"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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説明

朝:シャーレ/先生の部屋

 

 

「……先生、起きて」

 

"────ん……"

 

「おはよう、先生。」

 

ゆさゆさと揺り起こされた先生は、むくりと身を起こす。

視界を映るのは、真っ白な髪と、紫水晶のように透き通った瞳。

 

"……おはよう。起こしてくれてありがとう……ヒナ。"

 

軽く伸びをして、先生はヒナに向き直る。

 

"今日はヒナが当番なんだね"

 

「ええ。今日は私と……トリニティの聖園ミカが先生の護衛よ」

 

"えっ"

 

「……?」

 

"……ごめん、なんでもないよ"

 

(ヒナとミカが一緒に……?)

 

ヒナはともかく、ミカをゲヘナの生徒と一緒にするのはまずいんじゃないか?

(……まあ、ミカにとっても良い機会かもしれない)

 

ミカに根付いた偏見……というか、嫌悪感を払拭していくためには、まずは私を含めた三者でゆっくりと仲良くなって貰うのが一番だ。

 

……それに、これほど頼りがいのある護衛たちもいないだろう。

 

そう考えて、ちらりと時計を見る。

午前7時半。深夜警護を務めるRABBIT小隊との引継ぎも考えると……ヒナは随分早く来てくれたようだ。

 

"こんなに早く来てもらっちゃってごめんね、ありがとう"

 

「先生の為だから。謝らないで」

 

事も無さげにそう返事をしたヒナに小さく頭を下げ、ベッドから降りる。

 

"じゃあ……ちょっと顔を洗ってくるから、先に執務室で待ってて"

 

「わかったわ。一応、部屋の外で待ってる。急がなくてもいいから」

 

"……ありがとう、じゃあ、悪いけどちょっと待っててね"

 

こくりと頷いて、ヒナは部屋を出て行った。

 

こうなったらトラブルは覚悟の上。

……これも生徒の為、とそう腹を決めて、先生は洗面所へと向かった。

 

 


 

"おはよう、今日はよろしくね"

 

「おっはよー!!」

 

執務室に入ると、元気な声で挨拶が返ってきた。

ぶんぶんと振られた手は、先生に続いて入ってきたヒナを見て、ぴたりと止まった。

 

(……しまった。やっぱりゲヘナの子とは────!!)

 

「あっ!ヒナちゃん!!」

 

「久しぶりね、ミカ」

 

(……???)

 

トラブルどころか、二人は仲睦まじい様子で歓談し始めた。

 

……意外ではあるが、仲が良いに越した事はない。

 

"……二人は知り合いだったの?"

 

「……えっ?その……えへへ……」

 

先生の問いに、ミカはわかりやすく誤魔化すような笑みを浮かべる。

その様子を横目で見たヒナは、少しの思案の後……ゆっくりと口を開いた。

 

「……まあ、先生になら言ってもいいんじゃないかしら。」

 

「……うーん、セイアちゃんから他の人に言わないでって言われてるけど……まあいっか☆」

 

あっけらかんと言ったミカに、ヒナが小さく頷く。

 

「なら、私から説明するわ。……ミカが行方不明になっていた間、本当は私の家で保護していたの」

 

"えっ"

 

「うん☆セイアちゃんが……"万魔殿の議長やトリニティ内の過激派閥にバレたら大問題にされかねないから内密にするんだよ"……って、それで秘密にしてたんだ」

 

セイアの声真似を交えながら語られた真実は、"確かにそうだ"、と先生を納得させるだけの物だった。

 

「ええ……ミカの言った通り、私と百合園セイアで相談した結果……その結論になったわ。」

「元々、当時は先生に判断を仰ぐつもりだったのだけれど……その時は、連絡が着かなかったから」

 

……当時の私は、一体何をしていたのか。

与り知らぬ所で大きな火種が起こり、生徒の頼りに応える事が出来ていなかった。

その事実は、先生の胸を"きゅう"と締め付ける。

 

"そうだったんだ……その時は……ごめんね。私も色々あったんだ。"

 

感情を漏らさぬよう、そっと頭を下げると……ヒナは"ふぅ"と息を吐いて、微笑んだ。

 

「いいわ。無事なのはわかってたから。」

 

"……ありがとう"

 

「みんな無事だし、気にしなくていいよ☆」

 

そう明るく言ったミカに……救われたような、赦されたような気分になるのだった。

 

 


