"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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対等

 

夜:トリニティ/セイアの部屋

 

 

報告会を終えたナギサは、古書館内に知己の多いセイアへの情報共有を行っていた。

 

「────古書館の記録調査の件、了解したよ」

 

「……ありがとうございます。口頭での引き継ぎになってしまい、すみません」

 

「……仕方ないさ。最高権力者として、私は信頼に足らないようだからね」

 

先日の放送を受け、協力者疑いがあるとして主要な業務から退く事になったセイアは、少し名残惜しそうに答える。

その言葉を聞いたナギサは、僅かに表情を濁らせた。

 

「……そのような事を仰らないでください……すぐに、疑いは晴れるでしょう」

 

「そもそもこれは分断を画策する者たちに対する、あくまで一時期な措置ですので……ティーパーティ内部では、セイアさんを本気で疑っている物は殆ど居ません」

「疑いが晴れれば、すぐに……」

 

取り繕うように語ったナギサの言葉にセイアは優しく首を振った。

 

「いいや……良い機会さ。正直に言うのなら、"予知夢"という力を失った私はこの立場に相応しくない」

「緩やかにこの立場を他の人間に譲っていけるのなら、それに越した事も無いだろう」

 

事も無さげにそう言ったセイアに、ナギサの心痛は高まる。

 

「…………私は、予知夢があったからセイアさんを信頼している訳ではありませんよ」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいが……力不足はかねてより痛感している。」

 

「……本音を言うのなら、私はこのように椅子にもたれながら静かに本を読んでいるのが元来性に合っている」

 

「トリニティという群体が、私という存在を不要としてくれるなら、これほど気楽になる事もないさ」

 

そう言って"ふふ"と自嘲したセイアに、ぐらぐらと暗い感情がこみ上げる。

あふれた感情を言葉に固めようと深呼吸するが、上手くいかない。

 

……それでも、今ここで心中を伝えなければ、セイアさんを引き留める事なんかできない。

ゆっくり、はっきりと乱れた息を束ね、言葉を縫う。

 

……どうせ、ここには私達だけだ。……取り繕う必要なんかない。

 

「……セイアさん」

 

「なんだい?」

 

「……貴方も、私を置いて行くんですか」

 

実直な言葉が刃を持ち、セイアに突き刺さった。

 

「……」

 

セイアは驚いたように瞼を開き、次の言葉を待っている。

既に切っ先を吐き出してしまった今、本心を告げるしか、私には道は無い。

 

「……卑怯な言い方であることは存じています。それでも……私を、置いて行かないで下さい」

「ミカさんは任を解かれ、ルイさんはトリニティを去り……私達と敵対しました。」

 

「……本音を言わせて頂けるのなら……寂しいんです」

「セイアさん。自らの無力を感じているのは、私だって同じなのです」

 

「……かつての過ちを経て、尚もこの場に立ち続けるという事の意味を、私は今更になって痛感しています」

 

「……セイアさん、どうか……お願いです。私は、私たちは、貴方が居なくては……!」

 

「……ナギサ」

 

心からの言葉は、確かにセイアに届いたようだった。

そして、セイアは困ったように眉を下げ、ゆっくりと語り始める。

 

「勘違いさせてすまなかったね……別に、今すぐに退くという訳ではないよ。しかし当然、然るべき時はいずれ来るだろう」

 

「……君を一人にはしないさ。それに、誰とも知れぬ輩を君の隣に座らせる気はない」

「ただ……予知夢を失った私には些か荷が重い、という話は事実だ」

 

「故に、私や君が心から信頼できる人間が、代わりにこの座に就くのなら……それに越した事はない。というだけの話さ……」

 

どこか諦観を滲ませ、そう言ったセイアにナギサは安堵したように息を吐いた。

 

「……セイアさん」

 

小さくその名を呼んだナギサに、こくりと頷きを返した。

 

「それに、我儘な話にはなるが……やりたい事が増えたんだ」

 

「……やりたい事、ですか?」

 

そう尋ね返すと、セイアは"ああ"と小さく答える。

 

「知っての通り……予知夢を失ってから、私の虚弱体質は著しい改善が見られた」

 

