午後:トリニティ本校/議事堂
「……ナギちゃん、久しぶり」
唐突に目の前に現れたミカさんは、おずおずと私の前に近付いてくる。
「ミカさん、帰って……!それより、今までどこに────」
パニックに陥った私は、わたわたとそこまで言いかけて、もっと先に言うべき事があった事を思い出す。
「……いえ、まずは……」
深く、深く頭を下げる。
「……ミカさん、本当に……申し訳ありませんでした」
「……っ!」
「……そんなつもりではなかった、と言っても信じては貰えないでしょう。」
「それでも、謝罪させてください」
「……あのとき貴方に思ってもいない事を言って、八つ当たりをしてしまいました」
「二度と、二度とあのような事は致しませんので……どうか、私と、また……!」
「ともだち、に……!!」
溢れた涙が地に落ち、ぽたぽたと音を立てる。
────ああ、私は卑怯者だ。
泣けば許されるとでも思っているのか。
彼女を深く傷付けた癖に、挙句被害者ぶって涙を流すのか。
頭では理解しているが、一度溢れた涙は止まらない。
「ぐすっ……違っ、違うんです……!!泣く、つもりは……!!」
「……顔上げて、ナギちゃん」
涙を拭う事もできず無様に言い訳を続ける私に、ミカさんはそう声を掛けた。
「…………」
言われた通り、ゆっくりと頭を上げる。
涙で霞んだ視界からは、彼女の表情は伺い知れない。
────涙を振り落とす瞬きの間、私の身体を暖かい物が包んだ。
「……私も、無責任な事言っちゃったから」
ミカさんは、私を抱きしめていた。
「ミカ、さ……!」
震える腕を背に回し、力強く抱き返す。
「……ごめんね、心配させたよね」
ミカさんはそう言って私の首裏に手を回し、深く抱き込む。
「っ……ぐすっ、ごめんなさい……!」
「……泣かないで、怒ってないから」
「……はい……っ」
ミカさんは私が泣き止むまでの少しの間、優しく声を掛けながら抱きしめてくれていた。
「…………」
「……落ち着いた?」
「……はい」
「そっか」
ミカさんはそっと背に回した腕を離し……所在なく下がった私の手を取る。
「……ナギちゃん……仲直り、しよ?」
晴れた視界に映ったミカさんの笑顔は、本当に眩しかった。
「……はいっ!」
────こうして私たちはまた、元の関係に戻る事ができた。
side:セイア
「…………」
抱き合う二人を見て、セイアは微笑みを浮かべる。
"無事に仲直り出来てよかった"、とそう思った所で……この状況が過程から結果に至るまで全て自分達の行いの結果である事を思い出す。
(……そんな事を考える資格も、言う資格もないか)
内心で自嘲しつつ、ポケットに手を伸ばす。
(……何にせよ、空崎ヒナには感謝しなければね)
二人の邪魔をしないよう、無言で携帯を操作する。
"ミカは無事に帰ってきた、送ってくれてありがとう"
ヒナにそうメッセージを送って、ふうと息を吐くと……ミカがはっとしたようにセイアに目を向けた。
「……セイアちゃんも、心配かけてごめんね」
ミカはセイアに微笑みかけ、ナギサ越しに手を伸ばした。
彼女の無垢な微笑みに、セイアはちくりと胸が痛む。
(…………すまない、ミカ)
「……君が無事でよかったよ、おかえり……ミカ」
伸ばされたミカの手を取ると、彼女は"ぐい"と腕を引いて……セイアの小さな体を腕の中に収めた。
「……ただいまっ!」
数時間後。
夕方:連邦生徒会本部/会議室
「────では、三校協定の再締結と、本件を受けた臨時法の成立及び施行を、条項の再確認後に宣言します。各校代表の方、よろしいでしょうか」
三大校の代表を招いた会議はついに大詰めとなり、リンは最後に条項の再確認を問う。
"キキッ、異存ない……"
"異存ないよ"
"はい、問題ありません"
各校代表として参加している三人が順に肯定を返す。
"……私も、異存ないよ。ありがとう"
最後に先生の返答を確認し、リンは話し始めた。
「……では、始めましょう」
「三校協定の内容は以前の条項とほぼ変わりなく、魔王……天城ルイが不明な勢力の協力を得ている可能性を念頭に置き、適用対象を彼女本人のみから、関連すると思われる存在にまで拡大します」
「反対があるのなら、どうぞ」
「「「「…………」」」」
反対がない事を確認し、リンは次に移る。
「では、臨時法の条項に移ります。」
「第一条。シャーレは一時的に"当番制度"に対する権限を拡大。及び人数の制限を撤廃し、"当番"の生徒を無制限にシャーレに駐在させる事が可能になります。これは終日……24時間有効です。」
「第二条。"当番"として活動中の生徒及びシャーレ所属の生徒は、申請を行ったのち先生による許可を得る事で、登録した武器や車両等の兵器を所持、あるいは搭乗したまま各学校間を無制限に移動する事が可能になります。無制限の移動が許可される期間はこの臨時法が効力を発揮し続ける間、あるいは先生による許可の取り消しが行われるまで」
「第三条。シャーレは全ての学校に捜査協力の要請及び情報の開示請求を行う事が可能になり、それにより知り得た内容は好きなように扱って良いものとします」
「シャーレからの要請内容は全校に公開され、原則として拒否出来ません。やむを得ない事情がある場合に限り、当事校代表と連邦生徒会の代表、先生の三者を交えた場でその事情説明を行うものとし、それが認められれば免除、認められない場合は連邦生徒会により強制的に情報開示の執行が為されます」
「第四条、上記の条項は連邦生徒会或いは先生により無通告で失効、廃止出来るものとします」
「……以上になります、よろしいでしょうか」
"……ちょっといいかな"
リンがそう尋ねると、先生は小さく手を上げ、発言する。
"反対する訳じゃないし、全て必要な条項なのも理解してる"
"……やっぱり、ちょっと強権過ぎないかな?私が手綱を握っているから大丈夫、とは言ってあげられるけど……私や連邦生徒会を信じられない子たちは、どうしても怖がったり、反発してしまうと思うんだ"
"特に情報開示についての条項は、流石に……"
そこまで言ったところで、マコトが制止する。
"まあ待て先生、それは先ほどの議論で終わった話だろう?"
