────時は戻り、ルイが倒れた直後。
"ズダダダダダダダダダダッッッッ‼︎"
「……何だ?」
決着を確認しその場を去ったサオリは、背後で響き渡った銃声に振り返る。
(……決着は着いたはずだ、奴のヘイローは確かに消えていた)
しかし、聞こえたのはトリガー引きっぱなしのフルオート射撃。
余程の事がない限り、そのような事はしない。
共闘したあの生徒が本物のSRTなら尚更だ。
────何かが起きたと考えるべきだろう。
「……戻るしかないか」
サオリは踵を返し、来た道を駆け戻った。
「────なんだ、これは」
交戦したエリアに戻ってきたサオリが目にしたのは、辺り一面に広がった赤。
そして……その中心に倒れている、先ほど共闘したSRTの生徒。
「……おい、大丈夫か!」
駆け寄り、屈んでSRTの身体を見るが……不思議と傷は見当たらない。
広がる赤の中、金色に輝く無数の薬莢と、握られたままのサブマシンガン。
……銃声の主は、このSRTの生徒で間違いないようだ。
「チッ……逃げられたか」
"魔王は逃走した"そう判断し、立ち上がる。
一応は追われる身。
サオリはSRTの生徒を起こす訳にもいかず、この場を離れようと振り返ると……血痕が近くの廃墟に続いている事に気が付いた。
(……これは、奴の物か?)
念のため足音を消し、血痕を追跡する。
血痕の続く先、廃墟の中を覗くと……その中には魔王が壁にもたれ、座り込むように倒れていた。
「…………!!」
血溜まりの中、未だぽたぽたと流れ出ている血。
(……死んで……!!)
その目は薄く開かれ、生気はない。
かつてアリウスの内戦で見慣れたはずの"死"が、再びサオリの前に現れた。
想起される同胞たちの死に様に、彼女の姿が重なる。
ぎり、と無意識に食いしばった奥歯が小さな音を立てた。
「────いや、諦めるな……!!」
"全てが虚しいとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない"
かつて、サオリを支配より解き放ったその言葉が、サオリを奮い立たせた。
────過去を振り切り、倒れている彼女に駆け寄る。
「頼む……!」
祈るように首に触れる。
────微かだが、まだ脈がある。
「……まだ、助けられるか……!」
見るに、致命傷は腹部の裂傷。
そして最大の死因になり得るのは、失血によるショック症状。
意識を失っている時点でかなり危険な状況だが……血液さえ戻れば、希望はある。
運のいい事に、眼前で倒れている彼女が握ったままのバッグの中に代用血液製剤キットが見える。
それをがさがさと引き摺り出すように取り出し、キットを広げ指示書通りに調合する。
「……頼む、もう少し耐えろ……!」
床に落ちているステープラーでバチバチと強引に傷を塞ぎ、静脈に輸血用の注射針を刺し入れる。
ゆっくりと代用血液が流れ込んでいくのを確認して、サオリはひとつ、大きなため息を吐いた。
(……確か、すぐそこに倒れていたのはトリニティの救護騎士団長、蒼森ミネ)
あの姿は"マダム"より渡された写真に写った写真に相違なかった。
(……起こし、助力を請うべきか?私一人では……限界がある)
しかし……ほんの一瞬、ミネを起こすリスクが頭に過る。
────彼女が私と敵対し、治療どころではなくなったら?
────彼女が、魔王の死を良しとし、妨害したら?
「……いや、そんな事を言っている場合ではない!」
サオリは全てのリスクを飲み下した。
今出来る最善を尽くす為。
眼前に迫る"死"を打ち倒す為。
覚悟を決め、サオリは数十メートル先で倒れているミネに駆け寄った。
side:ミネ
"バチンッ!!" "パンッ!!"
