朝:特異現象捜査部/ヒマリの部屋
「────んん……?」
"ふふっ、起きましたか?おはようございます……"
「……おはよう……」
私が目を覚ますと同時に、聞き慣れた声がする。
感覚が鋭敏になっていくにつれ、それがヒマリの声であることに気付いた。
全身にのしかかる倦怠感を振り払いながら、ゆっくりと身を起こす。
(……こんな時間か、寝すぎてしまったな)
ベッドボードのデジタル時計に目を向けると、時刻は正午前。
ヒマリの声がした方に目を向けると、そこにはタブレットが置かれていた。
映し出されているのは、カメラ越しにこちらを見つめ、微笑んでいるヒマリの顔。
彼女は何かの作業中のようだが、その傍らこのタブレットを通じて私の事を看てくれていたようだ。
"お身体の調子はどうですか?昨夜はとても魘されていましたよ"
「……正直、万全とはいいがたい。傷の状態もそうだが、身体の反応や思考に薄く靄が掛かっているような感覚だ……」
「あまり思い出せないが……Ⅲ度熱中症相当の自覚症状はあった。回復には数日を要するだろう」
"なるほど……わかりました"
"とりあえず、そこのテーブルに軽い朝食と経口補水液を用意してありますので……ごゆっくり、召し上がってください"
そう言われ、ベッドサイドのテーブルを見遣ると、そこにはサンドイッチと数本の経口補水液が置かれていた。
「……ありがとう、頂くよ」
感謝述べてヒマリの映ったタブレットをテーブルに置きなおし、ベッドサイドに座る。
「それで、聞きたいんだが……昨日の捜査はどうなった?……まあ、私が今こうしている辺り、察しは付くが」
サンドイッチを口に運びながらそう尋ねると、ヒマリはにこやかに答える。
"ええ、お察しの通り問題なく……私達の疑いは完全に晴れました"
"そして我々の疑いが晴れた以上、貴方の活動にはデカグラマトンが関与している疑いが強まったとして、各校代表の集まった報告会で、その存在が公表されました"
"それを受けて、各校や連邦生徒会はそれぞれ情報を集めつつも、"連合部隊の設立を含めた対応案を模索する"、という事で一致しています"
"つまり……紆余曲折は経たものの、概ね作戦は成功と言えるでしょう"
「ハハ……それなら、昨日散々な目に遭った甲斐もあるというものだな」
私達の疑いを晴らし、尚且つ疑いをデカグラマトンに誘導して、私に向けられる敵視を押し付ける。
連合部隊が設立されれば、各校の交流にも繋がり……対立を解消する一助にもなろう。
……まさに"大成功"と言える。
"ええ……それで、状況もある程度固まってきた事ですし……今後について打ち合わせたいのですが……"
こくこくと補水液を飲み下していると、ヒマリはそう尋ねた。
「ああ……薬を飲んだら、そちらに伺おう」
"いえ……貴方は寝ていて下さい"
"だが"、とそう言いかけて……自分の体調を鑑みるのなら、彼女の言う通り寝ているべきだと自覚する。
「……そうだな。正直に言うのならあまり体調が優れない。……今日は甘えさせてくれ」
"そうしてください……打ち合わせの用意が整った際はこのタブレットから連絡しますので、それまではゆっくり休んでください"
「わかった……それでは、お言葉に甘えて」
"ええ……では、また後で"
「ああ」
────そうして、通話は切れる。かと思ったが────。
「……通話が切れないんだが」
通話終了ボタンが画面に見当たらない。
訝しんでそう尋ねると、ヒマリはくすりと笑った。
"ふふふっ、そちらからは切れません……これは貴方が無理をしないか監視するためのものですから"
「……なるほどな」
ヒマリの部屋には監視カメラが無い。
つまり……これが監視カメラ代わり、という事だろう。
日課代わりに軽い柔軟でも、と思っていたが、それを許してくれるような雰囲気では無い。
とはいえ、せっかく身を案じてくれているのだから、ここは大人しくしておくべきだろう。
「……わかった、薬を飲んだらすぐに休もう」
"ええ、わかればいいのです"
そうして、私はヒマリの監視の中、再び横になるのだった。
────ぁがりぃ〜揺れ落ちる〜……。
「ん……ぁ……?」
微睡から私を引き摺り出したのは、ヒマリが好むジャンルの曲。
その曲調はゆったりとしながらも力強く……響く歌声は嫋やかで──……ん?