"あれに与すれば相応の対応を取る。という脅しだ、恐れさせるくらいで丁度いい。"
"そもそも、シャーレという組織は元々が超法規的機関だ。今更何を明文化したとて、大して変わりはしない……そうだろう?"
その言葉に補足するように、セイアが口を開く。
"マコト議長の言う通りだが……先生は恐らく、連邦生徒会の信用低下を懸念しているんだろう"
"確かに、この件で大なり小なり連邦生徒会の信用が悪化する事は免れない"
"……リン、連邦生徒会代表として……君はその事をどう考えているんだい?"
セイアの問いに、リンは眼鏡を"くい"と上げて、ゆっくりと返答する。
「連邦生徒会長の選んだ"先生"をお守りし、補佐するのも私の……連邦生徒会の役目です」
「……特に、現状は極めて危険です。多少のリスクや反発があるとして……それを呑み込む覚悟は持っています」
「私たちの心配をして頂けるのは嬉しいですが、先生はまずご自身の安全を最優先に考えてください」
そう言い切り、リンは先生を見遣る。
"……ありがとう、リンちゃん"
「誰がリンちゃんですか……」
先生の軽口にリンがそう返すと、先生は微笑みを浮かべて一つ深呼吸をした。
"……なら、私も異存はないよ、止めちゃってごめんね"
「……懸念はごもっともですので、御気兼ねなく。」
リンが先生の言葉にそう返すと、マコトが割り込むようにして尋ねる。
"……では、皆異存ないという事でいいか?"
"ああ。トリニティ総合学園代表・百合園セイアはこの臨時法の制定、施行に立ち合い、それを証明する。"
"……はい、ミレニアムサイエンススクール代表代理・早瀬ユウカは本臨時法施行及び制定に立ち合い、それを証明します。"
"ゲヘナ、羽沼マコト。立ち合い、これを証明する"
各校代表が証明を口にすると、リンは覚悟を決めたように頷いた。
「……では、連邦生徒会・統括室首席行政官、七神リン。本臨時法は満場一致により可決されました」
「これは本日20時に予定されている公示会見を以て、即時施行されます」
「皆さんにはお手数をおかけしますが、公示の際に使用しますので……今お送りした承認書に代表者のサインと、校章印をお願い致します。」
────そうして、魔王事案に対する臨時法案の議論及び、三校協定の一部改訂に関する会議は終了した。
夕:トリニティ本校/会議室
「……すみませんセイアさん、お任せしてしまって」
議論に際して、横で座っているだけだったナギサは申し訳なさそうにそう言った。
「構わないよ。君は病み上がりのようなものだ……あのような場は気疲れするだろう」
優しく返答し、セイアは椅子を立ちあがる。
「……折角再会できたのに、ミカを待たせるのは忍びない。君は早く会いに行くと良い」
「……セイアさんは?」
「私は承認書の書類を書かなければならないからね。もう少ししたら合流するさ」
「……ありがとうございます、セイアさん。では……また後ほど」
「ああ、また後で」
ひらひらと袖を振り、退室するナギサを見送る。
一人残されたセイアは、小さく伸びをして……椅子に座り直した。
(……情報開示についての規定及び強制執行。そして無制限の武力行使をルイに関連すると思われる存在に対しても行えるようになったという事は……暫くは、荒れるだろうね)
情報を引き摺り出し、敵を見極めるには絶好の機会だろう。
……ふとルイの面倒を看てくれているヒマリの身を案じる。
が、しかし……今の自分にはどうしようもない。
セイアは"はあ"、とため息を一つ吐き、扉に視線を向ける。
(……ルイの傍に居続けた私も、怪しまれるのは当然か)
どこの諜報員かは知らないが、扉の裏に気配がする。
仮にもティーパーティの会議室を覗き見などと不躾極まりないが……私は容疑者として十分に懸念されるべき存在であり、それが真実である以上、余計な真似はしない方がいいだろう。
(……どうしても、私が協力者だと知られるわけにはいかない。)
ヒマリの事だ……私が連絡せずとも、耳には入っているはずだ。
……今頃対策に奔走しているだろう。
罪悪感と諦観を飲み込み、万年筆を握る。
さらさらと承認書にサインをして、トリニティ校章の入った印を捺した。