午前:アビドス近郊/ブラックマーケット
砂に呑まれ、人が消えた区画に装甲車を走らせる。
ゲヘナで行う作戦に使用する兵器や物資の調達のため、私はアビドス自治区付近にあるブラックマーケットへと向かっていた。
"ブラックマーケット"。
そこは忌むべき場所だが、金さえ払えば何でも手に入る。
……私のように後ろ暗い背景を持つ者には、都合のいい場所だ。
────とはいえ……私はいま指名手配されている。
面倒な連中に絡まれないために、当然変装は必要になるが。
(……そろそろ、目につきやすいエリアだな)
変装用のサングラスを掛ける。
ここで通報されては、色々と面倒だ。
……さて、今日来た目的はいくつかある。
作戦中。あらゆる行動の補助となる迫撃砲と、超遠距離から制圧爆撃を行える榴弾砲。
それに、ゲヘナ自治区内に補給ポイントを作成するための弾薬を始めとする様々な物資。
ついでに、突撃剣のシールド部に使う装甲板。
諸々入り用でかなりの費用がかかるが……金ならいくらでもある。問題ない。
(……よし、着いたな)
メインロードの路傍に装甲車を停め、ブラックマーケットの雑踏を進む。
路地裏に座り込む不良たちに、廃墟と見紛うような店が立ち並ぶ路地。
何度来ても、長居したくはならない重苦しい空気。
そんな中をしばらく歩くと、私が懇意にしている店に到着した。
電気の通っていない自動ドアをスライドさせ店内に入ると、乱雑に立てかけられたライフルにショットガン。鹵獲品の戦車や装甲車の写真に……横流しされたであろう正規のエンブレムが着いた装備品が目に入る。
「ああ……あんたか、ラジオで聞いたぜ!」
「随分派手にやったみたいだな?……で、今日は何の用だ?」
人の気配を察して、店の奥から顔を出した隻眼の獣人……店主が話しかけてくる。
「兵器と物資の調達だ」
「おおそうか、いつも通りだな……それで、なにが欲しい? 言ってみろ」
"ふん"と鼻を鳴らしながら店主は奥から出てきて、カウンターに肘を着いた。
「ではまず……120mm口径の重迫撃砲とその砲弾。砲弾に互換性があれば砲の種類は問わない」
「そして榴弾砲。これは射程が長ければ砲と砲弾の規格を含め、なんでもいい……それをあるだけ」
「それと12ゲージの弾薬に医薬品……これは量が欲しい、あるだけ見せてくれ」
「最後に、戦車用の装甲板。20から35mm以内で欲しい」
要求を告げ終えたとき、店主は眉を顰めて、ペンを止めた。
「おいおい……あんた一人で戦争でもする気か?」
「わりいが、うちにはお抱えの軍事工場なんか無いぞ……」
店主はブツブツと困ったような様子で、在庫管理表のようなものを取り出した。
「ま、わかった。迫撃砲と榴弾砲は確認するからちょっと待ってろ……」
「で、12ゲージはある程度在庫がある。大体は用意できるから欲しいもんをそこの注文票に欲しいだけ書いてくれ」
「医療品はあるにはあるが……うちは本格的な物は取り扱ってない。他を当たってくれ」
「ああ、わかった」
困り眉の店主に言われた通り、カウンターに並べられたカタログを手に取り、欲しいだけの数を記入する。
(バックショットは……400ほどあればいいだろう。スラグも200は欲しい……フレシェットだと?……違法弾薬だが……まあいい。買えるだけ買っておくか)
そんなこんなで注文票に記入し終え、手慰みに鹵獲兵器のリストを見ていると……カウンターに居た店主が大声を上げた。
「おい、ちょっと見てくれ!」
店主がそう言って差し出したのは、3枚の写真。
「あんたが欲しい規格の迫撃砲でうちにあるのは。この3種類だ……いくつ欲しい?」
「時間はかかるが、今すぐ欲しいってんならうちの使い走りに持ってこさせるぜ。へっ、その分金は取るがな……」
「助かる。ではそれらを12門。……無いならあるだけ頼む」
「はっ!! 12だと? あんたうちを正規のディーラーかなんかだと思ってるのか?」
大袈裟にのけ反り、そう言った店主は大きくため息を吐いた。
「……はぁ、一応、今うちにあるのは5門だな……」
「だがまあ……持ってくるまで時間がかかるからな。その間、他の店にも当たってやるよ」