「ルイの元に居た時、何度か彼女の診察を受けた。"回復傾向にある、普通の人間のように走り回れるようになる日も遠くはない"と、そう言われたよ」

 

「ミネの診察でも、同じ事を言われた……とはいえ、彼女たちは変わらず、私の身体を心配しているようだったがね」

 

どこか自嘲気味にそう言って、セイアは続けた。

 

「……最初に私がルイの元から戻ってきた時、私が救護騎士団の講習を受けた事は聞いただろう?」

 

「ええ、まあ……」

 

"セイアさんが救護騎士団の講習を受けた"という事は当然知っている。

 

なぜなら……彼女は並々ならぬ熱量で、本来ならば1か月以上かかって修了する課程を10日もかからずに終えてしまったのだ。

 

……当然、"あの病弱な百合園セイアが"という評判はすぐに私の耳にも届いた。

 

「……好奇心の発散を書や映像に頼らず、自らの脚を以て文字通りに"体験"する。その経験が私にはとても、とても刺激的で……心地いいものだった」

 

「……その時気付いたよ。意のままに動く身体とは、かくも素晴らしい物だったのか……とね」

 

ふふ、と微笑んだセイアの表情は、儚げな普段の印象からは離れた、年相応の少女のように明るいものだった。

 

「今まで私は、理屈や理論は知っていても、体験する事は叶わなかった。」

 

「……"百聞は一見に如かず"、とは百鬼夜行の諺だが……まさに、その通りだね」

 

「……今ここで彼女の話をするのもおかしな話だが……どんな事にも手を出すルイの気持ちが良くわかったよ」

 

そう嬉しそうに語ったセイアを見て、ナギサは逡巡する。

 

"彼女は今、ようやく自由に動けるようになった。そんな彼女を、ティーパーティの椅子に縛り付け続けるのは酷ではないか"と。

 

黙り込んだナギサに対して、セイアはゆっくりと口を開いた

 

「ふふ、その顔を見れば……君の考えている事はわかる」

 

「私の事は気負わなくていい。それに、先に言った通り、少なくとも事が落ち着くまでは私はここに居るつもりだ……その後の事は、今は置いておこう」

 

「…………」

 

惜しむような無言を湛えたナギサに、セイアは優しく続ける。

 

「まあ、君達に庇護され続けるのも悪くはないが……ようやく、私は自分の脚で立てるようになった。……今は、それを祝福してほしい」

 

セイアが告げたその言葉に、ナギサは今まで"百合園セイア"という人間を、真の意味で対等には見ていなかったことに気付いた。

 

「……すみません」

 

「……?なぜ謝るんだい?君が謝る事はないだろう」

 

「いえ……私は、貴方を無意識に庇護対象として……対等に見る事が出来ていなかったと、そう思ったのです」

 

「……ああ、そんな事か」

 

セイアは得心したように頷き、事も無さげに続ける。

 

「私だって、君が私のように虚弱な身体ならそうしただろう。謝るような事じゃない」

 

(……実際、今の私にはその気持ちが痛い程分かる)

 

セイアは内心で一人の友人を思い浮かべながら、続けた。

 

「ただ……そうだね。これからは、対等に接して欲しい」

 

「……はい」

 

「ふふ……ありがとう、ナギサ」

 

ナギサの答えにセイアは微笑んで、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……さて、そろそろ私は古書館に行ってくるよ。ウイならまだ起きているだろうし……話を通すなら早い方がいい」

 

「昨日今日で疲れているだろう?君は早めに戻って休むと良い」

 

てきぱきと外套を羽織ったセイアは、ナギサの肩に手を置き、労わるようにそう告げた。

 

「はい、そのつもりですが……セイアさんは大丈夫ですか?あまり夜遅くから動くのは……」

 

「大丈夫さ、私にはティーパーティの監視が付いている。心配には及ばない」

 

「…………」

 

(……彼女がそう願うのなら、私は彼女を信じるべきなのでしょう。……それが、友人でしょうから)

 

ナギサは心配の言葉を重ねようとして、それは先ほど"やめる"と約束したばかりであることを思い出し……紡ぎかけた言葉を胸にしまった。

 

