────ルイが倒れてから3時間後。
手術を終えたミネはエイミに看護を任せ、通信機を片手に二人への報告を行っていた。
「……無事に、手術は済みました。もう命の危険はないでしょう。ですが……」
手術台の上で眠り続けるルイを横目に、ミネは報告する。
「……いつ目覚めるかまでは、わかりません」
"……そうか……"
セイアは沈痛な声色で返答し、小さく唸った。
"ルイがこうなってしまった以上、私達にも選択の時が来ています"
"……彼女の意志を引き継ぐか、あるいは……全て終わりにするか"
ヒマリはそう告げて、小さく息を吐いた。
通信機越しに二人の会話を聞いていたミネは疑念を抑えきれず、口を開いた。
「……ルイの目的を、私に聞かせて頂けないでしょうか」
「事情によっては……私が協力しましょう」
ミネは深い覚悟を持って伝える。
"…………ルイの判断以外で、誰かに伝えるべきではないと思っていたが……"
"ええ、ミネさんが居なければ……ルイは今頃どうなっていたかわかりません。"
"……そうだな、君には知る権利がある"
通信機越しに判るほど大きく深呼吸をして、セイアは話し始めた。
"まず、ルイの目的はゲヘナとトリニティの講和。それによる未来に来たる脅威への対抗だ"
"そのために両校の敵となり……連帯を強め、講和の道を拓く。"
"端的に説明するのなら、これが私達の行ってきた作戦の目的だ"
"ゲヘナへの攻撃も、トリニティに対する襲撃も……全ては、この目的を達成するためだ"
"……ミネ、君や君の周囲の生徒には大きな負担を掛けた"
"こんなことで許してもらえるとは思っていない、だが……謝罪させて欲しい"
"すまなかった"
セイアは深く謝罪する。
「……わかりました」
ミネは一つ深呼吸をして自らを律し、努めて冷静に続けた。
「お二人とも……ひとつ聞かせてください」
「何故、ルイに協力しようと思ったのですか?」
「……何故、止めなかったのですか……!?」
「こうなる事は想像できたはずです、なのにどうして……!!」
激情を抑えきれない様子で問い詰めるミネに数秒の沈黙の後、セイアは返答する。
「……すまない、順を追って、説明させてくれ」
「……まず、私が協力した理由は"未来に来たる脅威に対抗するため"という目的に共感したからだ」
「元々、ルイは一人でこれを実行するつもりだったらしい。しかし……サンクトゥスの寮が襲撃され、私がルイに拉致されて少しして……私は彼女の目的を見破った」
「……何度も諭したよ、"一人では無理だ"と。"こんな事は止めて、トリニティに帰ろう"と。」
「それでも、ルイの意志は固かった。曰く、"これは誰かがやらなければならない事だ"、と」
「……ならばせめて、彼女の計画が無事に成功するよう助力をしようと考えた」
「"私がかつて抱いた恐怖を打ち払うため、ルイを利用した"と言われれば……否定はできない」
「……その結果がこの現状なのだからね」
セイアはそう言って、声色を落とす。
「……私も、概ねは同じです」
セイアに続き、ヒマリが答える。
「私がルイに協力している理由はただ一つ、"私が彼女を想っているから"……」
「……何度止めても聞かない方です。ならば、無茶をする彼女の傍で助けようと思いまして」
ヒマリは簡潔に惚気た。
本人の性格を鑑みるのなら、恐らく真摯にミネの問いかけに答えただけなのだろう。
「なっ……」
先ほどまで激情に駆られていたミネも、唐突な惚気に声を詰まらせる。
それを何と捉えたのかはわからないが、ヒマリは補足を始めた。
「……この私なら、彼女を護れるという驕りがあった事は否定しません」
「ミネさん、このような状況になった事を深くお詫びすると同時に……感謝を」
「貴方が居なければ、ルイは命を落としていたでしょう」
ヒマリは通信機越しにもわかるほど、深い謝意を言葉にした。
「……いえ、私は義務を果たしただけです」
「それに……真に謝意を受け取るべきは、サオリさんです」
「ルイも私も、彼女に救われたようなものですから」
ヒマリの言葉にそう返して、ミネは一つ息を吸った。
「……何にせよ、お二人がルイに協力していた理由も、理解しました」
「……さて、では今後について話しましょうか」
ここからが本題、といった口調でミネは続ける。
「まず、先ほど言ったようにルイがいつ目覚めるかはわかりません」
「……そして、腹部の傷がある程度安定するまでは絶対安静。そちらに移送するのも傷が安定してからになります」
ミネがそう説明すると、ヒマリは困ったといった様子で口を開く。
「まずいですね……その間、追跡を躱し続けるのは厳しいでしょう。」
