"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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兆候

 

昼:特異現象捜査部/サーバールーム

 

「……はあ」

 

作業が手に付かない様子で、ヒマリは寂しげに溜め息を吐いた。

 

(まだ、目覚めませんか……)

 

ルイが昏睡状態に陥ってから3日が経った。

 

エイミはミネと共に、ルイの眠る倉庫を付きっ切りで護衛、警備している。

 

トキも基本的には本校に居る為、ここにはヒマリ一人。

 

常駐していた三人が居なくなり、静まり返った部室はヒマリにとって耐えがたいほどの孤独を感じさせていた。

 

「…………」

 

思考を乱す懸念を少しでも和らげようと、作業を一時中断する。

 

「……せめて、経過くらいは聞いても罰は当たらないでしょう」

 

車椅子のパネルを手早く操作すると、すぐにエイミとの通信が開始された。

 

"……部長?"

 

数秒ほどして、エイミは応答する。

その声は普段と変わりなく、ヒマリはそれに確かな安心を感じた。

 

「ええ、お忙しい所すみません……今、よろしいでしょうか」

 

"うん、今はミネさんが看てくれてるから大丈夫"

 

「では、率直に伺いますが……ルイさんの状態はどうですか?」

 

ヒマリの問いに、エイミは"う~ん"と唸り、少しして、答える。

 

"とりあえず、悪くはないかな。傷は回復に向かってるし"

 

"そういえばさっき体を拭いてる時、少しだけ反応したよ、ぴくって"

 

"反射が戻ってきてるなら、近いうちに目覚めるかもってミネさんが言ってた"

 

「……良かった」

 

声に喜色が乗ったのが自分でもわかる。

それが照れくさくて、ヒマリは"おほん"と一つ咳払いをしてから、続けた。

 

「それと……どうでしょう、何か必要な物などはありますか?」

 

"うーん……衛生用品が少し不足気味かな、買いに行くのもあれだし、送れるなら送ってほしいかも"

 

「わかりました……今日の夜までにはそちらに届くよう、ドローンを手配します」

 

"うん、ありがと……じゃ、一旦切っていい?"

 

「ええ、お忙しい所失礼しました」

 

そうして、エイミとの通話は切れた。

 

「……ふう」

 

ヒマリはひとつ、息を吐く。

それは悲観的な物ではなくなっていた。

 

目覚めの兆候があり、傷がきちんと快方に向かっているという事は……ルイが目覚めるのも時間の問題だろう。

 

頼まれた物資配送の手配をしつつ、ふとセイアはどうしているだろうか、と思いを馳せる。

 

この吉報を知らせたい、というのもあるが……特に、知らせておかなければならない情報が一つある。

 

しかし、基本的にはヒマリ側から連絡しない事になっている。

万が一、繋がりが露見する事を防ぐため、絶対安全な場所でのみ、セイア側から連絡すると決めた。

 

とはいえ何かあれば連絡するとは言っていたし、セイアさんは私の事を遠慮なく頼るだろう。

待っていれば彼女からおのずと連絡してくるはずだ。

 

(連絡が無いのは心配ですが……今トリニティは今大混乱の最中でしょうし、仕方ありませんか)

 

せめてセイアが体を壊さないよう祈りつつ、ヒマリは目の前の仕事に目を向けた。

 

 


 

 

 

昼:トリニティ本校/フィリウス分派寮

 

「……」

 

セイアは机に向き合い、黙々と書類仕事を進めていた。

すると、"コンコン"、とノック音が響く。

 

「入ってくれ」

 

「失礼します……」

 

扉を開け、入室してきたのは────阿慈谷ヒフミ。

 

「やあ、ヒフミ……どうだった?」

 

彼女はナギサに会いたいと申し出て、仕事に詰め寄られている私の代わりにナギサの様子を見てくれていた。

 

しかし、彼女の表情を見る限り……結果は芳しくなさそうだ。

 

「……だめです、塞ぎこんだまま、私が話しかけてもあまり反応してくれません……」

 

ヒフミは小さく首を振り、今にも泣きそうな顔でそう言った。

 

「……そうか、わざわざ来てくれたのに……すまないね」

 

「……力になれなくて、すみません」

 

ヒフミは私に向かって頭を下げた。

 

(……頭を下げるべきは、私の方だというのに)

 

湧き上がる罪悪感を飲み込み、セイアは頭を下げたヒフミの頬に手を添える。

 

「顔を上げてくれ……君が謝る事じゃない」

 

「今はまだ立ち直れていないが……必ず、ナギサは立ち直るさ」

「良ければ、また会いに来てやってくれ」

 

「はい、また来ます……」

 

ゆっくりと頭を上げたヒフミはそう言って、とぼとぼと出て行った。

 

(……ヒフミが行ってもダメか。彼女なら……と思ったんだが)

 