「────きろ!起きてくれ!!」
平手打ちされるような強い衝撃に、意識が戻る。
「……何事ですか!!」
勢いよく眼を開き、眼前の状況を認識する。
目の前には────指名手配犯、錠前サオリ。
後方で、血濡れになり倒れている生徒。
一瞬で冴えた脳は、冷静に状況を推測する。
────あの量の出血では命に関わる。
可及的速やかに目の前の錠前サオリを排除し、安全に救護する必要がある。
拳を握り、早速サオリに殴りかかろうとしたが……ひとつ、矛盾する事象がある。
(……ならば、なぜサオリは私を起こしたのでしょう)
ルイは何処へ行ったのか、なぜこのような状況になっているのか。
普段ならば問答無用で振るわれたはずの拳から、力が抜けていく。
「……状況を説明しなさい!!」
そう叫ぶと、サオリは一瞬気圧されたような表情を浮かべたが……睨むような、真剣な眼で答えた。
「死にかけている人間がいる。腹部の銃創が原因で出血性ショックを起こし、意識を失っている」
「応急処置はしたが、私の手には負えない、助けて欲しい」
サオリはそう伝え、深く、深く頭を下げた。
────やはり、彼女に敵意は無いようだ。
「……わかりました、すぐに救護しま……」
目の前に伏せる生徒に、サオリが伝えたように目立った外傷は認められない。
しかし、地に染みた血は本物。
「……救護が必要な者は────」
無意識に眼で追った、血痕の先。
横たえられた、私の────。
「ッ!!」
駆けだし、倒れているルイの元へ滑り込む。
「……ルイ!!」
震える手を制し、首元に当てる。
────微かだが、脈は残っている。
一目で判るほどに顔は青白く、呼吸は感知できない程に浅い。
……サオリの伝えた通り、深刻なショック症状が発生している。
「……そこのバッグに入っていた医療品で応急処置はした」
駆けた私を追いかけてきたサオリは、そう説明した。
「わかりました……これ以上の出血を完全に止め、体温の低下を防ぎます」
駆け付けたサオリから医療バッグを受け取り、中身を広げる。
……幸い、時間稼ぎには十分なものが揃っている。
「……貴方のジャケットを貸してください」
「わかった」
努めて冷静に、対処を支持する。
背中側にミネとサオリの外套を敷き、腹部の傷を確認する。
「……すまない、処置を急ぐべきだと判断してかなり大雑把に留めてしまった」
「いえ……その判断は間違っていません」
もはや銃創ではなく、裂傷というべきその傷はミネの想像以上に深い。
この傷は恐らく────
「……臓器損傷による深刻な内出血の恐れがあります。……少しお手伝いをお願いします」
そう告げると、ショック体位を整えていたサオリはこちらに目を向ける。
「わかった、私はどうすればいい?」
「その代用血液キットにはサイズの違う予備の注射針が入っています。それを使って、私の血を輸血します」
床に転がったままの血液製剤キットを指し示すと、サオリは中身を確認し……注射針を取り出した。
「……わかった、血液型は問題ないな?」
「ええ、私とルイの血液型は同じです……救護騎士団の訓練で、お互いに確認してあります」
それを聞いたサオリはこくりと頷いて、空になった輸血パックを取り外し予備の注射針と繋ぐ。
「……直接の輸血を行う際は絶対安静。すみませんが……」
「護衛は任せろ。……私も戦傷医療の教育は受けているからな」
「……お願いします、そして……感謝を」
そう告げて、注射針を静脈に刺す。
ミネの腕から、ルイの腕に血が流れ込んでいく。
────その数秒後。
遠方よりエンジン音が鳴り、近付いてくる。
「くそっ……すまない、状況を先に説明させてくれ」
サオリがはっと顔を上げ、そう告げる。
そういえば、ルイの救命に必死でこの状況に対する目が向いていなかった。
「ええ……お願いします」
頷くと、サオリは簡潔に説明すると前置きし、説明を始めた。
「……おそらく、魔王……ルイにこの傷を負わせたのはそこで倒れていた生徒だ」
