────ルイが倒れてから9時間後。
トリニティが公表した"魔王の死"は夜間にも関わらず、クロノススクールによって大々的に報じられた。
安堵する者、歓喜する者、嘆く者。
"魔王死す"と題されたそのニュースは瞬く間に拡散され……三者三様の感情が、キヴォトスに溢れかえる。
本日未明、"魔王"こと天城ルイ氏(17)が死亡していた事がトリニティの情報部より発表された。
天城氏はゲヘナ郊外区画を移動していた所を当時シャーレ指揮下にあったRABBIT小隊メンバーに発見され、警告を無視した天城氏はRABBIT小隊と交戦となり、銃撃を受け死亡した。
死因は腹部の銃創が原因の失血性ショックとされ、遺体や現場の写真も一部公開されている。
トリニティ広報部によれば、天城氏の葬儀は行わないとしており、同校により既に遺体は焼却されたとの情報が入っている。
天城ルイ氏は、先のトリニティで発生した大規模テロの主犯と目されており、それに際した"先生殺害未遂"の容疑で全キヴォトスでの指名手配を受けて、逃亡中だった。
トリニティ広報部は会見で
「逮捕ではなく殺害という結果になったのは誠に遺憾であるが、"魔王"という大きな脅威が去った事は喜ぶべきでしょう」
と述べており、連邦生徒会も会見で
「殺害に至ったのは遺憾ではあるが、交戦したRABBIT小隊メンバーのボディカムを確認する限りは正当防衛の範疇であり、交戦規定に違反した行為は確認されておらず、殺害に至った事は致し方なかったものと認識している」
とコメントしている。
天城氏の最大の被害者であるシャーレの"先生"は詳細の把握に努めるとし、「情報がまとまり次第会見を開く」と連邦生徒会主席行政官である七神リン氏が先生の代理としてコメントを残し、現在会見の予定はない。
トリニティと対魔王協定を締結していたミレニアム、ゲヘナの二校は未だ声明を出しておらず、シャーレと同じく詳細の把握をしたのちに共同で声明を出すと思われ────────
(その後は主に各校の重役のコメントや街頭でのインタビューが記載されており、そのほぼ全てが"魔王"に対する中傷的な内容を含んでいる)
深夜:トリニティ本校/医務室
「…………」
薄暗い部屋に、虚ろな目でスマホを見つめる者が一人。
桐藤ナギサは、長い眠りからようやく目を覚ました。
目覚めた時、大量の通知に交じって……魔王死す、と題されたニュースが目に入った。
……"嘘であって欲しい"。そう考えて開いたニュースは、疑いようもない彼女の死を伝えていた。
「……あっ、ああ……」
脱力、絶望。押し寄せた感情にくぐもった声が漏れる。
天城ルイ。かつての良き友人であり……想い人だった。
……そんな彼女は死んだ。
ナギサが偽りの罪を被せ、身に余る憎悪を押し付けたせいで。
「……わたしが、ころした」
……そんなつもりはなかった。
私はただ、償って欲しかった。
裏切りの理由が知りたかった。
理由があるなら、許したかった。
怒りに塗り潰されていた本心が、今更露になる。
がたがたと震える手を抑えきれず、スマホが床に落ちた。
大きな音を響かせて落下したスマホを拾おうと、反射的に手を伸ばす。
────落下の際に誤操作してしまったのか、本来はスポイラーで隠されていた一枚の画像が開かれていた。
「……いや、いやっ……!」
画面に映っていたのは、血に濡れ、棺に押し込まれたかつての友人。
半端に開かれたその目は濁り、生気を感じさせない。
見ないようにしていたその一枚の写真が、ルイの死を現実のものとして突きつける。
「っぁ……うそ……!」
「……ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」
謝罪が口を衝く。
彼女の骸の前で跪き、許しを請いたくても……それは叶わない。
……ナギサが寝ている間に、ルイは灰にされてしまった。
土に還る事すら許されず、彼女は肉体を失った。
────もう、彼女は帰ってこない。