 

 

────数時間後。

 

「……私に出来る仕事は終わったわ、後は先生の承認が必要な物が殆どよ」

 

ヒナは片付いた書類をファイルに纏め、引き出しにしまった。

 

"早いね……ありがとう。後は私がやるから……ゆっくりしてていいよ"

 

時刻は昼前。書類仕事に慣れているヒナや、なんだかんだで仕事の早いミカの協力もあって、今日こなす予定だった仕事は既に終わりかけていた。

 

「せんせー……私は何かやることないのぉ~……?」

 

先にトリニティ関連の仕事を終えていたミカはソファに横になって、気の抜けた声を出していた。

 

"うーん、トリニティ関連はさっきやってもらったので全部だから、もう無いかな……"

 

「えぇー……」

 

"退屈させちゃってごめんね"

 

そう言った瞬間、壁掛け時計が"ボーン"と音を立てる。

 

────正午だ。

 

"……良い時間だし、いったんご飯にしようか"

 

その言葉に、二人は色めき立つ。

 

"はい、出前を取るから、好きなものを選んで"

 

出前アプリを開いて、携帯をヒナに差し出す。

 

「いいわね、丁度お腹が空いたところよ」

 

「やったーっ!何食べよっかな~」

 

両手を上げ、ぴょんとソファから飛び起きたミカは、ヒナの隣に駆け寄った。

 

「ねえねえ!ヒナちゃん何食べる?」

 

「……そうね、私は……」

 

二人は先生が差し出した携帯を仲良く見ながら、注文を決めている。

 

"…………"

 

先生は微笑みながらその様子を眺めていた。

 

……その時、先生のPCに一通のメールが届く。

差出人は……早瀬ユウカ。

 

カチ、カチとマウスを鳴らし、メールを開く。

 

(……ふむ……)

 

その内容は。"デカグラマトンの件でアビドス生徒会と話がしたいから、取り持ってほしい"。というものだった。

 

迷わず"わかった"と返信して、そのままホシノのモモトークにその旨を送る。

数秒もしないうちに既読が付き、"おっけ~。いつがいい?私はいつでもいいよ~"と返信が来た。

 

珍しく早い返信に驚きつつも、"ミレニアムに確認するから少し待ってて"、と返信する。

そのままアビドスが了承した旨をユウカに送って────ものの数分ほどで、ミレニアムとアビドスの会談は、15時に決まった。

 

"ふう"、と息を吐いて、PCから顔を上げると────先ほどまで仲良く携帯を見ていた二人がこちらを見ていた。

 

「あ、気付いた」

 

「……先生、どうかしたの?」

 

心配そうに尋ねたヒナに、先生はにこりと笑って答える。

 

"ううん、会談を取り持ってほしい、ってメールが来てたから、ちょっと場を作ってただけ"

 

「……そう」

 

無表情ながらも安心したように呟いたヒナの隣で、ミカが声を上げる。

 

「はい、私たちはもう決めたよー☆先生は何食べるの?」

 

ミカが差し出した携帯を受け取り、先生も出前のメニューを眺める。

 

"私はどうしようかな……よし。今日はラーメンにしようかな"

 

────そんなこんなで、出前を頼んだ私たちは、昼食を楽しみに待つのだった。

 

 


 

 

更に時は経ち、時刻は15時前。

 

 

出迎えを頼んだミカと共に入室して来た二人に小さく手を振り、部屋に迎え入れる。

 

「急にお願いしてすみません、先生」

 

"気にしないで、重要な事みたいだからね"

 

「ありがとう……会議室、少し借りるね」

 

一足早く到着した早瀬ユウカと白石ウタハは、執務室でアビドス代表者の到着を待っていた。

 

"今回の会談、一応私も同席していいかな?"

