早朝:特異現象捜査部/ヒマリの部屋
「────ん……」
目が覚める。
身を起こし、軽く伸びをしようとして……腕に繋がったカテーテルの事を思い出した。
「……はあ」
上げかけた腕を下ろし、ひとつ息を吐き出す。
隣で眠るヒマリは安らかに寝息を立てており、まだ目覚める様子はない。
「…………」
ベッドサイドに腰かけ、ふと時計を見る。
……時刻は五時過ぎ。準備を整えるには十分な時間がありそうだ。
(とりあえず、どうせ残っているエイミに頼んで点滴の交換を手伝ってもらうか)
そっとベッドを降り、点滴スタンドを押して部屋を後にした。
エイミの部屋に向かい廊下を歩いていると、曲がり角で見知ったピンク髪の生徒と出くわした。
「……ん、起きてたんだ」
「ああ、ちょうど今起きた所だ」
そう答えると、エイミは"ふぅん"と返す。
「で、部長とはどうだった?」
口角を僅かに上げ、興味津々、と言った様子でエイミは尋ねる。
昨日のあれは、案の定そういう意図だったようだ。
「……やはり帰っていなかったようだな」
「まあね、でも助かったでしょ?」
悪びれもせずそう答えたエイミにため息が漏れる。
「はあ……いつもながら、妙な気を回すなと言いたいところだが……」
「おかげで仲直りできた。……ありがとう。」
「そっか、なら良かった」
エイミはにこりと笑って、私の傍に立つ。
「とりあえず、点滴と包帯交換しよっか」
「……その前に、義手を返してくれると助かるんだが」
「終わったら返すよ。じゃ、行こうか」
「……そうだな」
午前:特異現象捜査部/エイミの部屋
それからしばらく。
技術的な準備はヒマリに任せ、私は外見を整えるためエイミの部屋に来ていた。
「ほら、座って」
「……ああ、頼む」
化粧台の前に座らされた私は、引き出しから取り出された大量の化粧品を前に悪い予感を感じていた。
「…………顔色を整えるだけでいいんだが」
リップやマスカラまで並べ始めたエイミに対して疑問を呈すると、エイミはじっとりとした目線をこちらに向ける。
「……鏡見た?今すごく顔色悪いし、自然な感じにするなら全体的に濃いめにした方が良いと思うよ」
ぐうの音も出ない正論を叩きつけられた。
「……余計な口を出してすまなかった、全て任せる」
「おっけー」
そうして、私はエイミの成すがままになるのだった。
「……確かに、いつも通り……なのか?」
鏡に映る私は、血色が良いどころか艶やかな唇に跳ねた睫毛。
……随分、本格的な化粧が施されていた。
「……これなら十分、取り繕えるだろう」
「手持ちの化粧品だとこんなものかな……まあ、映りを良くするならこれくらいしないとね」
「……そうか、感謝する」
私が小さく頭を下げると、エイミは"うん"と頷いた。
「じゃ、後は部長待ち?」
「いや……ヒマリの事だ、準備は済んでいるだろう」
「恐らく、現状は私待ちだ……詳細に言うなら、私の連絡待ちだが」
「……どういう事?」
「もう一人、当事者を増やす。そのための確認を取る必要があってな」
そう答えて、私は連絡用の携帯を取り出した。
正午前:特異現象捜査部/物置
「……さて、ヒマリ、用意はいいか?」
「ええ、問題なく……時間通りに始められますよ」
公示の放送を前にして、物置を片付けた空間に私は立っていた。
クロノススクールの放送システムを一時的にジャックし、私の生存を示す。
一度は敗した身、脅威として強い印象を与えるには相当に上手くやる必要がある。
(……体調が優れている、とはお世辞にも言えないが……仕方がない)
出来る事はやった、簡単なセットは用意してもらったし……通信関連はヒマリが何とかしてくれる。
一時的に点滴は外し、傷を隠し、化粧を整え、服も普段通り。
姿見に映る私は、どこから見ても健康体だ。
────それに、無事に彼女の確認も取れた。
……現在時刻は11:58。
もう間もなく、放送が始まる。
緊張はしていない。
「……よし、予定通りにいこう」
玉座に深く座り、私は開始を待った。
正午。
"────ブツッ"
鳴り響いたのは、マイクが切れたような音。
予定通りに時報が鳴ることはなく、モニターには代わりに一人の人物が映し出された。
"────ごきげんよう"
玉座に座っているその者は、今やキヴォトス中の人間がその名を知る────"魔王"。
