"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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傷跡

 

朝:ゲヘナ自治区/ヒナの家

 

「ん……んぅ……?」

 

ミカは身を捩り、目を開けた。

 

窓から差し込む陽が目を眩ませ、たまらず身を起こし目を擦る。

 

「……起きた?おはよう」

 

声がした方向に目を向けると、そこに居たのはゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナ。

 

「えっ!?……あっ」

 

驚愕に記憶が追い付き、昨日の事を思い出す。

 

「……おはよ、ヒナちゃん」

 

「ええ、おはよう……今は大体9時ごろよ」

 

ミカの言葉にそう返答し、ヒナは立ち上がる。

 

「とりあえず顔を洗ってくるといいわ、私はここの片付けがあるから……それが済んだら朝食にしましょう」

 

「うん、ありがと」

 

机に広がった書類をまとめ始めたヒナに礼を言って、ミカは洗面所へと向かった。

 

 


 

 

朝:ヒナの家/リビング

 

二人は出前で頼んだハンバーガーを食べていた。

 

「……ん……はむ」

 

「…………」

 

お互いに無言で食べ進める中、ヒナはちらりとミカの方を見る。

 

……昨日の様子とは違い、随分元気になったようだ。

 

そろそろ良いかと考え、食べかけのハンバーガーをテーブルに置く。

 

「……聖園ミカ、少しいいかしら」

 

そう尋ねると、ミカは食べていたハンバーガーをごくりと嚥下し、答える。

 

「"ミカ"でいいよ。フルネームで呼ばれるとなんか慣れないし……それで、どうしたの?」

 

「じゃあ、ミカ……貴方に答えられるならでいいけれど、今のトリニティで何が起きているの?」

 

それを聞いたミカは、はっと目を見開き、ゆっくりと目を伏せる。

 

(……推測は全くの的外れという訳ではなさそうね)

 

「────悪いけれど、昨日聞いた話である程度推察できてしまったわ」

 

「……貴方のお友達、桐藤ナギサは随分思い詰めているように見えた」

 

「特に、トリニティで襲撃が起きてからは更に様子がおかしくなった、と聞いてる」

 

「……何かまずい事が起きているのなら……そうね、取るべき手段は考えないといけない」

 

「……だけど、私はゲヘナの人間よ。トリニティに対してあまり目立つような事は避けたい」

 

「とりあえずは先生と連絡がつくまで、貴方にはここに居てもらう予定だけれど……」

 

「状況によっては、迅速な解決を目的として直接的な方法を取る必要もあるかもしれない」

 

「……言える範囲で構わない。でも……今は空崎ヒナとして、貴方の話を聞かせて欲しい」

 

「私が力になれるのなら、手を貸すわ」

 

ヒナは真摯にそう告げて、ミカの目を見た……が、その目には困惑が浮かんでいた。

 

「えっと……そこまでしてくれるのは嬉しい、けど……」

 

「確かにトリニティは今大変な事になってる。だけど……本当に、喧嘩しただけなんだ」

 

ミカは言いよどむ。

 

「……でも、私はもう帰れない」

 

「私は罪を重ね過ぎた。私が居ても、皆の邪魔になるだけ」

「誰かの為に動いても、結局は邪魔をしてばっかり……」

 

ミカの目に涙が浮かぶ。

 

「……セイアちゃんを守れなかった、ルイちゃんを止められなかった、ナギちゃんを支えられなかった……!」

 

溢れた涙がぽろぽろと零れ、カーペットに吸い込まれていく。

 

ヒナは"そんな事はない"、とそう言いかけて、飲み込んだ。

 

ヒナはトリニティの内情を知らない。

彼女がどのような思いをして来たのか知らない。

彼女の罪も、知らない。

 

それなのに、"そんな事はない"なんて無責任な言葉だ。

自分にその言葉を言う資格があるのか、とヒナは思いとどまった。

 

"────ヒナは頑張ってるよ"

 

その時、かつて掛けられた言葉が脳裏によぎった。

 

「────ミカ、貴方は頑張っているわ」

 

気付けば、その言葉を口にしていた。

 

「誰がどう考えようと、非難されようと……その事実は変わらない」

 