「……状況が状況でしたので、かなり強引な手段を用いました。」
「その痕跡を辿れば……ルイの居場所に気付かれるのは時間の問題でしょう」
ヒマリの説明を聞いて、セイアは小さく唸り……少しして、口を開いた。
「…………ひとつだけ、この状況を打開できる案がある」
「……ヒマリ、ミネ、君たちの協力が必要だ」
セイアはそう告げて、続ける。
「────"ルイは死んだ"、そういう事にしよう」
「ッ……はあ?いったい何を────」
「……ヒマリさん、落ち着いてください。」
反射的に声を上げたヒマリを、ミネは制する。
「……すみません、少し冷静さを欠いていたようです」
「……いや、私も言葉が悪かった。きちんと説明しよう」
「ルイを"死んだ事にする"。そうする事でルイに対する追跡は振り切れる」
「……私も一度、"死んだ"事がある」
「効果は覿面だったよ……敵どころか味方まで大混乱に陥れる事になってしまったがね」
セイアはかつて起こった事件を想起するように語り、続ける。
「……かつてのように伝聞での死ではなく、今回は本物の死を演出する必要がある」
「棺にホログラフを投影し、ルイの死体を作り上げ……それをトリニティに持ち込み、棺を燃やす……これが最も死を印象付けられるだろう」
「……幸いと言うべきか、棺に火を放たれても不自然ではない程にルイは憎まれている」
「キヴォトス中の憎悪と共に、偽の死体を燃やすんだ……そうするのが、現状のベストだと私は考える」
「作戦を実行するとして、ミネと私はトリニティでの工作を、ヒマリにはホログラフの作成を頼みたい……偽りとはいえ、ルイの死を作り上げるのは堪えるだろうが……頼む」
セイアはそう締めくくり、二人の回答を待つ。
最初に返答したのは……ミネ。
「……わかりました、そうする事でルイが安全に傷を癒せるというのなら、助力は惜しみません」
深い覚悟を滲ませ、はっきりと返事をしたミネに、ヒマリが続く。
「……お任せください、ミレニアムの誇る天才グラフィッカー兼CGクリエイターであるこの明星ヒマリが…………ううっ」
「……すみません、想像したら吐き気が……」
「……いえ、お任せください。完璧に仕上げて見せましょう」
ヒマリはえずきながらも、自信を滲ませてそう言った。
「……ありがとう」
「早速だが……ヒマリはホログラフ作りに取り掛かってほしい、ミネはルイの写真を何枚かヒマリに送り、その後は私と作戦会議だ」
────そうして、天城ルイは死を迎える事になった。
────ルイが倒れて7時間後
夕方:トリニティ自治区/シスターフッド管轄エリア
燃え盛る炎の前で、ミネは立ち尽くしていた。
……目論見通り、棺は炎に呑まれた。
ホログラフの亡骸は衆目に晒され、写真を撮る者さえ居た。
偽りの骸に投げ込まれた火が、夕暮れの陽と共に光を放つ。
彼女に向けられた憎悪を薪にしたように燃え盛る炎の、なんと猛々しい事か。
「………………」
棺が燃え尽きる前に、ミネはその場から去った。
夕方:シスターフッド管轄エリア/屋上
「……セイア様、これで……」
「……様は止めてくれ、堅苦しいのは好みではなくてね」
被っていたフードを取り、セイアは"ふぅ"と息を吐く。
「……まあ、そうだね……これで正真正銘、ルイは死んだと思われるだろう」
「しかし……この選択には大きな代償が伴う」
「整合性を取るための書類仕事や、ルイを慕っていた者たちへのケアは必須だろう」
「特に、ナギサは自分を責めるだろうね……しかし、彼女に真実を打ち明ける訳にはいかない」
「────ならば私たちは、嘘を吐き続ける他ないでしょう」
セイアの言葉を代弁するように、ミネが続ける。
「ああ、それが私たちの"責任"というものだ……」
「……可能なら、私もトリニティに戻りたいところですが……」
言い淀むミネを、セイアが手で制する。
「……ルイが安定するまでは、君が付く必要がある。仕方ないさ」
「まあ、こちらは任せてくれ……ルイの事は、君に任せたよ」
そう言って、セイアは時計台を見遣る。
それと同時に、"ゴオン"と日の入りを知らせる鐘が鳴った。
「……時間だ、君は戻ると良い」
「事情の説明は、こちらで済ませておくよ」
その言葉に、ミネは深く首肯する。
「……セイアさん、どうか無理はなさらぬよう」
「ああ、君もね」
そのやり取りを最後に、ミネはルイの眠る貸倉庫へと飛び去った。
────ひとり残されたセイアは、スマホに入った通知を確認する。
"魔王死す"と書かれた速報に、セイアは諦観にも似た溜め息を吐き出した。
「……また会おう、ルイ」
小さなつぶやきを残し、セイアはトリニティ本校へと歩み始めた。