを見渡し、頭を悩ませる。
この部屋の中で空いている席は、九条の挨拶を無視してパソコンを弄る前髪で目元を隠した少年の隣、同じく九条の挨拶を無視して、漫画を……それも分厚い週刊誌を読みふける金髪碧眼の大柄の男性の隣、最後に九条が今まであまり接したことのない、その……少し派手目の女性の隣だった。
これで眼鏡の男性の隣が空いているのであれば、迷わずその席を選んでいたのだが、生憎と言うべきか、やはりと言うべきか、彼がここの纏め役を担っているようで、部屋の奥にぽつんと一つだけ置かれているデスクを使っているようだった。
(さて、本当にどうしたものか……)
中々座る席を決められない。
たかが、デスクの場所程度で一々悩むなと思われるかもしれないが、隣の席の人間とのコミュニケーションが意外にも大事であったことは以前の職場で経験済みだ。
出来れば、あまり心的負担のない人間の隣が良い。
そんな風に悩んでいると、派手目の女性が声をかけてくる。
「ねぇねぇ、お兄さん、お兄さんは元々どこの所属だったの?」
「は、はい、自分は刑事部捜査1課に所属していました。」
「……なんだ。刑事か……」
派手目な女性は九条の前の職場を聞いた瞬間あからさまに態度を変えて、携帯電話……スマートフォンを弄り出す。
その態度の変化に九条は呆気にとられると共に若干の不快感を抱く。
(あの女性の隣は止めておこう)
そう心に決めると共に乗り気はしなかったが九条は残りの二人へと視線を向ける。
あの女性を除けばあと空いているのは九条を無視した人間、そのどちらかの隣だけなのだから当然だ。
そして、正直九条はもうこの時点で誰の隣に座るか決めていた。
……消去法によって
九条は迷いなく歩く。
そして、件の人物の隣に立つと、声をかける。
「すいません。お隣宜しいでしょうか?」
一秒二秒、返事は帰ってこない。
帰ってくるのはカチャカチャというパソコンのキーを叩く音だけ
(これは……どうすれば良いんだろうか?)
九条は内心で困り果てていた。
今まで九条の周りにはこれ程までに他人に無関心……というか、人に話しかけらても気にせずに作業をする人間なんていなかった。
一瞬、返事を待たずに座っても良いのではないか?という考えが脳裏をよぎるが、それは九条の育ちの良さ、善性が許さない。
しかし、そんな九条の善性とは裏腹に、眼鏡の男性がゴーサインを出す。
「ああ、彼基本、誰の言葉にも返事を返さないから座って良いよ。
嫌なときは嫌って言うしね」
その言葉を聞き、取りあえず自分が拒否されていないということが分かったため、軽く頭を下げると隣の席に荷物を下ろす。
そして、デスクで使う物をテキパキと机に置いていく。
起き終わった後はロッカーにしまうものだけなのだが……はてロッカーはどこだろうか?
九条は眼鏡の男性に声をかけようとする。
したところで、なんと隣に座っていた目元を隠した少年が話しかけてきた。
「ロッカーはそこ」
そう言いながら九条から見て左側を指さす少年。
九条もそちらに目を向けると、扉の直ぐ横にロッカーが置かれていた。
(扉の直ぐ近くにあるじゃないか…そんなことにも気づかないくらい緊張していたのか…)
因みに言うと、この部屋の構造は中央に向かい合うように6つのデスクが置かれており、一番奥にデスクが1つ、扉の両隣にロッカーがそれぞれ3つずつ置かれている。
但し扉側からみて右側のデスクは4つ、左側は2つとデスクの配置に関しては非常にアンバランスだった。
むしろ、それさえなければ自分も隣の人間のいない席に座れていたのに、と思ってしまう。
いや、今となっては隣の少年も実は気の良い人物なのではないかと微かに期待できるためこの選択も強ち悪くなかったのかもしれない。
九条は少しだけ前向きに考える。
なんせ、折角憧れの公安部に入ったのだ。
落ち込んでいる時間が勿体なかった。
「ロッカーの場所、教えてくれてありがとうございます。」
九条は少年に例を言うと、荷物を持ち上げる。
その最中、少年は九条にだけ聞こえるか、というくらいの声でボソッと言葉を発する。
「タメ口で良い。僕の方が年下だし、アンタみたいにガタイのいい奴に敬語使われるとむず痒い。
……だけど、僕もタメ口で話す。こっちの方が話しやすいから情報伝達の時、楽」
それだけ言うと、少年はカチャカチャと再度キーボードを叩く。書類を作成している様だ。
九条はその少年の態度、というよりも言葉に、笑みを深めると、大きく頷く。
「分かった。今日から同僚だしな。俺もタメ口でいくよ」
(彼とも上手くやっていけそうだな)
荷物をロッカーに持っていきながら隣人の性格が悪くなかったことに安堵する、
仕事に関しても愛想は悪いがパソコンで書類の作成をしており、しっかりと取り組んでいることが分かった。仕事中に漫画を読んだり、本人の前で露骨にがっかりする人間よりよっぽど良い。
無口なのも、人見知りなだけだろう。
最近の子は人見知りで少しおどおどした子が多いと聞く。
だが、それ自体は別に仕事をする上で何も問題にはならない。
(今度、一緒に飲み……はまだ年齢的に難しいかもしれないが、食事にでも誘ってみよう)
ロッカーの1つには既に九条凉太と書かれている物があった。苦情はそのロッカーを躊躇なく開ける。
中には私服がいくつか入っていた。
前任者が使っていた物だろうか?
