正午:トリニティ本校/ナギサの部屋
「……ナギサ、ナギサ!!」
ゆさゆさと肩を揺すられる。
「……セイアさん、もう放っておいてください!」
「……聞いてくれ!」
「ルイは生きていた、あの死体は偽物だ!」
拒否する私に怒鳴るようにして告げられた言葉が、塞ぎこんだ思考を引き起こす。
「────へっ?」
喉を通った空気が、妙な音を鳴らす。
「……ついさっき本人がクロノスの回線で放送を行ったんだ、とにかく来てくれ!」
腕を引かれ、ベッドから引き起こされる。
「ちょっ、待っ……!セイアさん……!!」
彼女らしからぬ力強さで部屋から連れ出され、寮の共用スペースにある大型モニターの前に座らされた。
「……録画をもう一度流す。人を集めなければならないから君はここで放送を確認しつつ待っていてくれ」
そう言って、セイアさんはすぐ近くに居た連絡員たちにてきぱきと指示を出し始めた。
(……私の知らない間に、セイアさんはとても強くなったんですね……)
そんな現実逃避じみた思考は、スピーカーより流れ出した声にかき消された。
"……ごきげんよう"
モニターに映る彼女は……まごう事なき、死んだはずの天城ルイだった。
同時刻:ゲヘナ自治区/ヒナの家
「……っ!?」
なんとなく流していた番組がプツリと切り替わり……突如映し出されたのは"魔王"。
「……!」
ミカは声にならない声を上げ、食い入るように放送を見ている。
"結論を言うと、トリニティ ・ ゲヘナ ・ シャーレ。私はこの三組織に対して宣戦布告する"
「なっ……!!」
その内容は実質、キヴォトス全体に対しての宣戦布告。
先生への殺害予告までも含む、極めて危険な物だった。
"……話は以上だ、君達が良い午後を過ごせることを祈っているよ。"
放送が途切れ、元の昼番組が始まる。
……それと同時に、ポケットのスマホがぶるぶると震えだした。
内容は容易に想像できる。
今すぐにでも風紀委員会に向かい、会議を開かなければ。
そう考えたところで、隣に居たミカが勢いよく立ち上がった。
「……ミカ」
「……うん、大丈夫。」
声をかけると、今までの悲壮に苛まれた声ではなく、芯の通った力強い声が返って来た。
「ルイちゃんが生きててくれたなら……私にはまだ、やり直すチャンスがあるって事だと思う」
「……今度こそ、止めないと。」
「……なら、うじうじしてる時間なんてないよね☆だから私、トリニティに帰るよ」
「ヒナちゃん……今までありがと!」
そう言って彼女が浮かべた可憐な笑顔は、蹲って泣いていたミカとは別人に思えた。
……いや。この可憐な笑みを見せる少女こそが、本来の聖園ミカなのだろう。
「……気にしないで。……必ず、彼女を止めましょう」
「うんっ☆」
固い握手を交わし、お互いの意思を示し合う。
「……残念だけれど、私は今すぐにゲヘナの会議に出席しなくちゃいけないから、もう出るわ」
ヒナはてきぱきと出立の用意をしつつ、ミカにそう告げる。
風紀委員メンバーに連絡を返しながら、セナにモモトークを送ると……即座に"かしこまりました"、と返事が返ってきた。
「……よし。セナを呼んだから、トリニティまで送って貰うといいわ」
「貴方も、急いで戻らないといけないでしょうから」
「それと……百合園セイアにはこちらから連絡しておく、心配しないで」
そう言って、ヒナはさらさらと紙に何かを書き、ミカに渡す。
「はい……個人用の電話番号よ、何かあったら連絡して。お互い、助けになれるはずよ。」
ヒナは上着を羽織り、玄関に立つ。
「ミカ、悪いけど貴方はここでセナを待っていて。十数分もすれば来るはずだから」
「わかった、じゃあヒナちゃん……またね☆」
「ええ、また。」
ヒナはそれを最後に、ゲヘナ本校へと駆け出した。
数度瞬きをする間に消えた彼女を目で追いながら、ミカは思考する。
(……"トリニティを、ゲヘナを潰し……先生を殺す"。そんな事はさせない。)
固く握られた拳が、その心情を示していた。
正午:トリニティ本校/医務室
「……」
蒼森ミネは、黙してルイの放送を聞いていた。
想起するは、直前に来た一本の電話。
"……ミネ団長、私だ。"
"……結論から言おう。私の生存が明らかになれば、真っ先に疑われるのは貴方だ"
"状況証拠が多すぎる……しかし、この事態に収拾を付けるにはこうするしかない。"
"……トリニティ外勢力からの干渉を受ける前に、貴方の関与を私から明かし……トリニティ側に証人として保護させようと考えている"
"連邦生徒会やヴァルキューレ、あるいは他勢力の武力干渉を跳ね除けるには、トリニティ側に保護されるのが最も安全だ。"
"これは推測だが……事情聴取を問題なく抜ければ一時的な保護観察処分程度で済ませるはずだ。セイアが上手くやってくれるだろう"
"……全ては私の責任であり、身勝手な話であることは自覚している"
"……当然、拒否してくれて構わない"
"その場合は、君の関与を全力で秘匿すると約束しよう。"
"……あるいは……私の元に来るか。"
"ミネ団長、貴方に選択を強いる事になってしまった事を心から申し訳なく思っている。"
ルイはそう告げ、返答を待つ。
それに対し、私は考える事なく返答した。
『……いいえ、私はここに残ります』
『それに、貴方がまだ生きている事は私の誇りです。隠す事などありません』
『……これも一つの責任の果たし方なのでしょう』
『本当なら、師である私が……貴方の苦悩に気付いて、救護するべきでしたから』
私がそう返事をすると、ルイは悲しげに声色を落とした。
"……ありがとう。そして……すまない。"
"一応、貴方が聴聞会で行う為のカバーストーリーはこちらである程度考えてある。"
『……わかりました、そのように答えましょう』
"……重ねて、感謝する、ミネ"
"では────────"
そうして……私はルイの協力者として、広く知られる事となった。
たとえ彼女の手の上で転がされているのだとしても……それが、私に出来る償いなのだろう。
"コンコン"、と医務室のドアがノックされる。
「……来ましたか。」
ミネは諦観を滲ませながら、扉に手を掛けた。
正午:連邦生徒会/本部
「……ッ!」
「……!!」
呆気にとられた私達に目もくれず、先生は膝から崩れ落ちた。
"……生きて、いたんだね"
"……良かった……!!"
殺害予告を受けたというのに、涙を流して笑う彼は……どうにも歪に見えた。
……一旦それは置こう。まず考えるべきは……あの放送の内容。
トリニティ・ゲヘナ・シャーレの三組織に宣戦布告し、近いうちに行動を起こすと。
……そんな事を言い出すなんて、正気とは思えない。
────それに……話と違う。
彼女が先生を殺そうとした、というのは虚偽のはずだ。
しかし、彼女は"あの時殺しておくべきだった"と。
明らかに食い違っている。
先生が魔王を庇うために嘘を吐いた?
……あり得ない。そんな事をする人ではない。
……今、私一人で考えても仕方がない、とにかく……皆を集めなければ。
周囲の生徒達を一瞥すると、皆こくりと頷いた。
「……先生、彼女が生存していたのは喜ばしいですが……これからの話があります」
「早急に、会議室まで来てください。」
"……うん、わかった"
涙を拭い、先生は立ち上がる。
"……今度こそ、止めないとね"