"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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意図

夜:特異現象捜査部/医務室

 

 

「────……起きて」

 

肩を"とんとん"と何度も叩かれ、私は目覚めた。

 

「ん、ああ……おはよう……」

 

ぱちぱちと何度か瞬きをすると、滲んだ視界が澄んで、エイミの顔が映る。

 

「おはよ……ほら」

 

目を開けた私にそう言って、エイミは手を差し出す。

 

「ああ……」

 

差し出された手を握ると、エイミは腕を引いて私を引き起こした。

 

「……体調は大丈夫?」

 

「……おかげで、大分マシになった……今何時だ?」

 

「今は大体18時過ぎかな。ほら、体温計」

 

「ありがとう……」

 

受け取った体温計を腋に挟む。

 

「随分慌ただしい起こし方だったが……何があったんだ?」

 

私がそう尋ねると、エイミは思い出したかのように"あっ"と声を出した。

 

「放送を受けて色々あったから、起こしてきてって部長が……」

 

────ピピピ!!

 

体温計がエイミの言葉を遮る。

とはいえ、概ねの状況は把握できた。

 

「……38.1℃、まあ……回復した方だろう」

 

体温計をエイミに渡し、ベッドサイドに腰かける。

 

「……ほんとに大丈夫?」

 

「免疫反応が原因の発熱だ。点滴があれば徐々に良くなる」

 

ゆっくりと床に足を着け、立ち上がる。

冷たい床に肌が触れ、私の背筋がぞくりと震えた。

 

「……とはいえ、身体を冷やす訳にはいかない。何か上から着る物はないか?」

 

「えーっと……あ、着るタイプの毛布があった」

 

「部長のやつだからサイズ合わないかもしれないけど……まあ、無いよりはいいでしょ、はい」

 

手渡された毛布を受け取り、エイミの手を借りて羽織る。

確かに少しサイズが小さいが……オーバーサイズで外気が入るよりはマシだろう。

 

「ありがとう……では、行こうか」

 

点滴スタンドに手をかけ、私はヒマリの居るサーバールームへと向かった。

 

 


 

 

夜:特異現象捜査部/サーバールーム

 

 

「……おはよう、ヒマリ」

 

「ただいまー」

 

「お待ちしていま……ルイさん、その毛布は……」

 

「すまない。身体が冷えるのを防ぐために借りている」

 

「それは構いませんが……キツくないんですか?」

 

ヒマリは怪訝そうに尋ねる。

 

「……キツい」

 

私がそう答えると、ヒマリは"ふふっ"と笑った。

 

「……まあ、前を空けていれば問題ない」

 

「ならいいですが……念のため、私のブランケットをお貸ししましょう。この明星ヒマリの慈愛に感謝してくださいね?」

 

微笑みながらそう言って、ヒマリは膝にかかったブランケットを私に渡した。

 

「……ありがとう」

 

「いえいえ……まだお辛いでしょうに、冷えるサーバールームにお呼びしてすみません」

 

「……構わない。休ませてくれたおかげで熱は十分に下がった」

 

「38.1℃だってさー」

 

ヒマリを心配させまいとした言葉を、後ろからエイミが訂正する。

 

「……点滴があればすぐに下がる。心配しなくていい」

 

「……なるべく早く済ませましょうか」

 

ヒマリは申し訳なさそうに言って、手元のコントロールパネルを操作した。

 

……すると、背後のモニターに1枚の画像が映し出される。

それは何かしらの承認書のようで、見知った校章が三つ映っていた。

 

「……御覧頂いている通り、貴方の放送を受けて……シャーレ・連邦生徒会・三大校が代表を募って会合を開き……三校協定の改定と、貴方の確保まで、臨時法を施行する事を決定しました」

 

「……ふむ」

 

「その内容を大雑把に説明するのなら……」

 

「シャーレは無制限に生徒を"当番"として常駐させられるようになり、更にシャーレ所属の生徒は武装や兵器を所持したまま、各校を制限なしに行き来できるようになります」

 

