"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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矛盾

 

早朝:特異現象捜査部/ヒマリの部屋

 

 

"────つまり……ルイは死んでいない、本当なんだね?"

 

「……ええ。残念ながら、まだ目覚めてはいませんが」

 

早朝、ヒマリはウタハと連絡を取っていた。

 

ウタハは依頼された"多脚戦車"の調査に専念しており、ルイの死が報じられた時にはエンジニア部のメンバー全員、徹夜の反動で就寝中だったらしい。

 

先ほど目覚めたらしいウタハは、凄まじい剣幕でヒマリに真偽を問いただした。

 

ヒマリはルイが目覚めるまで当事者以外には隠しているつもりだったが、あまりに取り乱した彼女の様子に、折れる形で真実を伝えたのだ。

 

"……いや、生きていてくれるだけでいいさ……安心したよ"

 

「……すみません。……このような結果になってしまって」

 

ヒマリの謝罪に対し、少しだけウタハは沈黙し……答えた。

 

"……仕方ない、とは言ってあげられないかな……今回の事は、流石に肝が冷えた"

 

失意を隠せないような声色で、ぽつぽつとウタハは告げる。

 

"私たちはルイを死なせるために義手や装備を作ったわけじゃない。確かに目的には共感するし、意図は理解しているつもりだ"

 

"……それでも、もう彼女に協力はしてあげられないかもしれない"

 

"……ルイが死んだって聞いた時は……どうにかなりそうだった"

 

"私たちが義手を作ったせいで、彼女は無謀な計画を続け……死んだ。"

 

"……そう考えてしまってね"

"実際に……運よく生きていただけで、死にかけたのは事実なんだろう?"

 

"────もし本当にそうなってしまったら……今度こそ、私は折れてしまう"

 

そう伝えたウタハの声は重々しく、悲哀に満ちていた。

 

"これからどうすべきかは、よく考えた方がいい"

"ルイが目覚めたら……そう伝えて欲しい。何よりも、命を大切にするべきだとね"

 

「……わかりました、必ず、伝えます」

 

"……頼んだよ。……とはいえ、安心したよ"

 

ウタハは安堵の息を吐き出す。

 

"ああ、それと……コトリとヒビキにも無事を伝えていいかい?まだ眠っているけど、今から目覚めたらどうなるかは想像に難くない"

 

"……二人が自分を責めている所なんて、私は見たくないんだ"

 

"悪いけど、もし駄目と言われても、黙っていられる自信がない"

 

少し和らいだ声色で、しかし真摯にウタハは頼み込む。

 

「……わかりました、しかし……決してそれ以外の方には漏らさないでください」

 

"うん、秘密は守る。約束するよ"

 

ウタハの答えを確認して、ヒマリは通話越しに小さく頷いた。

 

「……ええ、ではそろそろ、私は失礼しま────」

 

"……ちょっと待って、すっかり忘れてたけど、一つ伝え忘れてた"

 

通話を終えようとしたヒマリを、ウタハは引き留める。

和らいだ口調からは"これまでの話とは別件"という事を感じさせた。

 

「……何でしょう?」

 

"依頼の進捗の話なんだけど……とりあえず、あれの名前がわかった"

 

"例の歩行戦車の名前は"KETHER"って言うらしい。"

 

"調べていた脚部の関節内部にモーションコントロール用のチップがあってね、どうやら関節部の負荷計測や機動装置の制御をしていたみたいなんだけど……その内部データを解析したら出てきたんだ"

 

そこまで言って、ウタハは少し困ったように唸る。

 

"うーん……口に出すと齟齬が起きそうだから、画像で送りたいんだけど、いいかな?"

 

「ええ、構いませんよ」

 

"わかった、ああそれと……データそのものは今度渡すよ"

"膨大なデータ量だから、多分複製して送るよりも直接渡した方が早いだろうしね"

 

そう告げて、電話口に聞こえるウタハの声が少しだけ遠くなる。

マイクから離れたのか、ごそごそと音が鳴っている。

 

「わかりました。それを聞く限り……あまり緊急性のある者は出てこなかった、という事ですね?」

 

"うん、今のところ収穫は名前くらいだね……もう少し掘れば、まだ何か出てくるかも────"

 

そう話している間に、ヒマリの携帯が"ぶる"と震えて通知を知らせた。

 

"……よし、確認できる?"

