公安部アカメリウム対策課 作:息抜き梓太郎
「いや、実は初めからシモコック君にも来て貰っていたんだ。この情報は伝えているから多分もう犯人を捕まえている頃じゃないかな?」
九条の脳裏には自分を無視した大柄な男の顔が浮かぶ。
「……ああ、彼ですか」
あまり、良い印象のない相手だ。だが、確かナイフ術や体術に優れているのだったか……
「捕縛するなら、彼が適任さ。
安心して任せて良いよ」
☆☆☆
時間は遡り九条がまだ仕事着に着替えていた頃。
杉宮のデスクに置かれている電話……否、内線がけたたましく鳴り響く。
「前から言ってるけどよぉ。その音どうにかなんねぇのか?うるさくてまともに漫画も読めやしねぇよ」
ずっと、週刊誌を開き、漫画を読んでいた男シモコック・チャールは迷惑そうに眉間に皺を寄せ、ページをめくる手を止める。
そもそも仕事中に漫画を読んではいけないのだが……そんな常識は残念ながらこの男には無かった。
それどころか、まるで自身が可笑しなことを言っていないとばかりに内線電話を睨み付けているのだから手に負えない。
実際、周りからも処置なしと思われているのか、彼らがシモコックを注意することは無かった。
いや、そもそも、深山藤音に関してはシモコック同様仕事などしておらず、爪にマニキュアを塗っている始末。
唯一の頼みの綱であり、ここの纏め役である杉宮はその様子を横目に内線を取る。
仮に九条のような人間が上司であれば、叱責ものだが、杉宮のスタンスは成果さえ上げれば細かいことは気にしないというものだった。
正確にはそれが、このアカメリウム対策課という部署の立ち位置なのだ。
集められた者も実力を認められただけの問題児、いや外様の人間が半数以上だ。
当然シモコック・チャールもその一人だった。
「はい……はい、わかりました。そうですか……」
好き勝手する部下をよそに電話の向こうの人間にペコペコと頭を下げる杉宮。
その姿に「何故、目の前に人がいるわけでも無いのに頭を下げているのだろう」と首を傾げる。
毎回のことではあるが、シモコックからすれば不思議で仕方が無かった。
ただ、それについて実際に口に出すことはしない。
彼の座右の銘は多様性の尊重だった。
文化圏や家庭環境の違い、人種の違い、精神の強度、身体機能の違い。彼からすればそんなものに興味は無かったし、それを気にするのも馬鹿馬鹿しいと考えていた。
そもそも、自分と全く同じ人間がいないのだから、他人に対し、自分との違いを言い訳に石を投げても同じように石を投げている人間もまた自分とは相容れない存在なのだから、仕方が無いと思った。
そして、そのことに気がついた日から彼は周りを気にして我慢をすることを止めた。
自身が凝り固まった常識という檻に閉じ込められているのだと気がついたのだ。
親に通わされていた塾に行くのをやめ、学校もいつしか行かなくなった。
彼の親は彼に将来困るのはお前だと唾を飛ばし、叱責した。その言葉は正しい。
彼の持つ多様性を尊重するという考え方は立派だが、それを免罪符に嫌なことから逃げ出してもその怠慢は自身へと帰ってくるだけ…普通であればそうだった。
しかし、彼は普通では無かった。彼は戦の神に愛されていたのだ。
故に彼は多様性を言い訳に自身の嫌いな大勢で石を投げるような、常識という檻を勝手に作る人間に拳を振るっても誰にも咎められなかった。誰も彼を咎めることが出来なかった。
彼に石を投げた人間は一人また一人と彼の拳に沈められていった。
ただ、勿論そんなことをしていれば普通の人間は彼から距離を置く。だが、生憎表面上は平和になった今の世界でも少し深層に行けば争いというのは絶えない。彼という、生まれてくる世界を間違えた圧倒的な人間兵器を求めるものは後を絶えないのだ。
そうして、彼は求められるままに戦い、最終的に日本警察に捕まることとなった。
そしてそこで本来なら秘密裏に消されるはずだった彼に再度戦の神は微笑んだ。新設されたばかりのアカメリウム対策課の人間として働けば命を保証をすると、日本政府否アカメリウム対策課捜査指揮全権部長杉宮左近によって告げられたのだ。