 

先生がそう尋ねると。ユウカは"もちろん"、と頷く。

 

「先生にも共有しておきたい案件でしたので、ぜひ同席してください」

 

「うん。今回の会談は先生も知っておくべき情報だからね」

 

そう言って、ウタハは操作していたラップトップをぱたりと閉じた。

 

"……ガラッ"

 

……それと同時に、執務室の扉が開く。

 

「……おまたせぇ~」

 

「すみません、お待たせしました!」

 

ヒナに付き添われて入室して来た小鳥遊ホシノと奥空アヤネは、申し訳なさそうにミレニアムの二人に一礼した。

 

「いえ、こちらも今来たところですので……」

 

「うん、急な呼び出しに応じてくれてありがとう」

 

ミレニアムの二人はゆっくりと席を立ち、返礼する。

 

「よし……じゃあ早速始めたいんだけど……いいかな?」

 

「はい!」

 

ウタハの言葉にアヤネが了承を返し、全員でシャーレの会議室へと移動するのだった。

 

 


 

"ごめんね。一応大事な話みたいだから二人は外で待ってて。何かあったらすぐに叫ぶから。"

 

「わかった。じゃあまた後で」

 

「またね~!」

 

ぱたりと閉じた扉を背に、先生は席に着く。

 

「では……始めましょう」

 

"あくまで学校間の話だし、私はあまり口を挟まない方が良いかな……今回はオブザーバーとして、見守らせてもらうね"

 

「わかりました。」

 

先生と対策委員会の二人が席に付いたのを確認して、ウタハがプロジェクターの隣でラップトップを開き……ユウカはスクリーンの前に立った。

 

「ええっと……とりあえず先生から"デカグラマトンの件"とは伺っているのですが……具体的にどのようなお話になるんでしょうか」

 

ぐったりと机に伏せているホシノの代わりに、アヤネが小さく手を上げて尋ねる。

その質問に頷きを返し、ユウカは説明を始めた。

 

「結論から言うと"ビナー討滅に際するアビドス自治区内での作戦実行許可"を求める説明会です。一応、経緯から説明した方が理解しやすいでしょうし……セミナーは対策委員会に対して、この件に関する全ての情報を開示するつもりです。」

 

「この場で承認を頂いたとしても、即座に作戦を実行する訳ではありません。この作戦はまだまだ準備段階ですが……実行にはアビドス校の承認が必須ですので、早い段階で話を通しておくべきかと思い、この場を設けた次第です。」

 

「懸念点も多数存在しますので、ご決断はそれらの説明を終えた後にお願いします」

「それと……説明できることは全てするつもりですが、質問があったら遠慮なく仰ってください。こちらには質問に答える義務がありますので……」

 

ユウカが言葉を終えると同時に、スクリーンに説明用のスライドが投影された。

 

「じゃあ、始めるね。」

 

「まず、認識を擦り合わせようか。"デカグラマトン"について、どこまで知っているかな?」

 

尋ねると、アヤネは顎に手を当て、ゆっくりと答えた。

 

「はい……先生からある程度は伺っています。魔王との関連が疑われている、"ビナー"が属する大型自立兵器群の名だと……」

 

「うん。その認識で合ってるよ。」

「簡単に補足すると……命名規則からして、ミレニアムは十機ほど関連する機体が存在するものと考えてる」

 

「そして現在確認できているのは三機。アビドス砂漠のビナー。ミレニアム禁足区で活動するケテル。そして……ミレニアム地下で確認された、名称不明の機体。」

 

「それらを統括する存在が居る可能性も考えられてる。……とはいえ、先に経緯から説明しようかな」

 

「ミレニアムは一度ケテルと交戦してるんだ。その時に破断された脚部を回収。」

「それに加えて、とある筋からビナーの装甲の一部を入手した。」

 

「それらを調べた結果……その装甲は未知の金属が使われていた。装甲厚に差はあれど、材質としては限りなく同一に近い、と言って良いかな。」

 

「その金属の性質や調査結果を踏まえ、協議を重ねた結果……"妨害が予想され、装甲に対して効果の薄い通常兵器を使用するより、化学兵器を使用する事が極めて有効だ"、と言う結論になった。」

 

「……化学兵器、ですか?」

 

「……なるほどねぇ~……つまり、アビドス内で化学兵器を使ってもいいか、って話?」

 

机に伏せていたホシノはむくりと起き上がり、ユウカに射貫くような瞳を向ける。

 

「……端的に言うと、そうなります」

 

「まずは説明をさせて欲しい……説明責任は果たすよ。」

 

「……まあ、一応は聞くよ。ビナーの討伐はアビドスとしても願ったり叶ったりだしね」

 

「……ありがとうございます、ホシノ代表。」

 

ユウカはホシノに小さく礼をして、ウタハに目線でサインを送る。

ウタハはこくりと頷いて、口を開いた。

 

「じゃあ、続きを説明させてもらうね」

 

「まず、使用する予定の兵器は酸素ガスが充填された有線ミサイルと、内部に液体フッ化水素を充填した有線ミサイル。」

 

