"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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生存

 

夜:特異現象捜査部/ヒマリの部屋

 

 

「じゃ……後はよろしくね、部長」

 

エイミはそれだけ言って、そそくさと部屋を出た。

 

二人残された私たちの間には、気まずい沈黙が漂う。

 

(……余計な気を回したな、エイミ)

 

明日の事を詰め、身を清め終わって後は眠るだけ……といった頃、どう言う訳か"用事を思い出した"とエイミは本校に一度戻ると言い出した。

 

そして……"ルイさんに何かあったらまずいから、よろしくね"と、ヒマリに私の面倒を押し付けたのだ。

 

事実、今の私は抗生物質の点滴が無くてはすぐに傷が悪化して倒れるような状態。

 

……誰かが面倒を見てくれなければ危ない、というのは正しい。

 

しかも、義手は"無茶をするから"と取り上げられた。

その辺りの信用を失った自覚はある以上、私は何も言い返せない。

 

 

────つまり……エイミの意図するところを推察するのなら、

"ヒマリを頼り、そのついでに話し合え"とでも言いたいのだろう。

 

……エイミはヒマリの事になると妙な気を回す。

それに助けられることは多いが……今回はしてやられた。

 

……思考で無言に抗うのも飽きた。

ちらりと横にいるヒマリに目を向ける。

 

……彼女は変わらず、無言で私から顔を背けていた。

 

あの会議が終わってから、ヒマリはあまり目を合わせてくれない。

会話も淡白で、いつものように朗らかかつ尊大に言葉を掛けてくることもない。

 

(……愛想を尽かされた、か)

 

ただでさえ約束を破るような行動をして、その挙句……私は禁句を口にした。

彼女にとっては、許し難い程の裏切りに感じただろう。

 

「……ヒマリ」

 

彼女の方に向き直り、声を掛ける。

 

「……何でしょう」

 

唐突に発された私の声に、ヒマリは顔を逸らしたまま、ぶっきらぼうに返答する。

 

「すまなかった」

 

「…………」

 

ヒマリは沈黙したまま、ちらりと私の顔を見て……"ふい"とまた顔を逸らした。

 

……もはや彼女に私の言葉を受け取る気はないのかもしれない。

それでも、私はただ……謝りたかった。

 

「……愛想を尽かされても仕方のない事をした自覚はある」

 

「状況を含め、言い訳をするつもりは無い」

「結果的にとはいえ、君との約束を軽視してしまった事は事実だ」

 

頭を下げる。

 

「……ただ、意識を失う直前、最後に思い浮かんだのは君とセイアの事だ」

 

「……私を慕ってくれていた君達を置いて逝く事になるのが、私の最期の心残りだった」

 

その言葉を最後に、再び沈黙が起きる。

……返事はない。

 

静寂が喉にまとわりつく。

……真綿で首を締められるような、とはこの事なのだろう。

 

"ヒマリに嫌われた"。

そう考えるだけで動悸は激しく、息が詰まる。

 

 

 

……"日常会話に於いて迂遠な表現を用いるのは君の短所だ"

以前、セイアにそう言われた事がある。

当時は"君がそれを言うのか"、と笑ったが……確かに、それは私の短所なのだろう。

 

 

────本意を隠してきたつもりはないが、それでは伝わらない。

 

 

「……………………正直に、直接話そう」

 

意を決するように"すぅ"、とひとつ息を吸い込んだ。

 

 


 

 

ただ、少し意地悪がしたかった。

あれだけ無茶な真似をして、私達を心配させて、悲しませたのだ。

 

……それを反省して欲しかっただけ。

 

「……ヒマリ。君にまた会えて、また君と言葉を交わすことができて……心から嬉しく思っている」

 

"正直に話す"、と前置きして彼女がそう言った時……内心ではとても嬉しかった。

 

……それでも、私は沈黙を選んだ。

拗ねた子供と変わらない事は理解している。

それでも……彼女の無謀な行いを改めさせるためだと、私は顔を逸らした。

 

「…………」

 

言葉を紡ぐにつれて小さく、悲壮の滲んでいく彼女の声に……少しだけ、胸が痛む。

 

「ヒマリ、君が私に愛想を尽かしたのだとしても……それでも私は、君を愛している」

 

「……約束を破っておいて、不躾な願いなのはわかっている」

 

「……だがせめて……せめて、目を合わせてくれないだろうか……」

 

「ッ……」

 

……聞いたことのないような、弱弱しい声。

 

ゆっくりと顔を向けるとそこには……沈痛な表情を受かべ、目を伏せる彼女。

 

(…………!)