 

「ええ、今確認します」

 

画像を確認すると、解析データを直接撮影した写真が送られてきていた。

拡大されたコマンドプロンプトには、

< DECAGRAMMATON / SEFIRAH-1 = "KETHER type V" >

と記載されている。

 

「ふむ、これは……」

 

"デカグラマトン・セフィラ・ワン。ケテル・タイプファイブ……あるいはブイ。これがあの戦車の名前みたい"

 

「……デカグラマトン、セフィラ……ケテル……となると、生命の樹ですか」

 

"流石だね。……まあ、私はコトリに教えてもらったんだけど"

"とはいえ命名規則がそれに準じてるなら……もしかしたら、似たようなのがあと9機存在するかもしれない"

 

"Type Vって所を見る限り、ケテルシリーズだけでも複数いる可能性もあるけど……一旦置いておこうか"

 

"とりあえず……一番気になるのはあの"球体"と、アビドスの"BINAH"ビナー。"

 

「……ビナー……は確か、第三セフィラでしたか」

 

"らしいね、あの球体がCHOKMAHコクマーなら、少なくとも上から三機は割れてるけど……多分、そう楽観視していい問題でもないと思う"

 

「そうですね……未発見の機体があと7機、あるいは製造されてから順に名付けているとしても、あと7機は製造する予定がある、と読み取れますから」

 

"……残念ながら、そうなるね"

 

それを最後にお互いに思案が続き、十数秒。

ヒマリは考えを口に出し、思考の整理を図っていた。

 

「……生命の樹、ですか」

 

「……ビナー、そう呼ばれ始めた所以を一度調べたことがあります」

「"側面に"BINAH"と書いてあった"と、いうひとつの目撃証言が大本でした」

 

「接近した戦闘記録は写真はほとんど存在しませんし、真偽のほどは確かめられませんが……」

「命名規則が判った事で、この目撃証言が事実だという事が……ひいては、ビナーの機体には重要な情報が記載されている可能性が────」

 

ここまで話して、ヒマリは一つ、重要な事を思い出した。

 

「……そういえば、ルイさんが"ビナーと遭遇した事がある"と仰っていました」

 

"え……本当かい?"

 

「……ええ。それどころか私との交渉材料として"義手作成の援助と引き換えに"……と装甲の一部や解析データまであります」

 

「……お恥ずかしい話ですが、当時は内心が荒れていた事と、彼女を拘束し、説得する事に全てを注いでいたので……今の今まで、すっかり忘れていました」

 

そう謝罪したヒマリに、ウタハは少し思考して、答える。

 

"……よし、できれば今日の朝までにそのデータと現物を────いや、今はエイミが居ないのか……"

"うーん……二人が起きた時の事を考えると私は行けないし……ドローンに運ばせるには貴重すぎるかな"

 

「データ自体は書類に纏められていますし、書類だけで良ければ今すぐにでもお送りしますよ、装甲の現物は……トキにお願いします。彼女なら秘密は守りますし……お昼ごろまでには届けられると思います」

 

"わかった、n=1の状況は良くないと思っていた所だ、良い知らせを聞けて良かったよ"

 

「ええ、それではすぐに用意しますので、一旦ここで失礼します」

 

"うん、待ってるよ"

 

────そうして、ウタハとの通話は終わった。

 

ヒマリは"ふぅ"と小さく息を吐き出す。

 

軽く伸びをして、いつもの車椅子に座り直し……ルイから渡された書類を取りに向かった。

 

 


 

朝:特異現象捜査部/サーバールーム

 

ヒマリは資料をウタハに届け終わり、そろそろ朝食を摂ろうと部屋を出ようとした。

 

瞬間。"プツ"、と壁のスピーカーから小さくノイズが漏れた。

 

「────ッ!」

 

ヒマリが振り返ると……そこからは聞き慣れたくもない、知った声がした。

 

"……久しぶりね"

 

「覗き見ですか……相変わらず、マナーがなっていないようですね」

「"ビッグシスター"。黙って見ていると思っていれば……今更なんですか?」

「……私がやっている事に、何か文句があるのであれば────」

 

まくし立てるヒマリの言葉を、リオは遮る。

 

"……ごめんなさい、そんなつもりはないの……貴方が私と話をしたくない、という事も理解しているわ"

"それでも、重要な話をするから……少しだけ、聞いてちょうだい"

 

しおらしくそう答えたリオに、ヒマリは調子が崩れた、という様子で返答した。

 

「はあ……私は今から朝食を摂ります、手短にして下さい」

 

ヒマリの答えを聞いて、リオは続ける。

 

"……ヒマリ、貴方は怒るだろうけれど、貴方が先ほど言った通り貴方達の事は見ていたわ"

 

"……本当は、協力する気も無ければ、邪魔する気も無かったのだけれど……"

 

"状況が変わったの。もし貴方が、天城ルイが許すのなら……私にも手伝わせてちょうだい"

 

「…………」

 

リオの言葉には答えずに、ヒマリは無言で監視カメラを睨む。

"どうせ見ているのだろう"、と言わんばかりに睨みつけているヒマリに、リオは小さくため息を吐いた。

それでも、彼女が黙って部屋を去らないという事は……続きを尋ねているのと同義。

 

そう判断して、リオは続けた。

 

"……天城ルイが受け取るはずだった輸送ヘリは、私が預かるわ"

 

"……無人兵器の開発は私の専門よ"

"彼女の望み通りに改造して、使えるようにしておく"

 

"……だから、設計図を私に渡してちょうだい"

 

そう言ったリオに、ヒマリは疑念を隠せない様子で感情的に答える。

 

「……今度は何を企んでいるんですか?アリスの次はルイを犠牲に何かを成そうと────」

 