「すいません。このロッカー、服が入っているんですけど……」
九条はここの纏め役である眼鏡の男性に声をかける。
すると、眼鏡の男性はしまった!というように表情を崩し、手を合わせて謝ってくる。
「ごめんねぇ。それ仕事着だから着替えてきて貰っても良いかい」
そう言われ、再度服に目をやる。
……普通の服だ。スーツでもなければ警視庁のロゴも入っていない。
(いや、よく考えれば、普通か。ここは潜入調査とかもする公安部だもんな)
手早く荷物をしまうと中に入っていた服を手に取る。
「分かりました。更衣室はどこを使えば良いでしょうか?」
「更衣室?
ああ、この部屋の手前、物置になっている場所があるから、そこで着替えておいで」
「分かりました。」
更衣室について聞いた際、一瞬不思議そうにしていたのが気になったが、九条は気を取り直して、物置へと向かおうとした。
しかし、漫画雑誌を呼んでいた男が突然雑誌から顔を上げて九条へと視線を移す。
「そういえば聞きてぇことがあったんだ!」
ドアノブに手をかけていた九条もその大声に反射的に後ろを振り向く。
「どうか、されましたか?」
この金髪碧眼の男にはあまりいい印象を持っていなかった九条であったが、それでも仕事である以上感情と理性は切り離すべき、という考えを持っていたため聞き返した。
「お前?どんな女がタイプなんだ?」
そう、先ほども言ったが、九条は仕事である以上感情と理性は切り離すべきだ、と思っている。
感情によって連携や情報伝達が遅れてしまえば救えた命が救えなくなる、ということもある。
情報の伝達が不十分であれば、気づけたことを見落としてしまうかもしれない。
だから、相手が聞いてきたこと、言ってきたことには出来るだけ答えたいし、応えたい。
逆に自分の質問や忠告もしっかりと聞いて欲しい。
そう思っていたから、聞き返したのに、あろうことか『どんな女が好み』だと?
全くこの男はどこまで巫山戯れば気が済むのか……。
そう思い、答えを濁そうと考える九条。
しかし、それよりも早く紅一点である派手目の女性が口を開ける。
「ちょっと、そう言う話題はよそでやって貰ってもいいかしら?不快だわ」
「あ、なんでだよ?重要だろうが」
睨み合う二人、空気がひりつき一触即発の状況であると今日きたばかりの九条にも分かった。
この状況どうやって治めるつもりなのだろうか?
そう思い、初老の男性に視線を向けるが、当の本人は書類仕事をしているのか、パソコンから顔を上げる様子はない。
そんな中、なんと少年が顔を上げた。
「二人ともやめなよ。特にシモコック、仕事中に聞く内容じゃないだろ。」
「はっ、人形好きのお坊ちゃんは黙ってな」
「……アンドロイドは人形じゃ無いよ」
小さい声でけれどはっきりとそれだけ言うと、少年はこれ以上は何も言うことは無いとばかりにキーボードをたたき出す。
それに金髪碧眼の男もこれ以上は無駄だと思ったのか、再度、漫画雑誌を読み始めた。
☆☆☆
「ゴホッゴホ」
眼鏡の男性に勧められた物置のあまりの埃っぽさに着替え終え既に部屋から出たというのにまだ咳が止まらない。
(本当に彼らはあそこで着替えているのか?)