「そして、シャーレは全校に対し捜査協力要請及び情報開示請求が可能になり、それは原則として拒否できません」

 

「……捜査協力はともかく、情報開示請求の拒否は不可能と思っていいでしょう。拒否が認められる条件は"連邦生徒会と先生が認めた場合"との事ですから」

 

ヒマリが述べた内容は、数時間で成立させるにはあまりにも無慮な内容だった。

 

「……ふむ、随分強引な事をする。とはいえここまでの事をするのなら、反発が起きるのは織り込み済みだろう」

 

「ええ、会合の内容を聞く限り……連邦やシャーレの信頼を落とす結果になってでも、貴方を捕まえる気のようですね」

 

「代表は……羽沼マコト、セイアに……早瀬ユウカか。その三者と連邦の主席行政官、先生のサインがあるところを見るに……これは実質的に"法に逆らえば、連邦と三大校が敵に回る"という脅しも兼ねている」

 

「捜査協力要請に、"当番"生徒の無制限動員が可能になった以上……山海経や百鬼夜行、レッドウィンター辺りの中堅も介入してくると見るべきか」

 

「……その通りです。貴方の敵は名実共に"キヴォトス"そのものと言えるでしょう……」

 

ヒマリは険しい顔でそう締めくくった。

 

「……望む所というには、荷が重いか」

 

ある程度勘案していたとはいえ、今の私には厳しい物がある。

今まで以上に慎重な立ち回りが求められるだろう。

 

「まあいい、それで……三校協定はどうなった?」

 

「あまり大きくは変わりませんが……貴方に協力したと思われる勢力に対しても、無制限の兵器使用が許可されました。」

 

「……なるほど、それは唯一のいいニュースかもしれないな」

 

「上手く異常機械群に敵視を押し付けられれば、敵視を誘導して効率よくあれらを破壊できるかもしれない」

 

私見を述べ、意見を求めるために視線を送ると……ヒマリはふいと目を逸らした。

 

「……では、その……悪いニュースを一つ」

 

「……聞かせてくれ」

 

明らかに挙動不審なヒマリに対してそう答えると、ヒマリはおずおずと口を開いた。

 

「明日の朝にでも、C&Cがここに立ち入り調査に来ると見ています」

 

「……何だと?」

 

「元々、私も容疑者の一人ではありましたから……明星ヒマリの善性を知っていたとしても、この深い知性をすれば、殊更怪しく見えるでしょうし……」

 

「それに、正直派手に動き過ぎたと言いますか……当然隠蔽はしていましたが、ミレニアムの情報局が機材や物資の注文や配送が多すぎる事を怪しんで、ここ宛ての荷物からおおよその支出を計算したそうなのです」

 

「……ヴェリタスの部費とは別にいくらか予算を頂いているとはいえ、流石に10桁後半ともなると……」

 

ヒマリはちょんちょんと指先を遊ばせながら、困ったように私を見る。

 

「……目を着けられている以上、いずれ調査の手は入るとは思っていたが……よりにもよって今か」

 

「……そうですね……シャーレの権限が拡張され、三校協定が改訂されたこのタイミングなら、"シャーレの要請を受けたシャーレ旗下部隊・C&C"という肩書で正当な立ち入り調査を行えますから……当然と言えましょう」

 

「確かにな……となると、時間は残されていないか」

 

「ええ……お休みのところを呼び出したのは、この件で打ち合わせるべきだと思いまして」

 

「……わかった。だが、その前にいくつか聞かせてくれ」

 

「ええ、貴方が気に掛けそうなことはおおむね把握しておきましたとも……ですので、何でも聞いてください」

 

誇らしげに"ふふん"と鼻を鳴らしたヒマリは、私の問いを待つ。

 

「では……ミネはどうなった?」

 