すこし長くなってしまったが、彼がここに来るまでの経緯を話し負えた所で丁度杉宮は内線を切った。
白星との話が終わったのだ。
「仕事が入ったよ。HCAが日本で動き出したそうだ。
取りあえず、研修も兼ねて僕と九条君で表向きは動く。
だけど、念のため、シモコック君、君も近くで待機していてくれ」
これはつまり「自分たちが尻尾を捕まえられなかった場合はお前が相手の首根っこを押さえろ」ということ。
シモコックは肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべる。この部署での彼の存在意義も当然暴力装置だ。しかも相手はアカメリウムを使った未知の強敵。この国の警察は自身を檻に閉じ込めたいけ好かない人間だが未知の強敵と戦える機会を与えたこと自体には感謝していた。
彼は多様性を重んじていたが、一方的な暴力や理由無き暴力は嫌っていた。
何となく石を投げている奴らの様でかっこ悪いと思ったのだ。
自身と同等の強さを持つ強敵が自身の前に立ち塞がるその状況こそ彼の求めるものだった。
杉宮に待機場所を指定されたシモコックは彼らが出て行くのを見計らい動き出す。
これも杉宮からの命令だった。九条にはシモコックが動くのは隠して欲しいと言われたのだ。何でも、彼の挙動でHCAの人間にバレる可能性があると思案しているようだった。
そうして、シモコックが指定された場所に移動し、週刊誌を読みふけることしばし。
それこそ、週刊誌に入っている漫画を全て読み終え、ここに来る前に勝ったポテトチップスを食べていると彼が待機していた車でザザッと砂嵐のような音が鳴る。
「お、なんかあったのか?」
これは公安部の人間、栄島蛇尾が作った通信機からの連絡があったときに起こる予兆のようなものだった。
不具合と言ってもいいのかもしれない。
それで困ることも無いのだから、別に構わないのだろうが。
『聞こえるかい?杉宮だ。犯人がこの家屋の……多分屋根上に隠れていると思う。捕まえておいてくれ』
その一言と送られてきた写真と地図を確認してシモコックは車から出て動き出す。
所詮自分は猟犬だ。余計な情報など必要ない。犯人が何をしたとか、どういった背景があるだとかはそれこそ、杉宮や深山、栄島などが考えれば良いのだ。
だからこそ、彼は何も聞くことはせずに装備だけを整えて敵の元に急行した。
☆☆☆
地図の元までついたところでシモコックはブルートゥース型公安部アカメリウム対策課専用通信機を使用する。
これは戦闘を生業にするシモコックのために作られた物で、アカメリウム対策課の深山藤音の元に繋がる仕組みとなっている。
「おい、ついたぞ
ここからどうする?屋根の上にでもよじ登るか?」
『いえ、杉宮さんからの指示だと土のなかにアカメリウム製の銃を隠しているだろうから、漁るふりさえすれば向こうから顔を出すんじゃないか、だって。
後、もしかしたらパワードスーツ?も隠してる可能性があるからそっちが出てくかも」
「そうかよ。ありがとな」
(折角だし、アカメリウム製の武器使って見てぇな)
土を漁るふりだけすれば良いと言われてはいるが、シモコックは真剣にアカメリウムの銃を探す。
彼が傭兵をしていた頃はまだアカメリウムは実用化されておらず、名前だけが一人歩きする一種の都市伝説だった。
そんな物質が実際に存在していたことも驚きだが、それよりも一度くらいはそんな摩訶不思議な武器を使ってみたかった。新しい玩具に目を光らせる子どもの様にシモコックはわくわくとした気持ちを隠し切れず、無意識のうちに口元を緩める。
しかし、シモコックが銃を見つけ出すよりも早く空……いや、屋根の上から誰かが降ってくる。
ドシンっという重い物が落ちる音と共に緑色のライダースーツの様なものを着た男がシモコックの前に立ち塞がる。
「おいおいせっかちだな。
3時のおやつを待つ子供かなんかか?」
シモコックは現われた男を軽く煽る。だが、その目に油断の色はない。相手の一挙手一投足に注意を払い、体も半身を引き、直ぐに対応出来る態勢を取っている。
そんなシモコックに男、犯人は構えも取らず全速力で接近する。
異常な程の加速力シモコックの目を持ってしても一瞬消えたのではと錯覚する。