 

私は今更、自分のしたことに気が付いた。

私がそうであるように……彼女だって、私を失うのは怖いんだ。

 

一度死をその眼前に捉えた彼女には、その寂寥がなお堪えるのだろう。

 

眼前の天城ルイはそれほどに、哀しい顔をしていた。

 

「……ごめんなさい」

 

謝罪が口を衝いて出る。

 

「少し、意地悪したかったんです……貴方にそんな顔をさせるつもりはありませんでした」

 

その言葉を聞いて、目の前の彼女はぱっと顔を上げる。

 

「……私が貴方に愛想を尽かしたり、嫌うなどと……そんな事は断じてありません」

「ですが……意図して冷たく接していたのは認めます」

 

「……貴方に無謀な行いを反省して欲しかったんです。すみません」

 

しっかりと彼女と目を合わせ、頭を下げる。

 

「……いいんだ、顔を上げてくれ」

 

そう答えた彼女の声には、喜色が宿っていた。

 

「君に心配をかけた私が何より悪い。故に……君は謝る必要はない」

 

「……君に嫌われたという訳でないなら……私は大丈夫だ」

 

その言葉は暗に"私に嫌われたくない"と伝えており、不謹慎ながらも私の気分を高揚させる。

 

 

(……彼女がここまで素直に伝えてくれたのなら、私も素直に……やり直すべきですね)

 

 

────すぅと息を吸い、吐き出す。

 

「……先ほどまでの振る舞いは、忘れてください」

 

そう言って、そっと彼女に身を寄せる。

 

「……おかえりなさい。ルイ」

 

傷と点滴に障らないようそっと首に手を回し、彼女の体温を確かめるように抱き寄せる。

 

「……ただいま、ヒマリ」

 

彼女は小さく答え、ゆっくりと私に体重を預けた。

 

「「…………」」

 

再び、沈黙が部屋を覆う。

 

微かに聞こえるのはお互いの息遣いと、鼓動の音だけ。

 

彼女と私の肌が触れ、体温が混ざり合う。

 

ぱた、と揺れた翼が私の背に触れた。

 

「……今の私は、君を抱き返せない」

「だから……今はこれが、私からの最大の愛情表現だと思って欲しい。」

 

彼女は耳元で小さく呟いて、翼で包み込むように腰に回した。

 

羽の一枚一枚が肌に擦れ、少しくすぐったい。

翼に囚われ、閉じ込められたお互いの熱が体を温め……より一層愛しさを溢れさせる。

 

「……愛していますよ」

 

溢れた愛を口に出し、ゆっくりと体を倒す。

 

"ぽす"、と小さな衣擦れの音と共に、私たちは抱き合ったままベッドに横たわった。

 

「……傷に障りありませんか?」

 

「……大丈夫だ」

 

「……なら、良かった」

 

そっとルイの頬に手を添え、優しく撫でる。

 

彼女はくすぐったそうに目を細め、ぴくりと体を震わせた。

 

「……ふふ」

 

そのまま、長いような、短いような……不思議な時間が流れた。

交わした視線は外れる事なく、語らい、触れあい……。

 

 

「……ルイ。ひとつ、お尋ねしてもよろしいですか?」

 

……この不思議な雰囲気に任せて、私は一つ質問をする事にした。

 

「……畏まらないでくれ、私に答えられることなら……答えよう」

 

彼女はゆったりと、リラックスした口調で返す。

 

「……死は、怖いですか?」

「貴方は死を、望んでいるんですか?」

 

「……」

 

彼女は驚いたように一瞬目を見開く。

困惑、あるいは動揺。……数秒の思考の後、彼女は答えた。

 

「……ああ、怖い。」

「そして……私は死を望んでいない。かつては"必要ならば"と思っていたが、今はその気も無い」

 

