公安部アカメリウム対策課   作:息抜き梓太郎

3 / 6
真に迫る演技

☆☆☆

 

指定暴力団の事務所近くまで来た九条と杉宮は、小さいパーキングに車を止め歩いて事務所まで向かう。

その姿は一見本当に取材に来ただけの一般人のようであった。

服装も、歩き方も、表情も何一つとっても怪しい点はない。

少なくとも九条はそう感じていた。

 

とはいえ、それは九条の主観でしかなかった。

公安部の先達であり、潜入のプロである杉宮からすればその擬態はあまりにも杜撰だった。周囲に絶えず注意を払う姿勢。いや、視線の動き。いつ襲われても対応出来るよう出来るだけ片足であっても地面から離さない歩き方、少しだけ力の入った腕。

無警戒に道を歩く一般人とは一線を画していた。

 

「東野君?もっと肩の力を抜いて、そんなんじゃ相手に怪しまれちゃうよ」

 

確かに九条の変装は無警戒に道を歩く一般人が相手であれば問題なく通用するものであった。ただ、上記にもあるように常に注意深く他者を観察している人間、例えば警察や指定暴力団の人間を相手にするには少々お粗末なものだった。

妖しい相手がいないか周囲の警戒を劣らない姿や表情の堅さが自分は何かありますと言外に訴えているのだ。

 

そして、そんな様子で指定暴力団の事務所近くを歩いているものだから、面倒な相手に捕まってしまった。

 

「君たち少し良いかな?」

 

そう言って近づいてくるガタイの良い男。

これが、只のチンピラ又は今から行く指定暴力団関係者であれば、名刺を渡すか、適当に話術であしらうか、もしくは賄賂を渡し、黙らせることが出来ていた。

しかし、残念ながら相手は自分達の同僚つまり警察だった。

それも、指定暴力団などを相手にする刑事四課

今から行う調査は極秘で、他の課に漏れる訳には行かない。

それなのに、九条が余りにも挙動不審な態度を取るせいで、相手はあからさまにこちらを訝しんでいた。

 

溜息を吐きそうになるのをグッと堪え、杉宮は簡単なハンドサインで九条を黙らせ、前に出る。

 

「いや~、刑事さん初めまして!実は自分達こういうものでして」

 

そう言いながら杉宮は刑事に偽の身分が書かれた名刺を渡す。

そう『就労社 カレイドスコープ 杉宮左近』と書かれた名刺を

 

相手はその名刺を見て、合点が言ったのかため息を吐くと軽い苦言を呈してくる。

 

「あ~、あんたら、二次島組を取材しに来た口か。

危険だからあんま首突っ込まない方が良いと思うんだがなぁ」

「ははは、まぁ、私らは飯の種になる話題を持って帰らないといけないもんで」

「それで、飯を食えない体にされちゃ意味ないと思うがなぁ。

…まぁ、あんま無理はすんなよ」

「肝に銘じておきます。……それにしても刑事さんはガタイが良いですね。」

 

杉宮はそう言いながら、不躾に刑事の体に触れていく。

刑事は居心地を悪そうに体をよじり、杉宮から距離を取る。

 

「俺のことはい~から、早く行け!」

 

刑事は二時島組を取材する記者の対応は初めてではないのか、比較的早く九条たちを解放する。

杉宮は「申し訳ない」と言い、一度頭を下げると、人の良い笑みを浮かべ、その場を立ち去った。

九条も杉宮に隠れるように刑事の横を通り抜ける。

 

二人は黙々と歩いてく。九条はバクバクとなる心臓にてを当て、大きく息を吐く。

実を言うと先ほどの刑事と九条には面識があったのだ。

あくまでも1つの事件の解決の際に協力しただけの関係ではあるが、それでも九条が憶えているのだ。もしかしたら、相手もまた九条を憶えているかもしれないと考えていた。

 

結局は杞憂ではあったが。

 

そんな様子に杉宮はこちらに視線を向ける。しかし、その瞳は先ほどと違い少し迷惑そうだった。

 

「……流石にさっきの露骨過ぎるよ?知り合い?」

「……まぁ、一度だけ仕事をしたことがあって」

「うん、でもあれはやめよう」

「……はい」

 