(……ヒマリ歌唱じゃないか……)
彼女の自己評価が天を衝くほどに高い事は当然承知しているが、まさか自分が歌った演歌をアラームにしているとは思わなかった。
────あるいは、私に聞かせるためにわざわざ設定したのかもしれないが。
とある種の不意打ちを食らったお陰で、見事に意識が覚醒した。
「ん……おはよう」
身を起こし、タブレット越しにこちらを見るヒマリと目を合わせる。
"おはようございます……体調はいかがですか?"
「ああ、おかげで良い目覚めだ……それで、用意ができたのか?」
そう尋ねると、ヒマリはこくりと頷いた。
"ええ、ウタハさん達の用意ができたようですので……これから、デカグラマトン関連の報告会を行います。当事者の1人でもある貴方に同席願おうかと思いまして"
「……ウタハ達と?」
タブレットに映る彼女の顔はとてもにこやかで、ある種の残酷さえ感じさせた。
……というのも、私とウタハ達エンジニア部は袂を分かっている。
先日の一件以降、ヒマリを通じて"もう君には協力できない"と伝えられたきり、言葉を交わしていない。
彼女達を裏切ったのは間違いなく私で、彼女達が私に失望するのも無理もない。
と、彼女達との復縁は諦めていたが……。
「待て、ウタハ達は私が参加すると知っているのか?」
"知りませんよ"
あっけらかんとそう言ったヒマリに、体中がずっしりと重くなったような感覚が圧し掛かる。
「……私には彼女達と言葉を交わす権利がない。悪いが、聴衆に回らせてくれ」
"……おや、せっかくこの私が謝罪と弁解の機会を作って差し上げようというのに……ふいにするんですか?"
「……気持ちは嬉しいが、しかし……」
「うじうじしていないで、一言でも謝ったら良いでしょう。貴方らしくないですよ」
歯切れ悪く逃げようとする私を、ヒマリがぴしゃりと一喝する。
……妙なお節介を焼くところはやはりエイミに似ている。いや……エイミが似たのか。
「しかし……私に弁解の余地はない。それに、彼女達は私を許しはしないだろう。謝罪したとて、傷付けるだけで────」
"許される許されない以前に……せめて、義理として自分の言葉で"無事です、心配をかけてごめんなさい"……と、それだけでも伝えてあげてください"
"あの日、貴方が死んだ、と狼狽えながら連絡を取ってきたウタハさんに私がどれだけ胸を痛めたか……"
「ッ……それは……」
────正直、合わせる顔が無い。故に……逃れたいのだろう。
私は、彼女達に拒絶される事を、恐れている。
しかし、ヒマリに理と義があるのは事実。
許しを得るとはいかずとも、エンジニア部達に不義理を詫びるくらいはして然るべきだ。
「────わかった……私が悪かった。君の言う通りにしよう」
私が抵抗を諦めてそう言うと、ヒマリは微笑み交じりに言葉を返す。
"……ふふっ、そうやって不貞腐れたりもするんですね"
「……徹底的に逃げ場を奪われ、非を突き付けられれば……ひねくれたくもなるものだろう」
"はいはい……やると決めたら善は急げです、すぐに始めますよ"
嫌味の一つでも言ってやろうと口にした言葉を、ヒマリは軽く受け流した。
「……わかった」
逃げ場はないと腹を決めた私は、タブレットをテーブルに置いて……通話の開始を待った。
"もしもし────聞こえてるかな?"
スピーカーから聞こえ出したのは、聞き馴染みのある声。
"ええ、明瞭ですよ……"
と、そう返事をしたヒマリに続き、務めて冷静に、ゆっくりと声を発する。
「……明瞭だ、良く聞こえている」
"ッ……"
私が名乗るまでもなく、ウタハは声で私と気付いたようだった。
「……久しぶりだな、ウタハ」
彼女からの返答はない。
……謝るしかないだろう。約束を違えたのは、私なのだから。
「……先日は、本当に申し訳ない事をした」
「君達が何のために私の腕を作ってくれたのか、それは重々承知している」
「……にも関わらず、あのような結果になってしまった事は……裏切りと捉えられても仕方のない事だ」
「……本来なら対面で地に頭を擦りつけて謝罪するべきなのだろうが……あいにく、今の私はここから出る事は叶わない」
「このような形での謝罪になってしまった事、どうか許して欲しい」
「……すまなかった」
タブレット越しに頭を下げる。
すると……十数秒ほどの沈黙を経て、ウタハはゆっくりと話し始めた。
"…………別に、君に失望したり、怒っている訳じゃない。それに、許す許さないって話でもないよ。ルイ"
その返答には燐憫にも似た諦観が宿り、噛んで含めるように私を諭す。
"私達が協力したせいで、君が無理をして、怪我を負うようなら……私達がそれに耐えられない。それだけの話さ"
「……すまない」
"……謝ってほしいんじゃない。私は、私たちはただ……君に無事でいて欲しいんだ。"
"行動で示せ、なんて言う訳じゃないけど……ただ、無理はしないで欲しい"
「……肝に銘じておく」
"……それに、私が君を叱るまでもなく……もう皆から散々叱られたんだろう?"