「頼んだ。では今用意できる分はメインロードに泊めてある装甲車に積み込んでくれ。バックドアの鍵は預けておく」
「牽引で1門、中には3門程度なら乗るはずだ。残りは後日取りにくる」
店主に乗ってきた装甲車の写真を見せ、地図にマークすると……店主はそれを写真に撮ってどこかに送信した。
「わかった。伝えておく……それで、榴弾砲なんだが────」
店主はそれだけ言って、"いや" と躊躇し……数秒ほどの逡巡の後、覚悟を決めたように口を開いた。
「……よし、あんたには言ってもいい。お得意さんだからな」
そう言った店主は、なおも躊躇したかのように間を開けて……ゆっくりと口を開いた。
「……榴弾砲、あるにはあるぜ」
「それも、トリニティの奴がな」
店主はこっそりと勿体ぶった様子で伝えてきた。……なにかしらの問題があるようだ。
「……なんだ」
「……わかるだろ?トリニティで最も重用されてる兵器が、何故かこんなところにある」
「それも、綺麗なトリニティ校章入りの奴がな」
「ああ……なるほど」
合点がいった。あの管理の厳格なトリニティから"消えた"兵器だ。
大方、連邦生徒会長失踪直後の動乱で管理が滅茶苦茶になっていた時にでも鹵獲、あるいは横流しされたのだろう。
そんなものがブラックマーケットに流れて、ましてやテロリストの手に渡り……最悪、他校への攻撃に使用されたなどと発覚しては、面目潰れなどという次元の話ではない。
……つまり。これが見つかってしまえば、血眼になってこれを探しているであろうトリニティ上層部はこの兵器ごと……所有者を潰しにくる。
ディーラーにとっては所有しているだけでも危険。
ロクでもない相手に売ってしまえば更にリスクが高まる、いわば呪われた品のようなものだろう。
「……随分、面倒なものを持っているな」
"私に言ってもいい"……というのはつまり。
"トリニティを裏切り、指名手配されている"私に押し付けることで、"トリニティから榴弾砲を奪った犯人は私"で、自分は関係ないということにしたいのだろう。
「これに関しては、入手経路を"自分で盗んだ"っつうことにしてくれれば金は要らん」
「……というより取れん。俺はリスクしかない曰くつきの品をタダで捨てられる、あんたはモノが手に入る……それでいいだろ?」
「…………」
……トリニティからは恨まれれば恨まれるほど、警戒されれば警戒される程に後の作戦がやりやすくなる……願ってもない提案だ。
「……良いだろう」
それを聞いた店主は肩の荷が下りた、という様子で、手帳をぱたりと閉じた。
「……よし!!輸送はこっちでやらせてくれ、万が一にも輸送中に発覚されちゃ困るからな」
「あんたが寝て起きたら、指定された場所にサンタさんがプレゼント……って具合に、自然に届けてやるよ!」
はは、と笑って何やら各所に連絡を始めた店主は、ふとこちらに向き直った。
「ああ……忘れるとこだった。あんたの言う装甲板なんだが……鹵獲品の戦車が手に入ったが鉄屑同然で近い内にスクラップ予定でな」
「それから引っ剥がした物で良ければ持って行け。厚さもあんたの希望と同じくらいのはずだ」
「そうか……なら実物を見てみたい、案内を頼む」
そう伝えると、店主はぶんぶんと右手を振って、なにかを探し始めた。
「悪いが俺は輸送の件でここからしばらく動けん。倉庫の場所は教えるから、勝手に引っ剥がして持って行ってくれ」
「今日の俺は厄介払い出来て機嫌が良い、どうせスクラップ予定のブツだ、タダでいい……ほらよ!!」
そういって鍵と地図を投げ寄こした店主は、手をひらひらと振りながら笑う。
「わかった、感謝する」
「車に積めなかった分の迫撃砲は店に置いておくから都度取りに来てくれ」
「それと、請求書は一緒に乗せておくからな!」
「ああ、了解した」
それだけ告げて店の奥へと消えた店主を見送り、私も店を出る。
(思わぬ収穫……良い取引だった)
ドアを閉め、地図に記された座標へと歩みを進める。
何度か道を曲がり、裏路地を通り……もう少しで到着という所で、ふと視線を感じた。
(誰だ……?)