「ミネさんは"魔王の偽装工作に加担した"という罪状で"2ヶ月のトリニティ出校禁止及びティーパーティ情報局とシスターフッドによる保護観察"の処分が下されました」

 

「……概ね想定通りといった所か」

 

私へ協力した、という罪にしてはかなり軽く済んだ。

セイアの身を使って脅されていた上、尻尾切りにあったという点で情状酌量が認められたのだろう。

 

"救護の必要な所に救護を"。

そのミネの在り方を知る者は、彼女が悪徒を"救護"こそすれど、悪に与する事はあり得ないと知っている。

 

……だからこそ、ミネが私に手を貸してしまった事を強く責められないのだ。

あの蒼森ミネが下したその決断が、彼女自身にとっていかに重いかを理解している故に。

 

「……本当に、ミネには申し訳ない事をした」

 

ふと、脳裏にセイアの姿が浮かぶ。

 

「…………ティーパーティの三人はどうしている。ナギサは立ち直れたのか?ミカは無事に戻ってきたか?」

 

私が捲し立てるように尋ねると、ヒマリはにこりと微笑んで、返答する。

 

「ええ、ミカさんは無事に戻ってナギサさんと仲直りできたようですし……私が見た限りでは、ナギサさんもある程度は立ち直れたようですよ」

 

「……ですが、一部ではセイアさんを容疑者として警戒する派閥が出始めました。」

 

ヒマリのその言葉を聞いて、私は"ふむ"と声を漏らした。

 

「ミネの関与が公に出た今、私と共にいた彼女も疑われるのは仕方がないか。」

 

とはいえ、証拠はない。

セイアの関与を追及するのは不可能だ。

 

「……それで、どこの派閥だ?余計に騒ぎ立てて分断を煽る気なら、相応の対処を取る。」

 

「それに関しては、貴方が対処する必要はありませんよ」

「ティーパーティ情報局はそれら分派の声を"聞き入れる"形で、護衛も兼ねてセイアさんに監視を着けました」

 

「……"それにより、当該派閥の代表者は納得したようだ"……と情報局の報告書に記載されていました、暫くは様子見に入るでしょう。」

 

「セイアさんは監視が付いた事に気付いているようでしたが……これにより残念ながら、お互い迂闊に連絡は取れなくなりました」

 

「……そうか」

 

「寂しいでしょうが、今はこの私で満足してください」

 

ヒマリは茶化すようにそう言ったが、その声色は真剣に私を慰めているようだった。

 

「……ありがとう、ヒマリ」

 


 

それからいくつかの質疑応答を行い、私はおおよその状況を把握できた。

 

「……よし、現状は把握できた」

 

「時間をかけてすまなかった。……では、C&Cの立ち入り調査について話を戻そうか」

「喫緊の問題とはいえ、つぶさに考える必要がある。ゆっくり話そう」

 

「ええ、私達の今後を左右する問題ですので……慎重に、考えましょうか」

 

お互いに腰を据え、ヒマリと目を合わせる。

 

「まずヒマリ、君がどう考えているか聞きたい……いいか?」

 

私がそう尋ねると、ヒマリは待っていたとばかりに手元の端末を操作した。

 

「まず……私としては、ミレニアムと事を構えるにはまだ尚早だと考えています」

 

「特異現象捜査部としての立場を失う訳にはいきません、私には役目が残っていますから」

 

「同意見だ」

 

「しかし、今の貴方を放り出すような真似もできません」

 

そう言って、ヒマリは神妙な表情を浮かべた。

 

「ですので……チーちゃんと一度、話していただきたいのです」

 

「チーちゃん?……各務チヒロか?」

 

「ええ……ミレニアムの捜査網はヴェリタスに大きく依存していますし……彼女の協力、あるいは理解を得られれば……少なくとも、この窮地は脱せるでしょう」

 

「……私は各務チヒロの事を知らない。君から見て、彼女はこの状況で協力を得られるような人物なのか?」

 