"なら……私からは言う事はないよ。生きていてくれて、ありがとう"
「……心配を掛けてすまなかった。ありがとう……ウタハ」
"はは……でも君がお礼を言うべきなのは私じゃないよ。君を助けてくれた人に、改めてお礼を言って欲しい。それが、私へのお礼の代わりだと思って"
「……わかった」
"……うん、ヒビキやコトリはまだ君に言いたい事がいっぱいあるだろうけど……私からはこんなものかな"
そう言って、ウタハが"ふう"、と一つ息を吐くと、黙して私達の会話を聞いていたヒマリが口を開いた。
"では……本題に入っても?"
"うん、構わないよ……話す機会を作ってくれてありがとう、ヒマリ"
"いえいえ……では、始めましょう"
「……ああ、よろしく頼む」
認識の擦り合わせも兼ねた基礎情報の共有を終え、話はそれぞれの見解へと移る。
"────君達の計画を織り込むのなら、一つ懸念すべきリスクとして……相手がこちらの計画や状況を理解し、逆利用してくる事を想定すべきだね"
"ヒマリ謹製のプロテクトを一瞬で突破するような相手で、その正体もわからないとなると……その状況もある程度現実味のある話になってくる。"
「……確かにな。」
"君の目的は最後まで隠し通す事が前提だ、そこが君の最大の弱点という事は、相手も理解しているはず"
「……状況によっては私は全ての計画を破棄し、奴を潰すために全力を注ごう」
「……良い機会だ、今日の議題の一つとして、"連中と戦うとして、どのような作戦を採るか"、という事も考えておきたい」
デカグラマトン。我々に対し明確に敵対している存在を放置はできない。
それも、ヒマリを凌ぐ力を持つのならば猶更だ。
今後、あれらと戦うとして……どのような戦い方を採るかは、非常に重要な議題と言えるだろう。
「まず少しだけ、先にウタハの述べた状況に対する私の考えを……考えられる最悪の状況として、デカグラマトンの明かした情報に惑わされたトリニティ・ゲヘナ率いる複数校の連合対ミレニアムという構図になる事が予想される。」
「情けない話だが、その際はリオやヒマリ、君たちエンジニア部やチヒロの名を借り、ミレニアムを一時的に戦火に晒す事になるだろう。その際は……すまないが、協力して欲しい。」
そう言い切り、"さて"とひとつ前置きして……続ける。
「……皮算用ではあるが……私の知る情報から評価、分析する限り……こと"戦争"という事象に於いて、例えトリニティとゲヘナの二校が組んだとしてもミレニアムを破る事は容易でない……更に、ミレニアムの特性上、外界からの補給を断たれ、孤立したとしても1週間ほどは時間が稼げるだろう。」
「その間に対応策を練り、デカグラマトン部隊に対して反攻作戦を行う……あるいは、どうにかして先生の協力を得て、連合の内部崩壊、あるいはデカグラマトンへの反旗を狙う事になるだろうな。」
「まあ……ここまで言っておいてなんだが……そのような状況に陥る可能性は限りなく低い。」
「先に述べた状況は、"他校がデカグラマトンの完全な傀儡となった場合"の話だ。」
「そも、ビナーのように危機を振りまく存在の主であるデカグラマトンなる胡乱な輩の言説を鵜呑みにするような事はあり得ないだろう。」
「故に、奴の行動によって発生した状況によっては……私は潔く全ての計画を公表し、責任を負ってこの首を連邦に差し出し、その対価としてデカグラマトンへの対抗を求めるつもりだ。」
「とりあえず、万が一そのような状況に陥った場合は私が降伏する事である程度の統制が取り戻せると判断している」
「……最終手段ではあるが、鎮静化の手段が他に無いのであれば……私はその決断を躊躇わない。」
そう言い切って、手元の補水液を一口飲む。
……少し喋りすぎた。喉が痛む。
喉を休ませるついでに、二人の考えを聞いておこう。
「……さて、私の考えはこんなところだ。」
「では……デカグラマトンがこちらに……ミレニアムに対し攻撃を仕掛けてきた場合に対する考えを聞きたい。」
「私はミレニアムの事情をある程度知っているが……秘匿されている物を含め、実情となると二人の方が詳しいだろう、どう思う?」
私がそう尋ねると、ヒマリが話し始めた。
"……知っての通り、ミレニアムにはアキレス腱というべき弱点が存在します"
"……データセンターの事かい?"
