公安部アカメリウム対策課 作:息抜き梓太郎
☆☆☆
警視庁南部庁舎の地下一階、非常用階段の中に庁舎内へと繋がる扉とは別にもう一枚扉が設置されている。アカメリウム対策課所属の眼鏡の中年男はその扉に一本の鍵を差し込む。
「どこに向かうんですか?」
扉を開けて九条を中に促す中年男に九条は首を傾げながらも指示に従う。
そして、扉が閉まると共に当たり前の疑問を口にした。
その問いに中年男は九条にだけ聞こえる小さな声で答えてくれる。
「実はさ、ここ、近くの駐車場に繋がってるんだよね。
他にもいくつかあるんだよ?」
「そうなんですか!?流石公安部ですね!」
九条と中年男は緑の蛍光灯に照らされる廊下を歩く。
狭く、細い一本道、人一人が漸く歩ける程度の道幅しかない。
その上、視界も悪く少し不気味さまで醸し出している。
しかし、九条はそう言った点も含めて少年心をくすぐられていた。
とはいえ、これは仕事、浮ついた気持ちで現場に出るわけには行かない。
その使命感が九条に刑事としての姿勢を取り戻させ、それと同時に1つ重要なことに気づかせてくれた。
「すいません。そういえばあなたのことはなんと呼べば良いんでしょうか?」
「あ~、そっか、そういえばまだ伝えていなかったね。
ここでの僕の名前は杉宮左近。
君と同じ記者だよ。」
(記者?)
そう言われ、リュックサックの前ポケットを開け、中に入っていた名刺を確認する。
……そこには確かに、『就労社 カレイドスコープ 記者東野良介』と書かれた名刺が入っている。
就労社……かなり有名な会社の名前だ。
勝手に使っても大丈夫なものなのだろうか?
「実在する会社の名前って使っても問題ないんですか?」
「うん?ああ、大丈夫だよ。そこと警視庁は協力関係だからね。そういう会社結構あるんだよ?」
その言葉に内心で驚きながらも九条は納得する。
(本当に凄いな……フィクションみたいだ)
九条は自身の私服、いや仕事着の内ポケットに名刺入れをしまう。
そして、再度リュックを背負った所で扉が見えてきていることに気がつく。
杉宮は内ポケットから一本の鍵を出し、扉を開ける。
九条が杉宮に続き、外に出ると辺りを照らす人工的な光、先ほどよりは視界が良好だがお世辞にも明るいとは言えない。
九条達がいた場所は立体駐車場の地下一階。
それも人目に触れづらく尚且つ、監視カメラの死角となる場所だった。
「…本当に繋がってる」
「ふふっ、そういえば最初は僕もそんな反応したなぁ。
とはいえ、何時誰が見ているか分からないから、あんまりこういった隠し通路も過信できないんだけどね
実際、探偵とかに見つかって使えなくなった場所もある。
九条君も気を付けてね?」
間違いなく、この通路1つとってもかなりの額と手間がかかっているはずだ。
そんな通路が使えなくなった場合、減給や始末書を書くだけで許されるのだろうか?
九条はついつい辺りを見回してこちらを見ている人間がいないか確認してしまう。
その行動に杉宮は苦笑を浮かべる。
「そんなに挙動不審な態度をとっていたら、逆に怪しまれちゃうよ。
もっと堂々としてね?」
「は、はい!すいません」
「ははっ、ちょっと肩に力入りすぎだよ?