「ルイを追跡中……そこのSRTを名乗る生徒と偶然共闘する事になった」
「過程は省くが……ルイは頭部に狙撃を受け、廃墟の屋上より落下し気絶した」
「……知っての通り、私は追われる身だ。SRT……ヴァルキューレに顔を見せる訳にはいかなかった」
「彼女をヴァルキューレに引き渡すようSRTに伝え……私はその場を離れた」
「……それからしばらくして、後方で乱射する銃声が聞こえた」
「何かあったのだと判断し、戻ったら……この状況だった」
「ルイが抵抗した結果なのかもしれないが……ただの戦闘でここまでの負傷を負うとは考えにくい」
「……私は"ヴァルキューレに引き渡せ"と言ったんだ。断じて、"殺せ"とは言っていない。」
その言葉には、言外に"現状、あのSRTを名乗る生徒は信用するべきではない"という意図が乗っていた。
「……そして、今接近してきたのは恐らくあのSRTの仲間だ」
サオリは廃墟より少し顔を出し、外を確認する。
「装甲車……恐らく、狙撃を行った者だ」
「……申し訳ありませんが、私は今動けません。万が一の時は……お願いします」
「わかった……それに加えて、先生を頼る事を提案したい」
サオリはミネと目を合わせ、先生を頼るように告げる。
しかし、ミネは首を縦には振らなかった。
「……確かに先生なら助けて下さるでしょうが……"先生"が指揮する"生徒"がどう出るか……」
ルイに掛けられた容疑は"先生殺害未遂"。
今や、キヴォトス中が天城ルイに対して敵対し、一部は殺意すら向けている。
そんな状況で、"先生"指揮下の部隊に支援を要請する事はリスクが高すぎる。
「……ならトリニティに……救護騎士団に救援要請は出来ないのか?」
「残念ながら……救護騎士団はともかく、今のトリニティが彼女を助けに来るという確証はありません」
「秘密裏に頼もうにも時間がかかりすぎます、しかし正規の手段を踏むとなれば……ティーパーティーやシスターフッドに確実に露見するでしょう」
「そうなれば援軍を呼んだとて、本当に助けが来るとは思えません……最悪、敵対している部隊が大勢参戦する可能性すらあります」
そう伝えると、サオリは数秒瞑目し、呆れたように息を吐く。
「……随分、厄介な状況だな……!」
そう零し、サオリは外に向き直る。
「……装甲車が停まった。何かあったら私が気を引く、安心してくれ」
サオリがそう伝えた瞬間、ぶるりと何かが震え、ガチャンと音を立てて床に落ちた。
「……!」
血だまりの中に落ちたのは……通信機。
注射針に障らないようそっと拾い、着用して応答ボタンを押下する。
"……ルイ、ルイ?無事かい!?"
ざらついた音質の中に聞こえるのは、知った声。
「……セイアさん?」
"……なっ……!"
通話越しに、セイアは驚いたような声を上げる。
────このまま通信を切られてはまずい、現状、一番信用できるのはルイの"協力者"である彼女だ。
「待ってください、切らないで」
"ああ……わかった。ミネ、君がこれを持っているという事は────"
「簡潔に伝えます……ルイは今生きるか死ぬかの瀬戸際です」
セイアの言葉に割って入り、状況を伝える。
(……セイアさんが救護騎士団の講習を受けた、という話は耳に入っています、それなら……!)
「重度の出血性ショックにより意識喪失、輸血を行いましたが内蔵より内出血の恐れあり」
「血が足りません。輸血キットをこちらに届け、近くに手術の行えるようなセーフハウスがあるのであればそちらに案内してください」
"……!!わかった、すぐにそちらの座標に輸送ドローンを向かわせる。そして、近所に安全な場所が無いか調べよう"
「……手配しながらでいいので聞いてください」
「ルイが負った負傷は過剰な追撃により起きた可能性があります、そして……その下手人は私たちの近くに居ます」
「戦える人員が居るのであれば、こちらに送ってください」
"ああ、わかった……!"
