夜:調査報告会
────臨時法の施行から1日が過ぎた。
激動の一日を経て、仕掛け人でもある三大校や連邦の代表がオンライン上で集まり、各校の調査結果と現状を報告するために予定された会合は……想定外に難航していた。
それもそうであろう。
この場に居る全員が、流石にここまですれば尻尾は掴めずとも、羽の一枚程度の痕跡は出てくると考えていたからだ。
しかし、結果としては完全な空振り。
シスターフッドやティーパーティを含む全組織の内部調査及び、容疑者と疑われる生徒の事情聴取を行ったトリニティ。
ミレニアム内でも最高レベルの機密を扱う組織、"特異現象捜査部"に対する立ち入り調査を行ったミレニアム。
校内に存在する不良組織に対して越権すれすれの弾圧を行い、情報を絞り出そうとしたゲヘナ。
連邦とシャーレの強権を振りかざし、ハイランダーからオデュッセイアまで。キヴォトス内の全校に対する情報開示要請を行った連邦生徒会・シャーレ。
それら全てを以てしても────何も出てこなかった。
否。"何も出てこなかった"という結果が残った。残ってしまった。
ミレニアム代表として参加していた早瀬ユウカは、調月リオの不在で重責を背負う中……ひとつの決断を下す。
「……皆さん、少しよろしいでしょうか」
集まった代表の中で唯一の二年生であるユウカは、緊張を滲ませつつ、口を開いた。
"ユウカさん、どうかしましたか?"
"キキ……何だ?言ってみるがいい"
ナギサとマコトが発言を促すと、ユウカはゆっくりと話始めた。
「この結果に、一つだけ心当たりがあります」
「痕跡を完全に抹消し、あらゆる追跡を振り切れる存在……」
「……いえ、一つ、と言いましたが、正直に申し上げるのならば二つです」
"特異現象捜査部"明星ヒマリの関与が否定された以上、言及を避ける訳にはいかない。
「一つは、ミレニアム禁足地及び、アビドス砂漠内で確認されている"デカグラマトン"」
「二つ目は……ミレニアムサイエンススクール"セミナー"会長の……調月リオ」
"ビッグシスター、調月リオ……奴の関与は私も想定していた……しかし、デカグラマトン、とは何だ?"
「今からご説明します……私としては、リオ会長の関与の線は薄く、かの"デカグラマトン"が関与している物と考えています」
マコトの発言にそう返し、ユウカは一つ深呼吸を挟んだ。
「……この情報はミレニアム最高機密の内の一つですので……どうか、この場では留め置くのみで、外部にはまだ漏らさないようお願いします」
その言葉に、参加している面々が口々に同意を返し……ユウカは頷いた。
「では……先日私が受けた報告、その全てをお話しします」
「皆さん、アビドス砂漠で確認されている"ビナー"という所属不明、目的不明の大型兵器の事はどこかで聞いたことがあると思います」
「……"デカグラマトン"、それはかの"ビナー"が属する、解析不能な技術で作成された異常な機械群の、製造者であると思われる物の名です」
"ビナー"。その名はある程度立場や知見の有る者なら一度は聞いたことのある存在。
アビドス砂漠に突如出現し、我が物顔で砂漠を自律潜行する生物めいた巨大兵器。
それに対する調査や攻撃は悉く失敗し……今や、触れない事が最大の対策と認知されている、明示された脅威の一つ。
"ほう……あれの制作者か……"
"アビドス砂漠から出てこない以上、放置が得策と判じていましたが……"
「……順を追って説明させてください」
驚いたように呟いた面々を軽く制して、ユウカは説明を始めた。
「ミレニアムには元々、"所属無し" "製造元不明" "目的不明" の異常なオートマタが徘徊している……という内容の"異常機械群"という噂が存在しました」
「情報統制によりそれらは噂と認識されていましたが……事実、存在しています」
「特異現象捜査部はそれを含む異常現象を捜査する部活であり、かねてより"異常機械群"を追跡していました。」
「そして……先日の事です。特異現象捜査部がミレニアム禁足区内で調査を行った際、正体不明の存在による攻撃により、現地に赴いていた特異現象捜査部の通信機器をハッキングし、破壊。」
「司令部との通信途絶状態に陥った部員達を"多脚戦車"……後に"KETHER"と判明する大型兵器が強襲するという事象が発生しました」
「……司令部が送った援軍のお陰で奇跡的に死者は出ませんでしたが、相手に明確な殺意があり、死者が出る可能性は大いにある危険な状態だった……と報告を受けています」
「……そして、撤退する際に破壊された脚部を回収し、解析した結果……出てきたデータがこれです」
"< DECAGRAMMATON / SEFIRAH-1 = "KETHER type V" >"
"……これは……"
チャット機能を使って送信された文字列にナギサが表情を強張らせ、呟く。
「……はい、お気付きの方も居るとは思いますが……KETHER・BINAH……これらは"生命の樹"と呼ばれる世界創造の図式に含まれる"セフィラ"の名です」
「先日判明したばかりですので、有識者からの言葉をそのまま伝えるなら……KETHERは第一セフィラ、BINAHは第三セフィラ……それに、もう一機、名称不明の機体が確認されています」