しかし、瞳で捕らえられ無くとも長年の経験と生来の勘でシモコックは対応する。
シモコックに突き出された腕を余裕を持って躱し、そのまま突き出された腕を掴むと一本背負いの要領で相手を投げ飛ばす。
「3時のおやつも良いけどよ。豚箱に送られる前にうまいカツ丼、食いたくねぇか?」
実際に取調室でカツ丼が出るなんてことはないが、どうやら、この国の刑事ドラマでは取調室でカツ丼を出すのが鉄板となっているようなので刑事にちなんだ軽いジョークを飛ばす。
当然だが相手はそんなシモコックのジョークに反応する訳もない。
猫のように四肢をひねり飛び跳ねてシモコックから距離を取る。
そして、立ち上がる。
今度は先ほどのような無防備な体勢と違い、左右に揺れる軽い足運びで顔の前と胸の前にそれぞれ拳を構える。
ボクシングの動きだ。
(さっきとは動きが全然違ぇ。なんだこいつ気持ち悪りぃ)
シモコック程の達人だからこそ分かる違和感。
本来人間は修めたといえるまでにその技術を極めていれば無意識のうちにその技術に関する動きをしてしまうものだ。
なのに、目の前いる男の最初の動きにはボクシングに関する動作が全くなかった。
対して、今は一目見ただけで只者ではないとシモコックが警戒するほどに洗練された動きをしている。
(少なくともさっきから動き自体は常人とは思えねぇ位に速かった。パワードスーツを着ているのは確実。なら、アシスト機能が搭載されていた、ってことか?)
シモコックは戦闘中にもかかわらず、直ぐに1つの仮説を立てる。戦闘中でも活路を探す並列思考能力。そして、視野の広さにも、彼は優れていた。
そして、シモコック基準から見て只者ではないと断じた実力者である犯人の拳を容易にいなしていく。
パワードスーツから繰り出される拳の速度はその道の世界チャンプすら軽く超えているにもかかわらず、だ。
とはいえ、これ程容易に避けられるのにも1つ理由があった。
(動きが単調だな。やはりアシスト機能が搭載されているのか?)
動きは鋭く、一見熟練者のようにも見えるのだが、それにしては駆け引きは少なく、あったとしても酷く単調なものだった。
合理性を突き詰めた結果、遊びがないといっても言い。
シモコックは敢えて隙をさらし、相手が渾身の一撃を放った所でカウンターを打つ。
手応えありの一撃。
これがゲームであれば会心の一撃という表記が出ただろうと、シモコックは心の中で自我自賛する。
だが、相手はそんなシモコックの一撃を受けてなお平然と立ち上がる。それどころか全く聞いているそぶりを見せない。
シャコを除けば自身より鋭いパンチを打てるものなんて世界にいない、その程度には自身の拳に自信を持っていたシモコックは相手のタフさに動揺する。
その隙に今度は脛めがけて鋭い蹴りを放ってくる。
動揺していたり、他のことに気を取られていれば、ワンテンポ動作が遅れてしまう。
普通はそうだ。
しかし、戦いの申し子たるシモコックにそんな普通は通じない。
動揺しつつも懐に入り、蹴りを避ける共に地面についている方の足を刈る。
相手は両足が地面から離れたことでバランスを崩し、倒れ込む。
シモコックは相手が倒れるよりも早く相手の腕を掴み、倒れ込んだと同時に関節を極める。
相手の腕を両足で挟みこみ、そのまま腕を自身の方に反らしたのだ。
柔道で言うところの腕拉十字固だ。
ただ、シモコックの場合は残った片腕も自身の足で踏みつける。
「さて、そろそろ、カツ丼が食いたくなってきた頃なんじゃ無いか?」
どれだけ、力があろうが、関節を極められた状態で上手く力が出せるわけが無い。
これで決着だ。
そう思い、勝利を確信した笑みを浮かべる。
しかし、相手はシもコックの体を持ち上げる。
極められた方の腕を動かしてまるで子供を持ち上げるように軽々と、だ。
念の為言っておくとシモコックの体重は軽くは無い。むしろ身長が高く、筋肉もついているのだから体重という点で言えば平均的な成人男性よりはずっと重い。
一〇〇キロは常に超えているのだ。
それなのに、相手は十分に力を出せない状態でシもコックを持ち上げてみせた。
(俺が相手にしているのは本当に人間か?)