(……これは、夢です、きっと、悪い夢)
現実を信じたくなくて、ベッドに身を投げだそうとした瞬間。
床に落ちたままだったスマホがぶるぶると震え、不愉快な音を立てる。
おそるおそる目を遣ると、発信者は"先生"と表示されていた。
(────ッ)
"先生"。その名を見た瞬間───自らの罪、その全てに気が付いた。
(……私は、"先生を殺人に加担させてしまった")
合わせる顔が無い。
いいや……合わせたくない。
「あ、ああ……」
震えは全身に伝播し、もはや体は動かない。
「あああああああぁぁぁぁっっっ!!!!」
慟哭が部屋に響き渡り……ナギサは意識を失った。
朝:トリニティ本校/医務室
「────サ、ナギサ、起きてくれ」
ゆさゆさと揺すられる感覚に目が覚める。
「ん……」
ゆっくりと身を起こし、目を擦ると……ベッドの傍で、セイアさんが私を心配そうに見つめていた。
「……おはよう、ナギサ」
「セイア、さん……?」
久しぶりに見る友人の顔に、微睡みは吹き飛んだ。
しかし……思考に掛かった靄が晴れたと同時に────思い出す。
「あっ、あ……いや……‼︎」
瞬間。全身が震えだし……逃げるように枕へ沈む。
「ナギサ……」
セイアさんの声が聞こえ、伏せた頭に温もりを感じる。
「大丈夫だ……私が傍に居る。ゆっくりでいい……深呼吸するんだ」
小さな手で私の頭を優しく撫でながら、セイアさんは続ける。
「……休むといい。昨日は色々な事が起きすぎた……君が落ち着いたら、少し話そう」
「……うっ、ううぅ……!!」
涙は止まらず……私が会話できるようになるまで、かなりの時間を要した。
「……落ち着いたかい?」
「っ……はい……」
何時間経っただろうか。今も震えは収まらず、目を閉じればルイの死に顔が目に浮かぶ。
それでも、セイアさんが私の手を握り続けてくれていたおかげで……少しは冷静になった。
心配そうに私を見るセイアさんは、こくりと頷いて話し始めた。
「……どこから話そうか。……まずは、私が戻ってきた事か」
「ルイが監禁場所の事をミネに伝えたそうだ。数時間前、ミネが私を助けに来たよ」
「……ミネさんが……?」
「……ああ、その事も話しておこう」
「ルイがRABBIT小隊と交戦する直前に、ミネと交戦していたそうだ……その結果、ミネは気絶させられていたそうだが。」
セイアさんはちらりと私の方を見て、小さくため息を吐く
「……その様子を見る限り……何が起きたかは知っているだろう。ルイは駆け付けたRABBIT小隊との戦闘で重傷を負い……その結果、死亡した」
「実はミネが気絶から目覚めた時、ルイはまだ意識があったらしい……意識を失う直前、私の事を伝えたそうだ」
「手は尽くしたそうだが……治療の甲斐なく、意識は戻らなかった」
目を伏せ、悲嘆に満ちた声でセイアさんはそう告げ、続けた。
「……その後の話もしておこうか」
「……ミネはせめてトリニティで葬るため、ルイの遺体を連れてトリニティに戻ってきた」
「ミネは彼女を棺に入れ、土葬するつもりだったそうだが……死化粧を整えようとミネが目を離した間に、棺に火が放たれた」
「……大量の燃料がかけられていたらしい。棺は全焼、ルイは……言うまでもないだろう」
「……せめて、身体は残してあげて欲しかったものだ」
どこか遠くを見て、沈痛に語るセイアさんの言葉を聞いている内に……どくどくと動悸が激しくなる。
「推奨しないが……どうしても詳細が知りたいのならミネに聞くといい」
「……もっとも、ミネはどこかへ行ってしまったがね……」
「ルイが燃やされてしまった事が────」
「……ごめんなさい」
セイアさんの言葉に、感情を抑えきれずに謝罪が漏れる。
「……ナギサ?」
息が荒く、激しくなっていく。
「わたっ……わたしが……ルイを……!!」
金切声を上げる私を、セイアさんは抱きしめる。
「……落ち着くんだ、君が気負うことはない……君はただ、職責を果たしただけだ」
