TRPGの探索者がキヴォトスに行くようです 作:通りすがりのルーニープレイヤー
TRPG。
テーブルトークロールプレイングゲームの略称であるその遊びはコンピューター機器を使わず、紙や鉛筆、サイコロなどの小道具を使い、ルールブックに記載されたルールに従って人間同士と会話しながら遊ぶ、《対話》型のロールプレイングゲームである。
テーブルトーク、とあるように主軸は人と会話しながら割り当てられた役、もしくは制作した役に従ってシナリオ──1つの物語を協力して攻略していくゲームである。
そういった性質上、非常に遊ぶ上での自由度が高く(あくまでもキーパーという進行役が許し、周りのプレイヤーが乗ってくれる限りだが)、思いつく限りの多彩な選択肢、多彩な解決方法を提示できる。
また人と一緒に解決策を考えていく分、シナリオを共同で攻略した際の喜びもひとしおだろう。
一ゲーム辺りに掛かる時間は多いものの、それに見合った娯楽性は高いといえる。
近年ではSNSやウェブ上の匿名掲示板の片隅、トークアプリなどでも募集されており、ハードルこそデジタルのゲームと比べて変わらず高いものの、以前よりは随分と低くなった。
仮に興味を持って遊んでみたいが守るべきルール、マナーが分からなくとも、単純明快な話である。
規範と常識を守って、皆で楽しく遊ぶ。常識破りをするにも、気心の知れた身内でやる。自分の都合を無理やり押し付けない。
オンラインゲームでも通用する、立派なマナーとルールである。
これさえ守れるのなら、立派にTRPGを始めてみるに値する心がけだ。
ゲームとは本来、そういうものであるから。
──さて、前置きはここまでにしよう。
今回、1つの物語を攻略することになった探索者(プレイヤーのことをこう呼ぶことがある)は知らず知らずのうちに連続性を持った意識を有した──有してしまった探索者である。
幾多もの発狂と死、シナリオクリアとシナリオ失敗を繰り返しているうち、ふと感じたデジャヴから意識を覚醒させた探索者だ。
こういう例だと作り物の世界であるということに絶望して生きる意思が無くなるかヤケクソになって全世界の敵になるのが大半であるが、ことこの探索者はやけに精神が図太かったのか、探索者そのもののSAN値*1がそこそこ削られただけで一時的発狂を起こすことすらなく済んだ。
死の現場や有り得ない事柄、神話生物との遭遇で相応に鍛えられたとはいえ、それでも随分と強い精神性であった。
さて、なぜ有してしまったと表記したかということについてだが。
つまるところ連続性を持った意識を有するということは、数々のシナリオをクリアしたり、逆にシナリオの途中で死んだり、あるいはシナリオを失敗した結果死んだりということを何度も経験したりしたということである。
なのでまあ、端的に言えば。
探索者は雑に死んだり雑に発狂したりという、常人ならまず耐えられない経験を星の数ほど経験していた。
敵性生命体のワンパンでくたばったならありえないほどに有情な方で、神話生物やありえない事象に遭遇した結果肉体側のSAN値が吹き飛び、永続発狂を起こしてロストしたり、他探索者の
ついで言えば、ロールプレイングの過程で存在しない記憶を植え付けられていたり、不本意なマンチキン*3プレイに付き合わされたり、そもそも自分の身体が人じゃなかったり(例えば馬やドラゴン、鳥、果てはAIや車や発電所である)。
常人なら魂が引き裂かれて未来永劫永遠に発狂するような出来事をおぞましい程量を経験してもなお探索者の有する自我という個性を保っていた。
というか後者の方がよほど影響が大きかった。
まあ絶対的に言えば相当に散々な目に遭っている。
遭っているが、その探索者は既に慣れていた。
その探索者としてはシナリオ内で永続発狂さえしなければ割ともう自分の生死に関してはどうでもよくなっていた(なお永続発狂は探索者曰くでは「かなりキツイ」らしい)。
時折遭遇する新規参入者をへし折るクソキーパーとどこまでもゲーマーの恥なマンチキンプレイヤー、自分ではどうしようもないダイス神のクソビッチ、そして他探索者のド畜生ロールプレイに振り回されつつも、その探索者は現状に満足していた。
最近だと死に方に芸術性を求め出したり、ロールプレイ中にメタ的な自我がまろびでたり、次のシナリオの待機時間に知らぬ存ぜぬ省みぬと開き直ってシナリオ終了後の世界をバカげた数の大量破壊兵器で壊滅させたりと、多少探索者そのもののSAN値が削られているような気がしているが、それでも満足していた。
【はい、では長期シナリオ『青い青春の記録』を開始します。このシナリオはセクションごとに別れており、また全てのセクションにおいて基本的にロストすることはありません。良いですかあなた、『基本的には』です】
【なんでそんなに『基本的に』を強調するんですかねぇ……?】
【その基本的にロストしないシナリオであなたは一体いくつのキャラをロストしたんでしょうねぇ、えぇ?】
さて。
その探索者の特異的能力の1つとしてキーパーとプレイヤーの言葉を把握できるという能力でキーパーの言葉を理解した探索者は、新規シナリオの内容に少しだけ身構えた。
基本ロストしないというのは、キーパーの言う通り、ファンブルを繰り返せばロストするということなので油断ならない。過去にファンブルを繰り返された結果ロストさせられたその探索者はよく知っている。
事実、過去にマンチキンをやらかしたプレイヤーがキーパーの処理で強制失敗と強制ファンブルの処置を下された結果、その巻き添えで探索者がくたばった例もある。
今回のプレイヤー(プレイヤーは基本的に完全ランダムであるが、別に一切被ることがない訳ではないし、実際この探索者が現在のプレイヤーのキャラクターを務めることになったのは今回で丁度100回目である)はマンチキンではないが、それでも極端な出目のせいでくたばったことが割と多い。