"ええ……仮にデータセンターに侵入され、コントロールを奪取、あるいは破壊されてしまえば……ミレニアムは一瞬で無力化されてしまいます"
ヒマリはウタハの言葉を肯定し、続ける。
"リオや私の手掛けたプロテクトや物理的な防御があるとはいえ……データセンターのロストによって電子的、兵器的な優位を失う事になれば……ミレニアムは1日と持たずに擦り潰されるでしょう"
"電子的優位を確信できるこそ、ミレニアムは対大型兵器用の兵器として無線誘導やFAF*1を主力として備えていますが……それが無力化されるとなると、ケテルやビナーのような大型兵器に対して採れる攻撃方法は大きく制限される事になります"
「……そう考えるのなら、INS*2や有線誘導式*3のように妨害に強い兵器を備蓄しておく必要があるな」
"ええ……"
「電子的優位を完全に失った場合……航空機は使用不可、戦車等の地上兵器も通信が使えなくては連携が取れず……まともに機能しない。人的被害が出る可能性を鑑みるのなら、選択肢としては外さなければならない」
「ランドラインによって他校に救援を求めようにも……相手は当然対策してくるだろう、使えない物として考えた方がいい。」
「一応、ハイランダーの路線が破壊されれば、十数分程で外部が異常に気が付くだろうが……情報を受けた連邦生徒会が先遣隊を寄こすまで、最短で2時間はかかるだろう」
「更に……連邦生徒会が状況を完全に把握し、他校を纏め、反攻に動きだすまで半日はかかると思った方がいい。」
「最低でも、大型兵器の軍勢に対して、電子的不利の中、その半日を耐え抜くだけの防備は用意しておく必要があるだろう。有効打となる兵器を合理的に選定し、備蓄しておくべきだ。」
私が言い終えると、それにヒマリが被せるように言った。
"……さて、少し盛り上がってしまいましたが……今回ウタハさんをお呼びしたのは、まさにそこなのです"
「ああ……調査を依頼していたケテルの脚部及び、ビナーの装甲……それらの材質から推測される有効な兵器に心当たりはあるか?」
"それなら……ちょっと待っててね"
ウタハのマイクを裏で、ごそごそと音が鳴る。
"よいしょ……これだ。"
ひらりと紙が靡く音がして、ウタハは話始めた。
"未知の金属が使用されている、という事を前提に色々調べたんだけど……"
"私一人で考えるより、皆で考えるべきだし……一応、口頭で共有しておこうか。後でデータは送るから、確認してね"
そう言って、ウタハは恐らく手元にあるであろう試験結果を読み上げた。
"融点はおよそ3200℃前後。モース硬度*4は9……磁性はなく、インディケーターにも反応しなかった。耐腐食性は電気試験と強酸で試した限りは……かなり高いね。"
「特徴はタングステンに近いが……にしては融点が僅かに低いな。W-Mo合金か?それにしても……」
"うん、硬度が高すぎる……そもそも比重が違い過ぎるし……XRF分析*5でも、蛍光は似てても、別の……未知の金属だって結果が出てる"
"試験した結果を総括して例えるなら……融点が僅かに下がった代わりに比重が重く、硬度が非常に高くなった強化タングステン、って言った所かな……"
「ふむ……奴らは金属を未知の方法で加工、強化、あるいは……変質させる力を持っていると考えるべきか?タングステンを基としているなら────」
そんな事を私達がぶつぶつと話していると、見かねたであろうヒマリが優しく遮った。
"まあ……材質の特定はこの会議の本質ではありません。あくまであの大型兵器の弱点の足掛かりをつかむことが目的です"
"そうですね……タングステンに近いとするのなら、極低温環境下での脆化と極高温環境での酸化反応が起きるはずです、その点はどうでしたか?"