自分でも自覚があったため、九条は露骨に落ち込むことはなかった。

なかったが、曲がりなりにも刑事部捜査1課で築いたプライドはズタボロに傷が付き忸怩たる思いを抱いていた。

気分が落ち込んでいるためか、隣にある家屋、その塀の上でこちらをジッと観察する猫の瞳にすら九条を責めるような色を見いだしてしまう。当然錯覚だが

なんせ九条と杉宮の事情を猫が知るわけもないのだから、猫が九条を責める理由が無い。

ただ、九条達を警戒してジッと見つめているだけだろう。

 

九条は猫に向けていた視線をサッと外す。

すると、猫もこちらに興味を無くしたのか、それとも視線を外した隙に逃げようとしたのか、塀の上を器用に歩き、その場から去って行く。

最後に他の野良猫たちも現われジッと九条を見てきたのが、まるで私たちはお前の醜態を憶えているぞと訴えているようで不気味だった。当然、錯覚だが

 

その様子をどう受け取ったのか、杉宮は少しだけ笑みを作る。

一体どうしたと言うのだろか?

九条は首を傾げる。

 

「今みたいに猫に気を取られるくらいが丁度良いよ

僕らは刑事ではなく記者なんだからね

それも君は新米だ。

ピリピリとした空気は似合わない」

「そういうもの、ですかね?」

 

これが刑事部捜査1課の頃であれば先輩刑事に叱責されていただろう。

だからこそ、違和感というものがあった。

杉宮の言っていることは確かに杉宮自身の足を引っ張ることはしない。

だが、これから先、九条一人で仕事を熟す際には後ろ足を取られることになるのではなか、と感じた。

 

少なくとも、切迫した現場で関係のない事柄に気を取られていては犯人を取り逃がしてしまうだろう。

犯人に繋がる重要な手がかりを見逃してしまうかもしれない。

 

そんな刑事としては当然の疑問を抱き、ついつい杉宮に対して懐疑的な視線を向ける。

 

「そんなに僕の言ったことが不思議かい?」

「え?」

 

内心を悟られたことに心臓をわしづかみにされたような緊張が走る。

先輩警官へ向ける猜疑心がバレたことで、まるで夕暮れ時の秋のように薄ら寒い感覚に襲われる。現在は気温は30°を超えており、絶え間なく汗がしたたる程に暑いはずなのに、だ。

杉宮にベテラン刑事のような相手を射殺すような眼光の鋭さはない。にも関わらず、自分が追い詰められているとい焦燥感が九条を襲う。

 

しかし、杉宮は九条の胸中には気づいていないようで先ほどと大して変わらない口調、変わらない調子で言葉を紡ぐ

 

「顔に出ていたよ。

それに君は酷く真面目だから、一人経ちした後のことも考えているのかなって。

その生真面目さは君のご両親が君をしっかり育てられた証であり、君の美徳と言って差し支えない。

 

だけど、そうだね。

この世界で生きていくなら真面目なだけでは駄目だ。

ああ、別にふざけろといっているんじゃないだ。

ただ、肩の力を抜いて、自然体でいることが大事なんだ。

 

そうすれば、潜入先で疑われづらくなるし、何よりも肩肘を張っている時には見えなかったことが見えてくるんだよ」

「そう、なんですね」

 

九条の今まで出会ってきた人達とは全く違う考え

だけど、杉宮の言葉には何故だか、酷く実感がこもっており、少なくとも嘘は言っていないと思わせるだけの力が宿っていた。

柔和な笑みの裏にある杉宮の芯の強さ垣間見えた。

 

それと同時に九条の肩から急速に力が抜ける。

気張らなくて良いんだ、と漸く気づいたのだ。

 

むしろ、気を張るだけリスクが増えるのなら気張るだけ馬鹿らしいと察した、というのが正しいのかもしれない。

 

その様子に杉宮も頷く。

これなら、仕事に支障は来さないだろう、という安堵による笑み。

だが、その中に少しだけ、ほんの少しだけだが

 

(……あの状況からこうも早く順応するとは……

もしかしたら、この子は化けるかもな)

 

期待の色が込められていた。

 

九条はそのことはつゆ知らずに杉宮の後ろをついて行く。

 

先ほどとは違い、言葉1つ交わすことはない。

ただ、黙々と目的地へと歩を進めるのだった。

それこそが杉宮が少しとは言え、九条を認めた証だった。

 

☆☆☆

 