思わずそんな思考が脳裏を過ぎるが、それを直ぐに振り払う。
例え相手が人では無かろうが、自身に求められている仕事は常に1つだ。
ならば、巨大ロボットが相手であろうが、大怪獣が相手であろうが、捕縛してみせよう。
シモコックは相手から素早く距離を取ると、スマートフォン型変形式拳銃を取り出し、発砲。
この際、取り出してから変形、発砲までの時間は0.5秒。
相手は体勢を整えている間に四発の弾丸をその身に受ける。
(銃弾は効かないか……。)
四発の弾丸を受けてなお相手には大した痛痒はない。通常の拳銃の弾丸すら無傷で受けきったのだから当然と言えば当然だ。
次に、ボイスレコーダー型のハッキング装置を取り出す。
この道具の特性はナノマシンを内部に注入してハッキングするというもの。シモコックは専門的な話は分からなかったが、それでもあのライダースーツも機械であるというのなら、ハッキング出来る可能性は十分にあるだろう。
銃弾をものともせず接近してくる相手をいなしてスタンガンを撃ち込むように腹の部分にハッキング装置を押し当てる。
しかし、ボイスレコーダーの画面に浮かぶerrorの文字。
シモコックは速くされど重くは無い左のジャブを受け止め、そのまま相手の拳を下に引き、バランスを崩し顔が下がったところで膝蹴りを当てる。
相手は体を仰け反らせたため、受け止めた拳を前に押し出す。
距離を取るための緊急措置だ。
(さて、正直、手持ちの道具で使えそうなのは……傘で関節を極めれば……いや、何なら締め落とすか?)
シモコックは傘を取り出しボタンを押す。すると、傘の持ち手がひとりでに伸びる。
そして今度はプロレスラーの如くシモコックの腰めがけてタックルをしかけてきた犯人の首に傘の中棒を回し、自身の方に相手の体を寄せながら左方向に相手を引っ張り、バランスが崩れた所で右脚を刈る。
今度は内股刈りの要領で投げたのだ。
そして、倒れた相手の頸動脈を傘で圧迫する。シモコックの実力であれば、数秒で失神させることができる。
いつもであれば
(絞め技も聞かないのか)
犯人は意識を落とすことなく、シモコックに掴みかかってくる。
シモコックは手を払い距離を取ろうとする。
だが、犯人は体をよじりながらシモコックに蹴りを放つ。この攻撃を咄嗟に跳ぶことで軽減したが、それでもシモコックのわき腹にはじんじんと鈍い痛みが走る。
相手もシもコックを警戒して直ぐに追撃をかけることはしなかった。
ただ、シモコックもまた相手を倒すための手段が無く。攻撃を仕掛けることが出来ない。
(手錠さえあれば)
公安部アカメリウム対策課の一員であるシモコックは警察と分かるものは持ち歩けない。
故に手錠さえあれば、なんて考え自体詮無きことなのだが、それでもシモコックは歯が軋み音を上げるほどに食いしばる。
彼にとって戦闘こそが唯一無二の武器であり、その一点でミスをするなんて事はあってはいけなかいのだ。
それはシモコック自身が許せなかった。
シモコックは犯人への警戒を怠ることなく辺りへと意識を向ける。
必死にこの硬直状態、犯人の防御を突破する方法を考える。
これが戦場であれば不発弾や倒れた兵士の武装などが落ちているのだが、残念ながら、ここは鉛と硝煙とは無縁の法治国家。
武器になるものなどそうそう転がってはいない。
(いや、そうでもないか?)