はっきり言って着替えが出来る環境じゃなかった。ハウスダストのアレルギーを持っている訳でもないのにこれ程咳き込んでいるのだ。
これでハウスダストのアレルギーを持っている人間がいれば、最悪喘息のような状態になるんじゃないかとすら思う汚れようだ。
これにはまだ入って日が浅い、というか今日配属になったばかりとはいえ、少し苦言を呈してやらねばと思いながら『公安部アカメリウム対策課』の扉をノックする。
「は~い。あ!着替えてくれたみたいだね」
「はい、それにしてもあの部屋少し……」
「あ、これから仕事だから行こうか」
「え?あ、はい」
九条が苦情を言うよりも早く眼鏡の男性は九条にリュックサックを手渡すと外に向けて歩き出す。
まだ、どのような仕事をするのか、どのような道具を使うのか、対応の仕方なども何一つ聞かされていないのだが、眼鏡の男性は全く気にした様子がなく歩き出す。
そのことに流石に九条も危機感を抱き、眼鏡の男性を止める。
「ま、待ってください。仕事って言われても何をすれば良いのか、そもそも何の仕事をしに行くのかも聞かされていないのですが……」
「え?ああ、現場に向かいながら説明するよ」
眼鏡の男性は尚も変わらず、歩を進める。
そのことに九条もこれ以上行っても何も変わらないと感じ、腹を括る。
せめて、何事もなく終えられれば良いのだが……
ここに来て少しだけ九条も弱気になってしまう。
今まで色々な現場に立ってきたが、流石にここまで何も説明されずに現場に向かうことはなかった。
(これが、公安部の普通、なんだよな?)
ついつい眼鏡の男性の方を見てしまう。
その視線に気づいた眼鏡の男性は何を勘違いしたのか、九条に説明を初めていく。
「あ~、先ず君は公安部では東野良介って名前ね。リュックサックの一番手前のチャックの付いたポケット、あるでしょ?そこに名刺入ってるからそれ確認しておいてね。
後は、支給される装備に関しては……車に乗って貰ってからの方が良いか。
じゃあ、今回の仕事内容だけど、潜入調査。
アカメリウムを使っている武装を製造してマフィアや暴力団に捌いている組織が日本に上陸したらしい。
しかも早速、二次島組という指定暴力団と取引をするって話だ。
僕たちは二次島組に接触して取引を行う組織の人間との間にパイプをつなぐ。
大丈夫そ?」
「は、はい」
「まぁ、メインで動くのは僕だから、東野君は変なことを言わないやらない、これだけ守ってくれれば良いよ。」
「はい」
急に現場に駆り出され、何事かと思ったが、かなり大きい山のようだ。
九条は一度深呼吸をし、心を落ち着ける。
(大丈夫だ。大きな山は何も今回が初めてじゃない)
刑事としてなら大きな山も解決している。
それが九条の自信となり、心の平穏を守る安定剤になる。
とはいえ、
(アカメリウムに関する事件を取り扱うのは初めてだ)
アカメリウム。
アメリカ大合衆国の研究機関が発見した特殊な物質。
一説にはダークマターと呼ばれる未発見物質がこのアカメリウムなのではないかと言われている。実際の所はアメリカによって厳重に秘匿されているため物質のためどの説も推測の域を出ない。
しかし、この部署に配属されるに伴い、この物質が比較的容易に採取でき、世界中ではアカメリウムの武具の密造と売買が横行しているという説明を受けたためを信憑性は高いのだろう。また、既存の物質では不可能だった現象を引き起こすことが出来るのは既にアメリカから発表されている。
そんな物質がテロ組織や仮想敵国に利用されればアメリカ自身も危険に陥る可能性がある。
だからこそ、アメリカは友好国である日本に捜査協力を取りつけ、その見返りとして自衛隊やSATにはアカメリウムを使った装備を卸している、らしい。
捜査協力の件は刑事部の中でも半ば都市伝説のように語られていた話だ。
だが、今自分はその都市伝説的な部署に所属している。
頬を叩き気合いを入れる。
この事件の解決には国の威信が懸かっている。
九条は自然と握り拳に力を込めていた