それとなく振り返り、怪しい人間を探すと……遠目に厚手のジャケットを着た生徒から、トリニティ制服の裾がちらりと見えた。
(……まずいな)
この段階で、私がブラックマーケットに居ると露見するのはまずい。
私に気付いたのだろう。
逃れるように走っていく少女を追いかける。
────咄嗟に追いかけたが、その少女は思ったよりも……だいぶ早く捕まった。
「うわぁっ!」
相手が情けない声を上げ、段差につまずいたところに掴みかかる。
「……動くな。トリニティの追手だな?」
「ち、違います! ルイさん! 私です! 待ってください!」
首根っこを掴まれて軽いパニックを起こしている少女は……知っている顔だった。
────阿慈谷ヒフミ。
芯が強く、とんでもないことをしでかすこともあるが……筋金入りの善人。
……そして、ナギサがとても気に入っている。
私にとっての彼女の印象は、こんなものだ。
上機嫌な時のナギサとお茶会をすると、たまに彼女の話をしてくれる。
逆に言えばそれくらいで、たまにお茶会に同席することがある程度であまり積極的な関わりはない。
「ヒフミか……追手でないなら、何故ここにいる?」
彼女の言う通り、ヒフミが追手としてここに来ることは想像しにくい。
ならば尋ねるのみ、と尋ねてみると……
「あ、あはは~…それはその……えっと……」
……わかりやすく動揺している。
そういえば、"阿慈谷ヒフミはテロリストの首魁で、頻繁にブラックマーケットに出入りしている"という噂があった。
その全てが事実かはともかくとして……ブラックマーケットでも深部と言えるこんな路地を歩いている所を見るに、少なくとも噂の全てが嘘という訳ではなさそうだ。
「そ、そうだ!ルイさん……セイア様を攫ったって本当ですか!?」
「ルイさんが指名手配されてから、もうトリニティ校内は大騒ぎで……」
……堂々と話を変えた、しかも悪い方に。
この件には触れないか、聞かれても知らないフリをする方が安全だろうに。
指名手配されている相手に対して堂々と"お前は犯罪者か?"と尋ねるとは、愚直すぎる。
────まあ、隠す必要はないだろう。
「事実だ。そうでなければ今お前を捕まえていない」
「……!どうしてですかっ!?」
反射で大きい声を出したのか、声が裏返っている。
「……声が大きい。このような場所で大きい声を上げるのはやめろ」
そう伝えるとヒフミはびくりと体を震わせ、すっかり肩を落とした。
「……」
さて彼女をどうしようか。と黙考していると、ヒフミは意を決したように口を開いた。
「ナギサ様も……私も……みんな、ルイさんのこと、信じてたんですよ……!?」
「それなのに、どうしてあんなことをしたんですか!?」
彼女は涙を湛え、こちらを見つめる。
……あまり関わりは無いだろうに、優しい奴だ。
しかし、無意味にリスクを上げるつもりはない。
「なら、私を信じたのは間違いだったな……そもそも、理由を聞かれて答えると思うか?」
突き放すように言い切り、首を掴んで壁に強く押し付け、ハンドガンを向ける。
「う……ぐっ……!」
(……セイアと同じく、状況が安定するまで監禁しておくという手もあるが……)
……だが、それはしたくなかった。
それに、彼女が行方不明になれば、ブラックマーケットが疑われるのは自明。
なら、少しのリスクはあるが……分のある方に賭けるとしよう。
「……いいか。ここで私に会ったことは口外するな」
「もし口外すれば……お前の友人に危険が及ぶことになる。いいな?」
彼女は友達思いの人間だと記憶している。
友人を使って脅せば少なくとも……しばらくは口外しないだろう。
「わッ……わかりました……!」
答えを聞き、"ぱっ"と首を抑えていた手を離すと……ヒフミはずるずると崩れ落ちた。
……ひどく怯えている。
彼女の友人を使ったのが効いたようだ。
「それでいい────ではな」
ハンドガンをホルダーに戻し、俯いたままの彼女を置いて倉庫への道に戻る。
(……無駄に時間を使ってしまったな、道を急ぐとしよう)
彼女を深部に置いていくのは憚られたが、万が一のことがあれば私が対応すればいい。
そもそも……ヒフミはここを歩くのに慣れている様子だった。大丈夫だろう。
────それからしばらく移動して、店主から示されたガレージへと到着した。
(……ここか)