「……少なくとも、対話には応じてくれるはずです。そして……破談に終わったとしても、彼女は秘密を守ると私が保証します」

 

(……ヒマリがそこまで言うのなら、信用には足る人物なのだろう)

 

「……わかった。一度話してみよう。……今から取り次げるか?」

 

私がそう尋ねると、ヒマリはにこりと笑った。

 

「ふふふっ、実は……既にお呼びしています」

 

「……ほう」

 

「差し出がましい真似だとは思いましたが……私はチヒロを信頼しています。残った時間も少ないですし……"善は急げ"、という事です。」

 

「……切迫している状況を案じての行動である事は理解するが……今後は一言相談してくれ」

 

「……はい」

 

そう苦言を呈すると、ヒマリは珍しく"しゅん"とした様子で、小さく謝罪をした。

 

「謝らないでくれ……言い方が悪かった。私は眠っていたし……判断自体にはむしろ感謝している。ありがとう」

「それで……チヒロに何と言ったんだ?」

 

「"重要な話があるので、今から特異現象捜査部の部室に来てください"と」

 

怪しすぎるだろう。と言いかけて、とりあえずは話を聞こうと呑み込む。

 

「……それで、何と?」

 

「"用事があるから、21時ごろに行けると思う"……との事です」

 

「……ふむ、1時間以上時間があるな」

 

時計を見ると、今は19時半ごろ。

何もせず待つにしては少し長い。

 

「こうなった以上、チヒロと話してから考えるべきだし……」

 

「……じゃ、お夕飯食べたら?軽い物なら作るよ」

 

今まで黙って話を聞いていたエイミは、そっと私の傍に来た。

 

「ルイさんずっとご飯食べてないでしょ。点滴だけじゃ体に悪いよ」

 

エイミはそう言って心配そうに私の頬に触れる。

彼女の体温がじんわりと伝わり、冷えた肌を温める。

 

(……確かに、目覚めてから食事を摂っていないな)

 

エイミの言う通りだ、そろそろ慣らしていかねば体に悪い。

 

「ありがとう……だがまだ固形物を食べるには早い。スープを頼めるか?」

 

「おっけー、じゃ行こっか、部長は?」

 

「いえ……私は結構です。ありがとうございます」

 

ヒマリはそう言って、背後のモニターに向き直った。

 

「……では、私とエイミは少し外す、また後で」

 

「はい、また後で」

 

ヒマリにそう告げて、私とエイミは部屋を出た。

 

 


 

 

「……ご馳走様、美味しかった」

 

「お粗末さまー」

 

エイミの作ってくれたコンソメスープを完食し、エイミに食べ終わった皿を渡す。

 

「何から何まで面倒を見てもらってすまない、ありがとう」

 

「……今更?気にしなくていいよ」

 

私の感謝を受け流し、エイミは皿を洗い始めた。

 

(…………)

 

「……エイミ」

 

「何?」

 

「感謝している」

 

「……そっか」

 

エイミは小さくそう返して、皿洗いに戻った。

 


 

────1時間後。

 

食事を終え、ついでに点滴を交換し終わった私とエイミは、再びサーバールームへと戻ってきた。

 

「……ただいま、ヒマリ」

 

「お帰りなさい……会見はもう終わりましたよ」

 

「何か目立った事はあったか?」

 

「……ええ。先生は貴方が殺人未遂犯ではなく……あれは確保のために吐いた嘘だと会見で暴露しました」

 

「……そうか、まあいい。」

 

私がそう答えると、ヒマリは驚いたような表情を浮かべた。

 

「いいんですか?てっきり頭を抱えるものかと」

 

「いや……想定外ではある。」

 

"ふう"とひとつ溜め息を吐いて、説明する。

 

「しかし、先に嘘を仕掛けたのは先生だ。彼の信用を考えるのなら……"私が先生を庇った"と"先生が私を庇った"」

「彼を知る生徒がどちらを信じたくなるかは考えるまでもないだろう。」

 