「強力な酸性を有するこれらを大量に撃ち込み、反応、燃焼した酸化フッ素ガスによってビナーの装甲を高速で腐食させ……装甲の破壊及び、動力機関の崩壊を狙う……という計画だ」

 

「……ケテルのような機体なら、使用しないという選択肢もあったんだけど……ビナーはそうもいかない」

「砂漠での戦闘、しかも通信や電子機器が使用できないという前提なら、ドローンはおろか、戦車部隊や航空部隊による物量戦も使えない。」

 

「……例え追い詰める事が出来たとしても、砂中に逃げられてしまえばおじゃんだ。」

 

「しかし、砂中に潜航され……逃走されたとしても、酸化剤で付けられた傷はビナーを蝕み、鈍化させる。」

「現状最も有効なのはこれだと、私たちは結論付けたんだ。……リスクを承知でね」

 

申し訳なさそうにホシノを見たウタハは、彼女の返答を待つ。

 

「……それで、その化学兵器にはどんなリスクがあるの?」

 

ホシノは先ほどまでの態度を霧散させ、剣吞な雰囲気を纏う。

その豹変ぶりに僅かな動揺を滲ませ、真剣な眼差しでウタハはラップトップを操作した。

 

「……酸化フッ素は強い毒性を持つんだ。直接吸入すれば呼吸器を破壊され……最悪、死ぬ。」

「あくまで"直接"吸入しなければ大丈夫だとは付け加えさせて欲しい。作戦中、ビナーのすぐ傍に居たりしたら危ないだろうけど、今回の作戦ではそのような事はしない。」

 

ウタハはスクリーンに映し出されたデメリットを一つ一つ説明する。

 

「私達が懸念しているのは次の項目だ」

「……空気中に放出された酸化フッ素は空気中の水分と反応して結合し、酸性雨となって土壌に強い悪影響を及ぼす。」

 

「「…………」」

 

突き付けられたデメリットに対策委員会の二人は沈黙する。

当然だ。それほどまでに危険な兵器を自分たちの自治区内で扱おうというのだから、拒否感を感じるのは仕方のない事だった。

 

沈んだ空気を感じ取ったのか、ユウカは刺激しないようにゆっくりと言った。

 

「……当然、連邦生徒会や三校連合とも相談し、相応の補償は行うと約束します。ミレニアムには土壌の浄化研究を行っている部活もありますので、そちらにも協力を要請し、浄化できるよう力を尽くすつもりです」

 

その言葉にアヤネは沈黙したまま思考を続け、ホシノは小さく息を吐き出し……口を開いた。

 

「ふぅん……その"補償"には金銭的な……ううん、政治的な物も期待していいのかな?」

 

「……ちょっと、ホシノ先輩……!」

 

余りにも単刀直入な問いを放ったホシノは、小声で制するアヤネの言葉を意にも介さずに続ける。

 

「実はアビドス砂漠の土地は今、私達アビドスの物じゃない。前生徒会がカイザーグループに売り渡しちゃったんだ」

 

「……!?」

 

「……そうなのかい?調べた限りではアビドスが権利を持っていると……」

 

「……登録情報ではそのようになっていたはずです。」

 

ウタハとユウカが顔を見合わせると、ホシノはふるふると首を振った。

 

「カイザーはあの敷地で悪いことしてるみたいでねぇ~……」

 

「……ミレニアムが手に入れたっていうビナーの装甲。カイザー経由で手に入れたんでしょ?」

 

「カイザーが何度かビナーの討伐に乗り出した、って噂は聞いてる。傭兵まで募って、大規模な戦力で挑んだけど……ま、ビナーは今も悠々と砂漠を泳いでるし、そういう事だよね。」

 

「登録情報が更新されてなかったのは……うちが持ってるって事にしてた方が都合よかったんじゃないかな?」

 

「……権利書はカイザーグループが保有していますし、私達が今、アビドス砂漠の権利を持ってないのは本当です。」

 

ホシノの言葉にアヤネが付け加える。

 

「……つまり、金銭的、政治的とは……"土地を取り戻す協力をして欲しい"、と?」

 

ユウカは声を強張らせながらも、動揺を隠すようにゆっくりと尋ねる。

その言葉に"う~ん"と小さく唸って、ホシノは答えた。

 