犯人が自分から頻繁に意識を逸らし、ある場所を確認していることに気がつく。
丁度自分の少し後ろ。
ヘルメットで視線の正確な位置は分からないが、それでも、長年の勘と聞きかじった情報からあたりを付ける。
シモコックは大きく後ろに下がると、傘をしまう。そして、そのまま後ろ蹴りで思い切り、土をかき分ける。
重厚感が足に伝わると共に、土から現代の銃とは少し形の違う近未来的な銃が宙を舞いながら、シモコックの手に収まる。
「へぇ~、これがアカメリウムの武器か。カッコいいじゃねぇか。」
シモコックは表情筋をつり上げ、野蛮な笑みを浮かべる。
そして、引き金に指をかけると、力を込める。
犯人は急いでシモコックに接近している。しかし、この距離ならシモコックが引き金を引く方が圧倒的に速いだろう。
犯人の行動は決して間違いではなかった。
少なくとも、シモコック以外にこの平和な国で躊躇いなく引き金を引く者などそうそういないだろう。
だが、シモコックの相手をするなら、パワードスーツの脚力を活かして逃げるべきだったのだ。
カチッ、乾いた音共に引き金にかかる抵抗感、これ以上引き金を引かせないとばかりに棒のように動かなくなる。
(セーフティか……。一目見たときはセーフティに当たる部分は無かった。……指紋はライダースーツで採取できない。どうやってセーフティをかけてやがる)
そうしている間も犯人はこちらに向かって駆けてきている。いやもう、すぐ目の前まで来ている。
シモコックは銃を即座に前へと押し、槍のように突く。
しかし、犯人はその行動を予測していたのか、銃を片手で掴むとシモコックを力任せに投げ飛ばす。
それに対し宙を舞いながらも猫のように空中で身を翻し、着地する。
そこに犯人は容赦なく銃を撃ち込んでくる。
銃口の大きさと放たれる光線の太さが全く違う。野球ボールよりも更に一回り大きい極太ビームが放たれる。
すんでの所で横に回転回避することで事なきを得るが、シモコックのいた場所には十センチ程度の小さいクレーターが出来る。
そして、回避した場所に再度光線を打ち込んでくる。
シモコックは傘を取り出し、思い切り開く。
特殊繊維で編まれた傘はアカメリウムで生み出される緑の殺人光線を一時的に防ぐ。
しかし、あくまでも一時的。鉄を溶かすように、紙に虫眼鏡で集めた太陽光を浴びせた時のように徐々に焦げつき、やがて繊維は破れる。
時間にして約1秒
シモコックはその類い稀なる反射神経で体を反らし、直撃を避ける。
しかし、左腕に少しかすり、火傷を負う。炙られるようなじわじわとした痛みがシモコックを襲う。
シモコックは刹那の間だけ顔を痛みで顰める。
膠着していた状況はシモコックの狙い通り動いた。
ただし、それは悪い方向に、だ。
シモコックの生殺与奪を得た犯人と未だに有効打を与えることも捕縛手段も持たないシモコック。
この戦いこのまま行けば遠からずシモコックが倒れて終わる。第三者がいたのならそう言っただろう。
実際、シモコックも苦い顔を浮かべている。
犯人は無機質に、機械のように淡々とシモコックを追い詰めていく。
現在、圧倒的優位に立っているにもかかわらず慢心のまの字もない。一切心の揺らぎを見せない。
その様子にシモコックは眉を寄せる。違和感を抱く。
だが、それよりも今はこの状況を変えることの方が大切だ。
疑問を一時的に脳の奥へとしまい込む。
しまい込んで跳んでくる銃撃に意識を向ける。
時にフェイントで相手を翻弄し、時に傘の特殊繊維で光線の軌道を逸らす。
光線の軌道を逸らすなんてデタラメな防御方法が出来たのは間違いなくシモコックのセンスあってのものだ。
だが、それでも、特殊繊維では光線を完全に防ぐことは出来ない。
特殊繊維は徐々に焦げ破れ、遂には骨組みが剥き出しになる。
それでも抵抗の意思を捨てていないのか破れた特殊繊維、九〇〇平方センチメートルあるかないかといった大きさのものを手に持つ。
そして、犯人へと駆け出す。
五十センチあるかないかという長さの生地の付いてない骨組みだけの傘を握って
