"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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大人

 

────ルイが"死亡"した次の日

 

朝:連邦生徒会本部/会議室

 

"………………"

 

────先生は無言で机に伏している。

しかし、血が出そうなほどに固く握られた拳が、彼の心中を示していた。

 

「…………」

 

監視役を兼ねて、先生の傍に居るよう命じられたアオイはどう接していいかわからず、無言で先生に憂わしげな目を向ける。

 

"大人"たる矜持が言い訳や弱音を許さず、彼を追い詰めていた。

 

「……はぁ」

 

先生に聞こえないよう、小さく息を吐く。

 

(…………生徒想いの先生のことだもの、こうなるのも当然ね……)

 

────アオイは想起する。

 

"魔王の死"がトリニティ情報部より公示された後、連邦生徒会は即座に当事者のボディカムを確認し、会見を開いた。

 

念の為確認するように、と言われて見せられた映像は、今も目に焼き付いている。

 

彼女はライフルで頭部を撃たれ、高所から墜落。

普通では活動不可能な程の重傷を負いながらも再起し、更には警告を無視して攻撃を続け……その結果、死亡した。

 

……とんだ愚か者だ、と思った。

 

一部の例外を除き、私たちは普通にしていれば銃撃された程度で死ぬ事はない。

特殊作戦用の徹甲弾や、大口径のライフル弾を何発も撃ち込まない限り銃弾が体を貫通するなんてことはあり得ない。精々流血させるのが関の山。

 

しかし……例外がある。

気絶した人間を攻撃し続けると、肉体の限界を超え……いずれはヘイローが砕け、死亡する。

殆どの人間は口にすることはないが、それは沈黙の常識として存在する。

 

……故に、気絶した人間への追撃は"人ならざる所業"としてタブー視される。

例えどれだけの悪人でも、ヘイローを砕くような追撃を行う者はまず居ないだろう。

 

当然ながら、普通は意識を失ってなお戦い続けようなどとは思わない。

 

しかし彼女は立ち上がり、戦闘を続けた。

 

愚かにも程がある。

限界を超え、虚勢を張り続けた結果がこれだ。

 

先生を殺めようとするような人間だ、向こう見ずなのも当然。

そう納得し、私たちは彼女の死を飲み下した。

 

────先生が連邦生徒会本部に駆け込んで来るまでは。

 

魔王の死、その真偽を確かめる為に来た先生に対し、リン行政官は"疑いようもない"と返した。

 

その瞬間。先生は全ての力が抜けたかのように膝から崩れ落ちた。

両手で顔を覆い、小さくうめき声をあげ……"ぎり"と歯を食いしばって立ち上がり……弱弱しく、しかしはっきりと通る声で先生は私たちに会見を開くように頼んだ。

 

そして己の嘘を────いいえ、"誤解を招く表現"を訂正しようとした。

 

"天城ルイは先生を殺めようとなどしておらず、トリニティ側の発表は誤解を招くような物であり、全ての責任はその訂正を行わなかった自分にある"。

 

つまり……"先生を爆撃より護った勇敢な生徒"その正体は魔王、天城ルイだったというのだ。

 

腕を失うような無茶をし、あまつさえ命を危険に晒すような真似を繰り替えす魔王をキヴォトス全体で抑止、拘束するため、トリニティのホスト、桐藤ナギサの立案で"誤解を招く表現"を用い……先生はそれに対し、あえて訂正を行わなかった。

 

……トリニティ側の発表を文字通り読むのなら、"天城ルイは先生を殺害するために砲弾を撃ち込んだ"としか読めない。

 

私たちはまんまと乗せられ、無実の罪で一人の生徒を糾弾していた。

その事実に動揺しなかったと言われれば嘘になる。

 

"勇敢な生徒"天城ルイ。その正体を知っていないと、あの発表を聞いて正しく実態を把握する事は不可能だった。

その名を伏せたのは明らかに誤認を招く意図がある。

 

しかし……私たちはそれを追求する気も無ければ、訂正させる訳にもいかなかった。

 

"彼女の汚名を晴らし、私は嘘の責任を取る"

 

そう言って会見場へ歩みだした先生を、リン先輩は引き留めた。

 

当然だ。先生や魔王には悪いが……混乱を防ぐため、この真実を公開する訳にはいかない。

 

彼女が生きていれば、汚名を濯ぐ意味はあった。

しかし彼女は既に死んでおり、遺体は灰に還っている。

 

私やリン先輩を含むその場に居た数人の連邦生徒会員で短い意見交換が行われたが……結論は決まっていた。

 

彼女が最悪クラスのテロリストなのは変わらないし、混乱を招くのが判っていて真実を公表する必要性は薄い。

 

"死人に口なし"。冷たいようだが……連邦生徒会としては、この汚名と共に消える事が死した彼女に唯一できる償いだと思う事にした。

 