「私はまだ貴方の事を良く知らない。だけど……貴方の話を聞く限り、貴方は常に努力している」

 

「取り返しの付かない失敗をしたのでしょう、だけど……」

「それが純粋な悪意によるものでなければ、少なくとも私は貴方を赦すわ」

 

ヒナは先生から貰った言葉を自分なりに嚙み砕き、目の前で泣いている少女に伝えた。

 

「……ううっ……ぐすっ……」

 

ミカは涙を拭う。

 

「ぐす……っ……ヒナ、ちゃん……」

 

「……好きなだけ泣くといいわ」

 

ヒナは優しくミカの背を撫でる。

 

 


 

 

「────ぐすっ、ずず……」

 

ヒナから渡されたティッシュを受け取り、鼻水と涙を拭う。

 

拭われた目元や鼻先は真っ赤なままだが……その目には、決意が宿っていた。

 

「…………うん、落ち着いた。迷惑かけてごめんね、ヒナちゃん」

 

「……迷惑なんかじゃないわ、気にしないで」

 

ヒナはそう言って、ミカの言葉を待つ。

 

"ずず"、と何度か涙の残滓を払い、ミカはゆっくり……しかしはっきりと言った。

 

「私、トリニティに帰る」

 

「……帰って、謝るよ」

「私に出来る事がまだあるはず。それが例えどんな事でも……私はナギちゃんを助けてあげたい」

 

ミカは決意を込めた表情で顔を上げ……ヒナの目を見た。

 

「……そう、良かった」

 

ヒナはどこか満足げに頷き、ミカに向き直る。

 

「何かあったら私に連絡して、助けになれるかもしれない」

 

ヒナはそう言って連絡先を交換しようと携帯を取り出したが、ミカは"ぽかん"とした表情を浮かべた。

 

「……まさか、スマホを持っていないの?」

 

「……うん、トリニティを出る時に、捨ててきちゃった☆」

 

そう言って、ミカは途端に焦りだした。

 

その慌てた様子を見て、ヒナは内心で合点がいった。

 

地図アプリも使えない状況で自棄になって移動してきたのなら、道理でゲヘナに……それもあんな郊外にいたわけだ。

 

ならば帰る道すがら道に迷い、再び不良に絡まれたらまずい。

彼女なら問題なく制圧できるだろうが、"ゲヘナ領内で"となると途端に話が変わる。

 

確実に首を突っ込んできて事態を引っ掻き回しにくるあの議長の顔が、ヒナの脳裏に浮かんだ。

 

「……仕方ない、トリニティ領内まで送るわ」

 

こういった時に頼りになる生徒を一人知っている。

ヒナは電話帳からその人物を選び、連絡を取った。

 

 


 

昼:ゲヘナ領内/ヒナの家

 

家の前に一台の車両が停まる。

その側面には救急医学部の文字がペイントされており、その運転席からはナース服を着た生徒が一人、降りて来た。

 

「……ヒナ委員長、緊急だと伺いましたが……」

 

「……急に呼び出してごめんなさい、でも緊急なのは事実よ、セナ」

 

ヒナがそう言うと、その生徒────セナは玄関口で立っているミカを見遣る。

目が合うと、ミカは少し申し訳なさそうに、小さくお辞儀をした。

 

「えっと……こんにちは、セナさん?」

 

「……ティーパーティのトップが何故ここに……」

 

セナは珍しく驚いた様子で、ミカとヒナを交互に見る。

困惑しているセナに対し、ヒナは事情を説明した。

 

「訳あってゲヘナ領内に居たのを保護したの、彼女には悪意も敵意も無いわ」

 

「……でも彼女をそのまま帰して、それがマコトにでも知られればまた面倒な事になる」

 

「……スマホも無くしてしまったらしいし、誰かに車で送って貰うのが一番安全だと思った。……貴方なら秘密を守ってくれると思って」

 

セナは数秒瞑目して、想定される外交的リスク、それにより発生する惨事を想定し……確かに、これは緊急だと納得した。

 

「……わかりました、トリニティまで送っていきましょう……委員長は?」

 

「もちろん私も乗るわ、万が一の時は、私がどうにかする」

 

「了解しました、では早速行きましょう」

 