さっさと、車に乗ろう」
杉宮は警視庁南部庁舎と繋がる通路のすぐ近くに止まっている黒のトールワゴンの扉を開けて、エンジンをかける。
それを見た九条も弾かれたように助手席に乗り込む。転がり込む、というのが正しい表現だったかもしれない。勢い良く乗り込んだことで車体が左右に揺れ、更に扉も勢い良く閉めてしまい大きな音が辺りに響く。
当然その姿は少し滑稽というか、不格好というか、正直にいって挙動不審だった。
流石にこれには杉宮も心配そうに九条を見つめてくる。
「本当に大丈夫?失礼だけど一緒に仕事すると思うと心配になるよ」
「スーハー、すいません。少し緊張してました。もう大丈夫です」
九条も車に乗った所で再度深呼吸をして、冷静さを取り戻す。
驚きの連続でその度に取り乱していたが、今度こそ大丈夫だと、心を落ち着ける。
そうやって平静に戻れた理由には刑事として車、パトカーの中に乗ることも多く、車内に入ることで刑事としてのスイッチが自然と入ったのだ。これは九条自身気がついていなかった一種のルーティンだった。
また、車内が外とは違い密閉された空間であり、周りの目を気にしなくて良かったのも理由の1つかもしれない。
「もう大丈夫そうだね。
よく分からないけど、じゃあ気を取り直して装備の説明をしていくよ。
リュックを開けて」
「はい」
九条は言われ通りにリュックのメインコンパートメントを開ける。
中には帽子、マスク、手帳とペン、スマートフォンが二台、ボイスレコーダー、カメラ、ノートパソコン、折り畳み傘が入っている。
捜査に使えそうな物はボイスレコーダーとカメラ位だろうか?
「ああ、一応行っておくと、そのボイスレコーダーにはボイスレコーダーとしての機能は殆ど無いんだ」
「え?」
「それ、うちで使ってるハッキング装置ね。
USBみたいに刺すことも出来るけど、普通に差し込み口が無いところに当てても内部のナノマシンが機械に侵入してハッキングしてくれる。」
「そうなんですか……アカメリウムを使った装備ですか?」
九条はSF作品に出てくるような装備に対して、当然の疑問を持つ。
或いは不思議なものはアカメリウム、という固定観念を知らず知らずのうちに持っていたのかもしれない。それは刑事としては致命的であり、今すぐに矯正しなくてはいけない考えなのだが、今の九条はそれに気づけない。
杉宮は九条の疑問をきっぱりと否定する。
「いいや、これはアカメリウムを使用していない装備さ。
アカメリウムを扱う人間は病的なくらいアカメリウムに敏感だからね。うちにはアカメリウム製のものは1つも無いよ」
「……そうなんですか。それにしてもこれがアカメリウムを使用していない、なんて……失礼ですが、俄には信じ難いです」
「はははっ、まぁ、うちの栄島君は天才だからね」
「栄島?」
初めて聞く名前に九条は当然首を傾げる。
それに対して、杉宮はそういえばそれも言ってなかった、と呟き、栄島について教えてくれる。
「あの、眼鏡の少年だよ。
彼が栄島蛇尾
後は、金髪碧眼の男が男がシモコック・チャール。体術、射撃、ナイフ術に秀でているんだ。
最後にうちの紅一点の女性は深山藤音。彼女は電子捜査、と言えば良いのかな?が得意でね。色々あってうちに引き抜かれたんだ。……いや左遷されたと言う方が正しいかもしれないけど……」
(左遷?)