ヒマリが尋ねると、ウタハは"うん"と相槌を打って、ぺらりと紙をめくる音が鳴った。
"もちろん試したよ。結果として……極低温、環境下だと硬度の増加が報告されてる。伴って、非常に強い衝撃に対する脆化が起きる"
"それと、極高温環境だけど……これも、タングステンと同じく酸化反応速度が著しく上昇した。ただ……酸化膜が生成されるせいで酸化速度は急速に落ちるね。"
「……ふむ……」
"それを踏まえると、液体窒素等による急速な冷却後、高い衝撃力を持つ兵器で攻撃する事が有効と考えるべきでしょうか……"
ヒマリは思考しながら、結果に対する私見を述べた。
「……確かに、この結果を踏まえればその攻撃はデカグラマトンの装甲に対して有効だろう」
「……しかし、地中に撤退し、冷却状態から抜け出せるビナーのような機体にはあまり効果的とは言えない。」
「逆に、高温環境下で酸化膜を破り続ける、あるいはそれ以上に強い酸性を持つ化学兵器で攻撃を行う事がビナーのような機体に対しては対して有効だろう」
「例えば……酸素ガスとフッ化水素を同時に打ち込み、反応させる事が出来れば……酸化フッ素が生成され、それが発生した超高温環境ならば酸化膜を破りつつ酸化させる事が出来るはずだ。それにより負わせた傷は、恒常的に奴を蝕むはずだ」
"……酸化フッ素とフッ素ガスが生成される事によって反応を引き起こし、装甲に急速な酸化を引き起こすって事か……周辺の被害を度外視するのなら、間違いなく有効だろうね。"
「ああ。確かに、周辺の被害を考えるのなら、極めて強い毒性を持つフッ素ガスが生成される以上、まだ人が残っている区画での使用は出来ない」
「しかし……奴は現状アビドス砂漠に居る」
「アビドス砂漠ならば多少の環境汚染も問題ない。アビドスの生徒会が何か言ってきたとして、奴の討滅の為と連邦経由で圧力をかけ、いくらか纏まった金を握らせれば沈黙させられるはずだ」
「それらを踏まえてだが……ビナーを討つならば、奴がアビドス砂漠に留まっている今の内に先手を打つのがベストだろう」
私がそう断言すると、少しの沈黙の後……噛んで含めるような声色でヒマリが話し始めた。
"……確かに、先に交戦したケテルと比較してもビナーの脅威度は非常に高いですし……先手を打てるのなら、アビドス砂漠に居る内に打つべきだというのは同意します。"
"しかし……それが虎の尾を踏む結果になる可能性を考えると……尚早かつ、危険な選択でもあります"
"ヒマリの言う通りだ。ケテルの正式な名はKETHER-TypeV。つまり……ビナーやケテルのような大型機が一機ではなく、複数機存在する可能性も考慮するべきだ……それに、命名規則を踏まえると、まだ確認されていない機体が7機ある。"
"一機撃破した事で、判明していない7機を含めた大軍勢が報復に来る……なんて事になれば、ミレニアムどころか、全校が束になったとしてもあまり希望は持てないんじゃないかな。"
ヒマリの忠告に重ねるように、ウタハは補足する。
……確かに、奴らの総戦力を完全に把握している訳でも無いのに、こちらから仕掛けるのは尚早が過ぎるだろう。
「……それは、その通りだ。未だデカグラマトンの正体を完全に掴めていない以上、リスクを孕んでいることは承知している」
「その点は今後の調査も含め、入念に議論するべきだ……」
そう言い切って、"ふう"と一つ息を吐き出す。
「……気付けば話が逸れていたな。有効策を探り、来たる脅威に備える。先にヒマリが言った通り、それが今回の会議の目的だ……その点で、今回の会議は非常に有意義なものだっただろう」
気付けばかなり時間が経っている。
一度切り上げるべきだろう。
"さて、良い時間ですし……一度お開きにしましょうか"
ヒマリも同じ事を考えたのか、私が発言する前にそう言った。
"うん、大体煮詰まってきた事だしね……じゃあ、一旦ここで────"
「……ウタハ」
"ん、どうかした?"
「……また話せて嬉しかった。ありがとう」
"……うん、私も。またね。"
「ああ、また」
それを最後に、ウタハとの通信が切れる。
……そして、ニコニコと生暖かい微笑みを湛えたヒマリがタブレット越しに私を見つめていた。
"ふふふっ、さて……何かこの私に言う事があるんじゃないですか?"