「誰かが、やらなければならない事だった」
「……君を置いて行った私こそが、真に責められるべきだ」
「本当に、すまない」
何も知らないセイアさんは、私を優しく慰め続ける。
「違います!!……ころしたんです、わたしが、ルイを……っ!」
「ナギサ、そんな事を言わないでくれ。彼女の死は彼女の責任だ、君が殺したわけじゃない」
半狂乱になった私をなだめ続けるセイアさんは、優しく……とても残酷に思えた。
彼女の言葉の一つ一つが私の心を壊す。
……もう、楽になってしまおう。
罪を抱えたまま、私は生きてはいけない。
「……ルイは、せんせいをころそうとなんて、していなかった!!」
「ぐすっ、あの時、先生を爆撃から護ったのは……ルイです」
「あれは、嘘なんです……ルイをつかまえるなら、そうするべきだとかんがえて……」
「……先生も、巻き込んで。私は、ルイを人殺しに仕立て上げて……!」
罪を吐き出すにつれ、体が冷たくなっていくのを感じる。
セイアさんは、黙って私の言葉を待っていた。
「……好きだったんです、ルイさんの事が」
ぽつりと呟いたのは、心の奥底から漏れ出た本音。
内心を覆い隠し続け、いつしか自分すら気付かなかった本音が、勢いよく押し寄せる。
「ずっと、想っていました。出会った日、彼女は動乱の中から私を救い出した。」
「……その日から、ずっと。」
「ずっと言えなかったんです、"好きです"……なんて、私に言われても、彼女は困ってしまうでしょうから」
「友人として……あわよくば、親友として、彼女の傍に居たいと……思っていたんです」
「……だから……裏切られたのが、辛かったんです。それでも何か理由があったなら……知りたかった」
「知って、赦してあげたかった……それでも、ルイは私を裏切り続けた。」
「……私は愚かにも怒りに呑まれ……私から全てを奪った代償を、彼女に支払わせようと考えてしまいました」
「……私は、どうかしていました、嘘で皆さんを巻き込んで、人殺しに加担させて……!」
口にして改めて思う。
私のような、人間は────。
「……セイアさん、私を裁いてください……いいえ、もう、殺して……!」
縋りつき、裁きを乞う。
「……ナギサ」
そんな私をセイアさんは優しく私を抱き返す。
「……ルイは君を恨んでなどいない、彼女は君を赦すと私が保証する」
「……だから、そんな事を言わないでくれ。私は君に生きていて欲しい、ルイもそう言うだろう」
そう告げてただ優しく、彼女は私を撫で続ける。
「うっ……うああ……っ!!」
泣き疲れて眠るまで、私は涙を流し続けた。
昼:トリニティ寮区画/セイアの部屋
────ナギサが再び眠った後。
「……私だ、ヒマリ」
"……ええ、聞こえていますよ"
セイアは自分の部屋に一人、小声で話していた。
「……結論から言うと、全て上手くいった」
"……そうですか、こちらも滞りなく"
「……それは良かった」
「これで正真正銘、"天城ルイは死んだ"。疑う者は居ないだろう」
"……シャーレの意向で協力者探しは一旦打ち切られるそうですし、これで暫くは安全でしょう"
「……こんな時、傍に居てやれないのは不服だが……今のトリニティは瓦解寸前だ。私が居なければどうにもならないだろう」
「ナギサは想像以上にダメージを負っていた……立ち直るには時間が必要だろう。なら私は、せめてもの贖罪に勤しむよ」
"……ええ、どうか、身体にはお気をつけてください"
「ああ、無理はしないさ……ルイに叱られるのは遠慮したいからね」
はは、と空笑いが漏れる。
「……さて、仕事は文字通り山ほどある事だし……ここでお暇しよう」
「ミネにも、無理をしないよう伝えてくれ」
"……わかりました、何かあったら連絡いたしますので……どうか、無理をしないよう"
「ああ、では……またね」
耳に着けた小さな端末を取り外し、服のポケットにしまう。
「……この服を着るのも、久しぶりだね」
小さなつぶやきは、一人ぼっちの部屋に冷たく消えた。