「……先生が生徒に虚偽の罪を被せていた、というのも信じがたいだろうしな」

 

私がそう言うと、ヒマリは得心したように"ふむ"と声を漏らした。

 

「確かに……先生がそのような事をする、というのはにわかに信じがたいでしょう」

「私も実情を知らなければ、そのように考えたかもしれません。」

 

「ああ。そもそも、怒りや憎悪というものは一度芽生えてしまえばそう簡単には消えない。心配しなくていいだろう」

 

そう言い切って、エイミが淹れてくれたコーヒーを一口飲む。

 

「……ふぅ、そういう訳で……大した影響はないと判断した」

 

「……それどころか、いい影響すらあるかもしれない」

「チヒロとの対談で、先生の言葉は私を信用するに足るかの判断材料として十二分に大きな情報だろう。」

 

「……なるほど。ああ、それとチーちゃんなんですが……少し早く着くとの事で、もうすぐ────」

 

ヒマリがそう言った瞬間、"ピピ"と通知音が鳴った。

 

「……噂をすれば、ちょうど着いたようです」

 

「エイミ、チーちゃんを迎えに行ってください」

 

「おっけー」

 

ヒマリに頼まれ、エイミは慌ただしく部屋を出て行った。

 

「……さて、ここで話すのもなんですので……談話室に行きましょうか」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

────そのまま談話室に行く……事は無く、その隣の部屋に私は居た。

 

「……呼ばれるまで待っていればいいんだな?」

 

「ええ、まずこの私がお話して警戒を解きますので。それからお話してください」

 

「わかった。」

 

 


 

 

side:ヒマリ

 

(……さて)

 

ヒマリは車椅子に深く腰掛け、チヒロの到着を待つ。

 

十数秒ほどして、談話室のドアが開いた。

 

「……こんばんは、部長」

 

エイミと共に入ってきたチヒロは、どか、とソファに座ってヒマリを見つめる。

 

(警戒されていますね……まあ、当然ですか)

 

「こんばんは……呼びつけてしまってすみません」

「少し、お話したい事がありまして」

 

ヒマリの言葉を聞いて、チヒロは大きく溜め息を吐いた。

 

「はあ……この状況でそう言ってきた辺り、大体の予想は付くよ……もちろん、覚悟もしてきた」

「だから……説明して。それから決める。」

 

「……流石ですね、チーちゃん」

 

「では……ひとつ約束してください」

 

「この場で知った事は他言無用です、いいですか?」

 

ヒマリの言葉にチヒロはしっかりと目を合わせ、頷いた。

 

「わかった、それは約束する。……じゃ、そろそろ出てきてもいいんじゃない?」

 

チヒロが扉に向かってそう声を掛けると、小さな駆動音と共に扉が開いた。

 

 


 

 

side:ルイ

 

「気付かれていたか。……初めまして、各務チヒロ。」

 

「……初めまして」

 

点滴スタンドを押しながら、ヒマリの隣のソファに座る。

 

「まず、急な呼び出しに応じてくれた事、感謝する」

 

「そして……礼節を欠く姿での対話となった事を謝罪しよう」

 

私の言葉に、チヒロは眉間の皴を深める。

 

「……それは別にいい、要件を言って。」

 

チヒロは椅子に深く座って、睨むような眼差しを向けた。

 

「……では要件から話そう。明日に予定されているC&Cの立ち入り調査、その妨害に協力して欲しい」

「今の私はまともに動ける状態ではなく……逃げ隠れする事は叶わない」

 

「立ち合いの間、この建物の電子機器は全てローカルに隔離され、容疑者であるヒマリとエイミは監視下に置かれるはずだ。……故に、ヒマリや外部からの工作で妨害を行う事は期待できない」

 

「そこで……立ち入りの現場に居ても不自然でなく、情報開示義務のあるセミナーに属さず、かつ能力が高く……信用に足る人物。」

 

「……つまり、君の協力を仰ごうと考えたという訳だ」

 