「ああ……君のおかげでウタハと仲直りできた。心から感謝している」
そう伝えると、ヒマリは細めていた目を僅かに開き、真剣な表情を浮かべる。
"……もう彼女達を裏切らないようにしてくださいね。……もちろん、私の事も"
「……約束する。」
私がそう返答すると、ヒマリは満足そうに頷いた。
"……では、そろそろ夕食にしたいのですが……"
「そうだな、流石に空腹だ……」
"今日はエイミが居ませんので……出前でも取りましょうか。何か希望はありますか?"
「……ピザ。と言いたいところだが……まだ消化に悪い物は避けたい。消化の良い物で何かおすすめはないか?」
"……では、スープの専門店がありますので今日はそこにしましょうか、種類がありますので……今送ったリストからお好きなものを選んでください"
「わかった。ありがとう────」
それから、しばらく時間が過ぎる。
夜:特異現象捜査部/ヒマリの部屋
「ご馳走様」
「ご馳走様でした……」
揃って手を合わせ、器を重ねる。
「……そういえば、リオと連絡は取れないのか?一応、今日の会議の内容を共有しておきたいが……」
「はあ……」
ヒマリは少しだけ気の抜けたような声を出して、外していたグローブを着け直す。
「まあ、共有しておくべきというのは事実ですし……気分の良い夕食後にあれと話すのは気が乗りませんが、仕方ありませんね……」
ヒマリが不満げに手元のホログラフを何度か操作すると、私の手元にあったタブレットから"ピピピ"と音が流れ始めた。
"……もう少しまともな方法で連絡を取ってくれると助かるのだけれど"
私が着信に応じる間もなく聞こえだした声は、調月リオの物だった。
「こんばんは……共有したい情報がありますので、念のため連絡した次第です。お互い貴重な時間を浪費するのは避けたいでしょうし、手短にお伝えしますね?」
ヒマリは笑顔で捲し立て、リオは沈黙を保つ。
「さて、先日入手したデカグラマトンの装甲をエンジニア部の方々に解析したもらったのですが……ある程度有効打になりそうな攻撃手段が見つかりましたので、解析結果を含め、それを共有します。迅速に確認しておいてください。いいですね?」
"……わかったわ、確認しておく。"
「はい、では失礼します。さような────」
"ちょっと待ってちょうだい。私からも一つだけ共有しておきたい事があるわ"
即座に通信を切ろうとしたヒマリを、リオが遮った。
不満を隠しもせず、ヒマリは"なんですか"、とぶっきらぼうに言った。
"……天城ルイ、そこに居るんでしょう?"
ヒマリと私の予想外に、調月リオは私に声を掛けた。
「……ああ、ここに居る」
"預かっていた無人航空支援兵器の件だけれど……一応、完成しているわ"
"仕様は概ね希望通りにしたわ、多少の差異はあるだろうけど……私に出来る範囲で、より合理的に改変した結果よ……仕様書はヒマリ宛に送っておくから、確認して頂戴"
「……ありがとう、感謝している。」
私がそう伝えると、リオは僅かな沈黙の後、返答する。
"現状は貴方に協力するのが合理的だと判断しただけよ……"
"それで……貴方の状況を鑑みるに、無人機はまだ私が預かっておくべきだと思うけれど……必要なら、受け渡しの手筈を整えるわ"
リオは淡々と告げながらも、僅かに心配の色を見せた。
「……いや、悪いがもうしばらく預かっていて貰えると助かる。君の言う通り……私はまだ動けないしな」
"そう……なら、預かっておくわ。必要になったら、今日のようにヒマリ経由で私に連絡を取りなさい。"
「わかった、ありがとう」
"……じゃあ、私は失礼するわ。……無理せず養生しなさい。"
リオは素っ気ない言葉尻に小さく気遣いを乗せ、通話は終了した。
「……」
妬いているのだろうか。無言でこちらを見つめるヒマリに苦笑し、そっと歩み寄る。
「……君も、私に言えた口じゃないんじゃないか?」
「……私とリオはそんな気安い関係ではありませんよ。」
(……そうは見えないがな……)
「……まあ、君がそう言うのならこれ以上は言わないが。」
「とはいえ……そろそろいい時間だ。風呂を済ませて、さっさと眠ってしまおう」
「今日は流石に……疲れた。」
軽く伸びをして、全身を覆う倦怠感に僅かな抵抗を試みる。
「ええ……そうしましょう。明日からはやらねばならない事も増えますし……今日はゆっくり休みましょうか」
「ああ……」
────そうして、私たちは一日を終えるのだった。