「そうは言ってないよ。ただ……カイザーは絶対に許可してくれない、とは言っておこうかなぁ……ちょっと前にカイザーと揉めたんだけど、連中、アビドス砂漠にはかなりご執心みたいだし……外部の人間は何があっても入れてくれないだろうね」

 

「………………」

 

そう言ったホシノの言葉には暗に"土地を取り戻したら協力する"という意図が乗っていた。

しかし、相手はあの社会基盤と言ってもいい程の大資本"カイザーグループ"。

 

"太刀打ちできない"、と言うほどでもないが……それらを敵に回す決断には大きな責任が伴う。

ただでさえきな臭い噂の多いカイザーと真っ向から事を構える事になれば、魔王・デカグラマトン・カイザーの三者を相手取る事となり……ミレニアムは間違いなく大きな打撃を受ける。

 

タチの悪い後輩と背負い過ぎな先輩が与えたダメージがようやく回復したところだというのに、今度は自分の一存でミレニアムに大打撃を与えるというのか。

 

(……重すぎる。私には……!)

 

……想定外の事態にユウカは押し黙り、思考する。

 

「……ごめんね、急に決断できない事はわかってる。おじさん達も魔王やビナーを何とかするためなら協力してあげたいんだ。でも……その力は今、私達にはない。」

 

ため息交じりに語られたホシノの言葉は、彼女の無力感をひしひしと感じさせた。

 

「……一度、持ち帰らせてください。"協力"に際して、再度協議をする必要がありますので。」

 

「うん、そうした方がいいよぉ。」

「カイザーが敵に回るのは流石に避けたいだろうし……私たちはいつまでも待つから、ゆっくりでいいよ」

 

「……ありがとうございます、ホシノ代表。迅速に結論を出せるよう、全力を尽くします。」

 

 

────そうして、一度目の説明会は事実上の失敗に終わった。

 


 

 

同時刻:特異現象捜査部/サーバールーム

 

 

「────なるほど……面倒な事になりましたね……」

 

「カイザーか、ふむ……」

 

ウタハのインナーに仕込まれたマイクから全てを聞いていたヒマリとルイは、思案するように呟いた。

 

"……そういう事みたいだ。一旦私たちは引き上げるけど……調査をお願いしてもいいかい?"

"今回の件を受けてユウカがどう判断するかまではわからないけど……すぐには決断できないだろうから、判断材料を集めてあげて欲しい"

 

「勿論です。この私にかかればカイザー程度、すぐに丸裸にしてみせましょう」

 

「ああ、私も伝手がある。当たってみよう」

 

"ありがとう。ユウカや先生に怪しまれるといけないから、ここで失礼するよ"

 

「ええ、また……」

 

「また。」

 

そうして、ウタハとの通信が切れ……私とヒマリの間には一瞬の沈黙が流れる。

 

(……疚しい訳ではないが、この件は私から話すべきだろう。)

 

そう考えて、ルイは口を開く。

 

「……君に疑われるのは私としても本意ではない。私から説明させてくれ」

 

「貴方を疑うような事は致しませんよ……それで、何を説明するんですか?」

 

唐突に話に始めたルイに、ヒマリは怪訝そうに尋ねた。

 

「ありがとう……さて、先にウタハに言ったように……私はカイザーに伝手がある」

 

「……どのような伝手が?」

 

「まず先に説明しておきたいのは……私が入手したビナーの装甲の件だ。あれは確かにカイザー筋といえばカイザー筋だ」

「先ほどホシノが"カイザーが傭兵を募ってビナー討伐を行った"と言ったが……私はその作戦に二度参加している」

 

「……貴方が、ですか?」

 

「ああ。アビドス内にメインの拠点を構えていた都合上というのもあったが……第一に、ケテルとの関連を疑っていてな。大部隊ならば個人で挑むより数段安全、と踏んで参加したのが第一次。」

 

「惨憺たる物だった。囮として前衛を務めたオートマタ部隊は奴が起こした砂の津波に呑まれ、近付くまでもなく一瞬で壊滅。」

「作戦の失敗を確信した私は即座に離脱したが……その十数秒後、私が居た後衛部隊は奴の放ったレーザーで蒸発した。」

 

「……その後、結晶化した砂から推測したものが先日渡した奴のレーザー出力だ。」

 

「さて、第二次だが……先の失敗を経てカイザーも考えを改めた。地上部隊は最低限に留め、大量の航空部隊を投入した」

 