そんなシモコックにも犯人は情け容赦なく光線銃を撃ち込んでくる。
それを傘の中棒を使ってシモコックは何とか光線の軌道を逸らす。
しかし、それと同時に光線銃を受けた箇所、骨組みだけとなっていた中棒の先端部分が焼き切れ宙を舞う。
すかさず犯人は2射目を放つ。
それを今度は傘のハンドル近くの中棒で逸らす。
ハンドル部分が宙を舞った。
絶体絶命、徐々に追い詰められるシモコック。
しかし、必死に足掻いた甲斐はあり、二人の間にあった距離は格段に縮まる。二メートルあるかないかと言ったところだ。
あと少し、あと少しで手が届く。そこまで近づいたところで犯人は更に過酷な現実を突きつける。
シモコックは確かに人間にしては優れた身体能力を持っている。
だが、相手はパワードスーツを着用し、人外の身体能力を持っているのだ。
故に、後ろに跳ぶだけで二人の距離は再び開くことになる。
傘の持ち手はまだ残っているため、光線を凌ぐことは出来るかもしれない。
しかし、そこから先がシモコックには無い、如何に光線を凌ぎ近づこうともその度にこうして距離を取られることになるだろう。
だからこそ、シモコックは賭けにでる。
いや、シモコックは初めからそのつもりだった。
ハンドルと骨組みが無くなり、只の金属の棒となった傘をシモコックは思い切り投げる。
(あの武装が俺の理解の及ばねぇ装備だとしても銃口があるのなら!)
相手が引き金を引くよりも速く、やり投げのように鋭く稲妻のように銃口めがけて、真っ直ぐ中棒を飛ばす。
寸分違わず銃口に吸い込まれていく傘の棒
そして、犯人が引き金を引くと同時に銃身が割れ閃光を漏らす。
緑の花が咲く。
四方八方へと光を散らしながら、辺り一面に五センチ程度の穴を作っていく。
当然シモコックにも光の雨は猛威を振るうが、手に持っていた特殊繊維を使い、急所となり得る部分を守る。
周囲に拡散し、威力を落とした緑の光は特殊繊維でも何とか防ぐことが出来た。
そして、光の雨とは比較にならない爆発自体を諸に受けた犯人はというと、スーツが焼け焦げ、腕、胴、足など肌の一部が露出していた。
それでも大きな怪我、欠損をしていないのはスーツの性能の高さを物語っていた。
更に、先ほどの光の雨によりシモコックの足にも所々穴が開いており、歩くこともままならなくなっていた。
シモコックは賭けに勝った。
しかし、形成は勝利の天秤は未だに犯人に傾いている。
犯人は使い物にならなくなった銃を捨てシモコックに駆け出す。そして木偶の坊へと変わったシモコックにトドメを刺そうと拳を振るう。
絶体絶命
今のシモコックでは犯人の拳を避けることは出来ない。
そう、だが、先ほど言った通りシモコックは既に賭けに勝っていた。
「やっぱり人間じゃ、無かったか」
まともに歩くことも出来ない程の怪我を負いながらも、シモコックは不適に笑う。
そして、皮膚が少しだけめくれ、機械部分が露出する相手の拳にボイスレコーダー型のハッキング装置を当てる。
拳ではなく銃の残骸による投擲や撲殺であったのならシモコックは抵抗することも出来ずに殺されていただろう。
その点ではやはり天秤は相手に傾いていた。
それでも、一手誤れば勝敗が変わる戦いにおいて、シモコックは最善の一手をうち、相手はそうではない手を打った。
それだけだった。
ハッキングされ、まともな思考が取れなくなっていくアンドロイド見ながら、シモコックは何故か愛読している漫画の台詞を思い出した。
「この国には、確かこういう状況で言うとっておきの台詞があったよな
そりゃ、悪手じゃねぇか
☆☆☆
その後、警視庁南部庁舎で待機していた九条と杉宮の元には犯人を捕縛したというシもコックの報告が届いた。
しかも、彼は単身でパワードスーツを着た犯人を取り押さえたそうだ。
その時、彼は「とっつぁん、パワードスーツも脱いで土の中に隠してるんじゃないのかよ」と悪態をつくと自身がかなりの重症を負い、動けないことを告白した。
杉宮はその報告を受け、救急隊を呼び、彼を警察病院へと運んだ。
そして、杉宮もまた現場に急行。アンドロイドを回収し、栄島に解析を依頼した。