要件の説明を終え、チヒロを見遣ると……彼女は呆れたように息を吐いて、眼鏡を"くい"と上げた。

 

「……そんな要求を呑むと思う?」

 

頷き、返答する。

 

「確かに、今のところ君に利のある提案には思えないだろう、故に……ひとつ、先に情報を明かそう」

 

「……私がここで捕まれば、ミレニアムは大きな傷を負う、これは間違いない」

 

「私がこうしてヒマリと共に居るように……ミレニアム内に協力者が複数居る」

「それが露見すれば、ミレニアムに私への憎悪がそのまま向かう事になる。それは避けたい」

 

「へえ……脅しのつもり?」

 

チヒロが煽るように言葉を返すと……隣で座っていたヒマリが口を開いた。

 

「……説明不足が過ぎますよ、まず目的から説明しては?」

「ただでさえ警戒を招く立場なのですから……自分から歩み寄らねば、リオのような性格になりますよ」

 

「ただ、貴方がどうしてもというのなら知性と言語化能力に溢れたこの私が────」

「いや、自分で説明できる。……ありがとう。」

 

おしゃべりにエンジンが掛かり始めたヒマリを制止する。

 

「すまない、協力を仰ぐ側として……確かに説明不足だった。」

 

「君が口外しないと約束してくれた以上、こちらとしては情報を隠す気はない」

 

「……とはいえ、一から十まで説明するには時間がかかりすぎる。」

「君の質問に答える形で、説明をさせてくれ」

 

そう言って私が頭を下げると、頬杖ついて聞いていたチヒロは腕を下ろし、私と視線を交わす。

 

「……ふーん、じゃあまず、目的って何?」

 

「わかった。私の目的は────」

 

 


 

 

「────つまり、トリニティとゲヘナの連帯を目的とした、いずれ来たる災害及び災厄に対するキヴォトス全体での危機対抗能力の向上だ。」

 

「シャーレの"先生"や異常機械群……"デカグラマトン"だったか?……それらを始めとする数々の変数により、いくらか寄り道をする事にはなったが、私個人の目的としては、それが第一だ」

 

「それに加えて、特異現象捜査部としてヒマリと共に様々な脅威を調査、対応している……というのが現状だな」

 

私の長々とした説明を黙って聞いていたチヒロは、説明を終えた私とヒマリを一瞥し、ひときわ大きなため息を吐いた。

 

「……終末論者っていうのは大変だね、付き合わされる周りがさ……」

 

チヒロは頭を抱えて、そう吐き出した。

 

「何とでも言ってくれて構わない。しかし現実として脅威が存在する以上、やる意義はある」

「成せる事を成さずして……易々と滅びを迎える事を、私は許容しない」

 

「……その為なら周りを滅茶苦茶にして、傷付けてもいいって?」

 

吐き出すような言葉に、淡々と回答する。

 

「命を落とすより幾分マシだろう。過程に固執していられる程、猶予は残されていない。」

「皆に苦痛や心労を強いている事は理解している、が……それは受け入れてもらう他にない」

 

それを聞いて、チヒロは黙考し……ヒマリの方に向き直る。

 

「はぁ……部長はどう思ってるの?アリスの件を考えるなら……部長がこんな計画に協力するとは思えないんだけど」

 

その言葉に、ヒマリはこくりと頷いて、ゆっくりと話始めた。

 

「"矛盾している"……当然、自覚はしていますし、その誹りは甘んじて受け入れます。」

 

「……私がルイさんに協力している理由をお話ししましょう」

 

そう前置きして、ヒマリは柄にもなく真剣な表情で口を開いた。

 

「正直に話すのなら……その、お慕い申し上げているといいますか……愛しているといいますか────」

 

神妙な雰囲気を湛えていたヒマリは声を上擦らせたかと思えば、唐突に惚気を語り始めた。

 

「……ぐッ!?」

 

「……はぁ!?」

 