その言葉に思わず首を傾げてしまう。少なくとも公安部への異動は栄転の部類に入るはずだが……。
どういうことか問いたい気持ちもあったが、これから目的地につくまでの間に装備の説明を受け、頭に叩き込む必要があるのだ。余計な時間も、脳のリソースも消費することは許されない。九条は意図的にその疑問を心の奥底にしまい込む。
(少なくとも今は仕事仲間の名前の方が重要だよな。栄島蛇尾、シモコック・チャール、深山藤音。)
九条は心の中で彼らの名前を反芻する。いざというときに名前がちゃんと出てくるように脳に刻み込む。
(勿論、俺同様仮の名前なのだろうが……それでも名前を知らないよりも良いだろう。)
九条は名前が言えなければ仕事に支障を来すと言う以外にも彼らとの円滑なコミュニケーションが出来ればと考えていた。
「さて、それじゃあ、他の装備の説明をするよ。
まずはスマートフォン。
黄色いスマホカバーで保護されているものは記者として君が使っていく物。
もう1つの緑のスマホカバーで保護されているものは変形式の拳銃だ。
電源ボタンを押した後に音量のプラスとマイナスを一秒以内に押すと拳銃に変わる。
純粋な威力は本物に劣るけど、相手の油断を誘えるし、ないよりはマシだね。
次に折りたたみ傘だけど、これは生地の部分が特殊繊維で出来ていてね、骨組みも衝撃を吸収できるよう工夫が施されているから理論上はアサルトライフルの発砲にも耐えるそうだ。
後、傘のシャフトは鋼鉄よりも硬く、周囲を絶縁素材でコーティングしているから電気を通さない。
警棒の代わりになる上に盾としても使えるって訳だ。
マスクと帽子にはそれぞれ、通信機とカメラが内蔵されている。
まぁ、ペンには録音機とカメラ両方の機能が備わっているから帽子に関してはその場その場で使い分けるって感じだね。室内で帽子を被っていたら怪しいし……とはいえ、ペンをずっとポケットに入れているのも今のご時世警戒されるからね
あとはノートパソコンのキーボードにディスクドライブがついているだろう?左右に1つずつ。
そのうち左側はディスクドライブじゃなくて発信器が収納されているんだ。
盗聴器の機能もついているタイプだよ」
(は、早い)
一息に全ての装備の説明を終えた杉宮に九条は顔を顰める。こういうタイプは前の部署にも時々いたのだが、もう少し、聞き手のことを考えて欲しいと思ってしまう。
とはいえ、前の部署に同じタイプがいたことでなんとか聞き取ることは出来た。
取りあえず、九条は最後に説明された発信器について確認するためパソコンを取り出し左側のディスクドライブを開ける。
すると、縦に4列、横に5列、計20個の発信器が綺麗に収納されていた。
九条はおもむろにその内の1つに触れる。
裏面はベタベタとした粘着シートとなっており、一度付いたら剥がそうと思わない限りはそう簡単には剥がれないようになっている。
次にスマートフォンを弄る、既存の拳銃と比べると軽量で少し癖はあるが、変形させるのが難しいと言うわけでもない。実戦でも使用は出来るだろう。
最後に帽子を被り、マスクを付ける。
そこで、これは一体どう使えば良いのだろう?と首を傾げる。
「マスクと帽子はどうやって使えば良いんでしょうか?」
「ああ、それなら、マスクは右耳の後ろに来るゴムを3回さすると向こうと繋がるよ。
帽子に関してはツバの後ろを5回タップだね。
「な、成る程、そういえばこれって、どこに繋がってるんですか?中央指揮命令センターですか?」
「ん、いや、栄島君と深山君の所だね。
そもそもうちは白星とは殆ど連絡とらないんだ。
今日みたいに内線で指示が来ることはあるし、報告書の作成もするけど、そこまで密ではないね。」
「そ、そうなんですね」
九条は驚きを露わにする
それは使い捨てマスクと見分けがつかない一見何の変哲もないマスクにそれだけの技術が詰めこまれている、ということやことや中央指揮命令センターとあまり連絡を取らないというのもそうだが、何よりも、栄島と深山の所に連絡が行くようになっているというのに驚いていた。
栄島は子供だし、深山に関してはまともに仕事が出来るのか?と少し失礼な考えを持っていたのだ。
しかし、その気持ちが杉宮にも見透かされたのか、若しくは以前九条と同じような考えをもった人間がいたのか、杉宮は栄島と深山に対するフォローを入れる。
「彼らはああ見えて優秀なんだ。
むしろ彼らの場合そうでもなければ…………
いや、これは僕の口から言うべきじゃないか……。
よし、それじゃあ、後は今回の仕事についてもう一度説明しようか」
「はい!」
「東野君は返事が良いね。だけど、そこまで畏まらなくて良いよ。
うちはそういう部署だから
それで今回の仕事はアカメリウムを取り扱うHCAっていう組織が日本の指定暴力団の1つと接触するって情報が入った。
僕たちはその暴力団と接触し、CHAの尻尾を掴むよ。」
「策はあるんですか?」
「上が取材のアポを取ってくれているみたいなんだ。」
目的地に進む車、通常よりも遮音性に秀でた外観よりも厚い装甲を持つ車内で彼らは今回の仕事について話す。