彼女の悲し気な背中を見送り、再び書類に向き直る。

 

仕事は待ってはくれない。さて続きを……とペンを取った時、再び扉が"トントン"とノックされた。

 

「……どうぞ」

 

「失礼します」

 

許可を出すと同時に入室してきたのはティーパーティの制服を着た生徒。

腕章を見る限り、私と同じサンクトゥスに属する者のようだ。

 

(風貌を見るに、連絡員という訳ではなさそうだが……)

 

手ぶらで来たその生徒を訝しんでいると、すぅと息を吸って、彼女は話し始めた。

 

「セイア様、そろそろサンクトゥスに戻られては?あまり長くフィリウス寮に居ては……」

 

(……ああ、なるほど)

 

語気は柔らかいが、彼女からは確かな敵意を感じる。

私がフィリウスの寮で仕事をしているのが気に食わないのか、はたまた今更帰ってきたトップが邪魔なのか。

 

「悪いが、今は戻れない。ナギサが無事に立ち直るまで私はここを動く気はないよ」

 

「ですが、ここではフィリウスの目がありますし、我々サンクトゥスの長であるセイア様がここに居ては────」

 

「君は、この期に及んで"分派間の対立や面子"なんてくだらない物に固執するのかい?」

 

セイアは彼女の言葉を遮り、話し始めた。

 

「三頭政治の本質がそうである事は否定しないが、この状況下で未だそのようなものに囚われる気はないよ」

 

取り合う気も失せたのか、セイアは視線を書類に戻してそう伝えた。

 

「……セイア様、ここに居てはセイア様自身の身の安全も────」

 

それでも食い下がった彼女の言葉に、セイアは呆れたように息を吐く。

 

「はあ。身の安全とは言うがね……断言するが、ここに居るフィリウスの生徒は私に良くしてくれているし、現状で私に何かしようなんて愚かな事をする者は居ない。君の心配は杞憂だ」

 

「……君に言っても仕方のない話だが、今この現状はサンクトゥスとパテルが緊急事態にも関わらず、代理を立てずにフィリウス代表に全ての責任を押し付けた事に端を発する。」

 

「君たちの考えはわかる、大方負担を増やすことで失策の一つでも引き出して、それを武器にフィリウスの権威を貶めたかったんだろう?」

 

「まったく……愚かな真似をしてくれた。……まあ、失踪していた私の言える事ではないがね」

 

そう言い切り、セイアは瞑目し大きなため息を吐いた。

 

「さて……サンクトゥスの長として、君たちの下策の責任は取らねばならない」

 

「だから今こうして、私はナギサの傍に居るんだ……もちろん、友人としてもね。……わかってくれたかい?」

 

反論も出来ず、沈黙していたサンクトゥスの生徒はゆっくりと頭を下げた。

 

「……申し訳ありませんでした、セイア様」

 

「……わかればいいんだ、要件はそれだけかい?」

 

「……はい、失礼します」

 

そう言って、彼女はすごすごと出て行った。

 

「……フッ……」

 

このような説教をしておきながら、その元凶の一人が他ならぬ私というのが、何ともつまらない。

内心で自らを嘲りながら、セイアは状況に思いを馳せる。

 

 

────ヒマリの元で聞いていたよりも、トリニティ内政は傾いていた。

 

ナギサのワンマンが長く続いたせいで、ティーパーティという組織はかつてない程に分裂しかかっている。

……それをなんとか纏められていたのは、"魔王"という外敵あっての事。

 

しかし、"魔王を討つ"、その目標が潰えた今……傾きは表層化し始めている。

 

そして、戦後処理という物は、勝利に浮かれる間もなく野心ある者たちに火をつけた。

 

────フィリウスの失策を突き上げ、サンクトゥスの怠慢を責め、パテルの無力を煽る。

 

火種は燻り、対立は伝播し始めている。

 

(なんとかしたいが……)

 

ナギサが立ち直るまでは、どうにもならない。

 

そう結論付けて、セイアは無力の現状に息を一つ吐く。

 

「ミカ、君が居れば……ナギサの支えになってくれたのだろうね」

 

そう呟き、窓の外を見遣る。

 

ミカは未だ行方不明。……だが、それでいい。

 

目に入るのは、ルイの死を喜ぶような文言が書かれたポスターや、祝賀ムードの生徒達。

 

優しいミカがそれを見れば……どうなるかは考えるまでもない。

 

生存を知る私ですら、あまり目にはしたくない物だ、ミカには刺激が強すぎるだろう。

 

────ヒマリはどうしているだろうか。

 

忙しすぎて連絡を取る事が出来なかったが、そろそろあちらの状況も知っておくべきだろう。

 

ミカの近況についても、何か知っているかもしれない。

 

そう思い立ち、部屋の鍵を閉める。

 

服の内ポケットから端末を取り出し、ヒマリへ通信を送った。

 

 

"────セイアさん?"