「……わかりました……では、おやすみなさい。セイアさん。」

 

その言葉にセイアは僅かに口角を上げて、"ああ"と返事をした。

 

 


 

 

深夜:特異現象捜査部/ヒマリの部屋

 

 

「……うぅ……」

 

先日の捜査中、熱中症と脱水症で倒れたルイは酷く魘されていた。

 

「……ん……」

 

魘される声で目覚めたヒマリはむくりと身を起こし、そっとルイに手を伸ばす。

彼女の汗ばんだ額に触れ……伝わる熱から苦痛を知る。

 

(…………熱い……)

 

額に手を当てたままルイの表情を見ていると、ヒマリの低い体温が心地いいのか……彼女の表情が僅かに和らいだ気がした。

 

「どうか、安らかに……」

 

彼女の安息を願い、すりすりと撫でているうちに……ゆっくりとルイの瞼が開いた。

露になった瞳は微睡の中を所在なさげにきょろきょろと揺れ動き、視界に映るヒマリを捉える。

 

交わされた視線に、ぴくりと体を震わせ、ルイは僅かに口を開いた。

 

「……ひまり」

 

「起こしてしまいましたか?……おはようございます」

 

「……いま、なんじだ?」

 

そう尋ねた彼女の声は抑揚薄く、微睡と熱でぼやけた意識を感じさせた。

 

「……まだ夜中ですよ。お辛いでしょうし、もう少しだけ眠っていてください……いえ、まずは……少しだけ、水を」

 

「……ああ」

 

保安灯を点け、僅かな光の中でルイの背とベッドの間に手を差し込み、ゆっくりと起き上がらせる。

 

「……ほら、起きてください」

 

ベッドボードに置かれたペットボトルを取り、ぼうっとしているルイに渡す。

 

「……はい。ゆっくりでいいですので……」

 

「……ああ」

 

ルイは受け取ったそれを口元に運び、流れ出る水をこくこくと嚥下する。

すると、緩んだ口元から漏れた水が顎を伝い……ぽたぽたと垂れ落ちた。

 

「……ほら、こぼれていますよ」

 

「ん……」

 

ヒマリがティッシュで口元を拭おうと手を伸ばすと、ルイは身を預けるようにヒマリに体を寄せ、目を瞑った。

 

「……」

 

あまりに無防備な彼女の様子に、ヒマリの背にぞくりとしたものが走る。

 

(……いけません。彼女は今意識が……)

 

「……ひまり?」

 

「えっ、ええ……すみません、少し考え事をしていました」

僅かに濡れたパジャマを拭い、ペットボトルを預かる。

 

「……では、もう一度眠りましょう」

 

ヒマリの言葉に、ルイは"ああ……"と小さく返し、再びベッドに身を倒した。

 

……保安灯を消し、ヒマリも目を瞑る。

 

そんな中、隣で眠っていた彼女が寝返りをうったかと思うと……"ぎし"とこちらに半身を重ね、耳元で微かな声を発した。

 

「……ひまり、すこしだけ、このまま、で──……」

 

(……‼︎)

 

ルイはそれだけ言って、すぅ、すぅと寝息を立て始めた。

 

上半身を抱き込むように置かれた彼女の右腕の重みが、ヒマリにずしりとのしかかる。

その重みはじわりと沁みて、甘い快楽物質となって脳に伝わっていく。

お腹に重なった翼の先が、こしょこしょと薄布越しに肌を撫で、こそばゆい。

 

────こうして甘えてくれるほど、彼女は私に気を許している。

その事実が、鼓動を高鳴らせ……どくどくと音を立てた。

 

(……落ち着きましょう)

 

ヒマリは音を立てないよう、ゆっくりと深呼吸をする。

 

……彼女は今、弱っているのだ。

 

────誰しも、弱っていたり、熱に浮かされると寂しくなるもの。

それはルイも例外ではなく……ヒマリの体温を求めたのだろう。

 

冷静にそう分析してなんとか己を律したヒマリは、その重みに悶々としながら……ゆっくりと目を閉じるのだった。

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