話は付いたようで、二人に導かれるまま、ミカは車に乗った。

 

 


 

午前:ヴァルキューレ管轄区:幹線道路

 

セナの運転する車両は無事にゲヘナ領内を出て、トリニティへ向かっていた。

 

"ブロロロ"、と響くエンジン音と、道のくぼみに合わせて時たま揺れる車内。

 

その音がどこか心地よく、後部座席に座っているミカは窓の外を見つめていた。

 

「……ねえ、ヒナちゃん」

 

ふと呟く。

 

「何かしら」

 

「……私ね、ゲヘナの事嫌いなんだ」

 

唐突に発せられた敵対的な言葉にヒナは一瞬面食らうが、ミカはそれを意に介さずに続ける。

 

「急にごめんね。でも……ヒナちゃんに会って、ゲヘナの人だからって最初から嫌うのは良くないなって思った」

 

「……頭ではわかってたんだ。だけど……心の底からそう思えたのは、ヒナちゃんのおかげ!」

 

ミカはヒナに向き直り、頭を下げ……右手を差し出した。

 

「……ヒナちゃん、こんな私で良ければ……お友達になってほしいな☆」

 

「……ええ、喜んで」

 

ヒナは差し出された手を優しく握り、握手を交わす。

 

それはミカにとって初めての、ゲヘナの友人だった。

 


 

昼:トリニティ近郊エリア/幹線道路

 

「……ミカさん、そろそろ着きますよ」

 

セナの声に起こされ、心地よい眠りよりミカは目覚めた。

 

「おはよう」

 

瞼を開くと、目の前にはこちらを見下ろすヒナ。

後頭部に感じる柔らかい感覚と、心地よい温もりの正体を理解した。

 

「っうわっ!ごめんね!」

 

ぶつからないよう体を起こし、ヒナに謝罪する。

 

「気にしないで」

 

そう言ったヒナに続き、セナが口を開いた。

 

「……随分お疲れのようですね。まず何よりも自分の体調が崩れないよう、休息を優先する事をおすすめします」

 

「……うん、やる事が済んだら、しっかり休むよ」

 

「そうなさってください……さて、あと数分もすればトリニティ領です」

 

「外交的な問題を避ける為、私たちはそこまでですが……大丈夫ですか?」

 

「うん、大丈夫」

 

「了解しました……では、領内に入る前で停めますので、そこで降りてください」

 

「おっけー☆」

 

ミカの返事にセナは頷き、後は目的地までの僅かな距離を往くのみとなった。

 

────しかし、ここで一つ、些細な問題が起きる。

 

「……そういえば、今日は午後より雨という予報でした。正確な確認のため、ラジオを点けても?」

 

「ええ」

 

「うん☆」

 

セナはラジオを点け、天気予報をしている周波数を捜し始めた。

カチ、カチとボタンを押し、いくつものチャンネルを通り過ぎていく。

 

"カチ。笑っていい────"

 

"カチ。──ニティでは今、モモフレ────"

 

"カチ。魔王、天城ルイが死亡してから2日が────"

 

"カチ。"

 

「────へっ?」

 

すっとんきょうな、あるいは全身の気が抜けたような。

 

喉からただ空気が通っただけ。そんな声が車内に響き、緊張が走る。

 

その余りにも不自然な声に、ヒナは一瞬で思考が巡り……いくつもの情報から、ひとつの結論に行きついた。

 

ミカがトリニティを出たのは────二日前の早朝。

スマホを持っていなかった。

一人でゲヘナ郊外に居た。

 

(────ミカは天城ルイの死を知らなかった。それに……)

 

"ルイちゃんを止められなかった"

 

ミカは確かにそう言った。

つまり────天城ルイとは桐藤ナギサや百合園セイアに並ぶほどの深い関係。

 

それほどの存在が……死んだ。

 

それが今この瞬間、ミカにとってどれほどの影響を及ぼすか、想像に難くない。

 

 

「────あっ、え?嘘……ルイ……ちゃん?」

 

 

ぐにゃりと曲がった表情は余りに歪で、今にも崩れてしまいそうだ。

 

……このままではまずい。

そう判断して、咄嗟にミカの手を握る。

 

「……セナ、車を停めて」

 

「了解しました」

 

ただならぬ雰囲気を察したのか、セナは素早くハンドルを切り、路肩に車を停車させる。

 

"二人にして"。と手と目線でセナにそう伝えると、セナはこくりと頷いて、音を立てないようそっと車外に出た。

 

(……やっと立ち直りかけていたのに……!)