二次島組の事務所、ビルのような近代的な建築物ではなく、地主が所有するような年季の入った武家屋敷。

しかし、年季が入っているとは言え、隅々まで手入れが行き届いており、老朽化による見窄らしさはなく、むしろ古美術品のような一種の優美さを宿していた。

 

その優美さこそが、二次島組が只のチンピラの集まりではない、ということを如実に来た者に印象づける。

この屋敷こそが二次島組の看板なのだ。

 

とはいえ、だ。

九条とて刑事部捜査一課で数年にわたり、経験を積んだ身、例え相手が古くからこの地に根付く悪党であったとしてもそれによって怖じ気尽くことは決してない。

 

九条は思い切って門塀に設置されているインターフォンに人差し指を突き立てようとする、が、その前に杉宮がインターフォンを押してしまう。

 

「あ、ごめん、緊張しているようだから、僕が押しちゃったよ」

 

気楽な様子で九条の肩を叩く杉宮。

その様子は傍から見れば、脳天気な好々爺然としていたが、先ほどの会話から九条自身はその言葉の裏にある「もうちょっと肩の力を抜け」というメッセージを受け取ることが出来た。

 

そうして、少しの間二人がインターフォンの前で待っていると、顔に傷のある三十手前の男が木造にしては堅牢そうな扉を少しだけ開けて、中から顔を出す。

 

「あんたら家に何のようだい。」

 

男は訝しげに、あるいはこちらを威圧するように目を細める。

それに対し、杉宮は九条よりも一歩前に出ると、公安から支給されている偽の名刺を取り出し、男へと差し出した。

 

「ええ、実は以前取材のアポイントメントを取らせていただいた就労社のカレイドスコープという雑誌の記者をしている杉宮左近というものです」

 

その言葉を聞き、顔に傷のある男は「ああ」と言い、名刺を手の中で無意味に遊ばせると、無造作にズボンの右ポケットにしまい込む。

 

「その件なら俺が請け負うことになっている。

取りあえず、入んな」

 

男は先ほどとは違いドアを大きく開けて、九条達を招き入れる。

 

中に関しても見事な日本庭園が広がっている。

この庭園の維持だけでもこの組織の羽振りの良さというのが伺えた。

 

そのことに関し、杉宮が少し突っ込む。

 

「いやぁ、良い庭園ですねぇ。流石天下の二次島組ですね。

 

……そういえば、こちらが掴んだ情報に、アカメリウムを使った武装を買い取るという噂があったのですが、本当ですか?」

 

隣にいた九条ですら驚くほどの直球ストレートの質問。

何よりも、その時の杉宮の顔がどう見ても公安警察というよりも大スクープに目がくらんだ記者にしか見えないのだから驚きだ。

 

傷のある男は舌打ちを1つすると、杉宮の胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げしまう。

 

杉宮の身長も決して低いわけではない。

大体170はある。ただ、男の身長が非常に高く190程あるのだ。

また、その腕も大木のように太く、顔の傷も相まって、相当荒事慣れしていることが分かる。

 

逆に杉宮は体を持ち上げられたことで軽いパニックに陥っており、手足をバタバタとバタつかせて抵抗している。

恐らくは演技であろうが、あまりにも、真に迫っているため、本当に公安警察かと九条はつい疑ってしまう。

 

ただ、実際に体をバタつかせ、助けてくださいと懇願するその姿に、男は可哀想な者でもみるような目を杉宮に向ける。

 

そして、大きく息を吐き出すと、頭を掻きむしり、杉宮を降ろした。

 

「俺には弱い奴をいたぶる趣味はないんでな。

ただ、あんま、いらんことに首を突っ込まれると、こっちもそれ相応の措置を取らざる負えないんだよ」

「は、はい、以後気を付けます」

 

解放された杉宮が両手を合わせ、手をもむ姿のなんと情けないことか……

九条は見るに堪えないと視線を逸らす。

それと同時にもしかしたら、杉宮さんは武術に関してはあまり優れていないのかもしれない、とあたりをつける。

 

男も、取りあえず怯える杉宮からは視線を逸らし、杉宮と違いガタイの良い九条へと視線を向ける。

 

「おい、取りあえず、ついてこい。」

 

その言葉に九条は頷く。

手には録音機とカメラの役割をはたすペンと、メモ帳を携えている。

 

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