焦りを取り繕う事すら出来ないのか、セイアさんは過呼吸気味にそう言った。
「……トリニティも、先生も頼れません。現状、貴方たちが一番の頼りです」
そう告げると、セイアは深呼吸した。
"ミネ……頼む、救援まで持ちこたえてくれ"
いまだ震えの残る声で、セイアさんはそう告げた。
「……お任せください、セイアさん」
私の返答を最後に、セイアからの通信は一度途切れた。
……正確には、席を離れたようだ。
通信機を外し、首に掛ける。
すると、外の偵察を行っていたサオリが口を開いた。
「……聞こえていた、救援は来るんだな?」
サオリは振り返り、そう尋ねる。
「ええ、そのようです」
「……輸血キットの輸送方法はドローン、その後に救援が来ると……」
「ならドローンが撃墜される事は何としても避けたい……ここは任せてくれ」
サオリは決意したように頷き、アサルトライフルに手を掛ける。
「私が可能な限り連中をこのエリアから引き離す、彼女を頼んだ」
「……感謝します、サオリさん」
頭を下げる。
「……気にするな、罪滅ぼしのようなものだ」
サオリはそう答えて、建物の外へ飛び出した。
数秒後、外で銃声が鳴り……エンジン音が響く。
それらの音はどんどんと遠ざかり……ついに、聞こえなくなった。
────数十分後
「……はぁ、はぁ」
段々と、自分の息が浅くなっていることに気付く。
(……貧血。まずいですね)
急速に血を失ったからか、貧血の症状が出始めた。
(……しかし、これしきは耐えなくては……彼女を助ける事はできません)
隣で倒れているルイの首に手を添える。
か弱いながらも、とくとくと拍動が続いている。
「……貴方は必ず助けます、安心して眠ってください」
そう呟いたと同時に、廃墟の中をライトが照らす。
「ッ……遅かったですね……!」
小さなモーター音と共に、目の前にドローンが着陸し……保持していたコンテナを開いた。
(……輸血キット……4つ)
これなら内出血を加味しても1、2時間は持つ。
後は救援を待つだけだ。
注射針を抜き、痕を縛る。
血の抜けた体を奮い立たせ、キットを開いて代用血液を調合し……再び、ルイに刺す。
「ふぅ……」
ミネは息を吐き、壁にもたれかかった。
「……はあ、はあ……」
少しの動作で息が切れる。
まずい……私にもショック症状が出始めた。
くらりと視界が揺れ、体勢が崩れる。
────その瞬間、廃墟の中に強い光が差し込んだ。
「────見つけた!」
光と共に駆け寄ってきたのは、ピンク髪の生徒。
「和泉元エイミ。セイアさんからの要請で来たよ。蒼森ミネさん……でいいんだよね?」
彼女はリュックサックを降ろし、鞄の中身を広げる。
経口補水液に携行手術キット、輸血キットに緊急用の点滴まで。
これなら……ルイは助かる。
「……はい、ありがとうございます……えいみ、さん」
安心したせいか、力が抜け……瞬きの為閉じた目を、再び開ける事は出来なかった。
side:エイミ
気絶してしまったミネを横目に、まずはルイの状態を確認する。
「……生きてる」
首に手を添え、脈を確認しながら輸血する。
(輸血をし過ぎても危ないし……1キット分輸血し終わったら、そのまま近所にある貸倉庫まで向かおう)
そう判断して血液製剤を固定し、ルイの装備を解除する。
脚部装甲のロックを解き、ジップラインランチャーの固定具を外す。
外れた装備は乗ってきた装甲車の中へ乱雑に積み込み、ルイを診療台に横たえ固定する。
(……ミネさんには悪いけど、助手席に乗ってもらおう)
意識を失っているミネを運びつつ、エイミは通信機を点ける。
「……ふう……部長、聞こえてる?」
"聞こえています。状況は?"
ヒマリは言葉に焦りを滲ませ、普段の迂遠な喋り方も身を隠している。
「まだ断言はできないけど……あと1時間は持つと思う、手術が間に合えば助かるはず」
「……今使ってる血液製剤がなくなったら指定された貸倉庫に移動するから、周辺の妨害はまだ続けて欲しい」
"わかりました、何かあればすぐに連絡を"
「了解」
そう返事をして、通信を切る。
担ぎあげたミネを助手席に乗せ、シートベルトで固定する。
ルイに繋がれた血液製剤は僅か。
固定具を取り外し、注射針を抜く。
────ここからは時間との勝負だ。
「……よし、急ごう」
エイミはアクセルを踏み込み、装甲車は移動を始めた。