「つまり……あと7機、それらに類する大型兵器が存在するものと思われます」
そう言い切って、ユウカは用意された水を一口飲む。
最高機密を他校に公開する。しかも……自らの判断で。
理路整然を装い、努めて冷静に語ったつもりだったが……半ばにして、ユウカの喉は緊張でカラカラに乾いていた。
「……経緯は以上です。根拠に映りましょう」
ペットボトルを置き、続きを話し始める。
「先ほど述べたように、明星ヒマリ率いる特異現象捜査部の通信システムを一瞬にして……報告によると、確か0.00002秒でハッキングし、破壊しています」
「……魔王が電子戦でミレニアムを凌ぐ力を持ち、痕跡を残さないのは、"デカグラマトン"の助力を得ているから。という予測を立て……極秘裏に調査に当たっていましたが……難航している、というのが現状です」
「……私が把握している事は、これで以上になります」
ユウカが説明を終えると、報告会は無言に包まれた。
"…………"
"…………"
「…………」
数十秒ほどの沈黙の後、口を開いたのは……桐藤ナギサ。
"……ユウカさん、この場で留め置いて欲しい、という事は承知いたしましたが……"
"生命の樹やセフィラ等に関しては、こちらである程度調べられるかもしれません"
"それに際して、ティーパーティ情報局内へ調査の要請を出すに当たり……情報の一部公開を許していただきたいのですが……"
そう尋ねたナギサに、ユウカは小さく唸る。
「……わかりました。ですが……情報の漏洩は避けてください」
"勿論です"
ナギサの答えに続き、マコトが口を開く。
"ふむ……つまり、貴様らミレニアムの領内に奴の協力者が居る、という事でいいんだな?"
"ならば話は早い。先生にでも頼んで、連合部隊を投入すればいいだろう"
"やるのなら早ければ早い方がいい、このマコト様率いる万魔殿が指揮を執ろう!!"
高らかにそう宣言したマコトに対し、無言で議事録を録っていたアオイが口を挟む。
"マコト議長、少し待ってください。"
"私は連邦代表兼、シャーレの代理として参加していますので……ご忠言を"
"ユウカ代理。先ほど、KETHERは明確な殺意を以て襲ってきた……と仰いましたよね?"
「はい、そう報告を受けています」
"……でしたら、ビナー程の戦力を複数有すると想定される相手に対して、無暗な戦力の投入を行う事は我々連邦生徒会として、シャーレ代理として容認しかねます"
「……アオイ代表に同意します。先の事象を鑑みるに、無人機やヘリなどの航空兵器、熱探知ミサイルなどの兵器は容易に無効化されるでしょう」
「通信が妨害されれば各個撃破に遭う可能性も高く、更にミレニアム禁足区は所々崩壊しており……戦車等の車両を用いた作戦も難しいです」
「少なくとも、ミレニアム禁足地内に人員を送っての戦闘は避けるべきかと」
"……なるほどな……兵器の使用が厳しいとなれば、万魔殿の誇る戦車部隊や機動部隊も意味を為さん……ましてや相手が本気で殺しにくるとなれば、人員の派遣は行えない。……貴様らの言う通りだ。"
アオイとユウカに窘められたマコトは、困ったように唸った。
"……まあいい、何か行動を起こすのなら声を掛けるがいい、万魔殿は貴様らの力になろう"
そう告げて、再び沈黙が募る。
しばらくして、アオイが口を開いた。
"……もう20時になります、一旦ここで切り上げましょう"
時計を見ると確かに20時前。
この報告会は18時開始のため、既に2時間近く経っていた。
"そうですね、私も情報局との話がありますので、そろそろ失礼しようかと"
"ああ、私も少しやる事がある故、失礼しよう"
「……では、今日はここで解散という事でいいですか?」
その問いに、皆は口々に賛同を返し……報告会は無事終了した。
夜:D.U区画/シャーレ
「……以上よ」
"大体わかったよ、ありがとう、アオイ"
アオイが報告会の内容の纏めを伝えると、先生はにこりと笑ってアオイに感謝を述べた。
先生は既にミレニアム側からデカグラマトンに関してある程度の情報を得ていた故、余り驚いてはいなかった。
────むしろ、その内容に疑心を抱いていた。
(デカグラマトン。それが生徒を脅かす存在なのは間違いない……だけど、本当に天城ルイがそれと手を組んでいるのかな)
デカグラマトン。その目的が見えない以上、天城ルイの目的も見えない。
伝え聞くかつての彼女の振る舞いからして、そのようなものと組むとは考えられなかった。
(そして、ヒマリの疑いが晴れた……か。)
今日行われた立ち入り捜査によって、明星ヒマリの疑いは晴れた……という事になっている。
しかし、以前彼女は何かを知っているような振る舞いを見せた。
……だが、それについて無理に追求しても彼女は答えてくれないだろう。
とはいえ、明星ヒマリは少しやりすぎるきらいはあれど……疑いようのない善人だ。
彼女が黙するべきと判断したのなら、私もそれを信じる。
……今は、私に出来る事をしよう。
そう考えて、先生は机に向き直り、携帯を取り出した。