……それから、拘束された先生にリン行政官は懇々と説得を繰り返した。

しかし先生は首を縦に振る事はなく、今もこうして私が監視役として共に居る訳だ。

 

 

────思案を終え、再び先生に目を遣る。

 

変わらず、先生は机に伏していた。

その姿がとても痛々しく見え、そっと声を掛ける。

 

「……今回の事件は完全に魔王の自滅よ、先生やRABBIT小隊の隊員に一切の責任はないわ」

 

「それに……汚名を晴らす、という事をしてあげたいのは私達も一緒よ」

 

「……でも、そうする訳にはいかないの……理解して頂戴」

 

そう言って優しく肩に乗せた手を、先生はふるりと身を揺すって払い除けた。

 

"……アオイ、これは私が果たすべき責任なんだ"

"大切な生徒に汚名を着せて殺しておいて、挙句その責任から逃れようだなんて、許されない"

 

"……お願いだ、ここから解放し、彼女の汚名を晴らさせて欲しい"

 

変わらない先生の様子に、アオイは一つ溜め息を吐いた。

 

「……はぁ、責任を負うべきなのは魔王よ、あれだけ暴れ回った挙句、無謀な抵抗をして死ぬなんて」

 

「この動乱はこれで終わり、そうするのが一番なの」

 

「真実を公表する事は、貴方の大切な生徒をたくさん傷付ける事になるわ」

 

「……貴方は信頼を失うでしょう、そうなっては困────」

"構わない!生徒を殺した私に信頼なんて────"

 

先生は噴き出た感情を以ってアオイの言葉を遮る。

しかし、アオイもまた、彼の言葉を遮った。

 

「駄目。先生、キヴォトスには貴方が居なければならないのよ」

「……貴方にしか出来ない事が多すぎるわ。……貴方が居なければ今のキヴォトスは立ち行かない」

 

ぴしゃりと告げられたその言葉は、疑いようもない事実。

 

「……情けない話なのはわかっているわ」

「でも、会長が居なくなってから崩壊寸前だったキヴォトスを救ったのは先生、貴方よ」

 

「……貴方が来てから、キヴォトスはようやく元に戻り始めたの」

 

崩壊の過去を想起するように言ったアオイは、伏せていた目をゆっくりと上げ、哀しげに先生の目を見遣る。

 

「また、キヴォトスを崩壊させるつもり?」

 

"……ッ"

 

その言葉に、先生は息を詰まらせる。

 

「……ずるい言い方なのはわかっているわ、それでも……これは事実よ」

「"先生"、今は……今だけは、貴方の信頼を失う訳にはいかないの」

 

アオイは真摯にそう告げて、先生の手を取る。

 

その言葉に対し先生は何かを言いかけ……しかし、その言葉を飲み込んだ。

 

……先生は折れた。

正確には、折れざるを得なかった。

 

アオイの言ったことは全て事実。

今、真実を公表する事で起きるリスクは計り知れない。

 

……そのリスクを無視し、わざわざ今真実を公表するというのは"大人"たる振る舞いに非ず、子供が駄々を捏ねるようなものではないのか。

 

子供を守れなかった、あまつさえ殺めてしまった自分は"大人"たり得ず、しかしここに"大人"として振る舞えるのは自分の他に無い。

 

例え偽りだろうとも彼女達を守り、導き続ける義務が、責任が、意思が。"先生"である彼には有った。

 

"……わかった、リンを呼んでくれるかな?……少し、話したい"

 

彼が小さく、しかしはっきりと告げた言葉。

 

「……ええ、わかったわ」

 

その言葉に安堵した自分を内心で嫌悪しつつも、アオイは内線に手を掛ける。

 

「……先輩、先生が話したいそうです」

 

電話口の彼女は"そうですか"、と短く返し……通話は切れた。

 

「……今から来るそうよ、その前に……少し、ご飯でも食べたらどうかしら」

 

「昨日からずっと何も食べていないでしょう?……体に障るし、思考も鈍くなるわ」

 

そう言って鞄の中からコンビニで買ってきたおにぎりを差し出すが、先生はそれを手で制した。

 

"……ごめん、今は食欲がないんだ……ありがとう、気持ちだけもらっておくね"

 

「……そう、それでも、ちゃんと食べなきゃだめよ」

 

そう返して、おにぎりを鞄に戻す。

 

(……やっぱり、メンタルケアは適任ではないわ……リン先輩も、この手の事は不得手なはず)

 

モモカのように"適当"な振る舞いこそが、今の彼に必要なのではないか。

……そもそも、彼を置いておくにはここ連邦生徒会は息苦しすぎる。

 

出来るだけ早く彼を開放するようリン先輩にお願いする事を決め、アオイはリンの到着を待つのであった。

 

 

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