だがまあ、それならそれでと探索者は1人納得した。
死なないなら死なないでシナリオの攻略に勤しむだけであり、死ぬなら死ぬで今回の美しい死に方選手権にエントリーするだけであると納得した。
探索者はやはり順調に気が狂ってきていた。
そんなことはさておき、探索者は自我を得たと共に取得した能力の1つで今回のキャラクター設定を開示し、読み上げる。
《名前:
《容姿端麗で規律正しい雰囲気を漂わせる、色黒白髪のミレニアムサイエンススクール3年生。良く言えばロマンチストな子供が多いミレニアム全体のブレーキ役を担っているためか胃腸薬が手放せない。研究方面は「堅実に、かつ未知を解き明かすため」がモットーだが、時折鬱憤を晴らすようにロマンに染まりすぎたものを開発することがある。スースーするスカートがあまり好きではないので、普段はズボンを着用しており、また好きなファッションなので羽織れる上着を手放せない。日頃から丁寧語で話し、説教をよくすることから、1部からは「神父」とからかいも含めて呼ばれている。【〜以下略〜】》
そう言えばそうだった。このプレイヤーはとんだ設定魔だった。探索者は情報量の濁流に飲まれる最中、思い出して後悔する。
シナリオ攻略数は自我発露後の成功だけでも数えれば億など優に超え、プレイヤーだけでも4000万になろうプレイ人口*4の中で全てのプレイヤーの傾向を把握するなど到底不可能であった。
一応として何度も相対しているプレイヤーの傾向はなんとなくで分類しているのだが、それでもうろ覚えであるし、それに忘れる時は忘れる。
今回は忘れた、という方であった。
……まあ、とはいえ、設定が分厚いのはいいことである。愛着を持ってロールされるし、メタ発言によるロールミスの数も必然的に少なくなる。
事実、設定が分厚いキャラクターは相対的にロストする経験が少ない。ソースはこの探索者の歴史にも等しい経験談。
絶対的に言うならとんでもない数死んでいるし、ロールプレイに従った結果くたばったという事例の数も凄まじいが、それに関しては必要経費であろう。
どことなく、というかあからさまに外なる神のトリックスターを意識したであろうキャラクターデザインに(このプレイヤーはそういう要素を散りばめる癖があるからだが)ほんのりと悪感情を浮かばせながら、気を取り直した。
その次にハンドアウト*5を処理するために開示させ。
《あなたはキヴォトスに住む生徒である。キヴォトスとは、幾千もの学校が運営する自治区、それら全体の行政を担う連邦生徒会の2つから成る、連邦制の学園都市だ。生徒であるあなたの使命は、自分が思う限りの青春を謳歌することである》
──つまり?
探索者はハンドアウトの意味が分からず、混乱する。
生徒である、はよろしい。探索者は高校生や中学生、小学生や幼稚園児(最後に関してはウケ狙いだが)の役もこなしたことがあるし、狂徒大学(比喩ではなくそのままだ)の学生のロールもやり遂げたことがある。
両方とも他探索者のファンブルによる最大値誤射、そして《応急手当》のファンブルに巻き込まれて死んだが。
さておき。
しかし「自分が思う限りの青春を謳歌することである」とはなんなのか。ほとんど意味もないハンドアウトではないか。
これならいっそハンドアウトなどなくてもいいような気もするが、まあそういうものかとなんとなく納得した。
こういう長丁場のシナリオだと、セクションに入るまでのハンドアウトが若干雑なのはたまにあることだ。
どちらかというとキャラクター設定の胃腸薬に頼り気味な所に探索者は少しばかり引け目を感じた。
生命活動に関わらない鈍痛は下手な重傷よりストレスなのだ。
攻撃されて腕か脚がちぎれ飛んだり、内蔵をぶちまけたり、あと首が飛んだり脳漿を弾けさせるのは最早痛いを通り越して熱いと痛覚神経が訴えかけるし、即効性の毒とて痛いではなく苦しいになる。
というか即死ならすぐに何も感じなくなる。
そのこともあって、シナリオ内では直接の死の原因にはならない癖して、立派に痛みを訴えてくる偏頭痛持ちや胃腸痛持ちのキャラクターはできればロールしたくないのだ。そういう宿命であるならやるしかないにしろ。
強がりではなく、結構本気な話である。ソースはこの探索者の歴史にも等しい経験談。
今回のダイスロールをする上でのデバフの一種なのだろうが、こういうタイプのデバフは探索者側としては減らしてほしい、というのが切実な願い。
とはいえ割り当てられた以上はそれに則して役に入り込む必要がある。
そうでなくてもプレイヤーのロールに自動的に合わせられるので、それをより自然に、かつロール補正でダイスの出目をより成功に近づけさせるのが探索者の役目であるが。
【それではシナリオ開始します。トイレは済ませたか? ダイスの女神へのお祈りは? ファンブルをしても受け入れられる心の準備はオーケイ?】
【オールオッケーよ。それじゃあいつでも】
と、そろそろシナリオが開始するらしい。
探索者は目を閉じたようにして、まどろみながら意識をシナリオへと落とし込んでいく。
『──ようこそ。青春と友情の物語が紡がれる都市、キヴォトスへ』
ふと、声が聞こえたような気がした。
だがよくある事である。長期シナリオに入り込んで攻略をする際は、決まってこれに似た事象が起きるのだ。
過去の長期シナリオである『自由と正義と運命と』『暗い魂の終わり』『呪い呪われ巡り続けて』でも、似たような事はあった。
いわゆるオープニングか導入に当たるものなのだろうと探索者は考えていた。
だからこそ気にせず、今回のシナリオの世界へと意識を落としていった。