"ごめんなさい、アリスの件は本当に申し訳なかったと思っているわ"

 

「ッ────そう思っているのなら、帰ってきて皆に謝ったらどうですか?」

「結局、ユウカやノアに任せて逃げ出して……全く、情けのない話ですね、"ビッグシスター"?」

 

"……それは出来ないわ、理由も……今は言えない"

 

挑発するように言ったヒマリに対し、リオは謝罪を返すばかり。

そんなリオに調子を崩されっぱなしのヒマリは、心底不本意そうに返事を返す。

 

「……はぁ、わかりました……それは置いておきましょう」

「それで、どうして協力するだなんて今更言い出したんですか?」

 

"────私も、貴方も。天城ルイを誤認していたからよ"

 

その言葉にヒマリは眉を顰めたが、しかし黙して耳を傾ける。

 

"……彼女の計画は容易ではないけれど、確かに理は通っているし、不可能ではないと思うわ……"

 

"それでも、彼女は皆が、私達が考えていたほど強い人間ではない。"

"一人で前線に立たせ続けると、いつか本当に死ぬわ"

 

"……見ていただけの部外者である私が語るのもおこがましい話なのだけれど、言わせてちょうだい"

 

"……天城ルイの身体にはおかしい点が多いわ"

"私が見た限り、戦闘では明らかに異常な傷を負いつつも……他方で、その体の脆さに見合わない程に、意識を失うまでの閾値が高い。"

 

"確かに、身体の頑丈さと気絶の閾値については体質に左右されるけれど、基本的には比例するはず"

 

"それなのに、天城ルイの身体は反比例するかのような大きな差がある。これを体質で片付けるには……明らかに異常よ"

 

"……気付いているでしょう、彼女をこれ以上戦わせるべきではないと"

 

「……それは、理解していますが……」

 

リオの問いに、ヒマリに苦い答えを返す。

そんな事は言われずとも理解している。しかしそれを直接本人に言ったところで……彼女は止まらない。

だからこそ、ヒマリはルイの傍に居続ける事を決めたのだから。

 

そんなヒマリの内心を知っているかのように、リオは続ける。

 

"……それでも、"魔王"。その名が示し、積み上げて来た物はあまりにも価値がある"

"彼女は、"魔王"は……君臨し続けなければならないわ、討つべき恐怖と悪意の象徴として"

 

"……だから、少しでも彼女本人が戦わずに済むよう、協力させて欲しいの"

"支援兵器が必要なのは知っているわ。だから、設計図さえ渡してくれれば私が用意する"

 

"……それを使うかどうかは、貴方と天城ルイが相談して決めればいいわ"

 

「………………」

 

黙って聞いていたヒマリは、リオが語り終えて尚も黙っていたが……監視カメラに映る彼女の表情は、思案を感じさせた。

故にリオも黙し、答えを待つ。

 

────それから数分ほどして、ヒマリは口を開いた。

 

「わかりました、設計図はお渡しします」

「しかし、あれは設計図と呼べる程、形の定まったものじゃありませんよ」

 

"構わないわ、要件定義さえしっかりしていれば十分よ"

 

ぶっきらぼうに言ったヒマリに対し、リオは即答する。

それが気に食わなかったのか、ヒマリは大きくため息を吐いた。

 

「はぁ~……いちいち鼻に付きますね……それで、どうやって渡せば?」

 

"監視カメラに向けてくれればいいわ、それで十分認識できるから"

 

「はいはい……ええと、確か……ありました」

 

ヒマリは書類管理用の棚から取り出した要件定義書をカメラに向ける。

 

"……確認できたわ、もう十分よ"

 

リオの言葉に、ヒマリは掲げた書類を下げる。

 

「ふぅ……誰かのおかげでお腹が空いてしまいました、もういいですか?」

 

むすっとした表情でそう伝えたヒマリに、リオは小さく"ええ"と返した。

 

"ルイが目覚めたら、一度私に連絡を取ってちょうだい"

 

「はあ、わかりました」

 

"……ありがとう、では失礼するわ。時間を取らせてしまってごめんなさい"

 

「ええ、ええ……全くです、次はちゃんとアポを取って来てくださいね?」

 

「それと……皆心配していましたよ、余裕があったら連絡するなりしてあげてください」

 

"…………時が来たら、そうするわ"

 

「……そうですか」

 

それを最後に、スピーカーが音を発する事は無かった。

 

「…………はあ」

 

ヒマリは車椅子の背もたれに深く体重を預ける。

 

……明星ヒマリが今行っている事は、かつて調月リオが行った事に似ている。

 

かつて自らが阻止した、個を犠牲に、全を救う選択。

 

天城ルイの計画はまさにそれだ。

 

……そんな事を理解できないヒマリではない。

だからこそ、なおさらリオに対して歪んだ感情が湧き上がっていた。

 

「……いっその事、"ダブルスタンダードだ"とでも糾弾してくれれば、楽だったんですけどね……」

 

ヒマリは小さくそう呟き、部屋を後にした。

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