"……私は天城ルイ。今は魔王と名乗っている。"
"クロノスには悪いが、放送をジャックさせてもらった"
"とはいえ、君たちの昼食を邪魔するのは本意ではない。手短に済ませよう"
妖しく口角を上げた魔王はそう前置きをして、立ち上がる。
"お気付きの通り……私はまだ生きている。"
"経緯を説明しよう"
画面の向こう側を見透かすような眼差しで、魔王は続ける。
"確かに、ゲヘナ自治区でSRTを名乗るごろつきに討たれ……私は倒れた"
大げさに動きを付けながら語り続ける。
"しかし……その場に居たトリニティの救護騎士団長、蒼森ミネにより救命を受け、私は一命を取り留めた。"
"君たちが知るところであろうあの死体……もちろん、あれは偽装だ。"
"偽装は私の指示でミネが行ったものであり、滞りなく遂行された。"
"おかげで、お前達が私の死を喜んでいる間に傷は完全に回復した……"
そう言って魔王はコートを広げ、腹部を見せる。
穴だらけにされたはずのそこに傷はなく、薄い傷跡が映るのみ。
"……ああ、それと……ミネを責めるのは止めてやってくれ、彼女は私に脅されていてね。"
カメラの前をうろうろと歩きながら、やや早口に呟くようにして話し続ける。
"仮にも命の恩人を咎人にする気はない。彼女は彼女の信念に従っただけであり、私はそれを利用しただけに過ぎない。"
"……とはいえ、君達がミネの事をどう考え、どうするかは好きにすればいい。私はそれを関知しない。"
そう言い切り、魔王はカメラに向き直った。
"さて、本題に移ろう……立場の表明、というべきか"
"私の目的は変わらない。"
"トリニティを潰す。……それと、私の邪魔をしたゲヘナも"
"……ゲヘナで失ったこの腕の事は忘れていない。その代償を支払ってもらう"
コートの袖をめくり上げると、鈍色をした義手が露になる。
カメラに向かって指を差し向けて一つ息を吐き、腕を下ろした。
"……ああ、それともう一つ"
"私を殺そうとしたSRTを名乗るごろつき……あれはシャーレ旗下部隊だった"
"……復讐、という訳ではないが……やられたままというのも癪に障る"
"私がその気になれば、あのごろつきを叩き潰すのは容易い。"
"……とはいえ、兵士の責任はその指揮官に取ってもらうのがSRT式だろう?"
"あのSRTはもういい。つまるところ先生……お前にその代償を支払ってもらう事にした"
"……お前をあの時殺し損ねた事を心底後悔しているよ。邪魔が入らなければ確実に成功していた。"
ふふ、と笑いながら語り、息を吐き出す。
"まあいい……近いうちに会いに行く。覚悟しておけ"
魔王は画面の向こうを指差し、恐ろしい笑みを向ける。
"さて……結論を言うと、トリニティ ・ ゲヘナ ・ シャーレ。私はこの三組織に対して宣戦布告する"
"それ以外には興味ない。私に敵対してもいいし、静観してもいい"
"しかし、邪魔をするのなら相応の態度を取るつもりだ。行動を起こすのなら、そのつもりでいろ"
そう言って、魔王はどかりと玉座に座った。
"……話は以上だ、君達が良い午後を過ごせることを祈っているよ。"
"────ブツッ。"
ひらひらと手を振る魔王を最後に映像は途切れ……元の放送に戻った。
昼:特異現象捜査部/物置
「……げほっ」
「……大丈夫ですか?」
ヒマリは心配そうに尋ねる。
久しぶりに声を張ったからか、声がかすれ……頭痛がする。
「……ああ、大丈夫だ……」
3Dプリンターで作った張りぼての玉座に座ったまま、項垂れる。
……視界が揺れる。体が重い。
「はあ……とても"大丈夫"には見えませんよ」
「今日はもう休んでください。反響はこちらで注視しておきますから」
ヒマリが差し出したブランケットを受け取る。
「ほら、そのコート脱いで。重いでしょ」
「……ああ、ありがとう……」
エイミは私のコートを脱がせ、そっと首に触れた。
氷嚢が触れたような温度差に、全身がぶるりと震える。
「……うわ、結構熱出てるよ……汗もすごいし」
「貴方の体温と比べて"結構"なら相当ですよ、エイミ」
「……すぐに点滴するから……辛いなら寝てていいよ」
「…………すまない、頼んだ……」
エイミがばたばたと駆けだした音が聞こえる。
じわりと視界が歪み、意識がフェードアウトしていく。
(……これは、思ったより────)