不意打ちを食らった私が紅茶を喉に詰まらせた音と、意表を突かれたチヒロの驚愕が重なる。

 

「……げほッげほッ……!!ぐ……ッ傷が……!!」

 

不意に入った力が腹部に伝わり、激痛が走る。

 

「ま、まさか部長……この人と……!!」

 

「ええ、お付き合いしています」

 

飄々とチヒロに応えるヒマリの隣で、私は痛みに苦しんでいた。

 

「はあッ……はッ……!!ヒ、マリ……ッ!その話は、今じゃないだろう……!!」

 

「チーちゃんと私の仲ですし……それに、隠し事は誠実に咲く百合の如きこの明星ヒマリには似合いませんから」

 

「……あ゛~~~……」

 

これまでの張り詰めた雰囲気は霧散し、頭を抱えて唸るチヒロの声と、痛みに悶える私の声が部屋に響く。

 

「くくっ、ふ……っ」

 

ふと上げた視界の端に映ったエイミまで、声を殺して笑っている。

それを意に介していないのかわざとなのか、ヒマリは一つ息を吸って、神妙な雰囲気のまま話を続けた。

 

「……とはいえ実際に、リオから託された情報の中には、差し迫った脅威と呼ぶべき物もありました」

「それがある以上、万が一の事態に対応できるよう備えておく事は必要だと考えています。」

 

「……はぁ……ちょっと考えさせて……」

 

ヒマリの言葉を聞いた後……何度目かわからない溜め息を吐き出し、チヒロは頭を抱えて机に突っ伏した。

 

「はーっ……はあっ……」

 

一方、ようやく激痛が落ち着いてきた私は、深呼吸を繰り返していた。

 

「……大丈夫?」

 

いよいよ心配になってきたのか、エイミが私の傍に寄り、小さく尋ねる。

 

「ああ……落ち着いてきた……大丈夫だ……」

 

「驚かせてしまってすみません……親しき中では、変に隠し事をする方が信用を失うものですから……」

 

「……いや……謝らなくていい……その話をすると予想していなかった私が悪い……」

 

二人と会話しているうちに、チヒロはこちらの様子を見ていたようで、"ふふ"と小さく笑い声を上げた。

 

「……決めた、明日の立ち入り調査については……協力するよ。」

 

チヒロは微笑みながらも、芯のある眼差しで私の目を見る。

 

「でもやっぱり、私はヴェリタスを預かっている身として……それ以上の協力は出来ない。」

「うちの子達に禍根を残す訳にはいかないから、これっきりにして。」

 

「……約束しよう」

 

「うん、わかった……じゃあ最後に、二人きりで話したいんだけど……いいかな?」

 

チヒロが私以外の二人を一瞥すると、二人はこくりと頷いた。

 

「ええ、構いませんよ……では、私とエイミは席を外しましょう」

 

そう言って、そそくさとエイミとヒマリは部屋を出て行った。

そうして私とチヒロは二人、部屋に残される。

 

「……」

 

無言の中、チヒロの言葉を待っていると……彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「……秘密は絶対に守る、これは私の個人的な疑問を消すための質問。」

 

「……いいだろう」

 

「天城ルイ、君がそこまでする理由は何?」

 

問いかけられたのは、私が計画を始めたその理由。

 

(……協力者となる事が決まった今、彼女に隠す事も無いだろう)

 

「私はただ、友人や恋人を死なせたくないだけだ」

 

「私が恐れる破滅や脅威……その対策として、時間効率が最も優れていたのがこの計画だ」

 

「幸運にも、私には一人でその計画を実行するに足る力があり、知識があった。」

「結果として、それは愚かな驕りだったが……私は、一人ではなかった」

 

「……ヒマリのように、私を助けてくれる者たちの為にも、この計画は為されねばならない」

 

「……優しいんだね」

 

私の説明を聞いたチヒロは、ぽつりと漏らした

 