「君と、約束したからな」

 

彼女ははっきりと、そう返事をした。

 

"天城ルイにとって、死とは如何なるものか"

 

彼女が倒れてからというもの……その疑問は、私をずっと縛っていた。

 

彼女は自らの死を望んでおらず、恐れている。

 

当たり前でしかないその言葉が、私に大きな安心を齎した。

 

「……良かった。ですが……もう少しだけ、質問に答えてください」

 

勢いに任せ、もう一つの疑問も尋ねる事にした。

 

「……ああ」

 

「……リオと話しました。"貴方の身体は異常だ"、と」

 

「……自覚はしているのでしょう?」

「貴方ほどの人が、自身と他者の差異について気付いていないはずがありませんから」

 

「……理解している」

 

声に僅かな動揺が見られる。

 

「……なら、その原因について一度は調べているはずです」

 

「…………ああ。」

 

簡潔な、含みのある返答。

 

(……やはり、彼女は自分の体質について何かを知っていて、それを隠している。)

 

……それが体質状の問題や先天性の異常なら……共に背負えるかもしれない。

 

「……話してください。私に出来る事なら……何でも、力になりましょう」

 

決意を以ってそう告げると、彼女は一度瞑目し……逡巡の後、ゆっくりと目を開く。

その目には悲哀を覗かせつつも、確固たる意志が宿っていた。

 

「…………駄目だ。」

「君は知るべきじゃない……いや……誰も、知るべきではない」

 

「……この説明で満足してくれ、ヒマリ。」

「これが、私に出来る最大限の誠意だ。すまない」

 

そう答えた彼女は目を閉じ、これ以上の追及を受け入れる気は無さそうだった。

 

「…………わかりました」

 

小さな息と共に、僅かな失意を吐き出す。

 

「……不信を抱かれても仕方がない。」

 

ルイはそう呟いて、抱かれた腕の中から抜け出た。

 

「本当は君に、皆に隠し事をしたくはない。」

 

「……しかし、私は答えを封じる責任がある」

「本来ならこの説明をする事すら避けたかった。……頼む、詮索はしないでくれ」

 

彼女は真摯にそう伝えてきた。

 

(情報を封じる……?つまり、彼女の体質は後天的に変化した。あるいは……先天性のものであるとしても、他者にも感染、あるいは付与出来る物と見るべきでしょうか)

 

"詮索はするな"、と言われた傍から思考を始めた自分の頭に罪悪感を感じつつも、ルイに頷きを帰す。

 

(後天性だとして……なら、身体の防御能力を著しく変化させる病?あるいは……)

 

"身体の改造"。そこまで考えて、ヒマリは彼女が詮索を厭った理由に得心が行った。

 

そして……思考を止めた。

 

これ以上踏み込むのは得策ではない。

 

そして……"そうなってしまった"彼女に、深い憐憫を抱いた。

 

「……もし、頼りたくなったら……私はいつでも構いませんからね」

 

ただそれだけ、込められる慈愛を全て乗せたかのような甘い声色で伝える。

その言葉にルイは何かを察したようで……ふっと僅かに微笑んだ。

 

「……わかった、ありがとう。」

 

張り詰めた空気は弛緩し、再び甘い雰囲気が部屋に戻った。

 

 


 

 

「────もう、いい時間か」

 

ルイは名残惜し気にそう言って、身を起こす。

 

「明日の事もある、少し早いが……眠るとしよう。」

 

「ヒマリ、悪いがその前に点滴の交換を手伝ってもらっていいだろうか」

 

そう言って、彼女は立ち上がり……点滴パックを取り出した。

 

「ええ、勿論構いませんよ」

 

差し出されたパックを受け取り、拙いながらも指示通りに点滴パックを交換する。

 

無事、作業は滞りなく完了し、私たちは再びベッドに倒れた。

 

「……ヒマリ、ありがとう」

 

「……ふふ、この私に対する感謝は……いつまでも、忘れないでくださいね」

 

「……ああ」

 

向かい合ったまま、息が漏れるような……小さな笑いと共にゆっくりと目を閉じる。

ゆっくりと穏やかになっていく寝息を重ね……私たちは眠りに就いた。

 

 

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