 

ヒナは焦る。

 

「そん、な……ルイ、ちゃ……」

 

今にも破裂しそうな感情が、ミカの中に湧き上がっている。

 

どうにか落ち着かせなければ……彼女は今度こそ、壊れてしまう。

 

(……でも、どうすればいい)

ヒナは友人の死、そのような経験をした事はない。

 

それなのに、無神経に"大丈夫"だったり、"落ち着いて"などと言えようはずもない。

 

ヒナには今度こそ、掛ける言葉が見つからなかった。

 

(────それでも、出来る事はある)

 

ヒナはゆっくりとミカの背に手を回し、抱き寄せた。

 

「……うっ、うああ……!!」

 

堰を切ったように溢れだした涙が、ヒナの制服に染みこんでいく。

 

彼女が絶望に呑まれないよう、ゆっくりと背をさする。

 

「やだっ!やだよぉ……!」

 

「…………!」

 

ヒナは"ぎゅう"と抱く力を強め、ミカに"自分が居る"と、精一杯伝える。

 

(……"魔王"。貴方はどれだけ身勝手なの……!)

 

ヒナの内心は、全ての原因である魔王に対する深い怒りと、この状況で何もできないやるせなさに満ちていく。

 

(────駄目。今は出来る事を、これからの事を考えるべき)

 

こみ上げた怒りを食いしばった奥歯で噛み砕き、努めて冷静に状況を客観視する。

 

ミカの様子を見る限り、今のトリニティに彼女を帰すべきではないのは明白。

 

トリニティは魔王の死に対し、"殺害という結果になったのは遺憾だが、脅威が去ったのは喜ばしい"という声明を出した。

 

……犯罪者とはいえ、一人の死に対し、"喜ばしい"という表現を混ぜるような状況だ。

 

"魔王"、天城ルイは相当な憎悪を集めていた。

 

トリニティの一部では彼女の死を祝うムードすらあると聞いた、今のミカがその渦中に放り込まれてしまえば……何が起こるかは考えるまでもない。

 

魔王に対し、強硬的な姿勢を取り続けた桐藤ナギサと会う事になれば二人の関係は取り返しの付かない事になる。

 

────そして、この状況は自分の手に余る。

 

ヒナは純粋にそう思った。

普段なら今すぐにでも先生に助力を乞うところだ。

 

……しかし、現在は先生に関する情報の全てが秘匿され、モモトークも既読すらつかない。

 

(いっそのこと、連邦生徒会に直接向かって状況を説明する?)

 

先生の保護は連邦生徒会の決定。

連邦生徒会を介せば、先生に連絡がつくかもしれない。

 

(────本当に、それが正解?)

 

その先生も、今はメンタルに大きな傷を負っているだろう。

 

あの鬼怒川カスミや狐坂ワカモにすら平等に接し、慈愛を向ける先生が天城ルイの死に対し何も思わないはずはない。

────それも、シャーレ指揮下の部隊で起こった事故だ。相当に悔やみ、苦しんでいるだろう。

 

(今の彼に、これ以上の負担を押し付けるの?)

 

思考は堂々巡り。

 

その間もミカはヒナの胸に顔を埋め、涙を流し続けている。

 

(……一旦帰りましょう。全ての陣営の動きがおかしい中、無責任に放り出すより……私の傍が一番安心できる)

 

そう判断し、ヒナは翼でコツコツと窓を叩く。

 

「……大丈夫ですか?」

 

すると、セナが車内に戻ってきた。

 

耳を寄せて、と翼でジェスチャーし、寄せられたセナの耳に小声で告げた。

 

「……一度私の家に戻るわ、彼女を放り出すには今のトリニティは不穏すぎる」

 

セナはその言葉にこくりと頷き、運転席に座りなおしてエンジンを掛ける。

 

三人の乗った車は、来た道を引き返し始めた。

 

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