外観はただのアパートにしか見えないが、地図はここを示している。
1階のエントランスに入り、正面に位置する部屋のドアを開けると、そこに部屋はなく……広々としたガレージが広がっていた。
(なるほど、上手くやるものだ……)
内心で感心しながら、中央に鎮座する戦車に近付く。
店主の話から、ロケット砲や対戦車ミサイルによる甚大な損壊を受けたのだろうと予想していた。
それとは予想外に、外見は立派なものだが……左側面に凄まじい数の弾痕がある。
……均一かつ数多の弾痕を見る限り、
しかし、固定タイプの機銃にしては口径が小さいように見える。
恐らく個人が携行できるレベルのマシンガンによる集中射撃。
……それで戦車の装甲を貫通し、修理不能なまでに機関部を破壊するとは。
これをやった奴はよほど強力な力を持っているのだろう。
(……いや、今はそんなことを気にしても仕方がないな)
気を取り直し、戦車を観察する。
右側面のキャタピラを保護する装甲は中々綺麗なもので、泥汚れや多少の傷はあるものの、装甲としてはまだまだ新品と言ってもいいほど。
厚さも少々厚めだが、問題なく使えるだろう。
さて切り出そう。と周囲を見回して、気付く。
(……しまった、切断用の機材の置き場所を聞くのを忘れた)
……とはいえ、この手の作業に使われるのは高出力故に大型だ、探せばすぐ見つかるだろう。
勝手に人の作業場を漁るのは気が引けるが、仕方ない。
借りた鍵で物置を開けると、すぐにプラズマカッターが見つかった。
ありがたいことに溶接面と防炎コート、ビードまで隣に置いてある。
ここの職人は随分几帳面らしい、頭が下がる。
「よし……やるか」
軽く気合を入れ、プラズマカッターを電源に接続した。
溶接面とコートを身に着け、"ジュイイイイイ!!!"と心地のいい轟音に包まれながら、溶接ラインに沿って丁寧に切断する。
────この作業、なかなかやりがいがある。
そんなこんなで気分よく作業をしていれば……設備が良かったのだろう。
思いのほか早く切り出せた。本職と比べると荒い切断面だろうが、用途を考えれば問題ない。
────その後は装甲の切断面をビードで整え……滞りなく作業は終了した。
「……ふう」
額の汗を拭い、使用した設備を元あった場所に戻す。
ふと時計を見ると、3時間ほどが経過していた。
(ずいぶん時間が経ったな。そろそろ荷物も届いた頃だろう)
装甲板を担ぎ上げて、駐車していたメインロードへと戻る。
……そこに到着すると、隣に機械頭の警備が一人立っていた。
私の装甲車を警備してくれていたようだ。
警備に"私だ"と伝えると、機械頭は小さくお辞儀をした。
「ああ、貴方が……店主より戻ってくるまで警備するよう言われまして。ご注文通りに、後ろに3門、牽引で1門載せておきました」
「ああ、ありがとう」
「……それと、店主から伝言です、"迫撃砲は希望の数用意できた。手数料は期待しとくぜ"……とのことです」
「……店主に"感謝する"、と伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
礼を言ってガレージの鍵を返すと……仰々しく私に礼をして、機械頭は去って行った。
担いできた装甲板を助手席に乗せ、エンジンを掛ける。
荒野と廃墟が続く悪路を飛ばし、私は帰路に就いた。
深夜:アビドス近郊/ルイのセーフハウス
戻った頃にはすっかり夜も更け、時計の針は新たな周回を刻んでいた。
装甲車を近隣の廃墟に隠し、地下への隠し階段を降りる。
……今日は疲れた。手に入れた装備を降ろすのは……明日にしよう。
室内に入り、外套を脱いで一息つく。
……さて。丸一日近く空けてしまったが……セイアは大丈夫だろうか。
監禁部屋のドアをそっと開けて中を確認すると、ベッドの横からセイアの尻尾が垂れていた。
……起こさないようにゆっくり近付き、寝顔を確認する。
見たところは安らかに眠っており、異常は認められない。
念のため室内の簡易キッチン内にあるゴミ箱を確認すると、用意していたレトルト食品の残骸が入っていた。
(食事はきちんと摂ったようだ……良かった)
明日、セイアが起きたら彼女の体調を確認しよう。
(私も、夕食を済ませて休むとするか)
その後、軽く夕食を済ませ……シャワーを浴びて、私も床に就いた。