 

「……やあ、手が空いたから連絡してみたよ……そちらはどうだい?」

 

"ちょうど連絡がこないかと思っていた所でした……こちらは吉報と、連絡したい事が一つ"

 

「……吉報から聞こう、トリニティの中はどうにも気が滅入ってね……」

 

"わかりました。まず、ルイの傷は快方に向かっており、近く目覚めそうだ、との事です"

 

「……本当かい?……良かった……」

 

セイアは言葉と共に、感嘆にも似た息を吐き出す。

 

"ええ、全くです……この事を一刻も早く知らせたかったのですが……こちらからは連絡できませんでしたから"

 

「……ふふ、聞けて良かったよ……さて」

 

セイアは雰囲気をがらりと変え、ヒマリに次の話を促す。

 

"ええ……連絡したい事ですが……聖園ミカさんについてです"

 

「ッ……ミカに何かあったのかい?」

 

"事実を述べるなら……ミカさんは今、ゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナの元に居ると思われます"

 

「……何だって?」

 

"落ち着いて、最後まで聞いてください……少し事情が複雑なようですから"

 

焦りが滲むセイアを諫め、ヒマリは続ける。

 

"まず、道路上の監視カメラに仕込んだ自動検知システムにミカさんの姿が検知されました"

 

"そのデータを確認すると、ゲヘナの救急医学部の車両に運転手として同部長の氷室セナさん。後部座席に空崎ヒナさん。それとミカさんが同乗していました"

 

「……」

 

セイアは逸る心を抑え、ヒマリの報告に耳を傾ける。

 

"……ここからが複雑なのですが……順を追って説明しましょう"

 

"その車両の動向を追ったのですが……まず、車はヒナさんの家のある区画から出発しています"

 

"一応、その車の中を確認できるよう、あらゆる目を使いましたが……確認できる限り、三人の間に敵意は無い物と思っていいでしょう"

 

"見る限りは仲睦まじく、更にはミカさんがヒナさんの膝枕で眠っている様子も映っていましたから"

 

「……ミカがかい?……いや、何でもない、続けてくれ」

 

ヒマリの口から出た言葉はにわかに信じがたかったが……他ならぬヒマリがいうのなら、事実なのだろうとセイアは飲み込んだ。

 

"そこからトリニティへ向かう道路を真っ直ぐ走行し……トリニティ領内へもうすぐ、と言ったところで十数分ほど停車したのち、引き返していきました……その後、ヒナさんの家に戻った物と思われます"

 

「……ふむ」

 

この件でゲヘナ側は何のアクションも起こしていない。

あの議長がこの状況を知っているなら、面倒ごとを引き起こさない訳がない。

 

それが、セイアの疑問を加速させていた。

 

そこに、ヒマリが口を開く。

 

"ここからは私の推測になります"

 

「……聞かせてくれ」

 

"ミカさんはゲヘナに向かった、と仰りましたよね?"

 

「ああ、ゲヘナ方面に向かったと聞いている」

 

"……それを踏まえるなら、ミカさんはゲヘナに向かったのち、ヒナさんと会って、保護されたのでは?"

 

「……ああ、なるほど……それなら、納得がいく」

 

「面倒事を避けたかったか、純粋な心配かは置いておいて……あり得そうな話だ」

 

万魔殿議長の空崎ヒナに対する行動は耳にするところだ。

もしヒナがミカを拾ったと知れば……これ幸いにと動き出すだろう。

 

"ええ。この様子を見る限り、ヒナさんはミカさんをトリニティに送り帰すつもりだったと思われます"

 

「────しかし、その道中で何らかのトラブルが発生した事により、ゲヘナに戻った……と」

 

"はい、そのようです。その後は特に動きもなく……ミカさんは、まだヒナさんの家に居る物と思われます"

 

「……そうか……」

 

セイアは困ったように唸る。

 

「……何が起きたかはわからないが、一度話をする必要がありそうだね」

 

「ヒマリ、ヒナに連絡を取りたい……仲介を頼んでもいいかい?」

 

"わかりました……セイアさんのモモトーク宛に、ヒナさんの電話番号を送っておきます"

 

「助かるよ……とりあえず、事態は急を要するかもしれない。一旦切らせてもらおう?」

 

"ええ、何かあったらまた連絡してください"

 

「ああ、君が居てくれてよかったよ、ヒマリ。ありがとう」

 

そうして、通信は一度切れる。

 

その十数秒後、携帯がふるりと震え、モモトークに空崎ヒナの電話番号が送られてきた。

 

「……さすが、仕事が早いね」

 

ひとつ息を吐いて、テーブルの上にあるマグカップを口に運ぶ。

 

送られてきた電話番号をタップすると、すぐにコール音が鳴り始めた。

 

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