「優しい?……違う。私はただ身内に甘いだけだ」

 

「真に優しい人間とは、誰かに犠牲を強いるような真似はしない……私は所詮、身勝手な偽善者だ」

 

「そっか」

 

私の自嘲を優しく流し、チヒロは次の問いを口にした。

 

「……じゃあ、次の質問」

 

「あの放送。あれのせいで、キヴォトスは大混乱に陥ってる……貴方の目的を聞いたうえで、なおあの放送を行った意味がわからない」

 

「それに……シャーレに宣戦布告して、それどころか先生に殺害予告をするのは猶更理解できない、あれには何の意図があったの?」

 

……確かに、外部から見ても内部から見ても、意図を知らねばあの放送の真意は理解できないだろう。

 

「ああ……あれか」

 

「シャーレ旗下部隊との戦闘で私が死に掛けたのは事実だ」

「そして……蒼森ミネが私を守るために偽装を行ったのも事実。」

 

「……私が"死んだ"せいで、いくつかの問題が発生した」

 

「ティーパーティの桐藤ナギサは気を病んで倒れ、先生は私に罪を被せた事を告白しようとし、それを阻止しようとした連邦に軟禁された……」

 

「その結果としてトリニティは一時的に機能不全に陥り、先生不在によりキヴォトス中で著しい治安の悪化が見込まれた。」

 

「私としては、それは避けたかった……そして、それらの問題をまとめて解決する手段が、あの放送だ」

 

「本音を言うのならもう少し身を隠していたかった。だが、そうも言っていられなくてな」

 

「それと……情けない話になるが、私は一度負けている。」

「生きていたとて、侮られるのは当然だ。しかし……侮られては、計画に支障が出る。」

 

「故に……強い衝撃を以て、魔王に対する畏怖を取り戻す必要があった」

 

「そこで、検討の結果……最も都合が良かったのが"シャーレも攻撃対象と宣言する"事だ」

 

「それには桐藤ナギサと先生の信頼低下を防ぐ意図もあった……尤も、それは先生の暴露により失敗したが。」

 

「それが、あの放送の真意?」

 

「そうだ」

 

私の言葉を聞いて、チヒロは瞑目し、思考する。

それから少しして、口を開いた。

 

「……先生の事はどう考えてるの?」

 

「私個人としては"善人、かつ優れた指導者ではあるが……危機感が致命的に欠如しており、私とは違う思想を持つ者"だと考えている」

 

「彼の死がキヴォトスの破滅に等しい現状で……彼がノコノコと表を歩き回っているのを見るたびに、頭を抱えたくなる」

 

「まあ、それはわからないでもないけど……でもそれが"先生"だし……」

 

「はぁ……一度、警告したんだがな。」

 

「え、した事あるんだ……」

 

「トリニティで会った時にな。とはいえ敵対者からの叱責など、聞き入れようはずもない」

 

「……まあ、それはいい。質問は終わりか?」

 

私がそう尋ねると、チヒロは目線を泳がせ……ひとつ息を吸った。

 

「あー……一応聞いていい?」

 

「ああ」

 

「部長の事、どう思ってるの?」

 

「……愛している」

 

「……そっか、わかった」

 

そう返事をして、チヒロは大きく伸びをした。

 

「……ん~……あぁ……」

 

「ま、聞きたい事は聞けたかな……」

 

「部長?どうせ聞いてるんでしょ、話終わったよ」

 

チヒロがそう言うと、扉が開き、ヒマリが入室してくる。

 

「丁度今戻ってきましたが……どのような事をお話ししたんですか?」

 

白々しく白磁の頬を朱に染め、ヒマリは私の傍に車椅子を寄せる。

 

「聞いていただろう……」

 

ニコニコと喜色を隠さないヒマリは、微笑んでチヒロと向き直った。

 

「さて……そろそろ、明日の作戦会議に入っても?」

 

「はいはい……」

 

 

────そうして、作戦会議が始まった。

 

 

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