「結論から言うと、知っての通り失敗した。しかし作戦中、ジャミングによってコントロールを失った一機のヘリがビナーに直撃。搭載していた装備に誘爆し、大爆発した」

 

「私の持っていた装甲は、その際に剥がれ落ちた物だ。」

 

「……随分危ない真似をしたんですね。」

 

じっとりと見つめたヒマリに、ルイは"まずい"と思ったのか、気持ち小さめな声で答える。

 

「……侮っていた、というのが正直なところだ。」

 

「十二分に用意はしたつもりだったし、後方での観測を前提としていた故、異常を関知すれば問題なく離脱できると判断していたが……今になって思えば、危険だったのは間違いない。」

 

何とか取り繕ったルイは、"さて"と話を区切った。

 

「本題に移ろう。隠していたつもりはないが……私の資金源、その大本はカイザーグループだ。」

 

「ああ……自動化キットですか、カイザーに販売を委託したとは聞いていましたが……」

 

ルイが開発した迫撃砲や榴弾砲を始めとする様々な兵器を自動化するキットは、今やPMCから各校の治安部隊まで、戦闘を生業とするあらゆる部署で採用されている。

 

おそらくその事だろうと口に出したヒマリは、続く言葉に仰天する事になる。

 

「……いや、それもあるが……"代用血液製剤"、あれの開発者は私だ。」

 

「……はぁ!?」

 

ヒマリは珍しく、驚いたような声を上げた。

 

────"代用血液製剤"。

常温で長期保存可能、誰でも使用でき、かつ低コスト。

死者が出る事が極めて稀なキヴォトスで、病や事故を除けば最も人の命を奪っている"失血死"から救い出した奇跡の発明。

 

数か月前。

それが発表、販売され……その実用性が明らかになるや否や、販売から1か月もしない内に連邦生徒会は各校への配備を主導、義務化し、今やAEDと同じレベルでコンビニやスーパーに常備される程になった。

 

しかし、その発明をした論文の著者は明らかな偽名で、誰がこの発明をしたのか……誰も知らない。

 

……その開発者が、目の前に居た。

何故か、申し訳なさそうに語っているが。

 

「……知らないのも当然だ。論文や特許出願の時は偽名を使ったしな。」

 

「……少し取り乱しましたが……続けてください。」

 

"これは話の本筋ではない"、という事は理解していたため、一つ深呼吸をして……ヒマリは話の続きに傾聴の姿勢を見せた。

 

「それで……代用血液製剤。その研究が実を結び、安全性と有用性が担保された以上……公益のため、可及的速やかにキヴォトス中に行き渡るようにしたかったんだが……セイント・ネフティスやミレニアムは良くも悪くも承認過程が長い。」

 

「……そこで、自社工場を大量に持ち、金に目が無いカイザーインダストリに製造・販売の委託を持ち掛けたという訳だ。」

 

「……なるほど……道理で、偽名を使っていたんですね」

 

「ああ。連中の事だ。"私を排除すれば取り分は総取り"……などと考えられては困るからな」

 

「さて、そういう訳で交渉の際、私はカイザーに身分を明かしていない。当然カイザーは"天城ルイ"が開発者だとは知らない。」

 

「しかし、何かあった時用の回線は用意させている。奴らが相当な恩知らず、あるいは愚か者でもない限り、私は"プレジデント"と話せるはずだ。」

 

「代用血液製剤の件で奴らがいくら利益を上げたか、詳細は知らんが……株価等も換算するのなら、相当に利益を与えてやっただろう。」

 

「奴らにしてみれば、私は金の卵を産む鶏だ。多少の"我儘"は聞いてもらわねばな。」

 

「……代用血液製剤の話は非常に興味深いですが、それらは時間がある時に詳細をお聞きするとして……カイザーと交渉しつつ、逆探知を掛けたい……とそう言う事でいいですね?」

 

「ああ。首魁と思しき"プレジデント"の居場所が判れば、直接的にせよ間接的にせよ、動きやすくなるだろうしな。」

 

「とはいえ……交渉で決着が着くのならそれに越した事はない。これ以上状況がややこしくなるのは面倒だからな、直接的な手段を取らずに済むのが一番だ。」

 

「……話はわかりました、今からでも連絡しますか?」

 

「ああ。そちらの用意ができたら、すぐに始めよう」

 

ヒマリはルイの言葉に頷きを返し、二人はカイザーとの交渉の準備を始めた。 

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